今日の話題

採餌戦略の分化から始まる海洋細菌の種分化プロセス: 動植物の共存モデルは海洋微生物にも当てはまる

Yutaka Yawata

八幡

Department of Civil and Environmental Engineering, Massachusetts Institute of Technology ◇ 77 Massachusetts Avenue, Room 1-290, Cambridge, MA 02139-4307, USA

Published: 2014-04-20

微生物にとって海水中とはどんな環境なのだろうか? 微生物のスケールで海中を見てみると意外なことがわかる.海水中では栄養が均一に分布しているのではなく,海洋粒子などの餌場(Patch)に偏って存在している(1)1) R. Stocker: Science, 338, 628 (2013)..海洋粒子とは,マリンスノー,プランクトン,生物遺骸など海中に浮かぶマイクロスケールの栄養の塊のことだ.これらの餌場の多くはまた,短時間で消滅してしまう短命なものである.こうした栄養環境の空間的・時間的な複雑さが,海水中の多様な遺伝的多様性の基盤であることを筆者らは最近見いだした(2)2) Y. Yawata, O. X. Cordero, F. Menolascina, J.-H. Hehemann, M. F. Polz & R. Stocker: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 4209 (2014).

海水サンプルからは,しばしば非常に近縁な(つまり最近種分化が起きたばかりの)遺伝的系統群が分離されてくる(3)3) D. E. Hunt, L. A. David, D. Gevers, S. P. Preheim, E. J. Alm & M. F. Polz: Science, 320, 1081 (2008)..これはこうした近縁な系統群が海水中で共存していることを意味する.だがこれは驚くべきことで,なぜなら遺伝的に枝分かれした直後の系統群の間には潜在的な競争関係があるからだ(i.e.遺伝的にほとんど差がないので,同じリソースを巡って争う).それにもかかわらず,こうした近縁な系統群が海水中で現に共存している(つまり一つの系統に収斂していない)ことは,海洋微生物生態学上の大きな謎の一つだった.

筆者らは最近,採餌戦略の観点を取り入れることでこの謎が説明できることを発見した.ここでいう採餌戦略とは,海洋細菌がその空間行動能力を駆使して餌場である海洋粒子を追い求める戦略のことである(1)1) R. Stocker: Science, 338, 628 (2013)..海洋細菌の採餌戦略は,さまざまな空間行動能力(たとえば遊泳性=移動能力,走化性=ナビゲーション能力,バイオフィルム形成=定住能力)の組み合わせで成り立っている.種が分化するときに,こうした空間行動能力に関係する遺伝子が変異すると採餌戦略にも変化が起こる.採餌戦略が変わると,得意とする餌場も変わってくる.これにより枝分かれした種がそれぞれ別の特性(今回のケースでは餌場の寿命)をもった餌場にニッチを得るようになるため,極めて近縁な遺伝的系統群が海水中で安定的に共存できるようになる.このメカニズムを明らかにするために,筆者らは新しい技術(マイクロ流体デバイスとビデオ顕微鏡法)を用いて,「近縁な系統間の採餌戦略の違いを直接観察して比較する」実験を行った.本稿ではこの新しい生態モデルとその技術的背景を説明する.

海洋ビブリオ属についての集団ゲノミクス研究(多数の分離株のゲノムを集中的に比較する研究)から,海洋中では極めて近縁な個体群(16S rDNA遺伝子配列比較では違いが見つけられないほど近縁な)が多数共存しているということがわかっている(3)3) D. E. Hunt, L. A. David, D. Gevers, S. P. Preheim, E. J. Alm & M. F. Polz: Science, 320, 1081 (2008)..全ゲノム比較からはこれらの近縁個体群の間にほとんど代謝能の違いがなく,同じ栄養(リソース)を巡って競争し淘汰し合う関係にあることが示唆されている.それにもかかわらず,こうした近縁な個体群は遺伝的枝分かれによって生み出され,そして維持されている.なぜ海水中では近縁系統群(遺伝的に枝分かれした直後の)の共存が可能なのだろうか?

筆者らは次のようなアプローチでこの疑問に取り組んだ.ごく最近種分化した個体群の間で表現型を詳細に比較することとで,どのようなメカニズムに基づいてこれらの個体群が共存しているのかを明らかにするという方法である.このためのモデルとしてVibrio cyclitrophicusの2つの個体群—それぞれS個体群とL個体群と名づけられた—を用いた.S個体群とL個体群は同じ海域からサンプリングされてきた分離株群であり,非常に近縁ではあるものの,全ゲノム比較の結果からはごく最近2つの遺伝的系統群に枝分かれしたことがわかっている(4)4) B. J. Shapiro, J. Friedman, O. X. Cordero, S. Preheim, S. C. Timberlake, G. Szabo, M. F. Polz & E. J. Alm: Science, 336, 48 (2012).

この2つの個体群の行動を比較した実験の結果から,筆者らは次のような採餌戦略の違いを見いだした.L個体群の戦略は,長時間安定的に定住することで海洋粒子中の栄養をより効率的に利用するというものである.これは海洋粒子に強く付着してバイオフィルムを形成する能力により達成される(図1図1■V. cyclitrophicusの共存と種分化のモデル).S個体群の戦略は対照的で,S個体群は海洋粒子に付着したりバイオフィルムを形成したりする能力に欠けている.その代わりとして自由に泳ぎ回ることができ,次々に出現する海洋粒子にいち早くアクセスする戦略を採ることができる.ここでL個体群の戦略は,海洋粒子の出現頻度が低く,海洋粒子の寿命が長い(つまり海洋粒子のターンオーバーが遅い)といった条件ではより有利である.反対に海洋粒子の出現頻度が高く,寿命が短い(海洋粒子のターンオーバーが速い)といった条件ではS個体群のほうが有利である.こうした“トレードオフ(ある能力に特化するためには別の能力を犠牲にする必要がある)”の関係は,マクロスケールの生態学では種の共存を説明する基本的な原理の一つであり,特に“競争–移動トレードオフ(Competition–colonization trade-off)”と呼ばれている.競争–移動トレードオフで動植物・昆虫における種の共存を説明できることはよく知られてきたものの,同じ原理が全くスケールの違う海洋微生物に共通して当てはまるとはこれまで考えられてこなかった.

図1■V. cyclitrophicusの共存と種分化のモデル

(A)L個体群は海洋粒子上でより高い競争力をもつ遊泳性と走化性により化学勾配をさかのぼることで,どちらの個体群も海洋粒子にアプローチする.だがL個体群だけが海洋粒子表面に付着してバイオフィルムを形成し,S個体群は付着することなく表面近傍にとどまる.餌場に直接付着しているため,L個体群はより高い増殖速度が達成できる.(B)S個体群は競争力の低さを移動能力で補う.より栄養条件の良い海洋粒子が現れた場合には,S個体群だけが新しく出現した海洋粒子に向かって素早く移動できる.L個体群は最初の海洋粒子に強固に付着してしまっているために,自由に移動することができない.こうしてS個体群は1つの海洋粒子上で競争する能力の低さという不利を,移動の自由で補っている(競争–移動能力トレードオフ).2つの個体群が同じ海洋粒子の上で接触する時間は限られており,遺伝子交換の頻度が減少する(遺伝子交換の障壁).

このモデルはまた,分化プロセスのはじまりについても説明を提供できる.L個体群が一つの餌場にとどまるのに対して,S個体群は餌場の間で常に移動を続ける.2つの個体群が同じ餌場のうえで過ごす時間が減少すれば,個体群の間で遺伝子が交換されなくなる(図1B図1■V. cyclitrophicusの共存と種分化のモデル).こうして種分化のプロセスが始まったというモデルを筆者らは提唱している.

海洋のマイクロ環境を再現するために,マイクロスケールの環境を制御できるマイクロ流体デバイス技術(5)5) R. Rusconi, M. S. Garren & R. Stocker: Annu. Rev. Biophys, 43, 1 (2014).を応用した.筆者らは複数の海洋粒子のターンオーバーを実験室内で再現することができる新しい実験デバイス(2)2) Y. Yawata, O. X. Cordero, F. Menolascina, J.-H. Hehemann, M. F. Polz & R. Stocker: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 4209 (2014).を開発した.海洋粒子のターンオーバーに対する両個体群の反応の違いをビデオ顕微鏡法により可視化することにより,採餌戦略の違いが明らかになった.

海洋独特の時空間的にダイナミックな栄養環境(栄養が餌場に集中しており,その餌場に寿命がある)が,遺伝的に枝分かれした直後の系統群の海水中での共存を可能にしており,種分化プロセスを駆動している構図が今回の研究から見えてきた.言い換えると,栄養分布が時空間的に均一化されていないことが,この場合は種の共存と遺伝的多様性の基盤となっていた.ここから得られる着想として,反応系の中で種の共存が必要な場合(応用微生物学的なプロセスなどで)に,栄養の時空間的な(そして微視的な)ダイナミクスに注目するのも一つの方法ではないだろうか.

Reference

1) R. Stocker: Science, 338, 628 (2013).

2) Y. Yawata, O. X. Cordero, F. Menolascina, J.-H. Hehemann, M. F. Polz & R. Stocker: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 4209 (2014).

3) D. E. Hunt, L. A. David, D. Gevers, S. P. Preheim, E. J. Alm & M. F. Polz: Science, 320, 1081 (2008).

4) B. J. Shapiro, J. Friedman, O. X. Cordero, S. Preheim, S. C. Timberlake, G. Szabo, M. F. Polz & E. J. Alm: Science, 336, 48 (2012).

5) R. Rusconi, M. S. Garren & R. Stocker: Annu. Rev. Biophys, 43, 1 (2014).