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昆虫病原性糸状菌が生産する生理活性物質の単離・同定: リポペプチドの新規生合成機構

Hiroshi Kinoshita

木下

大阪大学生物工学国際交流センター ◇ 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1

International Center for Biotechnology, Osaka University ◇ 2-1 Yamadaoka, Suita-shi, Osaka 565-0871, Japan

Published: 2015-03-20

さまざまな効能がうたわれる健康食品「冬虫夏草」はその名のとおり,冬の間,宿主昆虫(コウモリガ幼虫)内で過ごしていた糸状菌(Cordyceps sinensis)が,夏になり盛んに増殖した結果,ついには宿主を殺害し,表面に生じた子実体(きのこ)を指す.冬虫夏草は古来,中国において漢方薬として重宝されており,滋養強壮,健康促進効果等が報告されている.C. sinensisのように昆虫の幼生あるいは成虫の内部に侵入後,寄生し,最終的に宿主昆虫を死に至らしめる糸状菌は昆虫病原性糸状菌と称される.昆虫病原性糸状菌は宿主に対する特異性が高いこと,また,植物病原菌に対しても抗菌作用を示すことから,安全な微生物農薬や土壌改良材として市販されているものもあり,今後も利用の拡大が期待されている.さらに昆虫病原性糸状菌は宿主への侵入過程,増殖過程において,昆虫の免疫システムに対する忌避物質や昆虫に対する毒素等,さまざまな生理活性物質を生産していると予測されていることから,新規生理活性物質探索源としても注目されており,主に中国,台湾,タイ王国などで探索研究が行われている.これまでに筆者らは日本国内で採取した昆虫病原性糸状菌を用いて,植物病原菌に対する抗菌活性を指標としたスクリーニングや,構造に着目したスクリーニング等を行ってきた結果,多くの新規生理活性物質の発見に成功している(1~5)1) M. Azumi, K. Ishidoh, H. Kinoshita, T. Nihira, F. Ihara, T. Fujita & Y. Igarashi: J. Nat. Prod., 71, 278 (2008).2) S. Y. Lee, H. Kinoshita, F. Ihara, Y. Igarashi & T. Nihira: J. Biosci. Bioeng., 105, 476 (2008).3) S. P. Putri, H. Kinoshita, F. Ihara, Y. Igarashi & T. Nihira: J. Nat. Prod., 72, 1544 (2009).4) S. P. Putri, H. Kinoshita, F. Ihara, Y. Igarashi & T. Nihira: J. Antibiot. (Tokyo), 63, 195 (2010).5) S. P. Putri, K. Ishidoh, H. Kinoshita, S. Kitani, F. Ihara, Y. Sakihama, Y. Igarashi & T. Nihira: J. Biosci. Bioeng., 117, 557 (2014).

ゲノム解析の進捗により,通常糸状菌は少なくとも30個程度は異なる骨格をもった生理活性物質を作りうる能力を秘めていることが明らかとなってきた.しかし,筆者らがさまざまな条件下で培養したサンプルについて,HPLCにより網羅的な代謝物解析を行った際には,検出できる化合物ピークは10個程度であり,同一骨格を有する類縁体が含まれていることも考えると,筆者らが検討した程度の培養条件では多くの生合成遺伝子が未発現もしくは発現量が非常に低い状態であると考えられる.現在はこのような未利用の資源を有効活用するためにさまざまな試みがなされている.これまでの研究により,糸状菌の二次代謝による生理活性物質生合成においては,クロマチン構造の変化によるエピジェネティックな制御が行われていることが明らかとなっており,その事実に基づいて,東北大の浅井らは化合物添加によるクロマチン構造の変化を誘導するケミカルエピジェネティックの手法により新規化合物の発見に成功している(6)6) T. Asai, T. Yamamoto, N. Shirata, T. Taniguchi, K. Monde, I. Fujii, K. Gomi & Y. Oshima: Org. Lett., 15, 3346 (2013)..しかし,この実験系では生産誘導される化合物は同一の基本骨格,すなわち一つの生合成遺伝子の発現誘導にとどまることが多く,全体の生産量が増えた結果,これまでは検出できていなかった誘導体の発見につながったものと思われる.近年では糸状菌での形質転換法が整備されたこと,また,相同組換え効率を挙げる手法が確立されたことなどから,ゲノム解析により得られたデータを基に遺伝子工学的手法により未発現生合成遺伝子の解析・利用も行われており,今後の新規化合物の発見が期待されている.

筆者らはこれまでの探索研究の過程で,昆虫病原性糸状菌Lecanicillium sp. MAFF635047に着目し,生産するさまざまな二次代謝産物の中から一つの化合物を単離精製したところ,糸状菌では報告例の少ない脂肪酸側鎖とペプチドからなるリポペプチド系化合物であり,Verlamelin(VL)であることを示した(7)7) K. Ishidoh, H. Kinoshita, Y. Igarashi, F. Ihara & T. Nihira: J. Antibiot. (Tokyo), 67, 459 (2014)..本菌がこれまで報告されていないVL新規類縁体を生産すること,また,VL生合成において脂肪酸部位とペプチド部位の結合反応に興味がもたれたことから生合成遺伝子の同定を行った.MAFF635047株が有する非リボソームペプチド生合成酵素遺伝子を順次破壊したところ,NRPS4遺伝子(vlmS)破壊株においてVLの生産が消失したことから,この遺伝子を含む領域にVL生合成遺伝子クラスターが存在しているものと予測した.周辺領域を解析したところ,VL生合成に関連すると思われる酵素遺伝子,制御因子遺伝子が存在していたが,脂肪酸側鎖部分の生合成に関与する遺伝子は見いだされなかった(8)8) K. Ishidoh, H. Kinoshita & T. Nihira: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 7501 (2014).図1図1■(A)リポペプチドVerlamelin生合成遺伝子クラスター,(B)Verlamin生合成経路).生合成に関与すると思われた遺伝子それぞれについて機能解析を進めたところ,クラスター内に存在する水酸化酵素遺伝子(vlmA)産物による炭素数14の脂肪酸(ミリスチン酸)の5位への水酸基付加がVLへの脂肪酸取込には必須であることが明らかとなった.ミリスチン酸本体の生合成については,ゲノム上にただ一つの脂肪酸生合成酵素遺伝子しか存在しないこと,vlmS付近には脂肪酸を合成しうるようなポリケタイド生合成酵素遺伝子がないことから考えると,VLの脂肪酸側鎖は一次代謝によって合成されたミリスチン酸の5位がVlmAによって水酸化された後,VlmSの出発基質としてVL生合成に用いられると考えられた.これまで報告されたリポペプチドの生合成において,脂肪酸の水酸化が必須条件であった例はなく,本化合物のような機構は初めての報告である.また側鎖の脂肪酸について,VlmA破壊株において炭素数が異なる脂肪酸を外部添加した場合,VlmSがミリスチン酸以外も取り込み,VL誘導体を生産したことから,今後,VlmA,VlmSに変異を導入することにより,さまざまな脂肪酸を取り込んだ多様な新規誘導体の生産が可能となると考えられる.

図1■(A)リポペプチドVerlamelin生合成遺伝子クラスター,(B)Verlamin生合成経路

一次代謝により合成された炭素数14の脂肪酸(ミリスチン酸)を出発物質とし,5位が水酸化されたものがVlmSに取り込まれる.その後,6つのアミノ酸が順次縮合したのち,VlmSの最後の縮合ドメインにより環化が起こり,Verlamelinが生合成される.VlmA:脂肪酸水酸化酵素,VlmB:チオエステラーゼ,VlmC:AMP依存リガーゼ.

ゲノム解析を行った結果,MAFF635047株はVL生合成遺伝子以外に少なくとも27個の化合物生合成遺伝子を有していることが明らかとなったが,これまでのところ最終化合物が同定されたものはVLただ一つだけである.現在,ランダム変異導入による化合物生産誘導や,麹菌Aspergillus oryzaeを宿主とする異種化合物生産を行った結果,MAFF635047株では生産が確認されていないピークを見いだしており,いまだ同定できていない代謝産物であると考えられる.今後,これら化合物の同定を進めることにより,新規生理活性物質の発見が期待される.

Reference

1) M. Azumi, K. Ishidoh, H. Kinoshita, T. Nihira, F. Ihara, T. Fujita & Y. Igarashi: J. Nat. Prod., 71, 278 (2008).

2) S. Y. Lee, H. Kinoshita, F. Ihara, Y. Igarashi & T. Nihira: J. Biosci. Bioeng., 105, 476 (2008).

3) S. P. Putri, H. Kinoshita, F. Ihara, Y. Igarashi & T. Nihira: J. Nat. Prod., 72, 1544 (2009).

4) S. P. Putri, H. Kinoshita, F. Ihara, Y. Igarashi & T. Nihira: J. Antibiot. (Tokyo), 63, 195 (2010).

5) S. P. Putri, K. Ishidoh, H. Kinoshita, S. Kitani, F. Ihara, Y. Sakihama, Y. Igarashi & T. Nihira: J. Biosci. Bioeng., 117, 557 (2014).

6) T. Asai, T. Yamamoto, N. Shirata, T. Taniguchi, K. Monde, I. Fujii, K. Gomi & Y. Oshima: Org. Lett., 15, 3346 (2013).

7) K. Ishidoh, H. Kinoshita, Y. Igarashi, F. Ihara & T. Nihira: J. Antibiot. (Tokyo), 67, 459 (2014).

8) K. Ishidoh, H. Kinoshita & T. Nihira: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 7501 (2014).