解説

蛍光指紋による食品の品質評価技術とその応用

Fluorescence Fingerprint for Food Evaluation and Its Applications

瑞樹

Mizuki Tsuta

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所食品工学研究領域計測情報工学ユニット ◇ 〒305-8642 茨城県つくば市観音台2-1-12

Instrumentation and Information Engineering Laboratory, Food Engineering Division, National Food Research Institute, National Agriculture and Food Research Organization (NARO) ◇ 2-1-12 Kannondai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8642, Japan

杉山 純一

Junichi Sugiyama

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所食品工学研究領域計測情報工学ユニット ◇ 〒305-8642 茨城県つくば市観音台2-1-12

Instrumentation and Information Engineering Laboratory, Food Engineering Division, National Food Research Institute, National Agriculture and Food Research Organization (NARO) ◇ 2-1-12 Kannondai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8642, Japan

Published: 2015-04-20

近年のセンサ技術とコンピュータの進展は,これまで不可能であったことを可能にする.古くから食品の品質を数値化する試みは数多くなされてきたが,「蛍光指紋」を用いることにより,従来は困難とされてきた品質を,迅速かつ簡易に計測することが可能になってきた.蛍光指紋はさまざまな励起・蛍光波長条件下で蛍光強度を計測して得られる等高線状のデータで,感度が高く情報量が多いという特徴をもつ.本稿では,まず蛍光指紋とその計測・解析方法を概説する.後半では,応用事例としてサトイモの産地判別,パン生地中のグルテンとデンプン分布の可視化などを紹介する.

蛍光とは

白いYシャツにブラックライト(紫外線)を当てると青白く光る.これは,Yシャツに含まれている蛍光増白剤が紫外線を吸収し,それと同時に青い蛍光を発するためである.通常,蛍光増白剤の分子がもつ電子は,基底状態と呼ばれる最もエネルギーが低い電子軌道に存在している.ここに紫外線が入射すると,電子は紫外線のエネルギーを吸収し,よりエネルギー準位の高い軌道に遷移する(図1図1■蛍光が生じるメカニズムの概略左).この現象を「電子励起」,これを引き起こす光を「励起光」と呼ぶ.励起状態にある電子が元の基底状態に戻る際に放出するエネルギーが光として放出される場合,これを「蛍光」と呼ぶ(図1図1■蛍光が生じるメカニズムの概略右).通常,電子は蛍光放出前に熱などの形でエネルギーを失っているため,蛍光の波長は励起光より長い(エネルギーが低い).また,電子励起から蛍光放出までに要する時間は10−8秒程度と極めて短いため,人間の目には励起光を照射している間だけ蛍光が発せられるように見える.なお,図1図1■蛍光が生じるメカニズムの概略ではわかりやすくするために左方向から励起光が入射し,右方向に蛍光が発せられているように描かれているが,実際には蛍光は励起光の向きにかかわらず全方向に発せられるので注意されたい.

図1■蛍光が生じるメカニズムの概略

自然界には蛍光を発する物質が多数存在しており,なかでも有名なのは発見者にノーベル化学賞が送られたオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein; GFP)と,研究用に改良されたEnhanced GFP(EGFP)であろう.そのほか,クロロフィルa,トリプトファンなど,食品中に含まれる成分にも,蛍光を発するものがある.なお,蛍光物質によって効率的に電子励起および蛍光放出が起こる波長条件は異なっており,それぞれ励起極大波長,蛍光極大波長と呼ばれ,これらの波長条件で蛍光強度は最大となる.たとえば,上記に挙げた蛍光物質の励起・極大波長はそれぞれ,EGFP(488・507 nm)(1)1) N. C. Shaner, P. A. Steinbach & R. Y. Tsien: Nat. Methods, 2, 905 (2005).,クロロフィルa(431・670 nm)(2)2) L. Moberg, G. Robertsson & B. Karlberg: Talanta, 54, 161 (2001).,トリプトファン(280・357 nm)(3)3) J. Christensen, L. Nørgaard, R. Bro & S. B. Engelsen: Chem. Rev., 106, 1979 (2006).と報告されている.

なお,本稿では蛍光が発生するメカニズムをわかりやすくデフォルメして紹介している.正確な理解のためには専門書を参照されたい(4,5)4) 西川泰治,平木敬三:“蛍光・りん光分析”,共立出版,1987.5) 田村善蔵,太幡利一,保田和雄:“けい光分析”,講談社,1974.

蛍光指紋とは

通常,蛍光の計測は単一の励起光を用いて行われ,蛍光の計測も単一の波長条件下で行われることが多い(図2図2■蛍光と蛍光指紋の比較点線矢印).一方,蛍光指紋(または励起・蛍光マトリックス:Excitation–Emission Matrix)計測においては,励起光の波長条件および観察する蛍光の波長条件の両方を変えながら蛍光の強度を計測する(図2図2■蛍光と蛍光指紋の比較実線矢印).すなわち,対象試料において電子励起が起こるかどうか,蛍光が放出されるかどうかを総当たり的に調査する.こうして得られた蛍光指紋は,図3図3■蛍光指紋の例に示すように励起波長,蛍光波長,蛍光強度からなる3次元の等高線形状をしており,その等高線パターンが成分に固有であるという特徴をもっている.対象に単一の刺激を与え,単一の刺激を観察する通常の蛍光計測に比べ,多刺激・多応答という特徴をもつ蛍光指紋には以下のような利点がある.

図2■蛍光と蛍光指紋の比較

図3■蛍光指紋の例

分光蛍光光度計

蛍光指紋の計測には分光蛍光光度計が用いられることが多い.分光蛍光光度計は励起側と蛍光側の2つの分光器を備えており,これらを用いて任意の励起・蛍光波長条件で試料から発せられる蛍光を計測できるようになっている.つまり,励起側の分光器で対象に照射する励起光の波長を選択し,蛍光側の分光器で試料が発する蛍光のうち検出器に送る光の波長を選択している(図4図4■分光蛍光光度計における励起・蛍光波長の選択).分光蛍光光度計の多くは分光器に回折格子を用いており,これを機械的に回転させることによって励起・蛍光波長を走査している.そのため,回折格子を一つしか用いない,あるいは機械的な波長走査を伴わない吸光測定装置に比べ,蛍光指紋の計測には長時間を要する.たとえば,筆者らの経験では,励起および蛍光波長範囲200~900 nm,測定波長間隔10 nm,波長操作速度30,000 nm/分の条件で,1試料の計測に約4分を要した.そのため,計測時間の短縮が蛍光指紋の課題の一つとなっている.この問題についてのブレークスルーについては後述する.

図4■分光蛍光光度計における励起・蛍光波長の選択

蛍光指紋による食品品質計測の基本的なアプローチ

通常,食品は多成分からなり,その中に複数の蛍光物質が混在していることも多い.また,質量分析スペクトルやクロマトグラムと異なり,蛍光指紋で観察されるピークの幅は広く,異なる蛍光物質のピークが重なり合っていることも多い.そのため,蛍光指紋を観察するのみでは,どういった成分がどれだけ含まれているかを評価するのは困難である.そのため,図5図5■蛍光指紋データ解析のアプローチに示すように,蛍光指紋を計測した同じ試料について化学分析などで「正解」となる値を把握しておき,前者から後者を推定する「モデル」を作成するアプローチがとられる(6)6) J. SádeCká & J. TóThoVá: Czech Journal of Food Sciences, 25, 159 (2007).

図5■蛍光指紋データ解析のアプローチ

モデルを作成するためには成分含有量や性質が異なる複数の試料を準備する必要がある.この際,想定される試料のばらつき(たとえば季節間変動,ロット間差など)を含む試料群をそろえることが重要である.用意した個々の試料について蛍光指紋と,成分含有量や特定の性質など,品質評価の目的となる指標を計測する.次に,前者を「説明変数」,後者を「目的変数」として多変量解析を適用する.多変量解析は多数の変数からなるデータを統計学的に解析し,データの構造や説明変数と目的変数の関係を明らかにする手法である(7)7) 長谷川勝也:“ホントに分かる多変量解析”,共立出版,1998..目的変数が産地,等級など定性的な場合は主成分分析や判別分析,成分含有量など定量的な場合は重回帰分析,Partial Least Squares(PLS)回帰分析などが用いられる(8,9)8) 廣野元久,林 俊克:“JMPによる多変量データ活用術”,海文堂出版,2008.9) 岩元睦夫,河野澄夫,魚住 純:“近赤外分光法入門”,幸書房,1995..多変量解析によるアプローチの利点は,一度モデルを作成すれば,未知試料の蛍光指紋を計測し,これにモデルを当てはめるだけで目的変数の値が算出されることである.そのため,化学分析等の時間やコストのかかる作業なしに,蛍光指紋計測のみで簡易・迅速に対象の品質を推定することが可能となる.

なお,図6図6■蛍光指紋データの前処理方法左上に示すとおり,蛍光指紋には(1)励起波長≧蛍光波長となる非蛍光領域,(2)励起光が試料表面で反射しそのまま検出された散乱光,および(3)回折格子で生じる散乱光の2, 3, …, n次光が含まれている.これらは成分が発する蛍光とは異なり不要であり,試料特性とは関係ないノイズを含むので,多変量解析を行う前に削除する.また,多変量解析は波長ごとに計測した吸光度などのベクトルデータを対象としている.そのため,等高線形状の蛍光指紋にそのまま適用することができない.そこで,不要なデータを削除した蛍光指紋を,励起波長ごとに一列に整列し,ベクトルに展開してから多変量に供する(10)10) E. Acar & B. Yener: IEEE Trans. on Knowledge and Data Eng., 21, 6 (2009).

図6■蛍光指紋データの前処理方法

食品偽装を抑止する蛍光指紋:サトイモの産地判別(11)11) 中村結花子,藤田かおり,蔦 瑞樹,杉山純一,粉川美踏,吉村正俊,柴田真理朗,鍋谷浩志,荒木徹也,中村 哲:日本食品工学会誌,14, 125 (2013).

日本では2000年からJAS法によりすべての農産物に対する原産地表示が義務づけられている.なかでもサトイモは,見た目の違いが産地間で小さく,流通時期などの住み分けができていないという理由から,1996年に産地表示義務が課せられた青果物5品目のうちの一つである(12)12) 植木 隆:日本食品科学工学会誌,55, 405 (2008)..日本へのサトイモの輸入は中国からのものが多く,2011年では日本産の単価(544円/kg)が中国産の単価(281円/kg)の約2倍(13)13) 農林水産省:平成23年生鮮食料品価格・販売動向調査報調査結果の概要,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Pdfdl.do?sinfid=000023757891, 2012.と価格差が大きい.そのために中国産に対して国産と表示する産地偽装が頻発している.サトイモの産地判別技術として,複数の微量元素濃度分析(14)14) N. I. Kobayashi, K. Tanoi, A. Hirose, T. Saito, A. Noda, N. Iwata, A. Nakano, S. Nakamura & T. M. Nakanishi: J. Agric. Food Chem., 59, 4412 (2011).や安定同位体比分析(15)15) 農林水産省農林水産技術会議事務局:“安全で信頼性機能性が高い食品農産物供給のための評価管理技術の開発:食品農産物の表示の信頼性確保と機能性解析のための基盤技術の開発”,2013, p. 36.による手法が試みられているが,時間のかかる煩雑な前処理や,高価な分析機器,専門的な知識と技術が必要で,迅速性と簡便さが求められる実用的な技術としては不十分であると言える.

そこで筆者らは国産117点,中国産23点のサトイモ試料を準備し,冷凍および粉砕による均質化の後の後蛍光指紋を計測した.得られたデータに不要領域除去,ベクトル展開などの前処理を施した後,蛍光指紋を説明変数,産地を目的変数とする正準判別分析を適用した.正準判別分析では,説明変数から試料の所属グループ判定に有効なものをいくつか抽出し,それらの線形結合により,各サンプルの所属グループを推定する正準判別関数を作成する(8)8) 廣野元久,林 俊克:“JMPによる多変量データ活用術”,海文堂出版,2008..各サンプルの蛍光指紋データに正準判別関数を適用して得られた値は正準得点と呼ばれ,この値が判別境界を超えるかどうかにより各サンプルの所属グループを判定する.

図7図7■サトイモの蛍光指紋(左:日本産,右:中国産)に得られた蛍光指紋データの一例を示す.両者には励起波長280 nm・蛍光波長350 nm近傍,および励起波長320 nm・蛍光波長400 nm近傍に共通した蛍光ピークが確認され,これらはトリプトファンおよびビタミンB6によるものと考えられた(3)3) J. Christensen, L. Nørgaard, R. Bro & S. B. Engelsen: Chem. Rev., 106, 1979 (2006)..しかしながら産地ごとに特徴的なピークは見られず,蛍光指紋の目視による判別は困難と考えられた.一方,正準判別分析の結果,励起・蛍光波長が「220・580 nm」「340・420 nm」「380・890 nm」の3波長条件が選ばれ,図8図8■蛍光指紋から算出した正準得点と判別境界に示すように各サンプルの正準得点と判別境界が算出された.また,判別境界より左側に位置する試料が中国産,右に位置する試料が日本産と判定され,誤って判定された割合である誤判別率は全体の9.4%となった.また,この結果を同一試料に対する微量元素濃度のみによる分析および微量元素濃度とストロンチウム同位体比を組み合わせた分析の結果と比較したところ,蛍光指紋は同等の産地判別能力を備えていることが明らかとなった.このように,蛍光指紋は産地判別の従来法と同等の精度を備えており,前処理の簡便さや計測時間が比較的短い点を考慮すると,産地判別における実用的なスクリーニング手法として有効と考えられる.

図7■サトイモの蛍光指紋(左:日本産,右:中国産)

図8■蛍光指紋から算出した正準得点と判別境界

食品加工メカニズムを科学的に解明する蛍光指紋:パン生地中の成分分布可視化(16)16) M. Kokawa, K. Fujita, J. Sugiyama, M. Tsuta, M. Shibata, T. Araki & H. Nabetani: J. Cereal Sci., 55, 15 (2012).

パンの製造においてミキシングは重要なプロセスである.小麦粉と水を混ぜていくミキシングのプロセスで,タンパク質であるグルテンとデンプンの分布が均一になっていき,このミキシングの程度が最終製品であるパンの食感を左右している.現在,最適なミキシング強度や時間は経験や試行錯誤に基づいて決められている場合が多いが,近年では食品加工プロセスの最適化においても科学的根拠が求められることが多い.パン生地の場合,グルテンとデンプンの分布を可視化すれば,客観的なデータからミキシングの最適化が可能になると期待される.このような成分の分布の可視化は,通常は蛍光染色剤などを用いて行われる.しかし,試料の凍結や薄片化,染色などの前処理は手間がかかるだけでなく,試料を変性させてしまう可能性もあり,また染色結果が実験者の技術レベルによって左右されるという問題がある.

そこで筆者らは,蛍光指紋のもつ成分識別能力と,画像計測により得られる空間分解能を組み合わせ,試料中の成分分布を非染色で可視化する「蛍光指紋イメージング」を着想した.また,図9図9■蛍光指紋イメージングシステムの概略に示す蛍光指紋イメージングシステムを構築した.本システムは光源,励起側バンドパスフィルタ,ライトガイド,蛍光側バンドパスフィルタおよびモノクロCCDカメラよりなる.光源から出る光のうち,特定の波長のもののみがバンドパスフィルタを透過し,ライトガイドを通じて試料に照射される.透過波長の異なるバンドパスフィルタが複数枚格納されたフィルターホイールを回転させることにより,任意の波長で試料を励起することが可能になる.試料から発せられた蛍光は,蛍光側のバンドパスフィルタを通過した後,モノクロCCDカメラにより計測される.蛍光側のバンドパスフィルタもフィルターホイールの回転により切り替えることができ,これにより試料から発せられた蛍光を任意の波長で観察することが可能となる.また,励起・蛍光波長条件を変えながらモノクロCCDカメラによる撮影を行うことにより図9図9■蛍光指紋イメージングシステムの概略右上に示すように蛍光画像を波長条件分重ね合わせたデータが得られる.このデータの1画素に着目し,「串刺し」して各波長条件における蛍光強度を抽出すると,その画素における蛍光指紋データが得られる.このようにして得られた各画素の蛍光指紋を解析することにより,成分分布の可視化が行える.分光蛍光光度計による通常の蛍光指紋計測では,励起・波長条件を連続して変えられるものの,計測対象は励起光が照射される数mmの範囲に限られ,しかもその範囲の蛍光強度を平均化した値しか計測できない.一方,図9図9■蛍光指紋イメージングシステムの概略に示したシステムでは,励起・波長条件はバンドパスフィルタの数に制限されるものの,計測対象範囲や空間分解能は用いるレンズやCCDカメラの画素数によって調整することができる.

図9■蛍光指紋イメージングシステムの概略

強力粉100%に対し水を68%加え,「ミキシング不足」「最適ミキシング」「ミキシング過剰」の3段階のミキシングを行い,パン生地のモデル試料を作成した.また,生地からグルテンとデンプンを抽出した.これらの試料を凍結した後ミクロトームで切片化し,スライドグラスとカバーグラスに挟んだ後,図9図9■蛍光指紋イメージングシステムの概略に示した計測システムを用いて蛍光画像を取得した.励起側のフィルターホイールには透過波長範囲260~320 nmのフィルタ7枚を,蛍光側のフィルターホイールには370~450 nmのフィルタ9枚を挿入した.両方のフィルターホイールを回転させつつ,一つの試料につき7×9=63枚の蛍光画像を撮影した.

得られた各画像の各画素における蛍光指紋を63次元のベクトルに展開し,抽出グルテン・デンプンの蛍光指紋とのコサイン類似度を計算した.グルテンとのコサイン類似度が高い画素にはグルテンが多く,デンプンの場合も同様の関係が成り立つと仮定し,グルテンとの類似度が高い画素は赤,デンプンとの類似度が高い画素は緑で彩色した.その結果,図10図10■パン生地中の成分分布可視化結果(赤:グルテン,緑:デンプン)に示すとおりグルテンとデンプンの分布を可視化することに成功した.

図10■パン生地中の成分分布可視化結果(赤:グルテン,緑:デンプン)

各ミキシング段階の可視化画像を比較すると,ミキシング不足の生地ではデンプンが大きく固まって局在しているのに対し,最適段階ではデンプンの固まりが小さくなり,また生地全体に均一に広がっている様子が観察された.また,ミキシングが過剰になると,画像中で黒く示されている気泡部分が広くなることがわかった.そこで,画像を細かい領域に分割し,各領域におけるグルテン画素数とデンプン画素数の比を計算し,さらにその標準偏差を算出して分布の「不均一度」と定義した.また,画面全体に占める気泡部分の面積割合を算出した.その結果,図11図11■ミキシング段階間の指標比較に示すとおり,ミキシング不足段階はほかの段階に比べて不均一度が有意に大きく,ミキシング過剰段階は段階に比べて有意に気泡が多いことが明らかとなった.すなわち,最適なミキシング段階では不均一度と気泡面積割合の両方が小さくなることがわかった.

図11■ミキシング段階間の指標比較

以上のように,蛍光指紋イメージングによりパン生地中の成分分布を非染色かつ簡易に可視化することが可能となった.本技術は,ミキシングが引き起こす現象を科学的な解明のみならず,パン工場におけるミキシング制御へのフィードバックと,ミキシングプロセスの最適化にも応用可能と期待される.

おわりに:その他の応用事例と今後の展開

蛍光指紋の一つの欠点は,励起側・蛍光側の波長走査に時間がかかることである.これを補うべく,筆者らは蛍光指紋データを詳細に解析し,定量や判別に最適な波長帯,図12図12■定量・判別に最適な「窓」状の波長帯に示す四角い「窓」状の範囲を探索するアルゴリズムを開発した(17)17) 蔦 瑞樹,中内茂樹,西野 顕,杉山純一:日本食品科学工学会誌,59, 139 (2012)..この手法の優れている点は,探索した「窓」を,波長λ1–λ2およびλ3–λ4の範囲の光を透過するバンドパスフィルタとして装置に実装できることである.これにより,計測時間と装置コストの大幅削減が可能となる.筆者と共同研究者らはこの手法で光学フィルタを設計・試作し,これを利用して豚肉表面で増殖するバクテリアの分布を可視化することに成功している(18)18) K. Nishino, K. Nakamura, M. Tsuta, M. Yoshimura, J. Sugiyama & S. Nakauchi: Opt. Express, 21, 12579 (2013).図13図13■豚肉表面で増殖するバクテリアの分布可視化).

図12■定量・判別に最適な「窓」状の波長帯

図13■豚肉表面で増殖するバクテリアの分布可視化

以上のように,蛍光指紋およびそれと画像計測を組み合わせた蛍光指紋イメージングにより,産地判別,成分分布の可視化,危害要因の検出など,食品品質をさまざまな側面から評価することができる.また,近年,デジタルカメラの急速な普及に見られるように光学装置の低コスト化・高感度化・高解像度化は急速に進んでおり,一方でいわゆる「ビックデータ」の解析と活用が現実的になってきたように,コンピュータの大容量化・高速化により膨大なデータの解析が可能になってきている.したがって,蛍光指紋や蛍光指紋イメージングを導入する技術面・コスト面でのハードルは低くなってきており,今後はさまざまな現場で,多様な食品の品質評価に活用されていくと期待される.

Reference

1) N. C. Shaner, P. A. Steinbach & R. Y. Tsien: Nat. Methods, 2, 905 (2005).

2) L. Moberg, G. Robertsson & B. Karlberg: Talanta, 54, 161 (2001).

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4) 西川泰治,平木敬三:“蛍光・りん光分析”,共立出版,1987.

5) 田村善蔵,太幡利一,保田和雄:“けい光分析”,講談社,1974.

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10) E. Acar & B. Yener: IEEE Trans. on Knowledge and Data Eng., 21, 6 (2009).

11) 中村結花子,藤田かおり,蔦 瑞樹,杉山純一,粉川美踏,吉村正俊,柴田真理朗,鍋谷浩志,荒木徹也,中村 哲:日本食品工学会誌,14, 125 (2013).

12) 植木 隆:日本食品科学工学会誌,55, 405 (2008).

13) 農林水産省:平成23年生鮮食料品価格・販売動向調査報調査結果の概要,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Pdfdl.do?sinfid=000023757891, 2012.

14) N. I. Kobayashi, K. Tanoi, A. Hirose, T. Saito, A. Noda, N. Iwata, A. Nakano, S. Nakamura & T. M. Nakanishi: J. Agric. Food Chem., 59, 4412 (2011).

15) 農林水産省農林水産技術会議事務局:“安全で信頼性機能性が高い食品農産物供給のための評価管理技術の開発:食品農産物の表示の信頼性確保と機能性解析のための基盤技術の開発”,2013, p. 36.

16) M. Kokawa, K. Fujita, J. Sugiyama, M. Tsuta, M. Shibata, T. Araki & H. Nabetani: J. Cereal Sci., 55, 15 (2012).

17) 蔦 瑞樹,中内茂樹,西野 顕,杉山純一:日本食品科学工学会誌,59, 139 (2012).

18) K. Nishino, K. Nakamura, M. Tsuta, M. Yoshimura, J. Sugiyama & S. Nakauchi: Opt. Express, 21, 12579 (2013).