Kagaku to Seibutsu 53(4): 217-219 (2015)
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キチナーゼの性質からみた食虫植物の消化機構: ウツボカズラの消化酵素の役割を考える
Published: 2015-03-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
世界中に食虫植物は550種以上存在していると言われているが,食虫植物は補虫機構によって2種に大別することができる.すなわち,能動的に補虫器官が動いて補虫するタイプと,補虫器官が動かずに補虫するタイプに分別することができる(1)1) A. Slack: “Carnivorous plants,” MIT Press, 2000..前者は,ハエ取り紙のように粘着性の液体を分泌し,捕えた虫を巻き込むモウセンゴケ(Drosera属)や二枚貝状の捕虫器で虫を挟み込むハエトリグサ(Dionaea属)などがある.後者の部類としては,粘性物を茎や葉から分泌するByblis属やDrosophyllum属,筒状の補虫器をもつヘイシソウ(Sarracenia属),あるいは壺状の補虫器をもつウツボカズラ(Nepenthes属)やHeliamphora属などがある(2)2) 近藤勝彦,近藤誠宏“カラー版 食虫植物図鑑”,家の光協会,2006..
なかでも,インドのアッサム地方から東南アジアの熱帯で見られるNepenthes属は120種以上の種が確認されており,壺状の葉の中に消化液を満たした補虫器をもっている.葉から伸びたつるの先端にある捕虫器原基が徐々に膨れていき(図1A図1■ウツボカズラの補虫器),壺状の捕虫器になる(図1B図1■ウツボカズラの補虫器).壺の蓋が開く頃が一番大きい状態であり(図1B図1■ウツボカズラの補虫器),やがて蓋もしぼんで枯れ果てていく(図1C図1■ウツボカズラの補虫器).Nepenthes属については,補虫器官の形態と材質,消化液中のタンパク質や二次代謝物に関してさまざまな研究が報告されている(3~5)3) 安 忠一,福崎英一郎,小林昭雄:植物の生長調節,37, 139 (2002).4) A. Mithöfer: Phytochemistry, 72, 1678 (2011).5) 濱田達朗:生物工学会誌,90, 659 (2012)..本稿では,消化酵素にかかわる最近の知見を述べてみたい.
一般的に,食虫植物は土壌の栄養が不十分なところで生育していることが多く,主に窒素源の不足を補虫することで補うと考えられている.しかし,食した後は「消化」活動が必要であり,いくら捕食しても効率よく消化ができなければエネルギーを補充することはできない.ウツボカズラの昆虫消化機構は19世紀後半から注目されており,消化液に含まれる“Ferment”(Enzymeの古い呼び名)がタンパク質を分解すると報告されている(6)6) S. H. Vines: J. Anat. Physiol., 11, 124 (1876)..近年のプロテオーム分析によって,Nepenthes alataの生育初期の消化液中のタンパク質が同定されたが,プロテアーゼであるネペンテンシンⅠとⅡ,β-1,3-グルカナーゼ,甘味タンパク質であるタウマチンと類似したタンパク質,およびキチナーゼ(NaCHIT1)といったタンパク質が存在することがわかった(7)7) N. Hatano & T. Hamada: J. Proteome Res., 7, 809 (2008)..上述の酵素やタンパク質はいわゆるPR(Pathogen related)タンパク質として植物感染防御の際に生産されるタンパク質が含まれている.補虫器の発達とともに上記のタンパク質が蓄積されてくるので,ウツボカズラはこれらのタンパク質を補虫した獲物の消化に利用していることが考えられる.昆虫の外骨格や羽根などにはN-アセチル基を含む多糖類であるキチンで構成されており,分泌されたキチナーゼは昆虫消化のために何らかの役割をもっているはずである.消化液中に含まれるキチナーゼの作用機構を明らかにするために,筆者らは2種類のキチナーゼの性質を詳細に解析した.
植物が生産するキチナーゼはアミノ酸配列や触媒ドメインの構造によって少なくとも5種類に分類されている(8)8) T. Taira: J. Appl. Glycosci., 57, 167 (2010)..NaCHIT1は分子量29,000ほどのタンパク質であり,クラスⅣに分類されている.筆者らはNaCHIT1の基質特異性を調べるために,多糖類基質であるコロイダルキチン,β-キチン,水溶性のキチン誘導体であるグライコールキチン,およびオリゴ糖基質であるキチンオリゴ糖[(GlcNAc)3–6]とp-ニトロフェニルキトビオシドを用いて分解活性を調べた(9)9) K. Ishisaki, Y. Honda, H. Taniguchi, N. Hatano & T. Hamada: Glycobiology, 22, 345 (2012)..すると,NaCHIT1はβ-キチンとコロイダルキチンを分解せず,(GlcNAc)4–6を効率よく加水分解することがわかった.また,NaCHIT1による(GlcNAc)4–6に対する加水分解活性を速度論的に解析してみると,重合度が低下するほど基質阻害の程度が強くなる現象が見られた.グライコールキチンに対する活性は若干検出(0.1 U/mg)されたが,N. alataの消化液が示したグライコールキチン分解活性と比較して微弱な活性であった.このことから,多糖類のキチンを加水分解する別のキチナーゼが存在するではないかと筆者らは考えていた.HatanoとHamadaによってさらに消化液のプロテオーム解析が進められた結果,新たにクラスⅢに属するキチナーゼ(NaCHIT3,分子量25,000)が存在することがわかった(10)10) N. Hatano & T. Hamada: J. Proteomics, 75, 4844 (2012)..先述の基質に対するNaCHIT3の活性を調べてみると,コロイダルキチン(0.6 U/mg),グライコールキチン(2.2 U/mg),および(GlcNAc)5–6を加水分解することが明らかになった(11)11) K. Ishisaki, S. Arai, T. Hamada & Y. Honda: Carbohydr. Res., 361, 170 (2012)..またNaCHIT1とNaCHIT3による加水分解活性のpH依存性を調べてみると,NaCHIT1によるキチンオリゴ糖分解活性の至適pHは5.5であった.一方,NaCHIT3の場合,キチンオリゴ糖分解活性の至適pHは3.9であり,コロイダルキチン分解活性の至適pHは3.9~6.9であった.
ところで,補虫器の蓋が開き始めた頃のウツボカズラの消化液のpHは4付近であるが,ハエやキチンを添加するとpHが5.5付近まで増加することが報告されている(10,12)10) N. Hatano & T. Hamada: J. Proteomics, 75, 4844 (2012).12) C. I. An, E. Fukusaki & A. Kobayashi: Planta, 212, 547 (2001)..このpHの変動と両酵素の基質特異性から,NaCHIT1とNaCHIT3の役割を次のように考えることができないだろうか? すなわち,ウツボカズラによる昆虫の補食初期段階では,主にNaCHIT3が餌由来キチンに作用して,ある程度の重合度まで分解する.次に消化液中のpHが上昇すると,NaCHIT3だけではなくNaCHIT1も基質分解に参加して中鎖あるいは短鎖のキチンを効率よく加水分解するという機構である(図2図2■ウツボカズラが生産するキチナーゼによるキチン分解モデル).
また,補虫器内に含まれる溶液にキチンを添加すると,120 kDaの未知タンパク質とペルオキシダーゼの分泌が誘導されることが確認されている(10)10) N. Hatano & T. Hamada: J. Proteomics, 75, 4844 (2012)..これらのタンパク質は,キチンそのもの,もしくは,先述のキチン分解機構によって産生されたキチンオリゴ糖によって誘導されることが考えられた(図2図2■ウツボカズラが生産するキチナーゼによるキチン分解モデル).そして,捕虫器内に分泌されたペルオキシダーゼにより活性酸素が発生し,その活性酸素により捕食された昆虫のタンパク質が酸化されることによって,ネペンテンシンなどによるタンパク質分解が促進されることも考えられる.
ウツボカズラが補虫した獲物は自身が分泌する酵素だけではなく,生育後期の消化液内で繁殖した微生物が増殖して補虫した獲物を消化すると考えられてきた.2011年にNepenthes hybridaの補虫器官内の消化液のメタゲノム解析が行われたが,主にBurkholderia属,Variovorax属および好酸性のバクテリアが存在することが報告された(13)13) T. Morohoshi, M. Oikawa, S. Sato, N. Kikuchi, N. Kato & T. Ikeda: J. Biosci. Bioeng., 112, 315 (2011)..これらの菌から好酸性のリパーゼもクローニングされたが,昆虫分解にリパーゼがどのように寄与しているのかは明らかにされていない.
ウツボカズラとその消化液内の上記微生物の共生関係は補虫器官の進化を探るうえで興味深い関係である.今後,共生菌を含むウツボカズラの消化液内のさまざまな酵素の性質決定を進めていけば,食虫植物の補虫器官のさまざまな成長過程における昆虫消化機構の詳細を明らかにすることができると考えている.
Reference
1) A. Slack: “Carnivorous plants,” MIT Press, 2000.
2) 近藤勝彦,近藤誠宏“カラー版 食虫植物図鑑”,家の光協会,2006.
3) 安 忠一,福崎英一郎,小林昭雄:植物の生長調節,37, 139 (2002).
4) A. Mithöfer: Phytochemistry, 72, 1678 (2011).
5) 濱田達朗:生物工学会誌,90, 659 (2012).
6) S. H. Vines: J. Anat. Physiol., 11, 124 (1876).
7) N. Hatano & T. Hamada: J. Proteome Res., 7, 809 (2008).
8) T. Taira: J. Appl. Glycosci., 57, 167 (2010).
9) K. Ishisaki, Y. Honda, H. Taniguchi, N. Hatano & T. Hamada: Glycobiology, 22, 345 (2012).
10) N. Hatano & T. Hamada: J. Proteomics, 75, 4844 (2012).
11) K. Ishisaki, S. Arai, T. Hamada & Y. Honda: Carbohydr. Res., 361, 170 (2012).
12) C. I. An, E. Fukusaki & A. Kobayashi: Planta, 212, 547 (2001).