解説

レニン–アンジオテンシン系と血圧調節

Regulation of Blood Pressure by the Renin–Angiotensin System

松井 利郎

Toshiro Matsui

九州大学農学研究院生命機能科学部門食料化学工学講座 ◇ 〒812-8581 福岡県福岡市東区箱崎6-10-1

Laboratory of Food Science and Biotechnology, Department of Bioscience and Biotechnology, Faculty of Agriculture, Kyushu University ◇ 6-10-1 Hakozaki, Higashi-ku, Fukuoka-shi, Fukuoka 812-8581, Japan

Published: 2015-03-20

高血圧治療薬として初めて登場したのがACE阻害薬である.ACEとはAngiotensin I-converting enzymeの略称であり,レニン分泌を諸端とする一連の代謝系における昇圧物質の産生にかかわる酵素とされる.この代謝系はレニン–アンジオテンシン系と呼ばれ,これまで昇圧系として認識されてきた.しかしながら,近年の報告では本系の代謝物に降圧作用を示す物質が存在することが判明している.ACE阻害を基本とする機能性食品成分(主としてペプチド)は特定保健用食品の関与成分として取り扱われているが,本系の複雑な代謝が明らかになりつつある現在,抗高血圧食品とのかかわりについて再考する段階にあると考える.本稿では,これらを踏まえてレニン–アンジオテンシン系について概説する.

血圧

血圧は体液量と血管抵抗性の積として規定され(血圧=体液量×血管抵抗性),両項の増大が血圧上昇へと導く.したがって,血圧値を維持・改善するにはこれら血圧規定因子の抑制を図ることが重要となる.なお,血圧調節系は神経系と体調節系に大別され,前者は興奮刺激による心拍数増大に伴う一過的な血流量・速度増大であり,後述するように降圧治療の多くは後者の系に帰結されることから,本稿においても体調節系を主題として解説する.

血圧は心拡張期(Diastolic)と心収縮期(Systolic)で表され(mmHg),一定血圧値以上を高血圧としている.しかしながら,高血圧研究が終焉に至らない要因の一つには,発症成因が不明な本態性高血圧症者が約90%以上を占めていることにある.その他は2次性高血圧症とされ,腎機能不全など高血圧の成因が明らかな病態を指す.高血圧状態の持続は心臓での心不全・心筋梗塞,腎臓での腎障害(腎硬化症)・腎不全,血管での閉塞性・解離性動脈疾患等の臓器障害を引き起こすため,血圧値を適正に維持することがこれら臓器を保護するために重要となる(1)1) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:“高血圧治療ガイドライン”,日本高血圧学会,2000..薬剤投与による治療が必要とされる血圧基準は≧160 mmHg(収縮期血圧)or ≧100 mmHg(拡張期血圧)である.前述したように,高血圧発症成因が不明であるため,対処療法として各種の降圧治療(アンジオテンシンⅠ変換酵素(ACE)阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB),(プロ)レニン受容体拮抗薬,Ca2+チャンネルブロッカー(CCB)等)が優先される.それに対して,正常血圧域である<130 mmHg(収縮期血圧)and <85 mmHg(拡張期血圧)との境界領域(正常高値血圧および軽症高血圧)がいわゆる高血圧予備軍であり,運動,減塩,さらには特定保健用食品の対象となる.

レニン–アンジオテンシン系

1. レニン–アンジオテンシン系

降圧剤や特定保健用食品による血圧低下を図るには,レニン–アンジオテンシン系の制御が重要であると認識されている.レニン–アンジオテンシン(–アルドステロン)系は副腎でのアルドステロン分泌によるNa+貯留量増大に伴う循環血液量の増加ならびに末梢血管抵抗性を増加させるため,一般には昇圧代謝系と称される(2)2) 日和田邦男,荻原俊男,猿田享男:“レニン・アンジオテンシン系と高血圧”,先端医学社,1998..本系は循環系だけではなく血管,腎臓,さらには脳組織等にも存在するが,局所での役割については不明な点が多い(特に,精巣に存在するNドメインACEについての役割は十分にわかっていない).図1図1■レニン–アンジオテンシン系(概要)に循環系での血圧調節にかかわるレニン–アンジオテンシン系および降圧系とされるキニン–カリクレイン系を示した.昇圧系としての本系の初段階酵素は腎臓で産生されるレニンであり,腎傍糸球体細胞から分泌される.レニンは肝臓で合成されるアンジオテンシノーゲン(分子量約10万の糖タンパク質)を基質として,アンジオテンシンⅠを産生する.アンジオテンシンⅠはデカペプチドであり,Asp-Arg-Val-Tyr-Ile-His-Pro-Phe-His-Leuの配列を有する.なお,マウスレニンはマウスアンジオテンシノーゲンのみを認識するが,ヒトレニンはヒト・マウスアンジオテンシノーゲンを認識し,アンジオテンシンⅠを生成する.この要因は基質であるアンジオテンシノーゲンのレニン開裂部位での配列の違い(ヒト:Val11-Ile-His,マウス:Leu11-Tyr-His,ラット:Tyr11-Tyr-Ser)に起因するものであり,レニン阻害薬(物質)を研究するうえでこの種特異性を考慮することは極めて重要である(2)2) 日和田邦男,荻原俊男,猿田享男:“レニン・アンジオテンシン系と高血圧”,先端医学社,1998..アンジオテンシンⅠは主として肺循環過程で分解を受け,昇圧活性の最も強いアンジオテンシンⅡ(Asp-Arg-Val-Tyr-Ile-His-Pro-Phe)が生成される.この分解反応にかかわる酵素がアンジオテンシンⅠ変換酵素(ACE)であり,アンジオテンシンⅠのC末端側からジペプチドHis-Leuを切り出す.生成したアンジオテンシンⅡは血管壁に存在するレセプター(AT1R)を介して血管平滑筋を収縮させ,さらに副腎からのアルドステロン分泌を促して腎からのNa+排出を抑制する.このように,アンジオテンシンⅡは体液量ならびに血管抵抗性を増大させるため,本昇圧系での活性本体と認識されている.

図1■レニン–アンジオテンシン系(概要)

2. レニン–アンジオテンシン系阻害

レニン–アンジオテンシン系の阻害,特にアンジオテンシンⅡの産生抑制と作用減弱は降圧の最大目標となる.表1表1■主な降圧剤と血圧低下作用を有する特定保健用食品にまとめたように,降圧剤の作用目的は,大きくは本系の入口(レニン阻害)と出口(ACE阻害:アンジオテンシンⅡ産生抑制,ARB:アンジオテンシンⅡ作用抑制)の制御に帰結できる.現在では血管収縮を担うAT1Rに対するアンタゴニスト剤であるARB薬の開発が主流であるが,降圧薬としてはACE阻害剤開発が初端である.他方,特定保健用食品として認可を受けた食品の関与成分の多くはACE阻害作用を基本としている(3)3) (公財)日本健康・栄養食品協会:http://www.jhnfa.org表1表1■主な降圧剤と血圧低下作用を有する特定保健用食品).ACEは亜鉛を活性中心にもつジカルボキシペプチダーゼ(分子量147 kDa)であり,かつ2つの触媒活性ドメイン(NおよびCドメイン)をもつ(図2図2■ACE(NおよびCドメイン)の1次構造配列とACE活性部位構造).両ドメインともに活性中心のアミノ酸配列はHis-Glu-Met-Gly-Hisであるが,Nドメインは塩素イオン非依存的,Cドメインは塩素イオン依存的に活性発現する.これまでの報告では,Nドメインでは主としてブラジキニン(ブラジキニンレセプターBK2Rを介して血管弛緩を誘導する.図1図1■レニン–アンジオテンシン系(概要)参照)の分解が,CドメインではアンジオテンシンⅠの分解が起こり,反応速度はCドメイン側が大きいとされる(2)2) 日和田邦男,荻原俊男,猿田享男:“レニン・アンジオテンシン系と高血圧”,先端医学社,1998..なお,蓄積したブラジキニンはc繊維からのサブスタンスP量の分泌を刺激し,結果として空咳などの副作用を引き起こす.したがって,この副作用の併発リスクを考えると,ブラジキニンの蓄積を伴わないACE-Cドメインを特異的に阻害するACE阻害剤(ペプチド)が理想的と考えられる.他方,表2表2■高血圧自然発症ラットでの血圧低下作用を示すペプチドおよびタンパク質分解物に示したACE阻害ペプチドの阻害性(IC50値)は,簡便性とCドメイン活性化を考慮した擬似基質(Hip-His-Leu)を用いた高塩素イオン濃度下での評価結果である(4)4) M. T. H. Khan & A. Ather: “Lead Molecules from Natural Products: Discovery and Trends,” Elsevier B.V., the Netherlands, 2006, p. 259..言い換えると,これまでに報告されているACE阻害ペプチドの阻害活性値はN/C-両ドメインに対する阻害の総合値であり,Cドメイン特異的阻害作用については不明である.なお,ACE-Nドメインにおいて分解され,腎繊維化抑制作用を示すacetyl-Ser-Asp-Lys-Pro(5)5) A. Rousseau, A. Michaud, M. T. Chauvet, M. Lenfant & P. Corvol: J. Biol. Chem., 279, 3656 (1995).はACE阻害ペプチドのドメイン特異的阻害挙動を評価する一助になるかもしれない.

図2■ACE(NおよびCドメイン)の1次構造配列とACE活性部位構造

表1■主な降圧剤と血圧低下作用を有する特定保健用食品
降圧剤特定保健用食品
種類代表薬素材関与成分作用機作
レニン阻害剤エナルキレン,アリスキレン酸乳Ile-Pro-Pro-Val-Pro-ProACE阻害
ACE阻害剤カプトプリル,エナラプリルイワシVal-TyrACE阻害
ARB剤(AT1Rアンタゴニスト)ロサルタン,バルサルタンワカメPhe-Tyr, Val-Tyr, Ile-TyrACE阻害
Caチャンネルブロッカーニフェジピン,ベラパミルカツオ節Leu-Lys-Pro-Asn-ProACE阻害
ゴマLeu-Val-TyrACE阻害
カゼインPhe-Phe-Val-Ala-Pro-Phe-Pro-Glu-Val-Phe-Gly-LysACE阻害
ノリAla-Lys-Tyr-Ser-TyrACE阻害
ローヤルゼリーVal-Tyr, Ile-Tyr, Ile-Val-TyrACE阻害
ブナハリ茸Ile-TyrACE阻害
醤油(大豆)Gly-Tyr, Ser-TyrACE阻害
γ-アミノ酪酸GABAノルアドレナリン抑制
酢酸酢酸血管拡張
杜仲茶杜仲葉配糖体血管拡張
燕龍茶フラボノイド血管拡張
クロロゲン酸類クロロゲン酸類血管拡張(NO)
表2■高血圧自然発症ラットでの血圧低下作用を示すペプチドおよびタンパク質分解物
ACE阻害ペプチド・素材IC50 (µM)Δ収縮期血圧(mmHg)
(投与量)
ACE活性文献
血清
(血漿)
心臓血管腎臓
Val-Tyr22−13.7(10 mg/kg)11
His-His-Leu5.7−32(i.v. 5 mg/kg)—*12
Leu-Arg-Pro0.35−26.8(10 mg/kg)13
Ile-Arg-Trp0.6>30(15 mg/kg-18 days)14
発酵大豆Gly-Tyr: 97, Ser-Tyr: 67−12(1 g-発酵大豆/kg)15
酸乳Ile-Pro-Pro: 5, Val-Pro-Pro: 9−26.4(10 mL/kg)
(傾向)
16
大豆ペプチド−38(100 mg/kg/day-1 month)17
大豆ペプチド−41(0.5%食-12週間)18
*—:データ記載なし

ACEを阻害するペプチドはこれまで多数報告され,またペプチド鎖長もさまざまである(表2表2■高血圧自然発症ラットでの血圧低下作用を示すペプチドおよびタンパク質分解物に一例,その他は文献4参照).ACE阻害は基質であるアンジオテンシンⅠを認識する3つの活性部位での拮抗作用を基本とし(図2図2■ACE(NおよびCドメイン)の1次構造配列とACE活性部位構造),活性中心に存在する亜鉛金属イオンとの相互作用も重要となる.したがって,活性ポケットとの構造親和性を考えると,ペプチド鎖長としては2〜3アミノ酸残基で十分といえる.実際,ACE阻害薬としてのカプトプリルはAla-Proを基本骨格とするジペプチド性チオール誘導体であり,エナラプリルについてもPhe-Ala-Proをモデルペプチドとしている.構造–活性相関に関してはこれまでCheungらの報告(6)6) H. S. Cheung, F. L. Wang, M. A. Ondetti, E. F. Sabo & D. W. Cushman: J. Biol. Chem., 255, 401 (1980). に基づき考察され,C末端側アミノ酸側鎖の疎水性とかさ高さがACE阻害性発現に重要であるとされる.近年では,低分子ペプチドをリガンドとしてACEタンパク質構造とのin silico解析(図3図3■ACE/ペプチドのin silico解析)が精力的に実施されており(7~9)7) M. T. H. Khan, K. Dedachi, T. Matsui, N. Kurita, M. Borgatti, R. Gambari & I. Sylte: Curr. Top. Med. Chem., 12, 1748 (2012).8) G. Masuyer, S. L. U. Schwager, E. D. Sturrock, R. E. Isaac & K. R. Acharya: Scientific Reports, 2, 1 (2012).9) T. Lafarga, P. O’Connor & M. Hayes: Peptides, 59, 53 (2014).,ACE活性部位でのS1およびS2′ポケットに対しては芳香族アミノ酸残基が,S1′ポケットに対しては疎水性ならびに芳香族アミノ酸残基が高いドッキングスコアを与える等の有益な阻害構造情報が明らかになりつつある.Leu-TrpとTrp-Leuのようにペプチド配列によって作用(結合)するACE活性ポケットが異なる(7)7) M. T. H. Khan, K. Dedachi, T. Matsui, N. Kurita, M. Borgatti, R. Gambari & I. Sylte: Curr. Top. Med. Chem., 12, 1748 (2012).図3図3■ACE/ペプチドのin silico解析)等,シミュレーション解析により得られる知見は興味深いものがある.このようにACE阻害に必要な構造要件が明らかになりつつあるが,いずれのペプチドもACE阻害活性(IC50)はACE阻害薬と比較して微弱であり(カプトプリル:21 nM,エナラプリル:3 nM),薬剤と同等の降圧作用を発揮するには少なくとも薬剤をしのぐ吸収量が必要である.

図3■ACE/ペプチドのin silico解析

3. ACE阻害ペプチドによるACE阻害

奇異な項目題であるが,これまでのACE阻害性評価はいずれもin vitroでの結果であり,Foltzら(10)10) M. Foltz, C. Pieter, G. van der Pijl & J. E. Duchateau: J. Nutr., 140, 117 (2007).も痛烈に指摘しているようにin vivoでの作用発現を知ることは血圧低下作用を示す物質の生体内での作用機序を知るうえで極めて重要である.表2表2■高血圧自然発症ラットでの血圧低下作用を示すペプチドおよびタンパク質分解物は血圧低下ペプチドを高血圧自然発症ラット(SHR)に投与した後の血圧値およびACE活性変化,in vitro ACE阻害活性をまとめたものである(11~18)11) T. Matsui, M. Imamura, H. Oka, K. Osajima, K. Kimoto, T. Kawasaki & K. Matsumoto: J. Pept. Sci., 10, 535 (2004).12) Z. I. Shin, R. Yu, S. A. Park, D. K. Chung, C. W. Ahn, H. S. Nam, K. S. Kim & H. J. Lee: J. Agric. Food Chem., 49, 3004 (2001).13) A. G. Tejedor, L. S. Rivera, M. C. Ruiz, I. Recio, J. B. Salom & P. Manzanares: J. Agric. Food Chem., 62, 1609 (2014).14) K. Majumder, S. Chakrabarti, J. S. Morton, S. Panahi, S. Kaufman, S. T. Davidge & J. Wu: PLoS ONE, 8, e82829 (2013).15) T. Nakahara, K. Sugimoto, A. Sano, H. Yamaguchi, H. Katayama & R. Uchida: J. Food Sci., 76, H201 (2011).16) O. Masuda, Y. Nakamura & T. Takano: J. Nutr., 126, 3063 (1996).17) J. Wu & X. Ding: J. Agric. Food Chem., 49, 501 (2001).18) H. Y. Yang, S. C. Yang, J. R. Chen, Y. H. Tzeng & B. C. Han: Br. J. Nutr., 92, 507 (2004)..表から明らかなように,in vitroにおいてACE阻害作用を示すペプチドの投与によって血清(あるいは血漿)ACE活性が低下したとの報告例は数例のみである.なお,血中ではブラジキニンは速やかに分解され,ほとんど存在しない(検出できない)(<1 fmol/mL)にもかかわらず,Leu-Arg-Trp投与によってその量が増大したことから(1→3 ng/mL,さらにアンジオテンシンⅡ量の低下),血圧低下作用をACE阻害として論じている(14)14) K. Majumder, S. Chakrabarti, J. S. Morton, S. Panahi, S. Kaufman, S. T. Davidge & J. Wu: PLoS ONE, 8, e82829 (2013).等,科学的真偽については十分に議論する必要がある.また,ACE阻害ペプチドの血中濃度,in vitro阻害活性をもとに血清ACE活性低下(阻害)を議論した論文は見当たらない.他方,臓器に局在するACEの活性変化では,Val-Tyr(11)11) T. Matsui, M. Imamura, H. Oka, K. Osajima, K. Kimoto, T. Kawasaki & K. Matsumoto: J. Pept. Sci., 10, 535 (2004).やHis-His-Leu(12)12) Z. I. Shin, R. Yu, S. A. Park, D. K. Chung, C. W. Ahn, H. S. Nam, K. S. Kim & H. J. Lee: J. Agric. Food Chem., 49, 3004 (2001).の投与による血管(あるいは腎臓)での低下が認められ,ペプチドによる血管機能改善作用が着目されつつある要因の一つとなっている.しかしながら,投与・吸収されたペプチドが直接的に臓器ACEを阻害したかどうかは不明であり,Ca2+収縮シグナル系の抑制(19)19) T. Kumrungsee, T. Saiki, S. Akiyama, K. Nakashima, M. Tanaka, Y. Kobayashi & T. Matsui: Biochim. Biophys. Acta, 1840, 3073 (2014).やNO/cGMP系の賦活(14)14) K. Majumder, S. Chakrabarti, J. S. Morton, S. Panahi, S. Kaufman, S. T. Davidge & J. Wu: PLoS ONE, 8, e82829 (2013).による組織レニン–アンジオテンシン系の間接的な制御の結果として捉えることもできる.このように,これまでの研究からはin vitro ACE阻害作用を示すペプチドがin vivoにおいて直接的に循環レニン–アンジオテンシン系ACEを阻害するとの積極的な知見は見当たらない.

4. 血圧調節系としてのレニン–アンジオテンシン系とその制御の意義

前述したように,レニン–アンジオテンシン系は循環系だけでなくあらゆる臓器に存在する(2)2) 日和田邦男,荻原俊男,猿田享男:“レニン・アンジオテンシン系と高血圧”,先端医学社,1998..しかしながら,各組織のACE活性は血圧の上昇に伴って一律には変化しない.SHRの場合,血圧の亢進によって血管ACE活性は増加するが,血液や他の組織のACE活性は血圧亢進とは相関しない(20)20) 宮崎瑞夫:血管と内皮,3, 255 (1993)..その一方で,ACE阻害薬であるスピラプリルによる長期間にわたる降圧作用の発現は大動脈血管ACE活性の低下が一つの要因である(21)21) H. Okunishi, T. Kawamoto, Y. Kurobe, Y. Oka, K. Ishii, T. Tanaka & M. Miyazaki: Clin. Exp. Pharmacol. Physiol., 18, 649 (1991).ことが指摘されている.このように,昇圧系としてのレニン–アンジオテンシン系と降圧作用の関係について十分な解明がなされているわけではない.

図4図4■レニン–アンジオテンシン系とその代謝物はこれまでの報告例をもとにレニン–アンジオテンシン系を再構築したものである.図1図1■レニン–アンジオテンシン系(概要)のレニン–アンジオテンシン系を古典的昇圧系とすると,図4図4■レニン–アンジオテンシン系とその代謝物に示した本系は自己血圧調節系とみなすことができる.本系の起点とされる酵素レニンについては,その前駆体であるプレプロレニンが腎臓において不活性型とされるプロレニンへと変換され,さらにプロセッシングを受けて“活性型”のレニンとなる.しかしながら,近年の研究によりプロレニンおよびレニンを認識する受容体(両者が結合することから,(プロ)レニン受容体と呼ばれる)が同定され,循環系臓器をはじめとしてさまざまな主要臓器に発現していることが判明した(22)22) A. Ichihara, M. Sakoda, A. Kuramachi-Mito, Y. Kaneshiro & H. Itoh: J. Mol. Med., 86, 629 (2008)..(プロ)レニン受容体へのプロレニンの結合は細胞内MAP(mitogen-activated proteins)キナーゼ経路を活性化し,病態悪変を惹起し,さらに本受容体に結合したプロレニンは組織においてレニン様の酵素活性(アンジオテンシノーゲン分解)を示す.したがって,レニン阻害剤の重要性はもとより(プロ)レニン受容体拮抗薬の開発(現在はアリスキレンのみ),さらにはこれを指向した食機能学研究は新たな降圧戦略といえる.

図4■レニン–アンジオテンシン系とその代謝物

従来,アンジオテンシンⅠ代謝物は血圧上昇にかかわる物質(あるいは不活性代謝物)とされ,アンジオテンシンⅡおよびⅢはその代表的な昇圧代謝物と認識されてきた.しかしながら,近年では多様な活性アンジオテンシン代謝物が血圧調節に直接かかわっていることが明らかになりつつある.血圧上昇にかかわるアンジオテンシン代謝物はアンジオテンシンⅡである.他方,血圧低下にかかわるアンジオテンシン代謝物としてアンジオテンシンⅡ(AT2Rを介した血管弛緩.ただし,AT1Rへの結合が優先する),アンジオテンシン(1–7)(23)23) Y. Ren, J. L. Garvin & O. A. Carretero: Hypertension, 39, 799 (2002).,アンジオプロテクチン(24)24) V. Jankowski, M. Tolle, R. A. S. Santos, T. Gunthner, E. Krause, M. Beyermann, P. Welker, M. Bader, S. V. B. Pinheiro, W. O. Sampaio et al.: FASEB J., 25, 2987 (2011).が報告されている.作用は不明であるが,アンジオテンシンA(25)25) V. Jankowski, R. Vanholder, M. van der Giet, M. Tolle, S. Karadogan, J. Gobom, J. Furkert, A. Oksche, E. Krause, T. N. A. Tran et al.: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 27, 297 (2007).が血圧調節にかかわっている可能性も指摘されている.なお,図には示していないがアンジオテンシン(3–4)は腎糸球体圧調節因子として働く可能性がある(26)26) F. Axelband, J. Dias, F. Miranda, F. M. Ferrao, R. I. Reis, G. M. Costa-Neto, L. S. Lara & A. Vieyra: Regul. Pept., 177, 27 (2012)..したがって,図4図4■レニン–アンジオテンシン系とその代謝物に示したレニン–アンジオテンシン系を俯瞰すると,本系は血圧上昇/血圧低下を担う自己血圧調節系として成立している可能性がある.

図5図5■アンジオテンシンⅠ分解とその代謝物はアンジオテンシンⅠの分解(代謝)にかかわる酵素をまとめたものである.アンジオテンシンⅠからⅡへの分解をACE作用として捉えてきたが,実際にはトニンやキマーゼもその分解を担う(27,28)27) D. J. Campbell: Int. J. Biochem. Cell Biol., 35, 784 (2003).28) K. Kirimura, S. Takai, D. Jin, M. Muramatsu, K. Kishi, K. Yoshikawa, M. Nakabayashi, Y. Mino & M. Miyazaki: Hypertens. Res., 28, 457 (2005)..特に,心臓疾患の重篤化とともにキマーゼによるアンジオテンシンⅠ分解はACEよりも優先される.キマーゼはトリプシン様酵素であるため,ACE阻害薬による阻害を受けない(筆者らの見いだしたVal-Tyrについてもヒトリコンビナントキマーゼに対する阻害作用は認められない).本系を血圧調節系として捉えるうえでアンジオテンシン(1–7)は重要である.これまでの報告により,アンジオテンシン(1–7)はアンジオテンシンⅡとは独立したレセプター(MasR)を介して血管でのNO産生促進,平滑筋細胞増殖抑制作用を示し,降圧的に働くことが明らかとなっている(27,29)27) D. J. Campbell: Int. J. Biochem. Cell Biol., 35, 784 (2003).29) E. J. Freeman, G. M. Chisolm, C. M. Ferrario & E. A. Tallant: Hypertension, 28, 104 (1996)..また,アンジオテンシンⅠを起点として派生するアンジオテンシン(1–7)がACE活性を低下させる(30)30) B. Tom, A. Dendorfer & A. H. J. Danser: Int. J. Biochem. Cell Biol., 35, 792 (2003).との報告は,亢進したレニン–アンジオテンシン系(アンジオテンシンⅠおよびアンジオテンシンⅡ量増大)をフィードバック的に制御している可能性を示唆している.したがって,“ACE阻害”は昇圧および降圧代謝物双方の産生を遮断することから,降圧戦略の良策かどうかは不明である.他方,アンジオテンシンⅠおよびⅡからのアンジオテンシン(1–7)の産生増大を促すACE2の活性化は理に適った戦略の一つである.イミノヒドラジン基を含むジミナゼンアセテュレートがACE2触媒活性を促進する(アンジオテンシンⅡからアンジオテンシン(1–7)への産生が約1.5倍増大)(31)31) L. A. Kulemina & D. A. Ostrov: J. Biomol. Screen., 16, 878 (2011).との知見は,塩基性ペプチド等によるACE2活性化の可能性を示唆する新たな高血圧改善研究の視点といえる.

図5■アンジオテンシンⅠ分解とその代謝物

これまでのアンジオテンシン(1–7)の生理作用に関する精力的な研究と比較して,アンジオプロテクチンならびにアンジオテンシンAに関する知見は僅かであるが,今後のレニン–アンジオテンシン系制御の意義を考えるうえで極めて重要な代謝物と考える(図4図4■レニン–アンジオテンシン系とその代謝物).アンジオテンシンAやアンジオプロテクチンの存在が明らかになったのはJankowskiら(24,25)24) V. Jankowski, M. Tolle, R. A. S. Santos, T. Gunthner, E. Krause, M. Beyermann, P. Welker, M. Bader, S. V. B. Pinheiro, W. O. Sampaio et al.: FASEB J., 25, 2987 (2011).25) V. Jankowski, R. Vanholder, M. van der Giet, M. Tolle, S. Karadogan, J. Gobom, J. Furkert, A. Oksche, E. Krause, T. N. A. Tran et al.: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 27, 297 (2007).のMALDI-TOF-MS解析による.これら代謝物が見いだされなかった大きな理由は,ELISA法でのアンジオテンシンⅡ抗体が両代謝物に対しても交差反応性を示すため,アンジオテンシンⅡとして評価されていたためである(言い換えると,これら3種のアンジオテンシン代謝物の合計値として評価).アンジオテンシンAは,Asp脱炭酸酵素によりアンジオテンシンⅡのN末端アミノ酸Aspの脱炭酸反応により生じる(Des[Asp1]-[Ala1]-アンジオテンシンⅡ).これまでのところ,アンジオテンシンAがAT2Rへの高親和的結合を介して降圧的に作用するとの報告(25)25) V. Jankowski, R. Vanholder, M. van der Giet, M. Tolle, S. Karadogan, J. Gobom, J. Furkert, A. Oksche, E. Krause, T. N. A. Tran et al.: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 27, 297 (2007).がある一方で,アンジオテンシンⅡとほぼ同等にAT1Rアゴニスト(昇圧物質)として働くとの報告(32)32) R. Yang, I. Smolders, P. Vanderheyden, H. Demaegdt, A. V. Eeckhaut, G. Vauquelin, A. Lukaszuk, D. Tourwe, S. Y. Chai, A. L. Albiston et al.: Hypertension, 57, 956 (2011).もあり,生理作用についてはいまだ不明である.他方,アンジオプロテクチンは血管内皮に存在するMas受容体(Ang(1–7)受容体)への結合を介してアンジオテンシンⅡ誘導の血管収縮を抑制する(24)24) V. Jankowski, M. Tolle, R. A. S. Santos, T. Gunthner, E. Krause, M. Beyermann, P. Welker, M. Bader, S. V. B. Pinheiro, W. O. Sampaio et al.: FASEB J., 25, 2987 (2011)..したがって,アンジオテンシンⅡから派生するアンジオプロテクチン(Des[Asp1]-Des[Arg2]-[Pro1]-[Glu2]-アンジオテンシンⅡ,トランスフェラーゼ等により産生されるようであるがその生成経路は不明)は内因的な血管弛緩性物質であると言える.このことは,ACEならびにACE2系とは独立した内因性降圧物質産生系がレニン–アンジオテンシン系,特に局所(血管内皮など)に存在すること,ACE阻害は降圧作用を有するアンジオテンシン代謝物の産生に影響を及ぼす可能性があることを示唆している.

おわりに

昇圧系としてのレニン–アンジオテンシン系は単純,かつin vitro阻害評価系が簡便であったことから,食品機能学研究においても多くのACE阻害物質が評価されてきた.しかしながら,本系は昇圧/降圧代謝物が産生される血圧調節系であることが徐々に判明し,かつ代謝物量も各種の臓器疾病(腎不全や心血管障害など)と連動して変化するようである.食品機能学分野においても降圧性アンジオテンシン代謝物動態と“ACE”阻害の意義を再考し,“in vitro ACE阻害作用を示す”ペプチドによる血圧低下作用について多様な視点から解明を行うことが必要であると考える.

Note

ACEangiotensin I-converting enzyme
ACE2angiotensin converting enzyme 2
ARBangiotensin II receptor blocker
AT1Rangiotensin II type 1 receptor
AT2Rangiotensin II type 2 receptor
BK2Rbradykinin type 2 receptor
CCBCa2+ channel blocker
SHRspontaneously hypertensive rats

Reference

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