Kagaku to Seibutsu 53(5): 299-304 (2015)
解説
生体におけるメイラード反応の影響
The Significance of the Maillard Reaction in Vivo
Published: 2015-04-20
メイラード反応は食品の加熱調理のみならず,生体内に存在する糖質とタンパク質間でも進行し,その後期生成物であるAGEsは老化や老化関連疾患の発症に関与している.以前AGEsは単なる老廃物として考えられていたが,AGEs化によって生体タンパク質が修飾されることにより,骨格タンパクの変性や,酵素の活性低下,タンパク質発現にも影響を与えると推察されている.そのため,生体AGEsの正確な測定は,病態のマーカーや創薬のターゲットという点からも注目されている.本稿では,生体の代謝・炎症など,さまざまな経路から生成するAGEsの測定法や,これまで明らかとなっている病態との関連性およびAGEs生成抑制物質の探索などについて紹介する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
アミノ酸と還元糖の縮合反応であるメイラード反応は,1912年にフランス人Louis Camille Maillardによって報告された.本反応はアマドリ転位物が生成するまでの前期反応と,酸化,脱水,縮合反応によって進行する後期反応に分けられ,後期反応においてはさまざまな特徴を有するAGEs(Advanced Glycation End-products)が生成する(図1図1■老化や病態におけるAGEsの蓄積と糖化によるタンパク質の物理的変化).本反応は加熱によって促進し,加熱調理や食品の長期保存に伴って進行する.食品分野ではAGEsは主にメラノイジンと呼ばれており,ローストチキンなどの加熱調理した食品やビール,味噌,醤油のような褐変食品の色調変化の原因とされているが,香気成分や,タンパク質が修飾されることによって消化性が低下し,その結果,栄養価にも関与する反応として研究が行われてきた.また,生体にも多くの糖とタンパク質が存在するため,食品の加熱調理ほど迅速ではないが本反応は徐々に進行している(図2図2■糖化に伴う食品および生体における褐変化).メイラード反応はタンパク質に糖が縮合することから「糖化」とも呼ばれているが,タンパク質の立体構造を変化させる修飾・変性に関与していることから,さまざまな病態や老化に関連していると考えられている.
生体におけるメイラード反応産物(糖化産物)のうち,最も一般的に知られているものとしてグリコアルブミンやヘモグロビンA1c(HbA1c)が挙げられる.グリコアルブミンは,血清中に最も多く存在するタンパク質であるアルブミンとグルコースが結合した糖化産物であり,過去2週間程度の血糖値を反映するマーカーとして用いられている.また,HbA1cは赤血球のヘモグロビンとグルコースによって生成するアマドリ転位生成物であり,過去1~2カ月の血糖値を反映するマーカーとして世界的に利用されている.このように糖化反応による生成物は糖代謝を知るために広く用いられてきた.特に過去30年の研究から,生体におけるメイラード反応が後期まで進行していることが明らかとなり,タンパク質のAGEs化が生体タンパク質に障害を与え,さらにAGEsの測定は老化や老化関連疾患の発症マーカーとしての利用が期待されている.AGEsは多くの構造が知られており,生体中から検出されている構造体だけでも40種類以上存在する(図3図3■既知AGEs構造体の例).それぞれのAGEs構造体ごとに生成経路が異なるため,さまざまな生体環境を反映する可能性が期待されるものの,構造間での安定性や測定方法が異なるため,HbA1cなどと比較して簡便かつ信頼性の高い測定方法が確立されておらず,これまでHbA1cのような臨床応用があまりなされていない.しかしながら,メタボリックシンドロームをはじめとする生活習慣病の研究において糖質や脂質異常の重要性が改めて認識されるなかで,これらのマーカーとして利用できる可能性のあるAGEsに注目が集まっており,正確な測定方法の確立が求められている.これまで行われてきたAGEs検出方法としては,一部のAGEsが有する蛍光性を利用した方法がある.この手法は,簡便であるため初期のAGEs研究において多用されてきたが(1~3)1) V. M. Monnier, R. R. Kohn & A. Cerami: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, 583 (1984).2) K. Wróbel, K. Wróbel, M. E. Garay-Sevilla, L. E. Nava & J. M. Malacara: Clin. Chem., 43, 1563 (1997).3) M. C. Thomas, C. Tsalamandris, R. MacIsaac, T. Medley, B. Kingwell, M. E. Cooper & G. Jerums: Kidney Int., 66, 1167 (2004).,生体中にはAGEs以外にも蛍光性を示す物質が多く存在するため,正確にAGEsのみを測定しているとは言い難いものであった.また,本法では蛍光性を有さない多くのAGEs構造は測定不能であることや,測定しているAGEs構造が不明な場合も多いことも問題点として挙げられていた.その後,簡便であり,多くの検体を測定することが可能であることから抗AGEs抗体を用いた免疫化学的測定法が広く行われるようになり,生体におけるAGEs研究が進展する要因となった.しかし,エピトープの不明な抗AGEs抗体も多いことや類似構造体との交差反応が問題とされていること(4)4) W. Koito, T. Araki, S. Horiuchi & R. Nagai: J. Biochem., 136, 831 (2004).,多様な構造をもつAGEsに対し網羅的な測定を行うことはいまだに困難であるため,多数のAGEs構造を正確に測定可能な方法の確立が生体における糖化の影響を解明するうえで課題となっている.近年,機器分析技術の進歩により,これまで測定が困難とされてきた物質が測定可能となってきた.その結果,AGEs構造についても不安定な構造体を含め,しだいに測定できるようになってきている.特に近年,液体クロマトグラフィータンデム質量分析装置(LC-MS/MS)によって多くのAGEsを同時に測定できる系が確立されてきており,生体におけるAGEs研究の発展が期待されている(図4図4■LC-MS/MSによる生体中AGEsの検出).さらに,今後臨床の現場で求められるような簡便さと正確さを兼ね備えた網羅的な測定系が開発されれば,AGEsと代謝環境との関連性についての研究がさらに進み,AGEsをマーカーとした病態の評価・治療法の提案も可能性になってくると考えられる(図5図5■AGEs測定法の確立と応用).
生体において生成するAGEsに関しては,加齢に伴う蓄積のほか,さまざまな病態との関連性が報告されている.特に,糖尿病とその合併症である腎症(5)5) N. Tanji, G. S. Markowitz, C. Fu, T. Kislinger, A. Taguchi, M. Pischetsrieder, D. Stern, A. M. Schmidt & V. D. D'Agati: J. Am. Soc. Nephrol., 11, 1656 (2000).,神経障害(6)6) H. Stracke, H. P. Hammes, D. Werkmann, K. Mavrakis, I. Bitsch, M. Netzel, J. Geyer, W. Köpcke, C. Sauerland, R. G. Bretzel et al.: Exp. Clin. Endocrinol. Diabetes, 109, 330 (2001).の血中や組織中においてNε-(carboxymethyl)lysine(CML)などのAGEs構造が高値に検出されることが知られている.また,皮膚や骨などのコラーゲンに生成したAGEsが日光性弾性線維症(solar elastosis)(7)7) M. Ichihashi, M. Yagi, K. Nomoto & Y. Yonei: Anti-Aging Medicine, 8, 23 (2011).や骨強度の低下に関与していることが報告されている(8)8) M. Saito, K. Fujii, S. Soshi & T. Tanaka: Osteoporos. Int., 17, 986 (2006)..さらに,アルツハイマー型認知症(9)9) N. Sasaki, R. Fukatsu, K. Tsuzuki, Y. Hayashi, T. Yoshida, N. Fujii, T. Koike, I. Wakayama, R. Yanagihara, R. Garruto et al.: Am. J. Pathol., 153, 1149 (1998).,非アルコール性脂肪肝炎(10)10) K. Iwamoto, K. Kanno, H. Hyogo, S. Yamagishi, M. Takeuchi, S. Tazuma & K. Chayama: Mol. Nutr. Food Res., 49, 673 (2005).,サルコペニア(11)11) L. V. Thompson: Age-related muscle dysfunction. Exp. Gerontol., 44, 106 (2009).,歯周病(12)12) E. Lalla, I. B. Lamster, S. Drury, C. Fu & A. M. Schmidt: Periodontol., 23, 50 (2000).など多くの病態との関連性が示されている.AGEsが生体おいて悪影響を与えると考えられている理由としては,(1)タンパク質中のアミノ酸がAGEs化してしまうことによって,タンパク質の荷電変化や架橋形成により骨格タンパク質の構造変化が起こり,あるいは酵素の活性が低下してしまうこと,(2)生成したAGEsを認識する受容体(RAGE: receptor for AGEs)を介して炎症反応などを惹起することが挙げられている(図6図6■AGEs化の生体への影響).これらの変化は生体組織の変性やタンパク質の発現にも影響を与えると考えられ,さまざまな生体環境の変化と密接に関連していると推察される.それぞれのAGEs構造は微量であっても複数のAGEsが関与することによって多くの生体タンパク質を修飾している可能性が高い.また,以前は生体に存在するAGEs構造体の種類についてはあまり議論がなされてこなかったが,生体にはさまざまなAGEs生成経路が存在することや,組織や病態によって蓄積するAGEs構造体が異なることが明らかになるにつれ,まずは「どのような組織にいかなるAGEs構造体が蓄積するか?」を明確にすることがすべてのAGEs研究において重要となってきている.そのため,構造の明らかなAGEsを正確かつ網羅的に測定できることが必要であり,得られた情報と詳細な臨床的情報との比較によって,老化や病態と糖化の関係性について新たな知見が得られると期待される.
生体内で生成されるAGEsのほかに,食品などに含まれ体内へ摂取されたAGEsに関する研究も積極的に行われている.以前より,食品中のメイラード反応生成物の研究はコーヒーやビール,味噌や醤油などの褐色色素の形成,香気や味覚成分として研究が行われてきた.しかし近年,AGEs高含量の食品を摂取し続けることで糖尿病などの疾病の発症率が増加するという報告が多くなされ(13,14)13) O. Sandu, K. Song, W. Cai, F. Zheng, J. Uribarri & H. Vlassara: Diabetes, 54, 2314 (2005).14) H. Beyan, H. Riese, M. I. Hawa, G. Beretta, H. W. Davidson, J. C. Hutton, H. Burger, M. Schlosser, H. Snieder, B. O. Boehm et al.: Diabetes, 61, 1192 (2012).,味噌や醤油などのAGEsを多く含む食品を多く摂取するわが国の伝統的な食生活の安全性にも疑問が投げかけられている.食品中に存在する最も一般的なAGEsとしてCML(15)15) V. Somoza, E. Wenzel, C. Weiss, I. Clawin-Rädecker, N. Grübel & H. F. Erbersdobler: Mol. Nutr. Food Res., 50, 833 (2006).やピラリン,ペントシジン(16)16) A. Förster, Y. Kühne & T. Henle: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1034, 474 (2005).などが報告されているが,食事によるこれらAGEs構造の摂取が生体へマイナスの影響を及ぼすと考えられている.その理由として,摂取されたAGEsの一部が生体内に取り込まれ,AGEs受容体であるRAGEに認識されることにより,酸化ストレスや炎症反応を惹起するという経路が示唆されている(17)17) J. Uribarri, W. Cai, M. Ramdas, S. Goodman, R. Pyzik, X. Chen, L. Zhu, G. E. Striker & H. Vlassara: Diabetes Care, 34, 1610 (2011)..しかし,一方でメイラード反応生成物が,構造の変化により消化ができなくなったことによって食物繊維と同様の働きをし,ビフィズス菌などの腸内善玉菌の炭素源となることが報告されている(18)18) R. C. Borrelli & V. Fogliano: Mol. Nutr. Food Res., 49, 673 (2005)..以上のように食品中のAGEsに関しては研究者や報告によって見解が異なっており,統一した見解は得られていない.この理由として,AGEsが単一の構造でないことや食品中AGEsの正確な定量が困難であることなどが挙げられ,今後もさまざまな視点からの検討が必要である.
以上のようにさまざまな生体環境,特に病態に関与しているとされていることから,糖化関連疾患の予防と治療にはAGEsの生成抑制が有効と考えられ,世界的にAGEs生成抑制物質の探索・開発が行われている.AGEs生成を抑制するメカニズムとして,(1)AGEsの生成を抑制する,(2)生成したAGEsの分解を促進する,(3)AGE受容体に対する拮抗阻害などが考えられている.この中で最も研究の進んでいるAGEs生成抑制の方法として,カルボニルトラップ型が挙げられる.この抑制機構は,メイラード反応の進行や代謝経路から生成するカルボニル化合物を捕捉することでAGEs生成を抑制するものであり,代表的な物質としてアミノグアニジンが報告されている.アミノグアニジンは最も初期に報告されたカルボニルトラップ型のAGEs生成抑制物質であり(19)19) M. Brownlee, H. Vlassara, A. Kooney, P. Ulrich & A. Cerami: Science, 232, 1629 (1986).,糖尿病モデルの動物実験において糖尿病性腎症,網膜症の発症を抑制することが報告されている(20)20) H. P. Hammes, S. Martin, K. Federlin, K. Geisen & M. Brownlee: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88, 11555 (1991)..さらに,1999年に米国で報告された糖尿病性腎症患者に対するphase IIIトライアルでは,尿タンパク質を減少する効果が認められたものの血中クレアチニン値では有意差が認められなかった.この原因として,アミノグアニジンが報告された頃には多くのAGEsの構造や生成経路が不明であり,生体において効果的なAGEs生成抑制物質の探索が困難であったことが挙げられる.さらに,生体に対する毒性を示すことが明らかとなったためアミノグアニジンは臨床的に実用化されていない.その後,ビタミン誘導体であるピリドキサミンもアミノ基によってアルデヒド基を捕捉する作用を有しているが,AGEsの生成のみでなく,脂質過酸化反応由来のカルボニル化合物もトラップすることが知られている(21)21) J. M. Onorato, A. J. Jenkins, S. R. Thorpe & J. W. Baynes: J. Biol. Chem., 275, 21177 (2000)..さらに,ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットに対するピリドキサミンの投与は血中グルコース濃度に変動は認められないものの,腎症(22)22) T. P. Degenhardt, N. L. Alderson, D. D. Arrington, R. J. Beattie, J. M. Basgen, M. W. Steffes, S. R. Thorpe & J. W. Baynes: Kidney Int., 61, 939 (2002).および網膜症(23)23) A. Stitt, T. A. Gardiner, N. L. Alderson, P. Canning, N. Frizzell, N. Duffy, C. Boyle, A. S. Januszewski, M. Chachich, J. W. Baynes et al.: Diabetes, 51, 2826 (2002).の進行が有意に遅延されている.また,CML(24)24) K. Mera, M. Nagai, J. W. Brock, Y. Fujiwara, T. Murata, T. Maruyama, J. W. Baynes, M. Otagiri & R. Nagai: J. Immunol. Methods, 334, 82 (2008).,Nε-(carboxyethyl)lysine(CEL)(25)25) R. Nagai, Y. Fujiwara, K. Mera, K. Yamagata, N. Sakashita & M. Takeya: J. Immunol. Methods, 332, 112 (2008).などに特異的なモノクローナル抗体を用いて,ケトン体からAGEsが生成する可能性の検討を行った研究では,ケトン体分解物であるアセトールからCELが生成することが確認された.さらに,クエン酸の経口投与によってケトン体が改善する可能性を提唱し,実際,クエン酸をストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットに経口投与した結果,ケトン体の生成,腎機能障害が抑制され,さらに白内障および水晶体におけるCELの蓄積が有意に低下することが確認されている(26)26) R. Nagai, M. Nagai, S. Shimasaki, J. W. Baynes & Y. Fujiwara: Biochem. Biophys. Res. Commun., 393, 118 (2010)..ケトン体は1型糖尿病のみならず,妊娠初期のつわり,過度な運動や急激なダイエットでも血中濃度が上昇する.クエン酸は多くの果物にも豊富に含まれており,有効に利用すれば糖尿病合併症のみならず,多くの疾患の予防にも役立てられる可能性がある.
アンチエイジングを目指した効果的なAGEs生成抑制剤を開発するには,まず標的となるAGEs構造体およびその生成経路を確認する必要があろう.近年では生薬や茶葉などの植物を由来とする天然物においてもAGEs生成抑制物質の探索が積極的に行われているなど(27)27) Y. Fujiwara, N. Kiyota, K. Tsurushima, M. Yoshitomi, K. Mera, N. Sakashita, M. Takeya, T. Ikeda, T. Araki, T. Nohara et al.: Free Radic Biol. Med., 50, 883 (2011).,AGEsの生成経路と病態との関連性の解明などとともに今後さらなる研究が期待されている.
Reference
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