解説

変性状態のタンパク質を高度に利用するカチオン化技術

Advanced Utilization of Denatured Protein by Cationization Techniques

二見 淳一郎

Junichiro Futami

岡山大学大学院自然科学研究科 ◇ 〒700-8530 岡山県岡山市北区津島中3丁目1番1号

Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University ◇ 3-1-1 Tsushimanaka, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama 700-8530, Japan

Published: 2015-03-20

細胞外に分泌する比較的安定で堅いタンパク質と,動物細胞内に存在するフレキシブルなタンパク質の精製・保存方法は大きく異なる.タンパク質変性の最大の問題点は不溶化とも言えるが,Cys残基に対して化学修飾法で正電荷を付与するカチオン化技術は,変性状態のタンパク質に高い水溶性を付与して特に細胞内タンパク質の活用方法を拡張する.さらに動物細胞の総タンパク質の混合物は,核酸を除去することで変性状態でありながら純水中にて高い水溶性を示すこともわかってきた.これらの変性タンパク質の可溶化技術を活用することで,医用工学的なタンパク質の高度な利用方法が見えてくる.

はじめに

ヒトの体重の約60%が水分であり,その生命活動の実行部隊がタンパク質である.すなわち,脂質二重膜中に存在する膜タンパク質や,繊維性の結合組織を構成するタンパク質を除けば,大半のタンパク質が「水溶性分子」として機能している.タンパク質を取り扱う生化学実験では,活性構造のタンパク質が変性しないように細心の注意を払いながら分離・精製し,安定に保存できる条件を個別に探索する必要がある.この水溶性タンパク質の取り扱いの難易度については,一般に各タンパク質の熱力学的な安定性とよく相関する.たとえば,アルブミンやグロブリンといった血清中を循環する多くの分泌タンパク質は分子内にジスルフィド(SS)結合を複数保有する比較的「堅い」球状タンパク質であり,精製タンパク質は水分を除去した凍結乾燥状態でも安定に保存可能な場合がある.一方で細胞質内タンパク質はCys残基の側鎖が反応性の高いSH基であり,比較的「フレキシブル」なタンパク質が大半で,保存中に失活してしまう事例も頻発する.それゆえ,一般に細胞内タンパク質の取り扱いには細心の注意が必要である.本稿でご紹介する「変性タンパク質の可溶化技術」は,特にフレキシブルな細胞内タンパク質の取り扱いの自由度を大幅に拡張するものである.

タンパク質の変性と不溶化

一般に,球状の水溶性タンパク質は疎水性残基を分子の内側に配向し,分子表面で親水性残基が水和水と相互作用することで特定の立体構造を形成している.この立体構造が崩壊して変性する際に疎水性残基が分子表面に露出するため,分子間の疎水相互作用を主因とした凝集が進行する.これがタンパク質の変性に伴う不溶化の主因となる機構である(図1図1■変性タンパク質の凝集・不溶化を誘導する主な機構).これに加えて見落とされがちな凝集要因が,変性タンパク質と核酸との静電的相互作用である.特に細胞内タンパク質を組換えタンパク質として大腸菌や動物細胞内で発現させた際には,宿主細胞の破砕に伴い大量の核酸成分と標的タンパク質が接触することになる.大腸菌で生産する組換えタンパク質がしばしば不溶性のインクルージョンボディを形成するが,この変性タンパク質にも多量の核酸が混入している(1)1) J. Futami, Y. Tsushima, H. Tada, M. Seno & H. Yamada: J. Biochem., 127, 435 (2000)..主成分はRNAであり超音波処理や酵素処理でも解離しない数十〜百塩基程度の核酸が変性タンパク質と強固に会合している.さらに変性タンパク質の分子間で架橋するSS結合もポリマー化・凝集の一因となる.還元的な環境である大腸菌の菌体内で形成されるインクルージョンボディ中では分子間のSS結合が形成されている例は少ないが,試験管内で不溶化するタンパク質の凝集体は,しばしば分子間のSS結合でポリマー化していることがある.

図1■変性タンパク質の凝集・不溶化を誘導する主な機構

動物細胞内の細胞内タンパク質に含まれる天然変性領域

細胞内タンパク質が機能発現をする際には高次の複合体形成が必要な例が多い.この分子認識・相互作用においては細胞外と細胞内タンパク質ではかなり違った様式を選択しているようである.細胞外では,たとえば抗原–抗体反応に代表されるような分子間相互作用において,エピトープ面とパラトープ面がそれぞれ結合可能な立体構造を形成しており,高い分子認識能で結合することができる.一方で,細胞内で形成されるタンパク質複合体の多くの相互作用面には,結合前はフレキシブルな構造でありながら,結合と共役して安定な立体構造を形成して複合体を形成するinduced fit型の結合様式をとるものが多い(2)2) P. Tompa: FEBS Lett., 579, 3346 (2005)..すなわち,複合体を形成する前の細胞内タンパク質には特定の立体構造を保持しない天然変性領域が多く存在する.この傾向は真核生物で顕著であり,原核生物の細胞内タンパク質に含まれる天然変性領域は10%以下である一方で,真核生物では30~40%になると見積もられている(3,4)3) J. J. Ward, J. S. Sodhi, L. J. McGuffin, B. F. Buxton & D. T. Jones: J. Mol. Biol., 337, 635 (2004).4) S. Fukuchi, K. Hosoda, K. Homma, T. Gojobori & K. Nishikawa: BMC Struct. Biol., 11, 29 (2011)..特に高次の複合体形成が必要な転写因子タンパク質においては天然変性領域が60%に達すると見積もられる(4)4) S. Fukuchi, K. Hosoda, K. Homma, T. Gojobori & K. Nishikawa: BMC Struct. Biol., 11, 29 (2011)..これらの天然変性領域は細胞内の状況に応じて多様なリガンドを広く認識できるプロミスキャスな相互作用が可能であり,組み合わせ次第で多様な生理機能の発現が可能である(5)5) S. Fukuchi, T. Amemiya, S. Sakamoto, Y. Nobe, K. Hosoda, Y. Kado, S. D. Murakami, R. Koike, H. Hiroaki & M. Ota: Nucleic Acids Res., 42(Di), D320 (2014)..この天然変性領域は比較的疎水性度の低いアミノ酸で構成されているものの(6,7)6) J. Song: FEBS Lett., 583, 953 (2009).7) J. Song: F1000 Res., 2, 94 (2013).,天然変性領域を含む組換えタンパク質の大量調製の現実は,凝集との競争であり困難を伴う例が多い.どんなに変性しないように努力しても,はじめから天然変性状態の細胞内タンパク質は自ずと安定性の高い細胞外タンパク質とは取り扱いが異なってくる.

変性状態のタンパク質を高度に可溶化するカチオン化技術

変性状態のタンパク質でありながら非常に高い水溶性を示すものの代表例としてゼラチンが挙げられるが,疎水性の高いアミノ酸(Trp, Ile, Phe, Leu)の含有率が極めて低い特徴がある.大半の変性タンパク質の水溶性が低い理由は,疎水性アミノ酸の含有率が分子間凝集の促進に十分なレベルに達しているためであるが,これをタンパク質の化学修飾技術を用いて水溶性に変換する技術がカチオン化技術である(8)8) J. Futami, M. Kitazoe, H. Murata & H. Yamada: Expert Opinion on Drug Discovery, 2, 261 (2007).図2図2■変性タンパク質のCys残基に対する各種のカチオン化技術).極性分子である水は荷電物質と強く相互作用をして水和状態となるため,極めて高い水溶性を示す.すなわち変性タンパク質に電荷を導入することで疎水性を相殺する親水性が付与される.電荷としてはカチオン/アニオンのいずれでも効果的であるが,変性状態のタンパク質分子に対する望ましくない化学反応を低減させるためには酸性~弱酸性での保存が好ましく,カチオン化が優位となる.たとえばpH 3の条件で考えれば,Asp,Gluの側鎖のカルボキシル基はプロトン化により負電荷を失う一方で,Lys,Arg,Hisの側鎖は正電荷を帯びるため総電荷は大きく正に偏る.化学修飾によるカチオン化はCys残基に付与する手法が最も効果的かつ簡便で,変性タンパク質の用途に応じて,可逆的なSS結合もしくは安定で不可逆的なS-アルキル化が選択できる.特に前者のSS結合の場合は酸性~弱酸性条件下で保存することで遊離のSH基によるSH/SS交換反応の抑制と正に偏った総電荷となることから,高い保存安定性と溶解性が同時に達成できる.

図2■変性タンパク質のCys残基に対する各種のカチオン化技術

TAPS化タンパク質の試験管内および細胞内での巻き戻し

大腸菌を宿主とした組換えタンパク質の生産系は,簡便かつ安価にタンパク質が生産できるものの,しばしば不溶性のインクルージョンボディの形成に悩まされる.Cys残基に対しSS結合で1価の4級アンモニウム基を導入できるTrimethyl-ammoniopropyl methanethiosulfonate(TAPS-Sulfonate)はCys含有タンパク質を可溶化する強力なツールとなる(9)9) M. Inoue, J. Akimaru, T. Nishikawa, N. Seki & H. Yamada: Biotechnol. Appl. Biochem., 28, 207 (1998)..変性タンパク質の沈殿を6 M塩酸グアニジンなどの変性剤中で溶解し,ジチオスレイトールなどでCys残基を完全に還元した後,SH基の少過剰量のTAPS-Sulfonateを添加することでタンパク質をカチオン化し,水に対して透析することで水溶性のTAPS化タンパク質が取得できる(詳しくは片山化学工業のホームページ).もともとインクルージョンボディに過剰発現させた組換えタンパク質は,可溶性画分の徹底的な洗い出しを行うことで,SDS-PAGE上でほぼシングルバンドになるまで精製度を上げることができる.一連のTAPS化タンパク質の抽出作業で,菌体由来の大部分の夾雑物が除去できるため,純度の高い水溶性のTAPS化タンパク質の抽出が可能である.このTAPS化タンパク質がSS結合を有する細胞外タンパク質の場合は適切な酸化還元系で巻き戻すことが可能で,複数の巻き戻しタンパク質の機能・構造解析の実績がある(10,11)10) G. Mallorquí-Fernández, J. Pous, R. Peracaula, J. Aymamí, T. Maeda, H. Tada, H. Yamada, M. Seno, R. de Llorens, F. X. Gomis-Rüth et al.: J. Mol. Biol., 300, 1297 (2000).11) K. Miura, H. Doura, T. Aizawa, H. Tada, M. Seno, H. Yamada & K. Kawano: Biochem. Biophys. Res. Commun., 294, 1040 (2002)..一方で,転写因子をはじめとした細胞内タンパク質の場合は前述のとおり,相互作用パートナーが存在しない試験管内で安定な巻き戻しは困難である.ここでTAPS化タンパク質が正電荷を帯びている有用性が活きてくる.動物細胞の細胞表面は負電荷を帯びており,正電荷を帯びるカチオン化タンパク質を培養細胞に添加すると,細胞表面への静電的な吸着を介して効率的に生細胞内へ移行する(12~14)12) J. Futami, T. Maeda, M. Kitazoe, E. Nukui, H. Tada, M. Seno, M. Kosaka & H. Yamada: Biochemistry, 40, 7518 (2001).13) J. Futami, E. Nukui, T. Maeda, M. Kosaka, H. Tada, M. Seno & H. Yamada: J. Biochem., 132, 223 (2002).14) J. Futami, M. Kitazoe, T. Maeda, E. Nukui, M. Sakaguchi, J. Kosaka, M. Miyazaki, M. Kosaka, H. Tada, M. Seno et al.: J. Biosci. Bioeng., 99, 95 (2005)..エンドサイトーシス様の経路での取り込みになるため,大半がエンドソームからリソソームへと移行して分解してしまうが,カチオン化に用いるカチオン性基として正電荷密度の高いポリエチレンイミンやその誘導体を用いることで細胞質中への移行効率が大幅に向上する(15~17)15) H. Murata, J. Futami, M. Kitazoe, T. Yonehara, H. Nakanishi, M. Kosaka, H. Tada, M. Sakaguchi, Y. Yagi, M. Seno et al.: J. Biochem., 144, 447 (2008).16) M. Futami, Y. Watanabe, T. Asama, H. Murata, H. Tada, M. Kosaka, H. Yamada & J. Futami: Bioconjug. Chem., 23, 2025 (2012).17) J. Futami & H. Yamada: Curr. Pharm. Biotechnol., 9, 180 (2008)..可逆的なSS結合でカチオン化・可溶化された細胞内タンパク質が,還元的な環境である細胞質内まで到達すれば,カチオン性基は還元・解離して,生細胞内で自発的・シャペロン依存的に活性構造に巻き戻ることが可能である(18)18) H. Murata, M. Sakaguchi, J. Futami, M. Kitazoe, T. Maeda, H. Doura, M. Kosaka, H. Tada, M. Seno, N. Huh et al.: Biochemistry, 45, 6124 (2006).図3図3■可逆的変性カチオン化タンパク質のin cell folding法による活性化と細胞機能の人工制御).この一連の過程をin cell folding法と命名しており,現在も低毒性で細胞質への移行効率を高める技術改善が進んでおり,培養細胞への均一かつ一過的な導入と機能発現により,培養細胞の機能を人工制御するための技術として育成中である.

図3■可逆的変性カチオン化タンパク質のin cell folding法による活性化と細胞機能の人工制御

文献18より一部改変.

天然変性タンパク質の特徴を利用した新規な変性タンパク質の可溶化方法

ここでもう一度,細胞内タンパク質が本来存在している環境を見直してみよう.動物細胞の細胞質内のタンパク質濃度は100 mg/mL程度と推定され(19)19) B. J. Zeskind, C. D. Jordan, W. Timp, L. Trapani, G. Waller, V. Horodincu, D. J. Ehrlich & P. Matsudaira: Nat. Methods, 4, 567 (2007).,さらに糖質,脂質,核酸などを含む水溶性の生体高分子の濃度は400 mg/mLに達すると言われる(20)20) G. Guigas, C. Kalla & M. Weiss: Biophys. J., 93, 316 (2007)..ここまでくると各溶質の周りに結合している配位水を除いた自由水がかなり限定された状況が想像され,試験管内でこれほどの高濃度のタンパク質の水溶液を調製するのは至難である.では生細胞内ではどのようにしてタンパク質の高濃度状態を維持し,かつ,複雑なタンパク質分子間相互作用を通じて高次な生命機能を発現しているのであろうか? 旧来からの考えでは,タンパク質は変性すると溶解度が低下してしまうので,各種のシャペロニン分子が変性タンパク質のフォルディングを促進してNative状態の維持に努めているからと考えられてきた.しかし真核生物の細胞質内ではシャペロン依存だけでは説明できない現象も見えてきた.最近われわれは動物細胞内の総タンパク質のMixtureから核酸成分をTrizol試薬(Life Technologies)などを用いて完全に除去すると,変性状態の総タンパク質が純水中でほぼすべてが溶解することを発見した(21)21) J. Futami, H. Fujiyama, R. Kinoshita, H. Nonomura, T. Honjo, H. Tada, H. Matsushita, Y. Abe & K. Kakimi: PLoS ONE, 9, e113295 (2014).図4図4■高等動物由来の総タンパク質が示す変性状態かつ除核酸条件下での特別な溶解性).このLysate中には疎水性の高い膜タンパク質などもすべて含まれており,総タンパク質の完全可溶化が可能な手法である.この特別な溶解性は,動物細胞由来の総タンパク質(Lysate mixture)に特化した現象で,単細胞真核生物(酵母)や原核生物(大腸菌・ブドウ球菌)由来の総タンパク質,あるいは個別の組換えタンパク質では達成できない.また,微量の核酸などのイオン性物質(塩類)が共存すると不溶化し,純水中に限られた溶解性を示す.前述のとおり,動物細胞の細胞内タンパク質には疎水性度が比較的低い天然変性タンパク質の含有量が高いことから,生理的な条件下でもフレキシブルな構造領域が一定量存在している.また,純水中では変性タンパク質の側鎖の解離性残基はカウンターイオンが存在しないためすべてイオン化された状態にあり,高い水和状態を維持できる.これらのすべての因子は,生理条件下の高等動物の細胞内環境でも変性状態のタンパク質の溶解性向上に寄与する.すなわち,高等動物の細胞内タンパク質は,変性状態でもある程度の溶解性を維持できるアミノ酸組成となるように進化したものと推定している(図5図5■変性タンパク質の溶解性維持と凝集を決める因子).その結果,細胞内の状況に応じて多様なリガンドを広く認識できるプロミスキャスな相互作用が可能な「天然変性タンパク質」を普遍的に使いこなすことが可能な環境を獲得したのかもしれない.

図4■高等動物由来の総タンパク質が示す変性状態かつ除核酸条件下での特別な溶解性

文献21より一部改変.

図5■変性タンパク質の溶解性維持と凝集を決める因子

動物細胞内には溶解性の高い天然変性タンパク質が一定量存在し,溶解性が低い変性タンパク質の凝集を抑制している可能性がある.

水溶性の変性タンパク質の高度利用

変性状態のタンパク質が水溶性で取り扱えることから,さまざまな利用・応用が見えてくる.インクルージョンボディとして発現されたCys含有タンパク質は,前述の可逆的変性カチオン化法で水溶性に転換することが可能で,さらに逆相HPLCなどでシングルピークとして分取することで容易に高純度化が達成できる.精製されたTAPS化タンパク質は凍結乾燥品としても安定に保存可能であり,必要に応じて再水和して利用することができる使い勝手の良さが特徴である.特定の立体構造を保持していない変性タンパク質は,生理活性のないただのポリペプチド鎖ではあるものの,抗体作成および抗体検出用の抗原としては十分に活用できる素材である.塩基性ペプチドを融合させるタンパク質細胞内導入に関する研究が盛んに行われているが,塩基性の領域は細胞質内でのタンパク質の正しい機能発現に影響する可能性が否定できない.In cell folding法で導入されるタンパク質の場合,還元的な環境である細胞質内でカチオン性基が還元・解離するため,天然型と全く同一のタンパク質を一過的に機能させることが可能である.細胞質内への導入技術の改善が進めば,細胞機能の人工制御を可能にする非常に魅力的な要素技術となることが十分に期待できる.また,最近われわれが発見した動物細胞内の総タンパク質をすべて可溶化できる核酸除去を伴うLysate調製法は,外科手術で摘出された腫瘍組織から全タンパク質を可溶化する技術として利用が期待できる(図6図6■変性タンパク質の可溶化技術を活用したがん個別化医療分野での実用化案).生理的な溶液を用いて生体組織を破砕する際には,一部の難溶性タンパク質が不溶性画分に取り残されてしまうが,これらのタンパク質も可溶化することが可能である.がん組織中には正常組織には存在しないさまざまな異常なタンパク質が含まれており,腫瘍免疫活性にかかわる重要な抗原も通常のLysate調製法では不溶化してしまう例がある(22)22) E. Kuwada, K. Kambara, T. Tadaki & K. Noguchi: Anticancer Res., 31, 881 (2011)..腫瘍内のどのタンパク質が抗原性を示すかは,患者一人ひとりで異なるため,外科手術で摘出された腫瘍組織は非常に重要な抗原である.近年,腫瘍組織から調製されたLysateを用いた樹状細胞ワクチン療法が明確な延命効果を示すことが報告されている(23)23) M. May, S. Brookman-May, B. Hoschke, C. Gilfrich, F. Kendel, S. Baxmann, S. Wittke, S. T. Kiessig, K. Miller & M. Johannsen: Cancer Immunol. Immunother., 59, 687 (2010)..現在,腫瘍局所の免疫活性を再活性化しうる免疫チェックポイント阻害抗体の開発競争が激化するなど,腫瘍免疫ががん治療の一翼として技術革新が進んでいるが,腫瘍中の全抗原を可溶化できる本手法はがん免疫治療に役立つ可能性がある.

図6■変性タンパク質の可溶化技術を活用したがん個別化医療分野での実用化案

おわりに

1961年にAnfinsenが変性状態のタンパク質(RNaseA)を再度活性構造にrefoldingが可能なことを示してから半世紀以上になる(24)24) C. B. Anfinsen, E. Haber, M. Sela & F. H. White, Jr.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 47, 1309 (1961)..当時AnfinsenがRNaseAをモデルにした理由は,入手が容易で酵素活性の評価系が存在していたことも重要であるが,RNaseAは疎水性アミノ酸が比較的少ない塩基性タンパク質のため,変性・還元状態でも水溶性を維持し,当時の空気酸化によるrefolding実験が上手く進んだことが考えられる.変性状態でも水溶性を維持できたからこそ,RNaseAは歴史上の酵素になれたとも言えよう.変性タンパク質の試験管内での巻き戻しはその後50年以上の改善の歴史があるものの,熱力学的な安定性を駆動力とした巻き戻しに万能な手法はいまだになく,個々のタンパク質の物性に依存するところが大きい.特に動物細胞の細胞内タンパク質を取り扱う際には,そもそも単独では安定な立体構造を形成しないフレキシブルな天然変性領域が存在する可能性を考慮して実験を進める必要がある.このような物性の細胞内タンパク質を自由自在に取り扱うためのカチオン化法による可溶化技術は,工夫次第でさまざまな利用・応用の可能性があることを知っていただき,ご活用いただければ幸いである.

Reference

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