生物コーナー

ダニは真空でも生存できた

Yasuhito Ishigaki

石垣 靖人

金沢医科大学総合医学研究所生命科学研究領域 ◇ 〒920-0293 石川県河北郡内灘町大学1丁目1番地

Department of Life Science, Medical Research Institute, Kanazawa Medical University ◇ 1-1 Daigaku, Uchinada-machi, Kahoku-gun, Ishikawa 920-0293, Japan

Yuka Nakamura

中村 有香

金沢医科大学総合医学研究所生命科学研究領域 ◇ 〒920-0293 石川県河北郡内灘町大学1丁目1番地

Department of Life Science, Medical Research Institute, Kanazawa Medical University ◇ 1-1 Daigaku, Uchinada-machi, Kahoku-gun, Ishikawa 920-0293, Japan

Published: 2015-03-20

私たちの研究グループでは,主として培養細胞や細胞から精製した複合体の解析に走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた観察を試みてきた.SEMは細胞表面の超微細構造を立体的に観察するためには非常に有用なツールであり,生命科学や工学の領域で汎用されている.誰でも,赤血球や虫の走査電子顕微鏡像を見たことがあるように,非常にインパクトのある像の撮影が可能である.

電子顕微鏡では電子線を利用して画像を取得する.通常サンプルは,さまざまな前処理を施され,真空に耐えうる状態にして観察される.また,電子線をサンプルに照射する際には,金や炭素などのコーティング剤を蒸着することにより導電処理を施して電子を逃がす工夫を行わないと,サンプルが帯電(チャージアップ)して像を乱してしまう.このため,私たちにとってSEMの大きな課題は,試料作製に高度な技術が必要なうえに時間がかかることであり,従来の手法では迅速な研究展開ができないことが悩みであった.

ところが,大阪大学工学研究科の桑畑 進教授が開発されたイオン液体を活用した電子顕微鏡観察法を試みると,コーティング材として非常に有用であることが明らかとなった.イオン液体は,常温において液体状態を保つ塩で,蒸気圧がほぼ0であるために,熱しても真空下でも蒸発することがない.そのうえ,導電性を有するために電子線照射によるチャージアップも回避できる.このため,固定したサンプルをイオン液体に浸すと,SEMの真空チャンバに入れて観察することが可能であり,SEM試料作製におけるコーティングの新手法として有用であることがさまざまな試料で実証されつつある(1~4)1) Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takehara, N. Nemoto, T. Kurihara, H. Koga, H. Nakagawa, T. Takegami, N. Tomosugi, S. Miyazawa et al.: Microsc. Res. Tech., 74, 415 (2011).2) Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takehara, T. Kurihara, H. Koga, T. Takegami, H. Nakagawa, N. Nemoto, N. Tomosugi, S. Kuwabata et al.: Microsc. Res. Tech., 74, 1104 (2011).3) Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takehara, T. Shimasaki, T. Tatsuno, F. Takano, Y. Ueda, Y. Motoo, T. Takegami, H. Nakagawa et al.: Microsc. Res. Tech., 74, 1024 (2011).4) K. Yanaga, N. Mekawa, N. Shimomura, Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takegami, N. Tomosugi, S. Miyazawa & S. Kuwabata: Mycol. Prog., 11, 343 (2012)..ほかの研究機関でもさまざまな生物,その組織,あるいは細胞,さらには細胞内器官の観察結果が報告されており,今後ますます応用が広がっていくことが期待されている.

その最大の特徴は,サンプル処理が極めて短く簡単に行える点である.単純には,固定したサンプルを希釈したイオン液体に浸した後,余分なイオン液体を取り除けば観察が可能になる.イオン液体にはさまざまな種類を用意できるうえに官能基を付与することも可能であるため,さらに高度な実験を組むことが可能になると期待されてきた.

イオン液体法に期待される観察方法の一つとして,生きたままの生体の観察法への応用が考えられた.先に述べたように,サンプルを真空に耐えうる状態にするには,固定や脱水,コーティングといったさまざまな処理を施す必要がある.当然,生体サンプルは死んでしまい,生きている状態の観察は無理であると考えられていた.また,真空で生き物が生きていけるとはとても思えず,何とかイオン液体のようなマテリアルで耐性を与えることができないものかと考えていた.とりあえずさまざまな生物で試してみたが,生きたままの生物個体をイオン液体に浸すだけで,形態が変わってしまい当初の試みは無惨な結果に終わった.

このような試みを続けていくなかで,キチマダニにぶつかることになった.偶然,私たちの研究室と同じフロアに寄生虫を専門とする研究者がラボを構えており,いろいろと話をしているうちにダニを試してみようという話になった.それまでダニについて通り一遍の知識しかもたなかったが,他大学の研究者にも教えを乞いながら検討を進めてみた.ダニをサンプルとして用いるにはダニを集めてくる必要がある.早速長靴や採取道具の用意にとりかかった.ダニは採取方法もユニークで,山野へ行き,白いフェルト布でできた旗で雑草や落ち葉のあたりをなでるように掃いて集める.ダニはフェルトの繊維にひっかかって採取される.ひっかかってきたダニはチューブに入れて持ち帰った.

このようにして採取してきたダニを真空ポンプにつないだデシケーターに入れてみると,真空ポンプのスイッチを入れても,何事もなかったように歩き回っていた.しばらく観察していると,歩き回っていた後に,やがて動きを止めたが,真空を解除すると再び動き始めた.もっとも,肝心のイオン液体は使えなかった.理由はいまだに不明だが,ほかのサンプルと同様にイオン液体を塗布するとダニは瞬く間に動かなくなってしまい,死ぬものと思われる.しかし,真空に耐えうることが明らかになったので,電子顕微鏡内での生きたままでの観察が可能になることが期待された.幸いダニの表面は導電性があり,チャージアップの心配もなさそうであった.

SEMには,サンプル台上に導電テープを貼り,その上に仰向けにダニを貼り付けた.高真空条件として,電子線を入れて観察してみると,始めはじっとしている.電顕用の真空のほうが強いので,やはり無理であったかと諦めかけたところ,画像に変化が現れた.おそらく何かに捕まりたいらしく,しきりに足を動かしている.息を飲んだ瞬間だった.その後,たくさんダニを集めてきて追試を繰り返したが,どのダニも真空に耐えて,撮像が可能であった.しかも,真空下にさらした後に常圧に戻しても悠々と生きていた(図1図1■観察の流れ).論文に付けたムービーは瞬く間にYouTubeなどにアップされ話題を集めることになった(5)

図1■観察の流れ

そもそも,真空というのは空気が極めて薄い状態なのだが,どうやらダニは真空に耐えることができるらしい.しかし,その耐性がどのような仕組みで獲得されているのかは皆目検討がつかなかった.クマムシなどは,その高い環境耐性が詳細に研究されており,宇宙にまで出かけていっているが,これは体の水分をなくして環境耐性を獲得していることが解析されている(6)6) K. I. Jönsson, E. Rabbow, R. O. Schill, M. Harms-Ringdahl & P. Rettberg: Curr. Biol., 18, R729 (2008)..そのような仕組みがダニに備わっているとも思われず,どのようにアプローチしたものか皆目検討もつかなかった.

そうこうしているうちに,浜松医科大学のグループが,ショウジョウバエの幼虫やボウフラの生きたままでの観察に成功したニュースが流れてきた.論文のムービーを見てみると電子顕微鏡の中で幼虫たちが元気に動き回っている.おお!すごい,と思ったが,それ以上に素晴らしかったのは,同論文で真空への耐性機構を解き明かしていたことだった.それは,電子線やプラズマ照射がボウフラの表面に膜を構築させ,これにより耐性を獲得しているとする研究成果であった.これはナノスーツと呼ばれており,画期的な応用が期待される大発見であった.これは真空に耐えられない生物にも人工的に形成させることができ,観察された限りでは重大な障害を与えない.どうやらナノスーツは電子顕微鏡観察の常識を,静止画から動画に変えてしまったようである(7~9)7) Y. Takaku, H. Suzuki, I. Ohta, D. Ishii, Y. Muranaka, M. Shimomura & T. Hariyama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 7631 (2013).8) H. Suzuki, Y. Takaku, I. Ohta, D. Ishii, Y. Muranaka, M. Shimomura & T. Hariyama: PLoS ONE, 8, e78563 (2013).9) I. Ohta, Y. Takaku, H. Suzuki, D. Ishii, Y. Muranaka, M. Shimomura & T. Hariyama: Microscopy, 63, 295 (2014).

実は,ダニにおいてナノスーツのような構造が形成されるかどうかは,明らかにされていない.一方,真空に暴露したダニの組織標本を作製してみると,コントロールと比較して少し形態が変化しており,このような構造の変化も真空耐性に寄与している可能性も考えられる.今後さらに検討を進めて真空に耐性をもつ仕組みを解いてみたいと考えている.

Acknowledgments

本研究を推進するにあたりまして,電子顕微鏡観察にサポートいただきました金沢医科大学の二宮英明技能員,竹原照明技術員に深く感謝いたします.

Reference

1) Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takehara, N. Nemoto, T. Kurihara, H. Koga, H. Nakagawa, T. Takegami, N. Tomosugi, S. Miyazawa et al.: Microsc. Res. Tech., 74, 415 (2011).

2) Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takehara, T. Kurihara, H. Koga, T. Takegami, H. Nakagawa, N. Nemoto, N. Tomosugi, S. Kuwabata et al.: Microsc. Res. Tech., 74, 1104 (2011).

3) Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takehara, T. Shimasaki, T. Tatsuno, F. Takano, Y. Ueda, Y. Motoo, T. Takegami, H. Nakagawa et al.: Microsc. Res. Tech., 74, 1024 (2011).

4) K. Yanaga, N. Mekawa, N. Shimomura, Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takegami, N. Tomosugi, S. Miyazawa & S. Kuwabata: Mycol. Prog., 11, 343 (2012).

6) K. I. Jönsson, E. Rabbow, R. O. Schill, M. Harms-Ringdahl & P. Rettberg: Curr. Biol., 18, R729 (2008).

7) Y. Takaku, H. Suzuki, I. Ohta, D. Ishii, Y. Muranaka, M. Shimomura & T. Hariyama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 7631 (2013).

8) H. Suzuki, Y. Takaku, I. Ohta, D. Ishii, Y. Muranaka, M. Shimomura & T. Hariyama: PLoS ONE, 8, e78563 (2013).

9) I. Ohta, Y. Takaku, H. Suzuki, D. Ishii, Y. Muranaka, M. Shimomura & T. Hariyama: Microscopy, 63, 295 (2014).