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バクテリア滑走運動の新しいメカニズム: 戦車のような仕組みで動くバクテリア

Daisuke Nakane

中根 大介

学習院大学理学部 ◇ 〒171-8588 東京都豊島区目白1-5-1

Faculty of Science, Gakushuin University ◇ 1-5-1 Mejiro, Toshima-ku, Tokyo 171-8588, Japan

Koji Nakayama

中山 浩次

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 ◇ 〒852-8523 長崎県長崎市坂本1-12-4

Graduate School of Biomedical Sciences, Nagasaki University ◇ 1-12-4 Sakamoto, Nagasaki-shi, Nagasaki 852-8523, Japan

Takayuki Nishizaka

西坂 崇之

学習院大学理学部 ◇ 〒171-8588 東京都豊島区目白1-5-1

Faculty of Science, Gakushuin University ◇ 1-5-1 Mejiro, Toshima-ku, Tokyo 171-8588, Japan

Published: 2015-03-20

生物は,バクテリアからヒトに至るまで,自発的に運動する仕組みを細胞・組織レベルで備えており,周りの環境などに応じて驚くほど多様なメカニズムを発達させてきた.たとえば,最もシンプルな生物であるバクテリアに注目すると,その運動様式は,べん毛の回転,線毛の収縮,あしの結合・解離など実に多様であり(以下のサイト参照http://bunshi5.bio.nagoya-u.ac.jp/~mycmobile/video/),それぞれの力発生にかかわるタンパク質を比べてみても相同性は見られない(1)1) K. F. Jarrell & M. J. McBride: Nat. Rev. Microbiol., 6, 466 (2008)..その中でも,べん毛はバクテリアの生体運動において最も研究が進展している仕組みと言える.しかし一方,その他の生体運動の研究は,べん毛には遠く及ばない.多様な作動原理をくまなく追及することは,生体運動研究に新たな展開を与えるだけでなく,医学・工学分野への応用研究にもつながる可能性がある.

バクテロイデス門に属する細菌は,土壌,海洋,腸内など,あらゆる環境に生息している(2)2) M. J. McBride & Y. Zhu: J. Bacteriol., 195, 270 (2013)..これらの多くは,ガラスなどの固形物表面上で,前進・後進・反転・回転などの活発な運動を示し,まるで踊っているかのように見える(図1A図1■(A)バクテロイデス門細菌の運動の模式図.ガラス表面上での速さは約2 µm/s.(B)接着タンパク質(SprB)の免疫蛍光像.(C)直進運動する細胞において,接着タンパク質が膜表面を動く様子.上:2秒間のビデオを青から赤へ異なる色をつけ,1枚の画像に統合した.中:SprBの静止画像の上に,バクテリアの形状を点線で重ねている.下:SprBの動きのキモグラフ.細胞の長軸方向に沿って,規則的に輝点が動いている.細胞の極の位置を点線で示している.(D)バクテリアの運動時と停止時における接着因子の見かけの速さの違い.(E)バクテリア細胞に存在する左巻きらせんの模式図.赤と青のらせんに沿って接着タンパク質が動く.細胞が前進するときには,オレンジ色の矢印で示すように左に回転しながら推進するというモデル(3,7)).この運動は何十年も前に報告されていたが,詳細なメカニズムは全くわかっていなかった.最近私たちは,複雑に見える上記の運動様式を説明する新しいモデルを提案した(3)3) D. Nakane, K. Sato, H. Wada, M. J. McBride & K. Nakayama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 11145 (2013).

図1■(A)バクテロイデス門細菌の運動の模式図.ガラス表面上での速さは約2 µm/s.(B)接着タンパク質(SprB)の免疫蛍光像.(C)直進運動する細胞において,接着タンパク質が膜表面を動く様子.上:2秒間のビデオを青から赤へ異なる色をつけ,1枚の画像に統合した.中:SprBの静止画像の上に,バクテリアの形状を点線で重ねている.下:SprBの動きのキモグラフ.細胞の長軸方向に沿って,規則的に輝点が動いている.細胞の極の位置を点線で示している.(D)バクテリアの運動時と停止時における接着因子の見かけの速さの違い.(E)バクテリア細胞に存在する左巻きらせんの模式図.赤と青のらせんに沿って接着タンパク質が動く.細胞が前進するときには,オレンジ色の矢印で示すように左に回転しながら推進するというモデル(3,7)

実験には,このタイプの運動を示すものの中では最も研究が進んでいる土壌細菌Flavobacterium johnsoniaeを用いた.これまでに十数種類にも及ぶ運動関連タンパク質群が同定されているが,ほとんどが機能未知であるため,形や動きに関する情報は乏しく十分な理解は得られていなかった(2)2) M. J. McBride & Y. Zhu: J. Bacteriol., 195, 270 (2013).

本研究では,外膜表面で接着因子として機能する700 kDaのタンパク質SprBに注目し,その機能ダイナミクスを明らかにした.まず,抗体と蛍光色素を用いてSprBタンパク質を標識すると,たくさんのドット状の局在を観察することができた(図1B図1■(A)バクテロイデス門細菌の運動の模式図.ガラス表面上での速さは約2 µm/s.(B)接着タンパク質(SprB)の免疫蛍光像.(C)直進運動する細胞において,接着タンパク質が膜表面を動く様子.上:2秒間のビデオを青から赤へ異なる色をつけ,1枚の画像に統合した.中:SprBの静止画像の上に,バクテリアの形状を点線で重ねている.下:SprBの動きのキモグラフ.細胞の長軸方向に沿って,規則的に輝点が動いている.細胞の極の位置を点線で示している.(D)バクテリアの運動時と停止時における接着因子の見かけの速さの違い.(E)バクテリア細胞に存在する左巻きらせんの模式図.赤と青のらせんに沿って接着タンパク質が動く.細胞が前進するときには,オレンジ色の矢印で示すように左に回転しながら推進するというモデル(3,7)).驚いたことに,このタンパク質は,まるで,ベルトコンベアのように常にバクテリアの膜表面を流れるように動き回っていたのである(図1C図1■(A)バクテロイデス門細菌の運動の模式図.ガラス表面上での速さは約2 µm/s.(B)接着タンパク質(SprB)の免疫蛍光像.(C)直進運動する細胞において,接着タンパク質が膜表面を動く様子.上:2秒間のビデオを青から赤へ異なる色をつけ,1枚の画像に統合した.中:SprBの静止画像の上に,バクテリアの形状を点線で重ねている.下:SprBの動きのキモグラフ.細胞の長軸方向に沿って,規則的に輝点が動いている.細胞の極の位置を点線で示している.(D)バクテリアの運動時と停止時における接着因子の見かけの速さの違い.(E)バクテリア細胞に存在する左巻きらせんの模式図.赤と青のらせんに沿って接着タンパク質が動く.細胞が前進するときには,オレンジ色の矢印で示すように左に回転しながら推進するというモデル(3,7)).キモグラフを見ると,その動きには規則性があり,細胞の長軸方向に沿って,極から極へと何度も往復する様子が見て取れる.注目すべきは,タンパク質の見かけの速さである.運動をしていない細胞の場合,見かけの速さは−2 µm/sと2 µm/sという2つのピークを示した.ところが,細胞が直進運動するとき,見かけの速さは進行方向に対して,0 µm/sと4 µm/sとなり,細胞の運動速度である2 µm/sだけピーク位置がシフトしていた(図1D図1■(A)バクテロイデス門細菌の運動の模式図.ガラス表面上での速さは約2 µm/s.(B)接着タンパク質(SprB)の免疫蛍光像.(C)直進運動する細胞において,接着タンパク質が膜表面を動く様子.上:2秒間のビデオを青から赤へ異なる色をつけ,1枚の画像に統合した.中:SprBの静止画像の上に,バクテリアの形状を点線で重ねている.下:SprBの動きのキモグラフ.細胞の長軸方向に沿って,規則的に輝点が動いている.細胞の極の位置を点線で示している.(D)バクテリアの運動時と停止時における接着因子の見かけの速さの違い.(E)バクテリア細胞に存在する左巻きらせんの模式図.赤と青のらせんに沿って接着タンパク質が動く.細胞が前進するときには,オレンジ色の矢印で示すように左に回転しながら推進するというモデル(3,7)).これは,戦車などの駆動装置であるキャタピラをイメージすると理解しやすい.キャタピラ自身は,内部のモーターによって,常に一定の速さで両方向へ流れている.ところが戦車が前進する際には,下側のキャタピラは地面をしっかりとつかむが,上側のキャタピラは地面とは離れているため,見かけの速さに違いがでる.あくまで仮説であるが,バクテリアの体の中にキャタピラのような機構が存在しており,膜表面タンパク質と固体表面との接着力を変えているとすれば,上記の観察結果との辻褄が合う.

このような“戦車”の運動モデルが正しいとすると,図1A図1■(A)バクテロイデス門細菌の運動の模式図.ガラス表面上での速さは約2 µm/s.(B)接着タンパク質(SprB)の免疫蛍光像.(C)直進運動する細胞において,接着タンパク質が膜表面を動く様子.上:2秒間のビデオを青から赤へ異なる色をつけ,1枚の画像に統合した.中:SprBの静止画像の上に,バクテリアの形状を点線で重ねている.下:SprBの動きのキモグラフ.細胞の長軸方向に沿って,規則的に輝点が動いている.細胞の極の位置を点線で示している.(D)バクテリアの運動時と停止時における接着因子の見かけの速さの違い.(E)バクテリア細胞に存在する左巻きらせんの模式図.赤と青のらせんに沿って接着タンパク質が動く.細胞が前進するときには,オレンジ色の矢印で示すように左に回転しながら推進するというモデル(3,7)で示したような複雑な運動様式はどのようにして達成されているのだろうか.先ほどのタンパク質の振る舞いをさらに詳細に解析するために,全反射顕微鏡を用いて細胞下半分を可視化した.すると,膜表面の流れには規則性があり,進行方向から反時計回りに約20度のピッチ角をもつことが明らかとなった.これは,バクテリアの体の中に,左巻きのらせんの“レール”が存在することを意味している(図1E図1■(A)バクテロイデス門細菌の運動の模式図.ガラス表面上での速さは約2 µm/s.(B)接着タンパク質(SprB)の免疫蛍光像.(C)直進運動する細胞において,接着タンパク質が膜表面を動く様子.上:2秒間のビデオを青から赤へ異なる色をつけ,1枚の画像に統合した.中:SprBの静止画像の上に,バクテリアの形状を点線で重ねている.下:SprBの動きのキモグラフ.細胞の長軸方向に沿って,規則的に輝点が動いている.細胞の極の位置を点線で示している.(D)バクテリアの運動時と停止時における接着因子の見かけの速さの違い.(E)バクテリア細胞に存在する左巻きらせんの模式図.赤と青のらせんに沿って接着タンパク質が動く.細胞が前進するときには,オレンジ色の矢印で示すように左に回転しながら推進するというモデル(3,7)).もし,タンパク質が接着力を変えながら,左巻きらせんに沿って動くとすると,生じた逆方向の流れによって,細胞は極や中心などでくるっと回転しそうである.このような簡単な仕組みで,一見,複雑な運動の仕組みを綺麗に説明することができるかもしれない.

既存の生体運動の力発生のエネルギー源に注目すると,真核生物はATP加水分解による並進運動,バクテリアべん毛はプロトン駆動力(PMF)による回転運動である.興味深いことに,本研究で注目したタンパク質は,PMF阻害剤の添加により,すぐに運動が停止した.モータータンパク質は未同定であるため,仮説の域を出ないが,もし,プロトン駆動力により並進運動が生じているのだとすれば,これまでの生体運動研究では説明のできない,新しい作動原理が潜んでいるのかもしれない.

この滑走運動にかかわるタンパク質群は,バクテロイデス門に属する細菌が引き起こすさまざまな感染症と深く結びついている(2)2) M. J. McBride & Y. Zhu: J. Bacteriol., 195, 270 (2013)..たとえば,歯周病原細菌やアユ冷水病原細菌などの病原細菌にも滑走運動関連遺伝子のオルソログが保存されている.興味深いことに,それらは運動性のみならず病原性プロテアーゼの分泌にも必須の遺伝子であることから(4)4) K. Sato, M. Naito, H. Yukitake, H. Hirakawa, M. Shoji, M. J. McBride, R. G. Rhodes & K. Nakayama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 276 (2010).,バクテリアの新しいタンパク質分泌システム(Ⅸ型分泌装置)としても注目されている(5)5) C. Chagnot, M. A. Zorgani, T. Astruc & M. Desvaux: Front Microbiol., 4, 303 (2013)..本研究で注目している運動マシナリーの全容解明により,ユニークな生体運動の作用機序がわかるだけでなく(6, 7)6) B. Nan, M. J. McBride, J. Chen, D. R. Zusman & G. Oster: Curr. Biol., 24, R169 (2014).7) H. Wada, D. Nakane & H. Y. Chen: Phys. Rev. Lett., 111, 248102 (2013).,これらのバクテリアが独自に発達させたタンパク質輸送システムや,この分泌システムが環境下で果たす役割についても明らかにすることができるかもしれない.

Reference

1) K. F. Jarrell & M. J. McBride: Nat. Rev. Microbiol., 6, 466 (2008).

2) M. J. McBride & Y. Zhu: J. Bacteriol., 195, 270 (2013).

3) D. Nakane, K. Sato, H. Wada, M. J. McBride & K. Nakayama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 11145 (2013).

4) K. Sato, M. Naito, H. Yukitake, H. Hirakawa, M. Shoji, M. J. McBride, R. G. Rhodes & K. Nakayama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 276 (2010).

5) C. Chagnot, M. A. Zorgani, T. Astruc & M. Desvaux: Front Microbiol., 4, 303 (2013).

6) B. Nan, M. J. McBride, J. Chen, D. R. Zusman & G. Oster: Curr. Biol., 24, R169 (2014).

7) H. Wada, D. Nakane & H. Y. Chen: Phys. Rev. Lett., 111, 248102 (2013).