Kagaku to Seibutsu 53(5): 270-272 (2015)
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セ氏425度という高温に耐えられるバイオプラスチックを開発: 微生物と光化学反応によるポリイミド合成
Published: 2015-04-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
バイオプラスチックは持続可能社会の実現に必須であるため農芸化学だけではなく,合成化学の分野においても注目度の高い材料である(1)1) R. T. Mathers & M. A. R. Meier: “Green Polymerization Methods: Renewable Starting Materials, Catalysis and Waste Reduction,” Wiley-VCH, 2011.なかでもポリ乳酸は最もポピュラーかつ産業的に成功しているバイオプラスチックの一つであり,医学的な分野からも注目されている.そのほかに,植物由来セルロース類やそのほかの多くの微生物産生高分子からなるバイオプラスチックがある(2)2) 白石信夫,谷 吉樹,工藤謙一,福田和彦編著:“実用化進む生分解性プラスチック”―持続・循環型社会の実現に向けて,工業調査会,2000..しかし,現存のバイオプラスチックのほとんどは柔軟なポリエステルからなり,耐熱温度が低く,主に使い捨て材料として使用されてきたに過ぎない.たとえばポリ乳酸のガラス転移温度は60°C程度であり,工業用プラスチックであるポリカーボネートのガラス転移温度(おおよそ150°C)と比較してもはるかに低い.一般に耐熱性を向上させるためには,芳香環などの剛直な成分を導入する方法がとられる.高耐熱性であるエンジニアリングプラスチック(エンプラ)には,ポリカーボネートの構造からもわかるように,そのほとんどすべてが芳香族系の物質から構成されている.
もし高耐熱で軽量なバイオプラスチックが得られれば,自動車などの運送機器の部品などの用途が想定され,車体軽量化や温室効果ガス排出量削減につながる材料として注目されている.こうした背景から,筆者らは超高性能ポリマーの特徴である芳香環に注目し,バイオ分子を出発物質としてポリマーを得る方法を数年かけて検討してきた.これまでに,筆者の一人は,植物の細胞壁などの構造材料として活用されているポリフェノール系の芳香族系多官能性物質に注目し,その重合法の開発にも成功した(3~5)3) T. Kaneko, H. T. Tran, D. J. Shi & M. Akashi: Nat. Mater., 5, 996 (2006).4) M. Chauzar, S. Tateyama, T. Ishikura, K. Matsumoto, D. Kaneko, K. Ebitani & T. Kaneko: Adv. Funct. Mater., 22, 3438 (2012).5) S. Wang, D. Kaneko, M. Okajima, K. Yasaki, S. Tateyama & T. Kaneko: Angew. Chem. Int. Ed., 52, 11143 (2013)..本報では,科学技術振興機構 (JST)戦略的創造研究推進事業・先端的低炭素化技術開発(ALCA)の助成の下で行った「微生物バイオ分子を用いた超高性能バイオプラスチックの開発」に関する研究成果の一部を紹介する.
ポリイミドは極めて剛直な構造をもち,最も高耐熱なプラスチックの一群である.また,ポリイミドを直接成型するのは高耐熱かつ難溶解性であるために極めて困難である.一方,ポリイミドの前駆体であるポリアミド酸はほとんどの極性溶媒に溶解しキャスト可能であり,かつ加熱するだけでポリイミドへと変換できる.この手法がポリイミドの用途を広げた.ポリイミドのモノマーのほとんどは芳香族ジアミンである.筆者らは当初,この芳香族ジアミンを微生物に作らせようと考えたが,あらゆる角度から生合成経路を探索しても芳香族ジアミンの生合成に関する論文はなく,アイデアを出すことはできなかった.おそらく微生物にとって芳香族ジアミンは極めて相性が悪い化合物なのであろう.一方,アミノ基を一つ有する芳香族アミンとしてはいくつかの生体分子が知られている.たとえば,核酸塩基として有名なアデニンは芳香族アミンを含むものの,これらを効率よく二量化し芳香族ジアミンへと変換させる手法は見いだされていなかった.われわれは,放線菌Streptomyces pristinaespiralisとS. venezuelaeが作る抗生物質であるPristinamycin Iとchloramphenicolの生合成中間体である4-アミノフェニルアラニン(4APhe)に着目した.
これを4-アミノ桂皮酸へと生物変換できれば,芳香環の側鎖の二重結合の光二量化という最も効率の良い二量化方法を用いて芳香族ジアミンを作り出すことが可能である.実際,4APhe生産にかかわるpapABC遺伝子を発現させた組換え大腸菌を作製したところ4APheの発酵生産が可能となり,phenylalanine ammonia lyaseを利用することによって,これを4-アミノ桂皮酸へと変換することもできた(6)6) P. Suvannasara, S. Tateyama, A. Miyasato, K. Matsumura, T. Shimoda, T. Ito, Y. Yamagata, T. Fujita, N. Takaya & T. Kaneko: Macromolecules, 47, 1586 (2014)..
実施に,4-アミノ桂皮酸の粉体に高圧水銀灯照射してみると,光二量化しなかった.しかし,その塩酸塩は速やかに光二量化し4,4′-ジアミノ-α-トルキシル酸塩酸塩が得られた.これは,各粉体の結晶構造の相違によるものと考えられる.光二量化が起こるには,隣接分子のお互いのビニレン基のπ電子のオーバーラップが必須条件となる.したがって,塩酸塩状態でこの条件が初めて成立したものと考えられる.つづいて,二量化体をトリメチルシリルクロリドの存在下でメタノール中に分散し,数時間撹拌することで4,4′-ジアミノ-α-トルキシル酸ジメチル塩酸塩が得られることがわかった.いずれも反応は定量的に進み,かつ分散系であるため回収も容易であり無駄のほとんどない優れた反応系であった.最後にエステル化物を中和すればモノマーである4,4′-ジアミノ-α-トルキシル酸を得ることができた.これは,初めてのバイオベース芳香族ジアミンであると言える.この芳香族ジアミンと種々のテトラカルボン酸二無水物を反応させることでさまざまな構造のポリイミドを得た.特に,シクロブタンテトラカルボン酸二無水物は生体分子であるフマル酸の光二量化により得られるものであり,この組み合わせで得られるポリイミドは完全バイオベースである.そのほか,部分バイオベースとなるものも含め,図1図1■微生物由来原料から得られた芳香族アミン(A),芳香族ジアミン(B),および一連のバイオポリイミドの構造と透明フィルムの写真(C)に示す6種類のポリイミドを合成した.
分子量は前駆体ポリアミド酸を用いた測定により数平均で1.7×105~4.6×105 g/mol,重量平均で2.1×105~4.0×105 g/molであり十分に高いと言える.またTgは240°C以上,Td10は390°C以上であり極めて高い耐熱性を示した.フィルムをキャスト法により成型し,その力学物性を引張試験により調べたところ,破断強度は71~98 MPa,ヤング率は4.2~13.4 GPaであり比較的高い値であった.図1図1■微生物由来原料から得られた芳香族アミン(A),芳香族ジアミン(B),および一連のバイオポリイミドの構造と透明フィルムの写真(C)中の写真に示すように透明性の高いポリイミドが得られたが,特に4,4′-ジアミノ-α-トルキシル酸とシクロブタンテトラカルボン酸二無水物由来のポリイミドは無色透明となった.そのほかピロメリト酸二無水物,ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物,またはジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物を用いて得られた4種のポリマーフィルムは450 nmの波長の光を80%以上透過する透明ポリイミドであった(6)6) P. Suvannasara, S. Tateyama, A. Miyasato, K. Matsumura, T. Shimoda, T. Ito, Y. Yamagata, T. Fujita, N. Takaya & T. Kaneko: Macromolecules, 47, 1586 (2014)..上記の耐熱温度はバイオベースに限らず透明プラスチック全体で見ても最も高い部類であった.最後にL929マウス線維芽細胞を用いて当該ポリイミドの細胞適合性を調べた結果,一般のポリイミドと同様に高い細胞適合性を示すことがわかった.したがって,当該プラスチックは使用時に急性毒性を示すことがなく一般ユーザーも安全に使用できる.今後,輸送機器や電装材料を視野に入れ,社会実装を目指して鋭意研究を進める所存である.
Reference
1) R. T. Mathers & M. A. R. Meier: “Green Polymerization Methods: Renewable Starting Materials, Catalysis and Waste Reduction,” Wiley-VCH, 2011
2) 白石信夫,谷 吉樹,工藤謙一,福田和彦編著:“実用化進む生分解性プラスチック”―持続・循環型社会の実現に向けて,工業調査会,2000.
3) T. Kaneko, H. T. Tran, D. J. Shi & M. Akashi: Nat. Mater., 5, 996 (2006).