Kagaku to Seibutsu 53(4): 252-257 (2015)
セミナー室
微生物のエンドグリコシダーゼを用いた生理活性物質の合成
Published: 2015-03-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
多様な糖質分解酵素(グリコシダーゼ)のなかでも糖タンパク質や糖脂質などの複合糖質の糖鎖を分解する酵素は生体内の代謝系において重要な酵素である.複合糖質の多彩な構造の糖鎖はさまざまな生命現象に重要な役割を果たし,それらの糖鎖を分解する酵素の欠損はリソソーム病などの重篤な疾病を引き起こすことが多い.たとえば,糖脂質のガングリオシドの代謝にかかわり,糖鎖の構成糖であるβ-N-アセチルガラクトサミンを加水分解する酵素β-ヘキソサミニダーゼの欠損は細胞中にガングリオシドの蓄積をもたらし,テイ-サックス(Tay-Sachs)病という幼年期で死に至る疾病を引き起こす(1)1) J. A. Fernandes Filho & B. E. Shapiro: Arch. Neurol., 61, 1466 (2004)..複合糖質の糖鎖に作用する酵素の欠損は酵素補充療法のターゲットにもなっている.逆にこのような重要な機能を有する糖鎖の構造を明らかにするためには複合糖質に作用する特異な酵素が活用され,それらを巧みに用いることによって糖鎖の構造や機能が解明されてきた(2)2) A. Kobata: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 89, 97 (2013)..とりわけ,麹の文化を有する日本ではグリコシダーゼの宝庫と呼ばれる麹菌をはじめとする微生物のグリコシダーゼを糖鎖の研究に応用することが盛んに行われてきた.すなわち,糖鎖工学の基盤となった技術である.糖鎖工学は遺伝子工学やタンパク質工学と並ぶ重要な分野であり,糖鎖をタンパク質などに付加することや天然に存在する糖鎖を改変して目的の機能をもつ糖鎖を創り出すことは遺伝子工学やタンパク質工学だけでは実現できない新しい機能を付加する技術として糖鎖工学における重要な課題である.しかしながら,その技術や手段は遺伝子工学やタンパク質工学の域にはいまだ達していない.
筆者らは遺伝子工学において遺伝子を切ったり貼ったりする制限酵素などと同じような働きをする手段として,複合糖質の糖鎖に作用する微生物のエンド型の糖質分解酵素に着目した.
多くのグリコシダーゼはグリコシド結合を分解して糖を遊離する加水分解活性とともに,遊離した糖を水酸基をもつ化合物に転移付加する糖転移活性を有している.反応後に生成物のアノマー(立体異性体)が保持されるretaining型酵素と呼ばれる範疇に入る酵素である.エキソ型のグリコシダーゼの糖転移活性はさまざまなオリゴ糖の合成に利用されている.一方,複合糖質の糖鎖に作用するエンド型のグリコシダーゼの糖転移活性は糖タンパク質や糖脂質から遊離させた糖鎖を,水酸基をもつ化合物に転移付加する活性であり,さまざまな化合物に糖鎖を付加する手段,すなわちグリコシレーションの手段として活用することができる.
エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(endo-β-N-acetylglucosaminidase, endo-β-GlcNAc-ase, EC 3.2.1.96)は糖タンパク質のアスパラギン残基に結合したN-グリコシド結合糖鎖(アスパラギン結合糖鎖)のタンパク質との結合部に存在するN,N′-ジアセチルキトビオース部位に作用して,タンパク質側に1残基のN-acetylglucosamine(GlcNAc)を残して糖鎖を遊離するという下記のような特異な活性を有するエンドグリコシダーゼである(3)3) K. Yamamoto: “Endoglycosidases,” ed. by M. Endo, S. Hase, K. Yamamoto & K. Takagaki, Kodansha, Springer, 2006..本酵素は糖タンパク質の糖鎖を傷つけることなく遊離することができるために糖鎖の構造や機能を明らかにするツールとして利用され,Streptomyces plicatusのendo-β-GlcNAc-aseはEndo-Hと呼ばれて広く用いられている(4)4) A. L. Tarentino & F. Maley: J. Biol. Chem., 249, 811 (1974)..しかし,Endo-Hを含めて,微生物の大部分のendo-β-GlcNAc-aseは糖タンパク質のN-グリコシド結合糖鎖のなかでも酵母やカビなどの真核微生物の糖タンパク質に主として存在する比較的単純な構造の高マンノース型糖鎖(マンノースのオリゴマー)や混成型糖鎖(高マンノース型糖鎖と複合型糖鎖の混成糖鎖)には作用するが,ヒトや動物などの糖タンパク質に存在する複雑な構造の複合型糖鎖に対しては全く作用しない.筆者らは以前に土壌より単離してMucor hiemalisと同定した糸状菌が特異なendo-β-GlcNAc-aseを有することを見いだし,Endo-Mと名づけた(5)5) S. Kadowaki, K. Yamamoto, M. Fujisaki, H. Kumagai & T. Tochikura: Agric. Biol. Chem., 52, 2387 (1988)..Endo-MはN-グリコシド結合糖鎖のいずれのタイプの糖鎖に対しても作用しうるという特徴がある.さらに,Endo-Hとは異なり,Endo-Mが糖転移活性を有することを見いだし(6)6) K. Yamamoto, S. Kadowaki, J. Watanabe & H. Kumagai: Biochem. Biophys. Res. Commun., 203, 244 (1994).,糖鎖を付加する手段として,糖ペプチドをはじめ,さまざまな機能性糖鎖化合物の合成に用いた.
N-グリコシド結合糖鎖がタンパク質やペプチドに結合する部位にはアスパラギン残基(Asn)とGlcNAcが結合した糖–アミノ酸が存在し,Endo-MはこのようなAsnにGlcNAcが付いた4-L-アスパラチルグリコシラミンやその誘導体に糖鎖供与体から糖鎖を転移付加することができる.すなわち,ペプチドやタンパク質のAsn残基にGlcNAcを付加すれば,Endo-Mの糖転移活性によって,その部位に糖鎖を付加することが可能である.ペプチドやタンパク質に糖鎖を付加すれば分解酵素からの防御や安定化,生理活性の付与などが可能である.そこで,筆者らは生理活性ペプチドにEndo-Mの糖転移活性を用いて,生理活性糖ペプチドの合成を試みた(7)7) K. Yamamoto, K. Fujimori, K. Haneda, M. Mizuno, T. Inazu & H. Kumagai: Carbohydr. Res., 305, 415 (1998)..その化学–酵素合成法(Chemo-emzymatic synthesis)は次のとおりである(図1図1■Endo-Mの糖転移活性を利用した糖ペプチドの化学–酵素合成).まず,ペプチド中のAsn残基にGlcNAcを付けたN-アセチルグルコサミニルペプチドを合成するための材料であるグリコシルアスパラギンの化学合成から始まる.この化合物はGlcNAcのアジドとFmoc(9-fluorenylmethylcarbonyl)-アスパラギン酸のブチルエステルを材料としてFmoc-Asn-GlcNAcを合成し,これをFmoc-Asnに代わるビルディングブロックとして用いて,ペプチド合成を行うことによりグリコシルアスパラギンを合成する.これを受容体としてEndo-Mの糖転移活性によって糖鎖供与体から糖鎖を転移付加して糖ペプチドを合成する.生体においては数十の酵素反応によって行われる糖鎖の付加反応はEndo-Mによる糖転移反応によって一段階で糖ペプチドを生成することができる.
Fmoc-Asp-OBut: Fmoc-アスパラギン酸α-t-ブチルエステル,Et3P: トリエチルフォスフィン,Gal: D-ガラクトース,Man: D-マンノース,GlcNAc: N-アセチル-D-グルコサミン,NeuAc: N-アセチル-ノイラミン酸(シアル酸).
このような化学–酵素合成法によって,骨粗鬆症の治療薬であるカルシトニン(8)8) M. Mizuno, K. Haneda, R. Iguchi, I. Muramoto, T. Kawakami, S. Aimoto, K. Yamamoto & T. Inazu: J. Am. Chem. Soc., 121, 284 (1999).やエイズ治療薬とされているペプチド-T(7)7) K. Yamamoto, K. Fujimori, K. Haneda, M. Mizuno, T. Inazu & H. Kumagai: Carbohydr. Res., 305, 415 (1998).などの生理活性ペプチドに糖鎖を付加した生理活性糖ペプチドの合成に成功した.さらにAsn残基をもたない生理活性ペプチドであるサブスタンスP(知覚ニューロン伝達物質)などのグルタミン残基(Gln)にも,この化学–酵素合成法によって糖鎖を付加することが可能で,天然界では生合成が不可能なグルタミン結合糖鎖をもつ生理活性糖ペプチドを合成することに初めて成功した(9)9) K. Haneda, T. Inazu, M. Mizuno, R. Iguchi, H. Tanabe, K. Fujimori, K. Yamamoto, H. Kumagai, K. Tsumori & E. Munekata: Biochim. Biophys. Acta, 1526, 242 (2001)..細胞内ではN-グリコシド結合糖鎖はリボソームで作られたタンパク質の-Asn-X-Thr/Ser-というアミノ酸配列部分のAsn残基にのみ,小胞体において付加されるが,Endo-Mの糖転移活性を利用した化学–酵素合成法ではAsn残基あるいはGln残基さえあればいかなるペプチドにも糖鎖を付加することができる.
通常,グリコシダーゼによる糖転移反応は酵素本来の加水分解活性が高いために,その反応産物の生成量は非常に少ない.さらに,生成した糖転移生成物はグリコシダーゼの基質となるため,再び加水分解(Re-hydrolysis)されて糖転移生成物の収率はさらに減少する.すなわち,グリコシダーゼを用いた糖転移反応において糖転移生成物を高収率で得るためには,糖転移反応を促進して糖転移生成物の加水分解反応を抑制することが重要となる.そこで,酵素に部位特異的変異あるいはランダム変異を導入することによって,糖転移生成物の生成量を向上させる試みが行われている.Endo-Mについても加水分解活性が抑制され高い糖転移活性を有する変異体酵素を得る目的で,同じGH(glycoside hydrolase)familyに属するendo-β-GlcNAc-aseの類似タンパク質と比較して,触媒残基(Glu-177)周辺の相同性の高いアミノ酸残基について部位特異的変異を行った.その結果,217番目のチロシンをフェニールアラニンに変換した変異酵素Y217Fは,もとの組換え酵素の1.5倍ほどの高い糖転移活性を示し,糖転移生成物の生成量は8倍ほどに達する一方,加水分解活性は60%程度までに抑制されていることを見いだした(10)10) M. Umekawa, W. Huang, B. Li, K. Fujita, H. Ashida, L.-X. Wang & K. Yamamoto: J. Biol. Chem., 283, 4469 (2008)..さらに,Km値は10分の1以下であり,受容体に対する親和性が高くなった変異体酵素であることが示唆された.すなわち,チロシンをフェニールアラニンに置換することによって,水酸基が除去されたために受容体が活性中心のポケットに入りやすくなった可能性が考えられる.しかし,長時間反応するとY217Fが有する加水分解活性により糖転移生成物は徐々に分解され,最終的には完全に消失した.
一般にグリコシダーゼの触媒反応は酸塩基触媒残基(Acid/base catalytic residue),求核残基(Nucleophile residue)としてそれぞれ機能する2つの酸性アミノ酸残基を介して行われる.一方,キチナーゼやEndo-HなどGH family 18に属する酵素やGH family 20に属するβ-ヘキソサミニダーゼはsubstrate-assisted catalytic mechanismと呼ばれるユニークな反応機構によって酵素反応が行われる(11,12)11) A. C. Terwisscha van Scheltinga, S. Armand, K. H. Kalk, A. Isogai, B. Henrissat & B. W. Dijkstra: Biochemistry, 34, 15619 (1995).12) I. Tews, A. C. Terwisscha van Scheltinga, A. Perrakis, K. S. Wilson & B. W. Dijkstra: J. Am. Chem. Soc., 119, 7954 (1997)..筆者らはEndo-Mもsubstrate-assisted catalytic mechanismによって酵素反応が進行することを見いだした(13)13) M. Fujita, S. Shoda, K. Haneda, T. Inazu, K. Takegawa & K. Yamamoto: Biochim. Biophys. Acta, 1528, 9 (2001).(図2図2■Endo-Mの反応機構(substrate-assisted catalytic mechanism)).この反応機構により働く酵素は酸塩基触媒残基のみを有し,基質のGlcNAcの2-アセトアミド基が求核基として機能する.これらの酵素は,通常のグリコシダーゼが糖–酵素反応中間体を形成するのに対してオキサゾリン反応中間体が形成され,オキサゾリン反応中間体は触媒残基の塩基性触媒によって活性化された水または受容体と結合することにより,それぞれ加水分解生成物または糖転移生成物が生成する.また,GH family 20に属するβ-ヘキソサミニダーゼは触媒残基のグルタミン酸のN-末端側に1残基隣り合ったアスパラギン酸残基がホモログ間で高度に保存されており,オキサゾリン反応中間体の形成とその安定化を担うことが示唆されている(14)14) S. J. Williams, B. L. Mark, D. J. Vocadlo, M. N. James & S. G. Withers: J. Biol. Chem., 277, 40055 (2002)..GH family 18に属するキチナーゼやEndo-Hなども触媒残基より2残基N-末端側にあるアスパラギン酸残基がホモログ間で高度に保存されており,同様の機能を担う可能性が示唆される(11,15)11) A. C. Terwisscha van Scheltinga, S. Armand, K. H. Kalk, A. Isogai, B. Henrissat & B. W. Dijkstra: Biochemistry, 34, 15619 (1995).15) V. Rao, C. Guan & P. van Roey: Structure, 3, 449 (1995)..一方,Endo-Mが含まれるGH family 85のホモログにおいては,触媒残基であるグルタミン酸残基の2残基N-末端側にアスパラギン酸残基ではなく,アスパラギン残基が保存されている(16)16) K. Fujita, K. Kobayashi, A. Iwamatsu, M. Takeuchi, H. Kumagai & K. Yamamoto: Arch. Biochem. Biophys., 432, 41 (2004)..そこで,この残基がオキサゾリン反応中間体の形成に何らかの役割を果たしているのではないかと考えられ,アスパラギン残基をアラニン残基に置換したEndo-Mの変異体酵素N175Aを作製して,化学合成したオキサゾリン型の糖鎖を基質とした糖転移反応を行った結果,糖転移生成物が生成される一方,加水分解活性は著しく抑制された(17)17) M. Umekawa, W. Huang, B. Li, K. Fujita, H. Ashida, L.-X. Wang & K. Yamamoto: J. Biol. Chem., 283, 4469 (2008)..図3図3■オキサゾリン型糖鎖を基質としたEndo-Mと変異体酵素の糖転移反応は大豆粉末より得られた高マンノース型糖鎖から合成したオキサゾリン型糖鎖(Man9-GlcNAc-oxazoline)を糖鎖供与体とし,赤血球造血因子であるエリスロポエチンの部分ペプチド(Glu-Asn-Ile-Thr-Val,N-末端より37~41番目のアミノ酸からなるペプチド)のAsn残基にGlcNAcを付加したGlcNAc-pentapeptideを受容体として糖転移反応を行った結果である.Wild typeの酵素やY217F変異体酵素では反応時間を長くするとともに糖転移生成物が加水分解されて速やかに消失するが,N175A変異体酵素の場合は反応時間を長くしても糖転移生成物はほとんど加水分解されずに増加する.すなわち,N175A変異体酵素はN-グリコシド結合糖鎖に対する加水分解活性が失われている一方,反応中間体である糖鎖のオキサゾリン型化合物は糖転移反応の基質となり,その結果,糖転移反応によって生成した生成物は加水分解されず,「グライコシンターゼ」様に機能した(17)17) M. Umekawa, W. Huang, B. Li, K. Fujita, H. Ashida, L.-X. Wang & K. Yamamoto: J. Biol. Chem., 283, 4469 (2008)..
さらに,アスパラギン残基についてさまざまなアミノ酸残基に置換した変異体酵素を作製したところ,グルタミン残基に置換した変異体酵素N175Qは高マンノース型糖鎖およびシアロ複合型糖鎖のいずれのオキサゾリン型化合物を基質に用いても,極めて効率的な糖鎖の付加が可能であり,生成物の収率が高くなることが明らかになった(18)18) M. Umekawa, C. Li, T. Higashiyama, W. Huang, H. Ashida, K. Yamamoto & L.-X. Wang: J. Biol. Chem., 285, 511 (2010).(図4図4■オキサゾリン型糖鎖を用いたN175Q変異体酵素の糖転移反応).シアロ複合型糖鎖のオキサゾリン型化合物については,最近,正田らによって簡易的に合成する方法が確立されている(19)19) M. Noguchi, T. Tanaka, H. Gyakushi, A. Kobayashi & S. Shoda: J. Org. Chem., 74, 2210 (2009)..この方法はトリエチルアミン存在下でDMC(2-chloro-1,3-dimethylimidazolinium chloride)による縮合反応を行うことにより糖鎖の水酸基の保護,脱保護を要することなく,糖鎖還元末端のGlcNAcを効率的にオキサゾリン化できる.
Endo-MのN175Q変異体酵素を用いて,糖鎖のオキサゾリン型化合物を糖鎖供与体基質とした糖転移反応を行い,糖鎖複合体の効率的な合成を行った.一般に,多くの生理活性ペプチドは水に難溶であることや血中半減期が短いなど臨床上好ましくない性質を示すが,オリゴ糖の付加によってこれらの性質が緩和することが期待される.PAMP(Proadrenomedium)は血圧降下作用を有するペプチド性ホルモンであり,その活性部分であるN-末端から9~20の12残基からなるペプチド(PAMP12)にシアロ複合型糖鎖を付加することによって血中半減期の延長効果が期待される.そこで,N175Q変異体酵素を用い,合成したシアロ複合型糖鎖のオキサゾリン化合物(NeuAc-Gal-GlcNAc-Man)2-Man-GlcNAc-oxazolineを供与体とし,PAMP12のN-末端より6残基目のAsn残基にGlcNAcを付加した合成ペプチドを受容体として糖転移反応を行った結果,95%(対糖鎖供与体)という高収率で糖ペプチドが合成された(20)20) M. Umekawa, T. Higashiyama, Y. Koga, T. Tanaka, M. Noguchi, A. Kobayashi, S. Shoda, W. Huang, L.-X. Wang, H. Ashida et al.: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 1203 (2010)..同様にSubstance PのN-末端より5残基目のGln残基にGlcNAcを付加したペプチドを合成して受容体とし,シアロ複合型糖鎖のオキサゾリン化合物を供与体としてN175Q変異体酵素による糖転移反応を行ったところ,98%という高い収率で非天然型のグルタミン結合糖鎖を有するSubstance Pを得た(20)20) M. Umekawa, T. Higashiyama, Y. Koga, T. Tanaka, M. Noguchi, A. Kobayashi, S. Shoda, W. Huang, L.-X. Wang, H. Ashida et al.: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 1203 (2010)..これらの結果は,N175Q変異体酵素を用いる糖転移反応によってシアロ糖鎖を有する生理活性ペプチドをはじめとする機能性糖鎖複合体を物質生産のレベルで多量生産が可能であることを示している.GH family 85に属し,糖転移活性を有するさまざまな微生物のendo-β-GlcNAc-aseについて,Endo-MのN175に相当する残基をGlnに置換した変異体酵素が作製されて,オキサゾリン型糖鎖を用いた効率的な糖転移反応が報告されている(21)21) K. Yamamoto: Biotechnol. Lett., 35, 1733 (2013)..
エリスロポエチンや免疫グロブリンなどのさまざまな糖タンパク質性のバイオ医薬品や生理活性糖タンパク質のほとんどは動物の培養細胞を用いて生産されているが,得られる糖タンパク質は糖鎖構造が不均一な混合物であるため,糖鎖構造の均一な糖タンパク質を効率的に生産する技術の開発が不可欠である.バイオ医薬品の後発品については糖タンパク質医薬品の薬効に重要な役割を果たす糖鎖に関して,先行品との同質性,同等性が要求され,付加糖鎖の均一性が求められ,高品質な「バイオシミラー」の開発が重要になってきている.そこで,糖鎖構造が均一な糖タンパク質を得るためと糖鎖のすげ替え(リモデリング)を試みるために高マンノース型糖鎖を有する糖タンパク質性酵素のウシ膵臓RNase Bを用いて検討した.すなわち,RNase Bに付加している1本の高マンノース型糖鎖をEndo-Hを用いて切断し,1残基のGlcNAcのみが付加したRNase Bについて,N175Q変異体酵素を用いて,シアロ複合型糖鎖のオキサゾリン化合物による糖鎖付加を試みたところ,70%以上の高い収率でシアロ複合型糖鎖のみを有するRNase Bが得られた(20)20) M. Umekawa, T. Higashiyama, Y. Koga, T. Tanaka, M. Noguchi, A. Kobayashi, S. Shoda, W. Huang, L.-X. Wang, H. Ashida et al.: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 1203 (2010).(図5図5■シアロ複合型のオキサゾリン型糖鎖を用いたN175Q変異体酵素による糖タンパク質糖鎖のリモデリング).ヒト由来の糖タンパク質を遺伝子操作によって酵母を宿主として生産するとヒトに対して強い抗原性を発揮する酵母特有の巨大な高マンノース型糖鎖をもつ組換え糖タンパク質が得られるが,Endo-Mを用いることによりこの組換え糖タンパク質をヒト型のシアロ複合型糖鎖をもつ糖タンパク質にリモデリングすることが可能であることをこの結果は示唆している.実際に筆者らは酵母で生産されたヒトIgGのFc領域に付加した高マンノース型糖鎖をEndo-Mを用いてヒト型糖鎖にリモデリングすることに成功している.このヒトIgGの糖鎖はFc領域とFc受容体の相互作用の調節に最も重要な役割を果たし,抗体の機能に大きな影響を及ぼす.すなわち,N-グリコシド結合型糖鎖の還元末端に結合しているフコース残基を除去することによって抗体依存性細胞障害(ADCC)活性が大きく増大することが示されている(22)22) R. Jefferis: Nat. Rev. Drug Discov., 8, 226 (2009)..最近,この糖鎖のリモデリングについては微生物のendo-β-GlcNAc-aseのEndo-D(Streptococcus pneumoniae由来)やEndo-S(Streptococcus pyogenes由来)のグライコシンターゼ様活性を有する変異体酵素とオキサゾリン型糖鎖を用いた方法が報告されている(23,24)23) S. Q. Fan, W. Huang & L.-X. Wang: J. Biol. Chem., 287, 11272 (2012).24) J. J. Goodfellow, K. Baruah, K. Yamamoto, C. Bonomelli, B. Krishna, D. J. Harvey, M. Crispin, C. N. Scanlan & B. G. Davis: J. Am. Chem. Soc., 134, 8030 (2012)..また,この方法は先天的に代謝酵素の遺伝子が欠失しているような代謝異常症の患者に酵素を補充する治療などに適用することが可能である.
エキソ型のグリコシダーゼの糖転移活性を用いた有用な糖化合物の生産はさまざまに行われているが,エンド型のグリコシダーゼの糖転移活性を用いた物質生産についての例は多くない.微生物のエンド型グリコシダーゼを用いて複合糖質の生成が可能であることは今後の糖鎖工学の分野においてEndo-Mが極めて重要なツールになることを示唆している.変異体酵素と簡便に化学合成しうるさまざまなオキサゾリン化合物を組み合わせて用いることにより,天然型から非天然型までさまざまな糖鎖を付加した化合物を一様かつ多量に得ることが可能であり,多様な機能性糖鎖複合体を酵素合成できることが期待される.Endo-Mはシアル酸を有するヒト型のシアロ複合型糖鎖を転移付加することができる唯一のエンドグリコシダーゼである.この特性は産業的に有用な「シアロ糖鎖を有する機能性化合物の合成」を実用化できるこの糖質分解酵素の最大の利点である.
Reference
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