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低分子性リグニン分解菌から見いだされた二原子酸素添加酵素DesBの基質特異性メカニズムの解明: パルプ廃液中で生き延びるために分子進化した二原子酸素添加酵素

Keisuke Sugimoto

杉本 敬祐

旭川工業高等専門学校物質化学工学科 ◇ 〒071-8142 北海道旭川市春光台2条2丁目1番6号

Department of Material Chemistry, Asahikawa National College of Technology ◇ 2-1-6 Shunkodai-2, Asahikawa-shi, Hokkaido 071-8142, Japan

Miki Senda

千田 美紀

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 ◇ 〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1

Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization (KEK) ◇ 1-1 Oho, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-0801, Japan

Daisuke Kasai

笠井 大輔

長岡技術科学大学工学部生物系 ◇ 〒940-2188 新潟県長岡市上富岡町1603-1

Department of BioEngineering/Bioinformatics, Nagaoka University of Technology ◇ 1603-1 Kamitomioka-machi, Nagaoka-shi, Niigata 940-2188, Japan

Masao Fukuda

福田 雅夫

長岡技術科学大学工学部生物系 ◇ 〒940-2188 新潟県長岡市上富岡町1603-1

Department of BioEngineering/Bioinformatics, Nagaoka University of Technology ◇ 1603-1 Kamitomioka-machi, Nagaoka-shi, Niigata 940-2188, Japan

Eiji Masai

E. Masai

政井 英司

長岡技術科学大学工学部生物系 ◇ 〒940-2188 新潟県長岡市上富岡町1603-1

Department of BioEngineering/Bioinformatics, Nagaoka University of Technology ◇ 1603-1 Kamitomioka-machi, Nagaoka-shi, Niigata 940-2188, Japan

Toshiya Senda

千田 俊哉

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 ◇ 〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1

Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization (KEK) ◇ 1-1 Oho, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-0801, Japan

Published: 2015-03-20

Sphingobium sp. SYK-6はパルプ廃液から発見された細菌で,低分子性リグニンを分解代謝することができる.本株の低分子性リグニンの代謝では,多様な低分子性リグニン中間代謝物が,プロトカテク酸(PCA)およびその誘導体であるガリック酸(Gallate)と3-O-メチルガリック酸(3MGA)に集約される(1)1) E. Masai, Y. Katayama & M. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 1 (2007).図1図1■SYK-6株由来のタイプ2・Extradiol型二原子酸素添加酵素(LigAB, DesB, DesZ)).本株の代謝経路において,これら3種のプロトカテク酸誘導体は,3種類の基質特異性の異なるExtradiol型二原子酸素添加酵素(LigAB, DesB, DesZ)により,芳香環が開裂を受ける(2)2) D. Kasai, E. Masai, K. Miyauchi, Y. Katayama & M. Fukuda: J. Bacteriol., 187, 5067 (2005)..このうちLigABとDesZは比較的基質特異性が広く,特にLigABは3種の化合物を基質とすることができる.一方,DesBは基質特異性が極めて狭く,ガリック酸のみを選択的に分解する(図1B図1■SYK-6株由来のタイプ2・Extradiol型二原子酸素添加酵素(LigAB, DesB, DesZ)).一見,DesBは,SYK-6株の低分子リグニンの代謝に不要と思われるが,desBを欠損した変異株は,低分子性リグニンを炭素源とした環境で培養するとガリック酸が細胞内に蓄積し,生育阻害を引き起こす(2)2) D. Kasai, E. Masai, K. Miyauchi, Y. Katayama & M. Fukuda: J. Bacteriol., 187, 5067 (2005)..このように,SYK-6株はパルプ廃液中での生存・適応するために,DesBをガリック酸に特化するように分子進化してきたと考えることができる.そこで本稿では,SYK-6株の環境適応の鍵となるDesBの高度な基質特異性の分子メカニズムを構造生物学の視点から紹介する.

図1■SYK-6株由来のタイプ2・Extradiol型二原子酸素添加酵素(LigAB, DesB, DesZ)

Extradiol型二原子酸素添加酵素は,活性中心において,基質分子の2つの水酸基と酸素分子を,ノンヘム2価鉄イオンに配位結合させ,外部からの電子供与体を必要とせず,芳香環の開裂反応を行う.進化的関係から,Extradiol型二原子酸素添加酵素は,3つのタイプに分類され(3)3) L. D. Eltis & J. T. Bolin: J. Bacteriol., 178, 5930 (1996).,われわれのグループは,世界に先駆けて,タイプ1のBphC(4)4) T. Senda, K. Sugiyama, H. Narita, T. Yamamoto, K. Kimbara, M. Fukuda, M. Sato, K. Yano & Y. Mitsui: J. Mol. Biol., 225, 735 (1996).とタイプ2のLigAB(5)5) K. Sugimoto, T. Senda, H. Aoshima, E. Masai, M. Fukuda & Y. Mitsui: Structure, 7, 953 (1999).の立体構造解析を行った.その結果,BphCとLigABの全体構造は互いに異なっているにもかかわらず,活性中心のノンヘム鉄の配位構造と触媒残基の位置は互いに類似したものであり,両タイプが収斂進化の関係にあることを明らかにした(5)5) K. Sugimoto, T. Senda, H. Aoshima, E. Masai, M. Fukuda & Y. Mitsui: Structure, 7, 953 (1999).

タイプ1に属する酵素では,「鍵と鍵穴モデル」で説明できる基質特異性を有していることが明らかになっており,タイプ2のLigABでも,プロトカテク酸やガリック酸を収納できる基質結合ポケットをinduced-fitにより構築し両基質を分解する(図2図2■LigAB(左),DesB(右)の基質結合ポケット左).一方,ガリック酸とプロトカテク酸を収納できる基質結合ポケットをもちながら,ガリック酸とだけ反応し,プロトカテク酸と反応しないDesBの基質特異性は,「鍵と鍵穴モデル」だけで説明することは難しい(図2図2■LigAB(左),DesB(右)の基質結合ポケット右).

図2■LigAB(左),DesB(右)の基質結合ポケット

両酵素共にプロトカテク酸とガリック酸の両方を収納できる基質結合ポケットを有する.

われわれは,DesBの高い基質特異性の分子メカニズムを明らかにするため,反応中間体や変異体を含む多数の結晶構造解析と生化学実験を組み合わせた実験を行った.その結果,DesBの活性部位ではガリック酸との反応において,触媒反応が(1)分子配向制御による基質の結合,(2)活性中心のノンヘム鉄イオンの移動,(3)酸素分子の結合等を含む触媒反応の開始,という3つの段階に分かれていることを明らかにした(6)6) K. Sugimoto, M. Senda, D. Kasai, M. Fukuda, E. Masai & T. Senda: PLoS ONE, 21, e92249 (2014).図3図3■DesBの基質選択メカニズム).特に,DesBの高い基質特異性は,(1)の段階による分子配向制御と,これに連動した(2)鉄イオンの移動の有無によって,ガリック酸とプロトカテク酸を区別し,ガリック酸のみを選択して反応を開始することができることに由来する.

図3■DesBの基質選択メカニズム

DesBは,基質周辺残基による基質分子の配向制御と鉄イオンの移動が連動することで,高度な基質特異性を獲得している.

これからDesBの基質選択機構について詳細に解説するが,その前に,Extradiol型二原子酸素添加酵素における反応ステップを簡単に説明する.Extradiol型二原子酸素添加酵素は,基質分子の2つの水酸基がノンヘム鉄イオンに配位した後に酸素分子が鉄イオンに配位結合する.その後,鉄イオンに配位した水酸基付近のヒスチジン残基が塩基として働き,芳香環の開裂反応を触媒する.特に,基質由来の2つの水酸基が鉄イオンに配位することで反応が開始することをご記憶いただきたい.DesBの非基質結合構造とガリック酸複合体構造を解析した結果,基質が存在しない状態では,4つのアミノ酸残基と配位結合した鉄イオンは,内部に埋もれた状態(R-site)で存在している(図3図3■DesBの基質選択メカニズム④).このR-siteの鉄イオンの位置では,基質結合ポケットにガリック酸が結合しても,立体障害のために基質分子由来の2つの水酸基が鉄イオンに配位結合することができない(図3図3■DesBの基質選択メカニズム④).一方,DesB–ガリック酸複合体構造では,R-siteの鉄イオンが,基質分子側のA-siteへ約2 Åも移動し,基質分子の2つの水酸基と配位構造を構築していた(図3図3■DesBの基質選択メカニズム③).このように,DesBの触媒機構において,鉄イオンがR-siteからA-siteへ移動することが,反応開始のトリガーであり,これが後述する基質選択機構に連動する.

では,化学構造が類似したガリック酸とプロトカテク酸との選別はどのようなメカニズムで行われているのだろうか.DesBとガリック酸との複合体構造を解析した結果,ガリック酸と周囲のアミノ酸残基間には,3つのグループによる水素結合が基質の選別に寄与していた.1つ目のグループは,ガリック酸のカルボキシル基と水素結合している4つのアミノ酸側鎖(Thr13, Thr267, Tyr391′, Tyr412′)である(二量体であるDesBの活性中心は,両サブユニット由来のアミノ酸残基から構成されており,残基番号の「′」は,他方のサブユニット由来であることを示す).DesBは,ガリック酸のカルボキシル基を失ったピロガロールとの反応性は非常に低い.この結果を立体構造の観点から考えると,カルボキシル基をもたないピロガロールは,このグループの水素結合が形成されないため,反応性の高い配向で結合することができない,もしくは,安定な基質結合を形成できないと思われる.2つ目のグループは,ガリック酸の4位の水酸基とHis124側鎖との水素結合である.変異体酵素の解析結果から,この相互作用によって基質分子は,基質結合ポケット内で反応性の高い配向に誘導される.3つ目のグループは,ガリック酸とプロトカテク酸を見分ける最も重要な相互作用であり,ガリック酸およびプロトカテク酸のメタ位の水酸基と水素結合するGlu377′の側鎖である.ガリック酸がDesBの基質結合ポケットに結合すると,ガリック酸の5位の水酸基はGlu377′の側鎖と水素結合し誘引されるが,残りの3位と4位の2つの水酸基は,鉄イオンの方向に配向され,鉄イオンの移動を伴い配位結合する(図3図3■DesBの基質選択メカニズム②).しかしながら,プロトカテク酸がDesBの基質結合ポケットに結合すると,プロトカテク酸の3位の水酸基がGlu377′の側鎖と水素結合し誘引されるため,4位の水酸基1つだけが,鉄イオンに向かった配向に制御される(図3図3■DesBの基質選択メカニズム①).上述したように,Extradiol型二原子酸素添加酵素では,2つの水酸基が鉄イオンに配位することが反応を開始するうえで必須であり,1つの水酸基しか鉄イオンに向けることができないプロトカテク酸–DesB複合体(図3図3■DesBの基質選択メカニズム①)では,鉄イオンの移動が生じず(R-site),プロトカテク酸は鉄イオンに配位することすらできない.一方,プロトカテク酸と反応することができるLigABでは,DesBのGlu377′に相当する位置には,水素結合を形成できるアミノ酸残基が存在しないため(図2図2■LigAB(左),DesB(右)の基質結合ポケット左),LigABの基質結合ポケット内では,プロトカテク酸の3,4位の2つの水酸基は,鉄イオンに配位できる配向で基質結合ポケットに結合し反応が進行する.以上3つの水素結合グループによる分子配向制御により,DesBは類似したプロトカテク酸誘導体からガリック酸だけを反応に適した位置と配向に結合することで選別している.

SYK-6株はパルプ廃液の特殊な環境下で生き残るために,ガリック酸に特化したDesBを分子進化させ,環境に適応してきた.その分子進化では,一般的な「鍵と鍵穴モデル」にならった分子進化だけでなく,「配向制御を利用した基質分子の認識」と「鉄イオンの移動を利用した反応のトリガー」が連動したメカニズムを合わせることにより,類似した基質を選択することができるようになった.このようなメカニズムによる基質特異性の報告は今までになく,酵素の分子進化を通した生物の環境適応を考えるうえでも新しい一例になるのではと考えている.

Reference

1) E. Masai, Y. Katayama & M. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 1 (2007).

2) D. Kasai, E. Masai, K. Miyauchi, Y. Katayama & M. Fukuda: J. Bacteriol., 187, 5067 (2005).

3) L. D. Eltis & J. T. Bolin: J. Bacteriol., 178, 5930 (1996).

4) T. Senda, K. Sugiyama, H. Narita, T. Yamamoto, K. Kimbara, M. Fukuda, M. Sato, K. Yano & Y. Mitsui: J. Mol. Biol., 225, 735 (1996).

5) K. Sugimoto, T. Senda, H. Aoshima, E. Masai, M. Fukuda & Y. Mitsui: Structure, 7, 953 (1999).

6) K. Sugimoto, M. Senda, D. Kasai, M. Fukuda, E. Masai & T. Senda: PLoS ONE, 21, e92249 (2014).