解説

ヒトマスト細胞における高親和性IgE受容体β鎖の役割

Roles of FcεRI β-Chain in Human Mast Cells

Yoshimichi Okayama

岡山 吉道

日本大学医学部総合医学研究所 ◇ 〒173-8610 東京都板橋区大谷口上町30-1

Research Institute of Medical Science, School of Medicine, Nihon University ◇ 30-1 Oyaguchi-Kamicho, Itabashi-ku, Tokyo 173-8610, Japan

Satoshi Nunomura

布村

日本大学医学部総合医学研究所 ◇ 〒173-8610 東京都板橋区大谷口上町30-1

Research Institute of Medical Science, School of Medicine, Nihon University ◇ 30-1 Oyaguchi-Kamicho, Itabashi-ku, Tokyo 173-8610, Japan

Chisei Ra

智靖

日本大学医学部病態病理学系微生物学分野 ◇ 〒173-8610 東京都板橋区大谷口上町30-1

Division of Microbiology, Department of Pathology and Microbiology, School of Medicine, Nihon University ◇ 30-1 Oyaguchi-Kamicho, Itabashi-ku, Tokyo 173-8610, Japan

Published: 2015-03-20

ヒトとマウスFcεRI β鎖遺伝子は7つのexonからなる.ヒトFcεRI β鎖には2つのsplicing variant(βTとMS4A2trucと呼ばれる)があり,タンパク質に翻訳される.Full lengthのFcεRI β鎖は,4カ所の疎水性の強い膜通過部分を有し,N端,C端ともに細胞内にある.C端には,Immunoreceptor tyrosine-based activation motif(ITAM)と呼ばれるシグナル伝達モチーフがある.チロシンリン酸化したFcεRI β鎖ITAMには,Lynなどのシグナル分子が会合する.FcεRI β鎖ITAMは定型的なチロシン残基(YXXLX7-11YXXL)および3つ目の非定型的なチロシン残基(YEELNVYSPIYSEL)をもつ.マウスFcεRI β鎖ITAMの定型的なYを介したシグナルが,FcεRIの架橋刺激による脱顆粒および脂質メディエーターの産生に対してamplifierとして働いている.一方,FcεRI β鎖ITAMの非定型的なYは,サイトカン産生に対して抑制的な制御を行っている.すなわちFcεRI β鎖がそのITAMの定型的および非定型的Yを介してIgE依存性のマスト細胞活性化における正負両方向性の調節によるファインチューニングを行っている.ヒトFcεRI β鎖の発現が抑制されたヒトマスト細胞ではFcεRIの架橋による脱顆粒,PGD2産生,サイトカイン産生は統計学的有意に抑制される.これは,単にFcεRIの細胞表面の発現が減少したためのみならず,Lynの細胞膜への移行が阻止されていたため下流のシグナル伝達が抑制されたことによる.細胞膜に発現しているβ鎖を標的とした薬剤が,アレルギー疾患の新規治療薬となる可能性がある.

はじめに

高親和性IgE受容体(FcεRI)の発現は,齧歯類においてはマスト細胞と好塩基球に特異的であり,その構造は,α鎖,β鎖,γ鎖のダイマーの4量体構造である(1)1) J. P. Kinet: Annu. Rev. Immunol., 17, 931 (1999)..ヒトにおいてはマスト細胞と好塩基球以外に樹状細胞,ランゲルハンス細胞および単球にも発現している.樹状細胞,ランゲルハンス細胞および単球に発現しているFcεRIはα鎖とγ鎖のダイマーから形成されている3量体構造である(1)1) J. P. Kinet: Annu. Rev. Immunol., 17, 931 (1999)..FcεRI β鎖は,1989年に羅ら(2,3)2) C. Ra, M. H. Jouvin & J. P. Kinet: J. Biol. Chem., 264, 15323 (1989).3) U. Blank, C. Ra, L. Miller, K. White, H. Metzger & J. P. Kinet: Nature, 337, 187 (1989).により遺伝子のクローニングがされた.ヒトとマウスFcεRI β鎖遺伝子は7つのexonからなる(4)4) C. Ra, S. Nunomura & Y. Okayama: Front. Immunol., 3, 112 (2012).図1A図1■高親和性IgE受容体(FcεRI)β鎖遺伝子はfull-lengthのβ鎖と2つのalternative splicing form(βT, MS4A2truc)をencodeする).スタートコドンとストップコドンはそれぞれexon 1と7に存在している(図1B図1■高親和性IgE受容体(FcεRI)β鎖遺伝子はfull-lengthのβ鎖と2つのalternative splicing form(βT, MS4A2truc)をencodeする).ラット,マウスとヒトFcεRI β鎖遺伝子のホモロジーは約69%である.ヒトFcεRI β鎖には2つのsplicing variant(βTとMS4A2trucと呼ばれる)があり,タンパク質に翻訳される.βTは,第5イントロンにあるストップコドンで転写が止まり,免疫受容体チロシン活性化モチーフImmunoreceptor tyrosine-based activation motif(ITAM)を含むC端を欠損している(4)4) C. Ra, S. Nunomura & Y. Okayama: Front. Immunol., 3, 112 (2012).図1C図1■高親和性IgE受容体(FcεRI)β鎖遺伝子はfull-lengthのβ鎖と2つのalternative splicing form(βT, MS4A2truc)をencodeする).ITAMとは,チロシン残基を二つ含み,シグナル伝達に関与するモチーフである.そのため,シグナル伝達の機能はない.また,βTとα鎖,γ鎖の会合によるFcεRIの細胞膜発現は減少する.MS4A2trucは,exon 3を欠損しそのため細胞膜領域を欠損しているため(図1C図1■高親和性IgE受容体(FcεRI)β鎖遺伝子はfull-lengthのβ鎖と2つのalternative splicing form(βT, MS4A2truc)をencodeする),細胞膜には発現せず,核や核周囲に存在し,Ca2+依存性のmicrotuble形成に関与し,脱顆粒やサイトカイン遊離に関与している(5,6)5) G. Cruse, D. Kaur, M. Leyland & P. Bradding: FASEB J., 24, 4047 (2010).6) G. Cruse, M. A. Beaven, I. Ashmole, P. Bradding, A. M. Gilfillan & D. D. Metcalfe: Immunity, 38, 906 (2013)..本稿では,FcεRI β鎖の役割と細胞内シグナル制御機構の解説をする.

図1■高親和性IgE受容体(FcεRI)β鎖遺伝子はfull-lengthのβ鎖と2つのalternative splicing form(βT, MS4A2truc)をencodeする

(A)FcεRI β鎖遺伝子.(B)FcεRI β鎖の転写構造.(C)タンパク質構造TM: 細胞膜ドメインITAM: Immunoreceptor tyrosine-based activation motif(ITAM).

FcεRIの構造と発現細胞分布

齧歯類においてはFcεRIの発現はマスト細胞と好塩基球に限られており,その構造は,α鎖,β鎖,およびγ鎖のダイマーが非共有結合によって会合した4量体構造をとる.マウスにおいてはFcεRIが細胞表面に発現するためにはβ鎖が必須であり,αβγ2の4量体構造のみが存在する(1)1) J. P. Kinet: Annu. Rev. Immunol., 17, 931 (1999)..一方,ヒトのFcεRIはαβγ2の4量体構造のみならず,αγ2の3量体構造でも細胞表面に発現することが遺伝子導入の実験から示されているが(1)1) J. P. Kinet: Annu. Rev. Immunol., 17, 931 (1999).図2図2■高親和性IgE受容体(FcεRI)の構造),ヒトの臓器でこの2つのサブタイプがどのような局在を示すのかは全く不明であった.ヒトにおいてはマスト細胞と好塩基球以外に樹状細胞,ラングハンス細胞および単球にも発現していることが報告されているが,樹状細胞,ラングハンス細胞および単球に発現しているFcεRIはα鎖とγ鎖のダイマーから形成されている(1)1) J. P. Kinet: Annu. Rev. Immunol., 17, 931 (1999)..α鎖は細胞外ドメインを主体とした分子で,細胞膜を1回貫通する.細胞外ドメインは,システインを介したS–S結合による2つの免疫グロブリン相同ドメインを形成することから,免疫グロブリンスーパーファミリーに属し,IgE結合能を有する.β鎖には4カ所の疎水性の強い膜通過部分を有し,N端,C端ともに細胞内にある.C端には,ITAMと呼ばれるシグナル伝達モチーフがある.ヒトβ鎖はFcεRIの細胞表面発現とγ鎖を介する細胞内シグナルの増強作用(amplifier)をもつと遺伝子導入の実験から報告されている(7)7) S. Kraft, S. Rana, M. H. Jouvin & J. P. Kinet: Int. Arch. Allergy Immunol., 135, 62 (2004)..マウスFcεRI β鎖は,IgE依存性のマスト細胞活性化のファインチューニングの機能をもつ(8)8) Y. Furumoto, S. Nunomura, T. Terada, J. Rivera & C. Ra: J. Biol. Chem., 279, 49177 (2004)..γ鎖は,ダイマーを形成し,ITAMをもち細胞内シグナル伝達に関与し,またFcεRIの細胞表面発現に関与している.γ鎖は,齧歯類,哺乳類で種を超えてよく保存されており,約90%のアミノ酸が一致する.CD3複合体のζ, η鎖と同一のファミリーを形成しておりT細胞受容体とも会合する.また,γ鎖は,FcγRI,FcγRIIIAおよびFcαRとも会合する(9)9) M. Daeron: Annu. Rev. Immunol., 15, 203 (1997)..また,マウスではFcγRIVとγ鎖は,会合する.

図2■高親和性IgE受容体(FcεRI)の構造

FcεRIの4量体および3量体モデル.上方に細胞外ドメイン,中間に細胞膜ドメイン,下方に細胞内ドメインを示す.Annu. Rev. Immunol., 17, 931 (1999)より改変.

FcεRIを介したLyn–Syk–LATシグナル複合体によるシグナル伝達機構

抗原特異的IgEはマスト細胞表面のFcεRIに結合し,再び侵入してきた特異的抗原と細胞表面の抗原特異的IgEの結合によりFcεRIは架橋されlipid raftに移行する.チロシンキナーゼやアダプター分子が細胞膜上でシグナル伝達複合体を形成してlipid raftと呼ばれるマイクロドメイン構造をとって物理的に相互作用が可能な単位を構成する(10)10) B. S. Wilson, J. M. Oliver & D. S. Lidke: Adv. Exp. Med. Biol., 716, 91 (2011).図3図3■FcεRIを介したLyn-Syk-LATシグナル複合体によるシグナル伝達機構に示すようにFcεRI β鎖の細胞内領域のITAMには,チロシンキナーゼLynが会合し,FcεRIの架橋によりLynはチロシンリン酸化され,活性化されたLynはβ鎖とγ鎖のITAMのチロシンをリン酸化する(11)11) V. Bugajev, M. Bambouskova, L. Draberova & P. Draber: FEBS Lett., 584, 4949 (2010)..γ鎖のITAMには,チロシンキナーゼSykが会合し,Lynによって活性化される.Lynは脱リン酸化酵素であるSHIP-1を活性化し,リン酸化酵素と脱リン酸化酵素の動的なバランスによってシグナルが調節されている.Sykによってアダプター分子LATをリン酸化し,LATにSLP76がGadsを介して会合し,SLP76に結合しているチロシンキナーゼItkによってホスホリパーゼC(PLC)γが活性化され,いくつかのカスケードを介して細胞内カルシウム濃度が増加し,脱顆粒を惹起する.詳細なシグナル伝達機構の解説はほかの総説(10,12)10) B. S. Wilson, J. M. Oliver & D. S. Lidke: Adv. Exp. Med. Biol., 716, 91 (2011).12) A. M. Gilfillan, S. J. Austin & D. D. Metcalfe: Adv. Exp. Med. Biol., 716, 2 (2011).を参照されたい.FcεRI β鎖の細胞内領域のITAMとLynの会合に始まるシグナル伝達によって脱顆粒,脂質メディエーターの産生およびサイトカインの産生が惹起される.

図3■FcεRIを介したLyn-Syk-LATシグナル複合体によるシグナル伝達機構

FcεRIの架橋反応によりLynは,チロシンリン酸化されFcεRI β鎖の細胞内領域のITAMには,チロシンキナーゼLynが会合し,Lynはβ鎖とγ鎖のITAMのチロシンをリン酸化する.γ鎖のITAMには,チロシンキナーゼSykが会合し,Lynによって活性化される.Lynは脱リン酸化酵素であるSHIP-1を活性化し,リン酸化酵素と脱リン酸化酵素の動的なバランスによってシグナルが調節されている.いくつかのカスケードを介して脱顆粒,脂質メディエーターの産生およびサイトカインの産生が惹起される.DAG: diacylglycerol; InsP3: inositol triphosphate; MAPKs: Map kinases; MAPKK: MAPK kinase; MAPKKK: MAPKK kinase; PKC: protein kinase C; PLA2: phospholipase A2; PLCγ1/2: phospholipase Cγ1/2; Ptdins(4,5)P2: phosphoinositide 4,5.

FcεRI β鎖と会合するシグナル分子

FcεRI β鎖ITAMは定型的なチロシン残基(YXXLX7–11YXXL)および3つ目の非定型的なチロシン残基(YEELNVYSPIYSEL)をもつ(図4図4■マウスとヒトFcεRI β鎖ITAMと定型ITAMとの比較).すなわち3つのチロシン残基をもつ.定型的なYをチロシンリン酸化したマウスβ鎖ITAMのペプチドを作成してpull down assayを用いてチロシンリン酸化したβ鎖ITAMとどのようなシグナル分子が会合するかを調べた結果,SHIP-1,SHP-2,PI3 kinase(p85)およびLynが会合した(8)8) Y. Furumoto, S. Nunomura, T. Terada, J. Rivera & C. Ra: J. Biol. Chem., 279, 49177 (2004)..一方,RBLセルラインを用いた研究では,定型的なYをチロシンリン酸化したβ鎖ITAMとSyk,Grb2,Shc,SHIPおよびSHP-1が会合した(13)13) I. Soto-Cruz, J. M. Oliver & E. Ortega: J. Recept. Signal Transduct. Res., 27, 67 (2007)..われわれはヒトの定型的なYをチロシンリン酸化したβ鎖ITAMペプチドを作成してこのペプチドはLynと会合することを確認した.LynはFcεRIの架橋の強さによって脱顆粒およびサイトカイン産生に対して正負の両方の制御を行う(14)14) W. Xiao, H. Nishimoto, H. Hong, J. Kitaura, S. Nunomura, M. Maeda-Yamamoto, Y. Kawakami, C. A. Lowell, C. Ra & T. Kawakami: J. Immunol., 175, 6885 (2005)..すなわち,単量体IgEやIgEプラス低価数の抗原(たとえば,抗hapten 2,4, dinitrophenyl (DNP) IgEプラス3価のDNPをもつbovine serum albumin)の刺激で惹起される弱いFcεRIの架橋ではLynは脱顆粒およびサイトカイン産生に対して正の制御を行い,IgEプラス高価数の抗原(たとえば,抗DNP IgEプラス21価のDNPをもつbovine serum albumin)の刺激で惹起される強いFcεRIの架橋ではLynは脱顆粒およびサイトカイン産生に対して負の制御を行う.Lynは,強いFcεRIの架橋でより活性化されβ鎖ITAMとの会合も強くなる.SHIPおよびSHP-1は強いFcεRIの架橋でより強くリン酸化される(14)14) W. Xiao, H. Nishimoto, H. Hong, J. Kitaura, S. Nunomura, M. Maeda-Yamamoto, Y. Kawakami, C. A. Lowell, C. Ra & T. Kawakami: J. Immunol., 175, 6885 (2005)..Lynを欠損したマウスの骨髄由来培養マスト細胞(BMMC)ではFcεRIの架橋によってSHIPおよびSHP-1のリン酸化は消失する.強いFcεRIの架橋でのLynによる脱顆粒およびサイトカイン産生に対して負の制御はβ鎖ITAMと会合するSHIPおよびSHP-1のリン酸化によると考えられる(14)14) W. Xiao, H. Nishimoto, H. Hong, J. Kitaura, S. Nunomura, M. Maeda-Yamamoto, Y. Kawakami, C. A. Lowell, C. Ra & T. Kawakami: J. Immunol., 175, 6885 (2005).

図4■マウスとヒトFcεRI β鎖ITAMと定型ITAMとの比較

β鎖ITAMには定型的なチロシン残基(YXXLX7–11YXXL)と3つ目の非定型的なチロシン残基(YEELNVYSPIYSEL)がある.

マウスFcεRI β鎖ITAMによるマスト細胞活性化のファインチューニングの分子機構

FcεRIの架橋によるマスト細胞活性化におけるβ鎖の役割を検討する目的にて,それぞれ3つのチロシン残基(Y)をフェニルアラニン(F)に置換した変異体β鎖(YYY, FYY, YFY, YYF, FYF, FFF)を作製して,β鎖ノックアウトマウス由来のマウスBMMCに遺伝子導入した.そして,それぞれのトランスフェクタントBMMCのFcεRIの架橋刺激による細胞活性化の分子機構を検討した(8)8) Y. Furumoto, S. Nunomura, T. Terada, J. Rivera & C. Ra: J. Biol. Chem., 279, 49177 (2004)..β鎖ITAMのすべてのYをFに置換した(FFF)および定型的なYをF置換した(FYY, YYF, FYF)BMMCでは,FcεRIの架橋によりLynとβ鎖の会合や,Syk,LAT,FcεRI γ鎖,β鎖,PLCγ1/γ2,LynおよびSHIP-1のチロシンリン酸化やカルシウム流入が減少し,脱顆粒および脂質メディエーターの産生が野生型(YYY)BMMCと比較して減少した(図5図5■マウスFcεRI β鎖ITAMによるシグナル伝達の調節機構).この効果は抗原濃度に依存しており,低い抗原濃度でより顕著に生じることからβ鎖ITAMの定型的なYを介したシグナルが,FcεRIの架橋刺激による脱顆粒および脂質メディエーターの産生に対してamplifierとして働いていることが明らかとなった.一方,非定型的なYがF置換されたFFFおよびYFY型BMMCは,FcεRIの架橋刺激によるERK,p38MAPK,IKKβ,IKβのリン酸化亢進とNF-κBの核内移行が増強し,SHIP-1のチロシンリン酸化が減少していた.その結果,IL-6,およびIL-13産生が,野生型に比べて増加しており,サイトカン産生に対してβ鎖ITAMの非定型的なYは抑制的な制御を行っていることがわかった(8)8) Y. Furumoto, S. Nunomura, T. Terada, J. Rivera & C. Ra: J. Biol. Chem., 279, 49177 (2004).図5図5■マウスFcεRI β鎖ITAMによるシグナル伝達の調節機構).すなわちFcεRI β鎖がそのITAMの定型的および非定型的Yを介してIgEに応答したマスト細胞活性化の正負両方向性の調節によるファインチューニングを行っていることを明らかにした(図5図5■マウスFcεRI β鎖ITAMによるシグナル伝達の調節機構).

図5■マウスFcεRI β鎖ITAMによるシグナル伝達の調節機構

FcεRI β鎖がそのITAMの定型的および非定型的チロシン残基を介してIgEに応答したマスト細胞活性化の正負両方向性の調節によるファインチューニングを行っている.

ヒトFcεRI β鎖の役割

NIH3T3細胞にヒトFcεRI α鎖とγ鎖を共発現した細胞とヒトFcεRI α鎖とβ鎖とγ鎖を共発現した細胞にさらにSykとLynを共発現させた細胞を作製し,β鎖の役割を検討した報告では,FcεRIの架橋後FcεRI α鎖とβ鎖とγ鎖を共発現した細胞のほうが,α鎖とγ鎖のみを共発現した細胞に比較してSykとLynのリン酸化の程度が5~7倍大きかった.したがってβ鎖はシグナル情報伝達のamplifierであると報告されている(15,16)15) S. Lin, C. Cicala, A. M. Scharenberg & J. P. Kinet: Cell, 85, 985 (1996).16) D. Dombrowicz, S. Lin, V. Flamand, A. T. Brini, B. H. Koller & J. P. Kinet: Immunity, 8, 517 (1998)..また,β鎖の欠損マウスにヒトα鎖を過剰発現させ,さらにヒトβ鎖を導入したマウスのほうがヒトβ鎖を導入しなかったマウスと比較してI型のアレルギー反応が大きかった(17)17) E. Donnadieu, W. O. Cookson, M. H. Jouvin & J. P. Kinet: J. Immunol., 165, 3917 (2000)..Onら(18)18) M. On, J. M. Billingsley, M. H. Jouvin & J. P. Kinet: J. Biol. Chem., 279, 45782 (2004).は単球系のセルラインU937細胞にβ鎖ITAMのすべてのYをFに置換した(FFF)および定型的なYをF置換した(FYY, YYF, FYF)とヒトFcεRIα鎖とγ鎖を共発現させ,FcεRIの架橋後の,γ鎖のチロシンリン酸化,Sykのチロシンリン酸化,細胞内カルシウム動態,Lynとβ鎖の会合を調べたところ,定型的なYの一つTyr-219がamplifier作用に必須のチロシン残基であると報告している.

ヒトのアレルギー疾患患者のアレルギー炎症組織のマスト細胞のFcεRI β鎖の発現

私たちは感度が高く,特異性の高い抗体を作成した(19)19) A. Matsuda, Y. Okayama, N. Ebihara, N. Yokoi, P. Gao, J. Hamuro, J. M. Hopkin & S. Kinoshita: J. Immunol. Methods, 336, 229 (2008)..この抗体を用いて慢性アレルギー性結膜炎患者(n=10)および疾患コントロール(n=10)の結膜におけるFcεRI β鎖の発現を調べたところ,アレルギー性結膜炎患者においてマスト細胞数の統計学的有意な増加が認められたのみならず,FcεRI β鎖+cells/FcεRIα鎖+cellsの比率が,アレルギー性結膜炎において0.69±0.08であり,コントロール(0.07±0.16)に比較して有意な増加が認められた(20)20) A. Matsuda, Y. Okayama, N. Ebihara, N. Yokoi, J. Hamuro, A. F. Walls, C. Ra, J. M. Hopkin & S. Kinoshita: Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 50, 2871 (2009)..また,FcεRI β鎖+マスト細胞はアレルゲンに接触しやすい上皮細胞周囲に局在していた(20)20) A. Matsuda, Y. Okayama, N. Ebihara, N. Yokoi, J. Hamuro, A. F. Walls, C. Ra, J. M. Hopkin & S. Kinoshita: Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 50, 2871 (2009)..したがってアレルギー性結膜炎においてマスト細胞に発現しているFcεRI β鎖の発現制御を行うことは治療につながる可能性がある.

ヒトマスト細胞細胞膜に存在するFcεRI β鎖はFcεRIのシグナル増幅因子である

FcεRIの架橋後の脱顆粒および脂質メディエーターの産生能,サイトカイン産生能におけるβ鎖の役割を検討する目的にてレンチウイルスベクターを用いたshRNA技術にて培養ヒト末梢血由来マスト細胞FcεRI β鎖の発現抑制を行った.FcεRI β鎖の発現が抑制されたマスト細胞ではFcεRIの架橋による脱顆粒,PGD2産生,サイトカイン産生は統計学的有意に抑制された(21)21) Y. Okayama, J. I. Kashiwakura, A. Matsuda, T. Sasaki-Sakamoto, S. Nunomura, N. Yokoi, N. Ebihara, K. Kuroda, K. Ohmori, H. Saito et al.: Allergy, 67, 1241 (2012)..これは,単にFcεRIの細胞表面の発現が減少したためのみならず,細胞内シグナルに影響を及ぼし,活性化が抑制された.FcεRIの架橋後にβ鎖はLynなどのSrc kinaseによってITAMのチロシン残基がリン酸化され,同時にチロシンリン酸化されたβ鎖ITAMにLynが会合し,Lynが細胞膜へ移行するが,β鎖の発現抑制されたマスト細胞ではLynの細胞膜への移行が阻止されていることがわかった(図6図6■ヒトマスト細胞細胞膜に存在するFcεRI β鎖はFcεRIのシグナル増幅因子である).したがってFcεRI β鎖がIgE依存性のヒトマスト細胞の活性化を制御していることがこれらのデータから示唆され,Lynの細胞膜への移行を阻止することがIgE依存性のヒトマスト細胞の活性化を抑制できるのではないかと考え,ドミナントネガテイブな効果を期待しFcεRIβ鎖のITAMチロシン残基をリン酸化させたペプチドに細胞膜透過性ペプチドと結合させたペプチドを作製しその効果を検討したところ,FcεRIの架橋による脱顆粒を有意に抑制した.β鎖ITAMのチロシン残基を3つリン酸化したペプチドおよび定型の外側2つのチロシン残基をリン酸化したペプチドがIgE依存性の脱顆粒を統計学的有意に抑制した.

図6■ヒトマスト細胞細胞膜に存在するFcεRI β鎖はFcεRIのシグナル増幅因子である

FcεRI β鎖の発現が抑制されたマスト細胞ではFcεRIの架橋による脱顆粒,PGD2産生,サイトカイン産生は統計学的有意に抑制された.β鎖の発現抑制されたマスト細胞ではLynの細胞膜への移行が阻止された.

ヒトマスト細胞細胞質に存在するFcεRI β鎖はFcεRIのシグナルを抑制する

ヒトマスト細胞に改良型アデノウイルスベクターを用いてFcεRI β鎖の全長を遺伝子導入した(22)22) Y. Okayama, A. Matsuda, J. I. Kashiwakura, T. Sasaki-Sakamoto, S. Nunomura, T. Shimokawa, K. Yamaguchi, S. Takahashi & C. Ra: Clin. Exp. Allergy, 44, 238 (2014)..導入されたFcεRI β鎖がFcεRIα鎖と会合できる範囲ではマスト細胞表面のFcεRI α鎖の発現は上昇するが,せいぜい1.5倍程度に過ぎなかった.発現した過剰なβ鎖タンパクは細胞質内に存在し,FcεRI α鎖とは,会合せずLynなどのシグナル分子と会合していた.その結果IgE依存性のヒトマスト細胞の活性化は,過剰発現させた細胞質内β鎖によって抑制された(22)22) Y. Okayama, A. Matsuda, J. I. Kashiwakura, T. Sasaki-Sakamoto, S. Nunomura, T. Shimokawa, K. Yamaguchi, S. Takahashi & C. Ra: Clin. Exp. Allergy, 44, 238 (2014).

おわりに

マスト細胞と好塩基球に特異的に発現しているFcεRI β鎖は,IgE依存性のマスト細胞および好塩基球の活性化を精密に制御している.今後マスト細胞と好塩基球の活性化を特異的に制御するため,細胞膜に発現しているFcεRI β鎖を標的とした薬剤が,アレルギー疾患の新規治療薬となる可能性がある.

Reference

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