Kagaku to Seibutsu 53(5): 273-276 (2015)
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糸状菌におけるリボソームペプチド生合成経路の発見: 新規糸状菌二次代謝経路の発見と展望
Published: 2015-04-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
真菌である糸状菌は,細菌である放線菌とともに,多様な二次代謝物質を産生することで知られる(1)1) N. P. Keller, G. Turner & J. W. Bennett: Nat. Rev. Microbiol., 3, 937 (2005)..多くは土壌などから取得した菌株培養液の生理活性スクリーニングから見いだされており,ストレプトマイシン(抗生物質)やシクロスポリン(免疫抑制剤)をはじめ薬剤として多数実用化されている.その生合成には,主にポリケチド合成酵素(PKS)や非リボソームペプチド合成酵素(NRPS),テルペン合成酵素が関与することが知られている.二次代謝コア遺伝子とも呼ばれるこれらタンパク質の遺伝子は,各機能ドメインに対応する特徴的な配列モチーフを有するため,SMURF(2)2) N. Khaldi, F. T. Seifuddin, G. Turner, D. Haft, W. C. Nierman, K. H. Wolfe & N. D. Fedorova: Fungal Genet. Biol., 47, 736 (2010).やAntiSMASH(3)3) M. H. Medema, K. Blin, P. Cimermancic, V. de Jager, P. Zakrzewski, M. A. Fischbach, T. Weber, E. Takano & R. Breitling: Nucleic Acids Res., 39 (Suppl.), W339 (2011).などの二次代謝遺伝子検出プログラムを用いてゲノム配列情報から容易に推定できる.一方,麹菌が産生するコウジ酸の生合成経路のように,上記コア遺伝子が全く含まれない二次代謝経路も存在する(4)4) Y. Terabayashi, M. Sano, N. Yamane, J. Marui, K. Tamano, J. Sagara, M. Dohmoto, K. Oda, E. Ohshima, K. Tachibana et al.: Fungal Genet. Biol., 47, 953 (2010)..
このような背景をもとに,われわれは,配列モチーフ情報を一切用いずに,機能する二次代謝遺伝子クラスターを検出するアルゴリズム(MIDDAS-M法)を開発した(5)5) M. Umemura, H. Koike, N. Nagano, T. Ishii, J. Kawano, N. Yamane, I. Kozone, K. Horimoto, K. Shin-ya, K. Asai et al.: PLoS ONE, 8, e84028 (2013)..本MIDDAS-M法では,遺伝子領域がアノテートされたゲノム情報と全遺伝子発現情報を組み合わせて用いることで,化合物産生条件下でゲノム上でクラスターをなして共発現する二次代謝物質生合成遺伝子クラスターを鋭敏に検出する(図1図1■MIDDAS-M法の原理).すなわち,コンピューター内でゲノム上に網羅的に仮想遺伝子クラスターを構築し,それぞれについて構成遺伝子の化合物産生および非産生条件から算出される発現誘導比を足し合わせて統計処理を施すことで,化合物産生条件下で協調的に発現している遺伝子クラスターのスコアを劇的に協調する手法である.本手法の最も優れた特徴の一つは,各遺伝子の機能情報を一切用いないため,既知の二次代謝コア遺伝子を含まない新規な種類の二次代謝遺伝子クラスターを検出可能な点にある.
本MIDDAS-M法を用いて,糸状菌Aspergillus flavusにおいて新規二次代謝遺伝子クラスターの探索を行った(図2図2■Ustiloxin B生合成遺伝子クラスターの同定(5)).公共データベース(NCBI Gene Expression Omnibus(6)6) R. Edgar, M. Domrachev & A. E. Lash: Nucleic Acids Res., 30, 207 (2002).) に登録されている遺伝子発現情報のうち,二次代謝物質がよく産生されるコーン固体培養28°Cでの発現データを37°Cでのものと比較して,全遺伝子の発現誘導比を算出した.得られた一対の発現誘導比から,MIDDAS-M計算によって鋭い3つのピークを検出した(図2図2■Ustiloxin B生合成遺伝子クラスターの同定(5)上).このうち一つは既知のアフラトキシン生合成遺伝子クラスターだが,残り2つについては機能未知であった.そこで,それぞれのピークに対応する遺伝子破壊株を作製して代謝物をLC-MS測定したところ,一つの遺伝子クラスターに対応する破壊株においてのみ消失するLC-MSピークが検出された(図2図2■Ustiloxin B生合成遺伝子クラスターの同定(5)中).本ピークを分取し精密質量分析などを行った結果,糸状菌Ustilaginoidea virensの二次代謝物質として知られるustiloxin Bであることが明らかとなった(図2図2■Ustiloxin B生合成遺伝子クラスターの同定(5)下).
Ustiloxin Bは,Tyr-Ala-Ile-Gly(YAIG)からなるテトラペプチドがTyrの芳香環とIleの側鎖部分でエーテル結合によって環状化された構造を骨格とし,Tyrが非タンパク質原性アミノ酸ノルバリンで修飾されたペプチド化合物である(7)7) Y. Koiso, Y. Li, S. Iwasaki, K. Hanaoka, T. Kobayashi, R. Sonoda, Y. Fujita, H. Yaegashi & Z. Sato: J. Antibiot., 47, 765 (1994)..ノルバリンを含むこと,およびこれまで糸状菌のペプチド化合物はほぼNRPSにより生合成されるという報告しか知られていなかったことから,本化合物もNRPSにより生合成されるものと当初は推定された.実際,NCBIデータベースでは,同定された生合成遺伝子クラスター内の遺伝子AFLA_095040が“NRPS-like enzyme”とアノテートされている.しかし,正確な生合成機構の解明に向けて詳細な遺伝子機能アノテーションを行ったところ,意外にも,本経路にはNRPSが含まれないことが明らかになった.
表1表1■A. flavus ustiloxin B生合成遺伝子クラスターの機能アノテーションに,A. flavus ustiloxin B生合成遺伝子クラスターのNCBIアノテーションと,RNA-seqおよび機能ドメイン解析によって修正された機能アノテーションを示す(8,9)8) M. Umemura, N. Nagano, H. Koike, J. Kawano, T. Ishii, Y. Miyamura, M. Kikuchi, K. Tamano, J. Yu, K. Shin-ya et al.: Fungal Genet. Biol., 68, 23 (2014).9) T. Tsukui, N. Nagano, M. Umemura, T. Kumagai, G. Terai, M. Machida & K. Asai: Bioinformatics, 31, 981 (2015)..最も重要な点は,“NRPS-like enzyme”とアノテートされたAFLA_095040に,NRPSに必須な機能ドメイン(アデニル化(A),縮合(C),チオエステル化およびペプチド移動(PCP)部位)が一つも見つからなかったことである.この誤アノテーションの原因は,本遺伝子がNRPSに含まれることの多いアミノ基転移酵素のドメインをもつことによると考えられた.それでは本化合物はどの経路で生合成されるのか? 同定された生合成遺伝子クラスター以外に本化合物の生合成に関与する遺伝子が存在する可能性も念頭に置きながら,各遺伝子の機能アノテーションを進めたところ,ustP(AFLA_095000+AFLA_095010)とustH(AFLA_095030)という2つのペプチダーゼが含まれることがわかった.同定した生合成遺伝子クラスターが正しいとすれば,これらペプチダーゼの基質がどこかに存在し,ustiloxin生合成に関与しているはずである.その考えのもと,もう一度同定遺伝子クラスターを見直してみると,ustiloxin Bの環状部分を構成するペプチド配列YAIGを16回も繰り返して含むタンパク質を翻訳する遺伝子ustA(AFLA_094980)が見つかった(図3図3■A. flavus ustiloxin B前駆体タンパク質のアミノ酸配列(8)).本遺伝子を破壊するとustiloxin Bを産生しなくなる(8)8) M. Umemura, N. Nagano, H. Koike, J. Kawano, T. Ishii, Y. Miyamura, M. Kikuchi, K. Tamano, J. Yu, K. Shin-ya et al.: Fungal Genet. Biol., 68, 23 (2014).一方,翻訳アミノ酸配列がustAのものと同等な人工DNAに置き換えると再び同化合物を産生する(データ非公表).これより,A. flavusで見いだされた本ustiloxin B生合成遺伝子クラスターは,リボソームで翻訳された前駆体タンパク質を化合物の原料とするリボソームペプチド生合成(RiPS)経路を構成することが明らかになった(8)8) M. Umemura, N. Nagano, H. Koike, J. Kawano, T. Ishii, Y. Miyamura, M. Kikuchi, K. Tamano, J. Yu, K. Shin-ya et al.: Fungal Genet. Biol., 68, 23 (2014)..なお本経路と相同な遺伝子クラスターは,ustiloxinを生合成するU. virensのゲノム配列にも見いだされている(9)9) T. Tsukui, N. Nagano, M. Umemura, T. Kumagai, G. Terai, M. Machida & K. Asai: Bioinformatics, 31, 981 (2015)..
NCBI | Ours (NCBI accession no. BR001206) | ||
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Gene ID | Annotation | Gene ID | Annotation |
AFLA_094940 | Unknown | ustO | Pyridoxamine 5′-phosphate oxidase-like enzyme |
AFLA_094950 | Monooxygenase | ustF1 | Flavin-containing monooxygenase |
AFLA_094960 | Cytochrome P450 | ustC | Cytochrome P450 |
AFLA_094970 | Unknown | — | [5′-UTR of ustA] |
AFLA_094980 | Unknown | ustA | RiPS precursor protein |
AFLA_094990 | Unknown | ustYa | Uncharacterized protein |
AFLA_095000 | Unknown | ustP | Peptidase S41 family protein |
AFLA_095010 | Unknown | (AFLA_095000+AFLA_095010) | |
AFLA_095020 | Unknown | ustYb | Uncharacterized protein |
AFLA_095030 | Gamma-glutamyltranspeptidase | ustH | Gamma-glutamyltranspeptidase/glutathione hydrolase |
AFLA_095040 | NRPS-like enzyme | ustD | PLP-dependent cysteine desulfurase |
AFLA_095050 | Dimethylaniline monooxygenase | ustF2 | Flavin-containing monooxygenase |
AFLA_095060 | Tyrosinase | ustQ | Tyrosinase |
AFLA_095070 | MFS multidrug transporter | ustT | MFS multidrug transporter |
AFLA_095080 | Unknown | ustR | C6 transcription factor |
AFLA_095090 | C6 transcription factor | (AFLA_095080+AFLA_095090) | |
AFLA_095100 | Unknown | ustM | SAM-dependent methyltransferase |
AFLA_095110 | Unknown | ustS | Glutathione S-transferase |
RiPS経路は,特に近年,超高速シークエンサーの発展とともに細菌を中心に相次いで報告されている(10)10) P. G. Arnison, M. J. Bibb, G. Bierbaum, A. A. Bowers, T. S. Bugni, G. Bulaj, J. A. Camarero, D. J. Campopiano, G. L. Challis, J. Clardy et al.: Nat. Prod. Rep., 30, 108 (2013).が,真菌類ではキノコAmanitaのamatoxinおよびphallacidinの例を除いて本報告が初めてである.そのうえUstAのように,化合物の骨格構造部分であるコアペプチドが16回も繰り返すものは,細菌を含めこれまで知られていない.ほかのリボソームペプチド前駆体タンパク質と同様,UstAはN末側に小胞体への移行シグナルペプチドを有し,かつ各コアペプチドにゴルジ体に局在するKex2ペプチダーゼの認識配列であるKRが含まれる.したがってUstAは,翻訳後直ちに小胞体へ移行し,ゴルジ体でKex2により切断されて順次環状化やメチル化などの修飾を受けると考えられる.前駆体タンパク質から高度な繰返し配列を切り出し,そのままでは各種ペプチダーゼにより消化されてしまうコアペプチドから速やかに精密に化合物を生合成する機構の制御には,真核生物が有するゴルジ体などの各種オルガネラに局在した生合成タンパク質の分業が不可欠であろうと推定される.UstAのような高度な繰返し配列を含む前駆体タンパク質が細菌のRiPS経路にこれまで見いだされてこなかったのは,真核生物である真菌においてのみ制御可能な様式だからなのかもしれない.
ゲノム解析技術の劇的な発展により,2014年11月の時点で800を超える真菌のゲノム配列が明らかにされている(11)11) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genome/browse/.それらの探索から,われわれは,上記繰返し配列を含む多様な新規RiPS経路候補を数多く見いだしつつある.Ustiloxin生合成遺伝子群のオルガネラ局在解析と併せて,この新規な経路を詳細かつ幅広く解析することで,真菌類だからこそ可能なペプチド化合物のデザインおよび生産系の構築につなげられればと考えている.
Reference
1) N. P. Keller, G. Turner & J. W. Bennett: Nat. Rev. Microbiol., 3, 937 (2005).
6) R. Edgar, M. Domrachev & A. E. Lash: Nucleic Acids Res., 30, 207 (2002).
9) T. Tsukui, N. Nagano, M. Umemura, T. Kumagai, G. Terai, M. Machida & K. Asai: Bioinformatics, 31, 981 (2015).
11) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genome/browse/