セミナー室

植物細胞壁:細胞壁形成の設計図
転写制御機構

Taku Demura

出村

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 ◇ 〒630-0192 奈良県生駒市高山町8916番地5

Graduate School of Biological Sciences, Nara Institute of Science and Technology ◇ 8916-5 Takayama-cho, Ikoma-shi, Nara 630-0192, Japan

Misato Ohtani

大谷 美沙都

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 ◇ 〒630-0192 奈良県生駒市高山町8916番地5

Graduate School of Biological Sciences, Nara Institute of Science and Technology ◇ 8916-5 Takayama-cho, Ikoma-shi, Nara 630-0192, Japan

Published: 2015-04-20

はじめに

陸上植物の細胞壁は一次細胞壁と二次細胞壁に大きく二分される.すべての植物細胞がもつ一次細胞壁は,セルロース,キシログルカンなどのヘミセルロース,ペクチンの3つのグループからなる多糖類と構造タンパク質から構成され,植物細胞全般的にその形や生理学的機能を制御している.これに対して二次細胞壁は,セルロース,主にキシランなどのヘミセルロース,そしてリグニンを主要な構成成分とし,維管束組織や表皮組織などの一部の組織・細胞で特定の発生段階で形成される.二次細胞壁は,細胞に機械的な強度や化学的・生化学的な抵抗性を付与することで,「植物体の物理的な支持」,維管束組織における「水の輸送」と表皮組織における「水分の損失防止」といった植物の陸上化・大型化に必要な機能を担っている.一次細胞壁成分の分子構造や機能については,本セミナーシリーズの第1回目で詳細に解説されているので,今回は主に,二次細胞壁の分子構造と機能,および細胞壁生合成の転写制御について解説する.

二次細胞壁の分子構造と機能

二次細胞壁は主に,維管束組織や表皮組織などの機械的な強度が必要とされる組織の一部の細胞に発達する.樹木で木材を構成する維管束木部組織の道管や繊維細胞がその代表例であり,二次細胞壁は伸長・拡大成長が終わった細胞において一次細胞壁の内側に形成される.一般に二次細胞壁にはフェノール化合物であるリグニンが含まれており(木材の二次細胞壁では20~30%),セルロースやヘミセルロース同士を架橋することで二次細胞壁にさらなる物理的・化学的な強度を与えている.このように書くと,「二次細胞壁とはリグニンを含む特殊な細胞壁」との定義になりそうだが,ワタの胚珠の表皮細胞から分化する繊維細胞(いわゆる綿繊維)の二次細胞壁はリグニンを含有しないし,傷害やUV照射などのストレスによって一次細胞壁にリグニンが沈着することもあることから,必ずしも二次細胞壁=リグニンが成り立つわけでない.比較のために一次細胞壁の構造を見てみると,一次細胞壁ではセルロース微繊維が骨格となり,ヘミセルロース(主にキシログルカン)が複数のセルロース微繊維と水素結合で接着することでセルロース微繊維間を架橋している.さらに,セルロース微繊維とヘミセルロースの間隙をゲル状のペクチン分子が充填している(図1A図1■植物細胞壁構造の模式図).これに対して二次細胞壁では,セルロース微繊維の骨格をヘミセルロースであるキシランが架橋し,それらの間を多量のリグニンが架橋しながら埋めることで極めて堅固な構造になっている(図1B図1■植物細胞壁構造の模式図).また一般に,二次細胞壁のセルロースの含量と重合度はそれぞれ約50%と10,000~15,000であり,一次細胞壁のセルロースの含量(20~30%)と重合度(2,500~4,500)よりも高いことが知られており,このことも二次細胞壁の堅固な構造を生み出す要素になっていると言える.このような二次細胞壁の基本構造は(綿繊維などを除いて)共通しているが,構成成分の含量や性質は植物種や細胞の種類ごとに異なる.特にリグニン組成の違いについてはよく知られており,たとえば,針葉樹の仮道管ではコニフェリルアルコールが脱水素重合によって作られるグアイアシルリグニンが主成分であり,広葉樹の木部繊維細胞ではグアイアシルリグニンとシナピルアルコールの重合体であるシリンギルリグニンの共重合体が主成分である.また,被子植物の道管と繊維細胞では,それぞれグアイアシルリグニンとシリンギルリグニンの比率が高い.さらに,傾斜地に生育する樹木の幹や枝においては,特殊な二次細胞壁をもった「あて材」と呼ばれる特殊な材が分化する.針葉樹では傾斜の下側に,セルロース量が少なくリグニン量が多い二次細胞壁をもつ「圧縮あて材」が作られ,広葉樹では傾斜の上側に,セルロースを主成分としてリグニンをほとんど含まない「ゼラチン層(実際にはゼラチンを含むわけではない)」と呼ばれる細胞壁をもつ「引張あて材」が作られる.このような二次細胞壁の組成の違いがそれぞれの細胞の機能の違いを生んでいると思われるが,その実態はほとんどわかっていないのが現状である(1)1) 西谷和彦,梅澤俊明:“植物細胞壁”,講談社,2013.

図1■植物細胞壁構造の模式図

一次細胞壁の主成分はセルロース微繊維,キシログルカン,ペクチンであり,セルロース微繊維の骨格をキシログルカンが架橋し,その間をペクチンで充填された構造をもつ(A).二次細胞壁の主成分はセルロース微繊維,キシラン,リグニンであり,セルロース微繊維の骨格をキシランが架橋し,その間をリグニンが埋めている(B).いずれも図の下側が細胞の内側(シンプラスト)で図の上側が細胞の外側(アポプラスト)である.(B)の二次細胞壁の模式図では,本来は二次細胞壁の外側(図の上側)に存在する一次細胞壁部分を省略している.

二次細胞壁の組成の違いに加えて,細胞の種類によって二次細胞壁の形態(パターン)も異なる.図2図2■二次細胞壁をもつ細胞の模式図は木部繊維細胞,仮道管,道管の構造を示している.木部繊維細胞の形は両末端が先細り(テーパー状)の紡錘形になっていて,その全面に二次細胞壁が沈着している(図2A図2■二次細胞壁をもつ細胞の模式図).木部繊維細胞も最終的に細胞死を起こし死細胞として植物体を支える役割を果たすが,仮道管と道管は,その分化の途中に,はっきりとしたプログラム細胞死によって死細胞となる点が大きく異なっている.仮道管の形は木部繊維細胞と同様に紡錘形で,隣接した仮道管の間に壁孔(へきこう)と呼ばれる二次細胞壁の沈着が起こらない部分が多数あり,これを通して隣の細胞へ水が運ばれる(図2B図2■二次細胞壁をもつ細胞の模式図).一方で道管は紡錘形ではなく筒状の形をしていて,効率的な水の通導のために,上下の細胞のつなぎ目には穿孔(せんこう)と呼ばれる大きな孔が空いている(図2C図2■二次細胞壁をもつ細胞の模式図).また,道管の側面の二次細胞壁のパターンは環状,らせん状,網目状,孔紋状など多様である(2)2) 小田祥久,福田裕穂:化学と生物,51, 795 (2013)..一般に,各植物器官の発生の初期には作られる原生木部の道管は,周りの組織の成長に伴って伸びることができるように環状やらせん状の二次細胞壁をもつ(図2D図2■二次細胞壁をもつ細胞の模式図).一方で,発生後期に作られる後生木部の道管は二次細胞壁を網目状や孔紋状にすることで,より強固な構造をもつ(図2E図2■二次細胞壁をもつ細胞の模式図).

図2■二次細胞壁をもつ細胞の模式図

木部繊維細胞(A)と仮道管(B)は両末端が先細りの紡錘形,道管(C)は筒状の形をしている.仮道管と道管はそれぞれ,壁孔と穿孔を介して水を輸送する.道管は,環状やらせん状の二次細胞壁パターンをもつ原生木部道管(D)と網目状や孔紋状の二次細胞壁パターンをもつ後生木部道管(E)に分類できる.

一次細胞壁形成の転写制御

一次細胞壁は細胞分裂の際に細胞の内部から円盤状の構造をした細胞板として新生される.初期にはカロース,その後にはセルロースを主成分とする多糖類が小胞輸送によって細胞板に運ばれて,細胞板は遠心的に発達し,最終的に既存の細胞壁と合着する.細胞板の形成過程の詳細については他書(1)1) 西谷和彦,梅澤俊明:“植物細胞壁”,講談社,2013.を参照していただきたい.細胞板形成における転写制御については,細胞周期を同調させたタバコとシロイヌナズナの培養細胞を用いたマイクロアレイ解析などをもとに,細胞板形成時のフラグモプラスト微小管の安定性を制御するタバコのNACK1タンパク質や細胞板形成に特異的なシンタキシンであるシロイヌナズナのKNOLLE(KN)タンパク質をコードする遺伝子などの細胞周期G2/M期特異的な遺伝子がMSAエレメントと呼ばれる共通シス配列をもつことが示されている(3,4)3) M. Ito, M. Iwase, H. Kodama, P. Lavisse, A. Komamine, R. Nishihama, Y. Machida & A. Watanabe: Plant Cell, 10, 331 (1998).4) M. Ito, S. Araki, S. Matsunaga, T. Itoh, R. Nishihama, Y. Machida, J. H. Doonan & A. Watanabe: Plant Cell, 13, 1891 (2001)..そして,このシス配列に結合する転写因子として,Mybドメインを3つもつR1R2R3型のMyb転写因子(NtmybA1, NtmybA2, NtmybB)がタバコから同定された(4)4) M. Ito, S. Araki, S. Matsunaga, T. Itoh, R. Nishihama, Y. Machida, J. H. Doonan & A. Watanabe: Plant Cell, 13, 1891 (2001)..さらに,NtmybA1/NtmybA2のシロイヌナズナホモログであるAtMYBR1とAtMYBR4がKN遺伝子の発現を正に制御することが示され,myb3r1 myb3r4二重変異体で観察される細胞質分裂異常が,KN発現活性化不全による細胞板形成異常によることがわかっている(5)5) N. Haga, K. Kato, M. Murase, S. Araki, M. Kubo, T. Demura, K. Suzuki, I. Müller, U. Voß, G. Jürgens et al.: Development, 134, 1101 (2007)..現時点では,細胞板形成にかかわるほかの遺伝子の発現制御に関する報告はなく,今後の解析が待たれるところである.

細胞板を由来として作られた一次細胞壁は,細胞の成長の間も継続的に合成され,あるいはさまざまな修飾を受け続ける.この過程ではさまざまな遺伝子が高度に調和されて発現する必要があるのは間違いないが,その制御についてはほとんどわかっていない.陸上植物の細胞壁の主要成分であるセルロースは,セルロース合成酵素CesAによって合成される.シロイヌナズナは10個のCesA遺伝子(CesA1CesA10)をもつが,その中でCesA1CesA3CesA6の3つが一次細胞壁のセルロース合成で主要な役割を果たしていると考えられている(1)1) 西谷和彦,梅澤俊明:“植物細胞壁”,講談社,2013..これら3つのCesA遺伝子はいずれも,二次細胞壁を形成する組織を除くほとんどの組織で非常に強く発現している(6)6) T. Hamann, E. Osborne, H. L. Youngs, J. Misson, L. Nussaume & C. Somerville: Cellulose, 11, 279 (2004)..この3つのCesA遺伝子のいずれか一つにでも変異が入るとセルロース合成に重篤な異常を引き起こすことから考えても,これら3つのCesA遺伝子が協調して高発現する仕組みが正常な一次細胞壁形成に欠かせないと言える.しかしながら,CesA遺伝子の直接的な発現制御に関しての報告は,「ブラシノステロイドの外的な投与によってブラシノステロイドの合成変異体であるdet2-1におけるCesA遺伝子の発現抑制が回復すること」と「ブラシノステロイドによって活性化される転写因子であるBES1がCesA遺伝子プロモーター上のシス因子に結合すること」を示したXieらの論文1報のみである(7)7) L. Xie, C. Yang & X. Wang: J. Exp. Bot., 62, 4495 (2011).

人為的な実験系ではあるものの,プロトプラストからの細胞壁の再生は一次細胞壁形成における遺伝子発現制御の仕組みを知るうえでの重要なヒントを与えてくれるかもしれない.これまでに,ワタとヒメツリガネゴケ,そしてシロイヌナズナのプロトプラストからの細胞壁再生過程でのトランスクリプトーム解析が行われている(8~10)8) X. Yang, L. Tu, L. Zhu, L. Fu, L. Min & X. Zhang: J. Exp. Bot., 59, 3661 (2008).9) L. Xiao, L. Zhang, G. Yang, H. Zhu & Y. He: PLoS ONE, 7, e35961 (2012).10) M.-C. Chupeau, F. Granier, O. Pichon, J.-P. Renou, V. Gaudin & Y. Chupeaua: Plant Cell, 25, 2444 (2013)..興味深いことにいずれの場合でも,細胞壁再生の過程で一次細胞壁の形成にかかわる遺伝子群が強い発現誘導を受けることを示すデータはなく,シロイヌナズナの場合はむしろ,発現が抑制される遺伝子リストの中にCesA1CesA3などの細胞壁形成にかかわる遺伝子群が含まれていた(8~10)8) X. Yang, L. Tu, L. Zhu, L. Fu, L. Min & X. Zhang: J. Exp. Bot., 59, 3661 (2008).9) L. Xiao, L. Zhang, G. Yang, H. Zhu & Y. He: PLoS ONE, 7, e35961 (2012).10) M.-C. Chupeau, F. Granier, O. Pichon, J.-P. Renou, V. Gaudin & Y. Chupeaua: Plant Cell, 25, 2444 (2013)..筆者らの研究室で行ったシロイヌナズナ葉肉細胞のプロトプラストからの細胞壁再生過程のトランスクリプトーム解析でも,CesA1やCesA3などの一次細胞壁の生合成酵素をコードする遺伝子群の発現レベルの上昇は見られず,一部の細胞壁分解にかかわる酵素遺伝子の発現レベルの極端な低下が見られた(米田,出村,未発表).これらのことから考えると,一次細胞壁形成においては,細胞壁成分の生合成と分解にかかわる主要な遺伝子群の発現は恒常的に強く誘導されており,細胞壁生合成の活性化が必要になったときには分解側の酵素遺伝子の発現を抑制するという転写制御が働いているのかもしれない.

二次細胞壁形成の転写制御

二次細胞壁の分子構造と機能の項で述べたように,二次細胞壁をもつ細胞は多様であり,二次細胞壁の構成成分やパターンは細胞ごとに異なるため,細胞ごとに異なる二次細胞壁形成のプログラムが存在すると考えられる.本稿では,このプログラムの解明に向けた研究の成果として明らかになってきた「道管や繊維細胞における二次細胞壁の形成に関連する遺伝子の転写制御の仕組み」について紹介する.

二次細胞壁の主要な成分は,セルロースとキシラン,そしてリグニンである.一般に二次細胞壁の形成過程ではセルロースとキシランが一次細胞壁の内側に合成され,その後にリグニンが沈着する.このとき,セルロースを合成する二次壁型CesA遺伝子(シロイヌナズナではCesA4CesA7CesA8の3つ),キシランの生合成にかかわる酵素遺伝子群,コニフェリルアルコーやシナピルアルコールなどのリグニンモノマーの生合成酵素群,リグニン重合にかかわるペルオキシダーゼやラッカーゼをコードする遺伝子群が同調して発現上昇する(11~13)11) M. Hertzberg, H. Aspeborg, J. Schrader, A. Andersson, R. Erlandsson, K. Blomqvist, R. Bhalerao, M. Uhlén, T. T. Teeri, J. Lundeberg et al.: Natl. Acad. Sci. USA, 98, 14737 (2001).12) T. Demura, G. Tashiro, G. Horiguchi, N. Kishimoto, M. Kubo, N. Matsuoka, A. Minami, M. Nagata-Hiwatashi, K. Nakamura, Y. Okamura et al.: Natl. Acad. Sci. USA, 99, 15794 (2002).13) M. Kubo, M. Udagawa, N. Nishikubo, G. Horiguchi, M. Yamaguchi, J. Ito, T. Mimura, H. Fukuda & T. Demura: Genes Dev., 19, 1855 (2005)..道管(とおそらく仮道管)の分化の過程では,これら二次細胞壁の生合成にかかわる遺伝子に加えて,二次細胞壁のパターン形成にかかわる遺伝子(MIDD1など)(2,14)2) 小田祥久,福田裕穂:化学と生物,51, 795 (2013).14) Y. Oda & H. Fukuda: Science, 337, 1333 (2012).やプログラム細胞死にかかわる遺伝子(システインプロテアーゼやヌクレアーゼなど),さらには壁孔や穿孔の形成にかかわると予想される細胞壁分解酵素遺伝子(ポリガラクチュロナーゼなど)の発現も同時に誘導される.なお,プログラム細胞死にかかわるシステインプロテアーゼやヌクレアーゼは,翻訳された後に液胞の中にいったん蓄えられて,セルロースとキシランの合成が十分進んだ後に,液胞膜の崩壊によって細胞質に放出され,細胞内容物を分解し細胞死を進めることが示されている(15,16)15) J. Ito & H. Fukuda: Plant Cell, 14, 3201 (2002).16) U. Avci, H. E. Petzold, I. O. Ismail, E. P. Beers & C. H. Haigler: Plant J., 56, 303 (2008)..また,リグニン重合にかかわるペルオキシダーゼやラッカーゼは二次細胞壁生合成開始と同時に作られアポプラストに分泌され,二次細胞壁に埋め込まれることが二次細胞壁に特徴的なリグニン沈着の要因となっている(17,18)17) Y. Sato, T. Demura, K. Yamawaki, Y. Inoue, S. Sato, M. Sugiyama & H. Fukuda: Plant Cell Physiol., 47, 493 (2006).18) M. Schuetz, A. Benske, R. A. Smith, Y. Watanabe, Y. Tobimatsu, J. Ralph, T. Demura, B. Ellis & L. Samuels: Plant Physiol., 166, 798 (2014)..このような二次細胞壁形成にかかわる遺伝子群の同調した発現の制御については研究が非常に進んでおり,これを担う転写ネットワークの概要がこの10年の間に明らかになってきた(図3図3■二次細胞壁形成における転写制御ネットワーク).

図3■二次細胞壁形成における転写制御ネットワーク

二次細胞壁形成の転写ネットワークの起点となるのは二次細胞壁NAC転写因子群である.二次細胞壁NAC転写因子のうち,VND1~VND7は道管における二次細胞壁形成,NST1,NST2,NST3/SND1は繊維細胞や葯内被細胞などにおける二次細胞壁形成の起点となっている.二次細胞壁NAC転写因子は多くの二次細胞壁合成酵素遺伝子の発現を直接制御することもできる.また,VND7はLBD18やVNI2などのほかの転写因子によって発現や機能の促進や抑制を受けている.二次細胞壁NAC転写因子のすぐ下流の2つのMYB転写因子(MYB46とMYB83)が,さらに下流の転写因子群の発現を制御し,最終的に二次細胞壁合成酵素などの実働部隊となる遺伝子群の発現が正(ポジティブ)または負(ネガティブ)に制御される.この転写制御ネットワークを微調整することによって細胞ごとの二次細胞壁の構成成分やパターンの違いが生み出されていると考えられる.

この転写ネットワークの起点となるのが,同じサブファミリーに属する一群のNAC転写因子(二次細胞壁NAC転写因子[VND1~VND7, NST1, NST2, NST3/SND1])である(1)1) 西谷和彦,梅澤俊明:“植物細胞壁”,講談社,2013..シロイヌナズナ培養細胞をブラシノステロイドとホウ酸を含む液体培地で培養することで高頻度の道管分化を誘導することができるが,この培養系を用いたトランスクリプトーム解析により,道管分化過程で発現が上昇する遺伝子として,一つのサブグループのメンバーであるVND1VND7が見いだされた(13)13) M. Kubo, M. Udagawa, N. Nishikubo, G. Horiguchi, M. Yamaguchi, J. Ito, T. Mimura, H. Fukuda & T. Demura: Genes Dev., 19, 1855 (2005)..詳細な解析の結果,VND6とVND7がそれぞれ,網目状の二次細胞壁パターンをもつ後生木部道管とらせん状の二次細胞壁パターンをもつ原生木部道管の分化を制御するマスタースイッチ(鍵遺伝子)として,二次細胞壁形成やプログラム細胞死にかかわる遺伝子の発現を正に制御していることが示された(13)13) M. Kubo, M. Udagawa, N. Nishikubo, G. Horiguchi, M. Yamaguchi, J. Ito, T. Mimura, H. Fukuda & T. Demura: Genes Dev., 19, 1855 (2005)..その後,VND1~VND7とは別のサブグループのNST1およびNST3/SND1が繊維細胞のマスタースイッチとして二次細胞壁形成にかかわる遺伝子の発現を正に制御することが明らかにされた(19~21)19) N. Mitsuda, M. Seki, K. Shinozaki & M. Ohme-Takagi: Plant Cell, 17, 2993 (2005).20) R. Zhong, T. Demura & Z.-H. Ye: Plant Cell, 18, 3158 (2006).21) N. Mitsuda, A. Iwase, H. Yamamoto, M. Yoshida, M. Seki, K. Shinozaki & M. Ohme-Takagi: Plant Cell, 19, 270 (2007)..さらに最近,VND1~VND5もVND6やVND7と同様に道管細胞分化の正の制御にかかわることが示された(22,23)22) J. Zhou, R. Zhong & Z.-H. Ye: PLoS ONE, 9, e105726 (2014).23) H. Endo, M. Yamaguchi, T. Tamura, Y. Nakano, N. Nishikubo, A. Yoneda, K. Kato, M. Kubo, S. Kajita, Y. Katayama et al.: Plant Cell Physiol., 56, 242 (2015)..また,CesA4CesA8を含む二次細胞壁形成関連酵素遺伝子の多くがこれら二次細胞壁NAC転写因子によって直接的に制御されうることがわかってきた(24~26)24) K. Ohashi-Ito, Y. Oda & H. Fukuda: Plant Cell, 22, 3461 (2010).25) R. Zhong, C. Lee & Z.-H. Ye: Mol. Plant, 3, 1087 (2010).26) M. Yamaguchi, N. Mitsuda, M. Ohtani, M. Ohme-Takagi, K. Kato & T. Demura: Plant J., 66, 579 (2011).図3図3■二次細胞壁形成における転写制御ネットワーク).

上記の二次細胞壁NAC転写因子遺伝子群と同調して発現するほかの転写因子として,二次細胞壁NAC転写因子とは別のグループに属するNAC転写因子(XND1, VNI2, SND2, SND3, ANAC075),多数のMYB転写因子(MYB46, MYB83, MYB52など),LBD転写因子(LBD15, LBD18, LBD30),GAT A転写因子(GAT A12)やホメオボックス転写因子(KNAT7)が同定され,二次細胞壁NAC転写因子を起点とする転写ネットワークに参画していることがわかってきた(図3図3■二次細胞壁形成における転写制御ネットワーク).そのなかでも,二次細胞壁NAC転写因子の直接のターゲットであるMYB46とそのホモログのMYB83は,二次細胞壁形成のマスタースイッチとも言える重要な制御因子である.MYB46とMYB83は道管と繊維細胞の両方で発現し,これらの二重変異体では道管の二次細胞壁形成が強く抑制され道管機能不全が起こるため,芽生えの段階で成長が止まってしまう(27)27) J.-H. Ko, H.-W. Jeon, W.-C. Kim, J.-Y. Kim & K.-H. Han: Ann. Bot. (Lond.), 114, 1099 (2014)..また,過剰発現体やT-DNA挿入変異体,ドミナントリプレッション(CRES-T)による機能解析の結果から,MYB46とMYB83の下流にさらに二次壁形成を制御するMYB転写因子群が存在しており,あるものは二次細胞壁形成を正に,あるものは負に制御していると考えられている(28)28) R. Zhong & Z.-H. Ye: Plant Cell Physiol., 56, 195 (2015)..一方で,こうしたNAC~MYB~二次壁形成の直接的な流れの外側に存在する転写因子もあり,KNAT7やXND1も二次細胞壁形成を負に制御していることを示唆するデータが得られている(28)28) R. Zhong & Z.-H. Ye: Plant Cell Physiol., 56, 195 (2015)..しかしながら,これらの転写因子が具体的にどのような作用機序で二次細胞壁形成を負に制御しているかの詳細はまだわかっていない.

ここまで述べたように,二次細胞壁NAC転写因子が二次細胞壁形成における転写制御の中心的役割を果たしている.すなわち,これら二次細胞壁NAC転写因子の遺伝子群がどの細胞のどの時期に発現するかの制御自体も極めて厳密である必要があるだろう.現時点では,道管細胞分化のスイッチであるVND7遺伝子の発現制御機構に関していくつかの知見が得られている.Soyanoらは,LBD18遺伝子とLBD30遺伝子がVND6とVND7の支配下で未成熟な道管に発現し,少なくともLBD18がVND7遺伝子の発現を正に制御することを見いだし,これらがVND7遺伝子の発現に対する正のフィードバックループ制御にかかわっている可能性を示した(29)29) T. Soyano, S. Thitamadee, Y. Machida & N.-H. Chua: Plant Cell, 20, 3359 (2008)..また,最近,VND7プロモーターの活性化能のルシフェラーゼをレポーターに用いたin vitro解析の結果から,GAT A12とANAC075,さらにはVND1~VND6がVND7遺伝子の発現を正に制御する機能をもつことが示唆された(23)23) H. Endo, M. Yamaguchi, T. Tamura, Y. Nakano, N. Nishikubo, A. Yoneda, K. Kato, M. Kubo, S. Kajita, Y. Katayama et al.: Plant Cell Physiol., 56, 242 (2015)..さらには,酵母ワンハイブリット解析による網羅的な転写因子–プロモーター相互作用解析の結果をもとにした詳細な解析から,VND7プロモーターにE2Fc転写因子が結合し,VND7遺伝子の発現を正に(あるいは場合によっては負に)制御することが示された(30)30) M. Taylor-Teeples, L. Lin, M. de Lucas, G. Turco, T. W. Toal, A. Gaudinier, N. F. Young, G. M. Trabucco, M. T. Veling, R. Lamothe et al.: Nature, 517, 571 (2015)..また,VND7に関しては翻訳後機能調節の重要性も示されており,VND7と相互作用するタンパク質のスクリーニングによって見いだされたNAC転写因子であるVNI2がVND7と結合することでVND7の転写活性化能を抑制すること(31)31) M. Yamaguchi, M. Ohtani, N. Mitsuda, M. Kubo, M. Ohme-Takagi, H. Fukuda & T. Demura: Plant Cell, 22, 1249 (2010).,VND7はプロテアソームによる分解制御(32)32) M. Yamaguchi, M. Kubo, H. Fukuda & T. Demura: Plant J., 55, 652 (2008).やリン酸化修飾を受けることもわかってきている(小川,出村,未発表).このように,VND7遺伝子の発現とVND7の転写活性化能の制御に関する知見は増えつつあるが,これまでの制御模式図は植物体全体での過剰発現やin vitro発現系など,人工的操作に基づいた断片的なデータをもとに描かれている.実際のVND7機能制御の仕組みを知るためには,今後はVND7が発現する植物組織や細胞(道管前駆細胞)を用いたin vivo解析が欠かせないと考えられる.筆者らは現在,道管前駆細胞のセルソーティング解析やマイクロキャピラリーを用いての道管前駆細胞のシングルセルトランスクリプトーム解析を進めるべく準備を進めており,これらの解析によって新たな知見獲得を試みる予定である.また,細胞ごとに異なる二次細胞壁の構成成分やパターンの差異が,この転写制御ネットワークのなかでどのように調節されているのかを明らかにしていくことも今後の重要な課題である(図3図3■二次細胞壁形成における転写制御ネットワーク).

おわりに

比較ゲノム学的解析によると,本稿で説明した細胞壁形成の転写制御のメカニズムは陸上植物間でよく保存されているようである.二次細胞壁NAC転写因子はコケ植物からシダ植物,裸子植物,被子植物(単子葉類,双子葉類)のすべてに存在し,被子植物であるポプラ,ユーカリ,トウモロコシ,イネ,ブラキポディウム,タルウマゴヤシの二次細胞壁NAC転写因子について,下流の二次細胞壁生合成酵素遺伝子の発現を正に制御することが実験的に示されている(28)28) R. Zhong & Z.-H. Ye: Plant Cell Physiol., 56, 195 (2015)..興味深いことに,コケ植物であるヒメツリガネゴケにも8つの二次細胞壁NAC転写因子ホモログ(PpVNS1~PpVND8)が存在するが,筆者らは,①「PpVNSをシロイヌナズナで過剰発現させると道管様の細胞分化を異所的に誘導できること」,②「ヒメツリガネゴケで周りの柔細胞よりも厚みのある細胞壁(これを二次細胞壁と呼んでもいいかもしれないが本稿では単に「厚みのある細胞壁」とする)を作るステライドと呼ばれる細胞群に強く発現するPpVNS1,PpVNS6,PpVNS7の三重変異体を作ると,ステライドの細胞壁が薄くなること」,③「茎の通水細胞であるハイドロイド(厚い細胞壁をもたずプログラム細胞死を起こした空洞の細胞)に強く発現するPpVNS4の変異体では茎のハイドロイドの分化が起こらないこと」,そして④「ヒメツリガネゴケでこれら二次細胞壁NAC転写因子ホモログを過剰発現すると植物体全体でプログラム細胞死が起こるとともに,さまざまな二次細胞壁形成関連遺伝子群のホモログの発現が上昇すること」を見いだし,二次細胞壁NAC転写因子が植物の進化の非常に早い段階から細胞壁の肥厚とプログラム細胞死の制御を司ってきたことを明らかにした(33)33) B. Xu, M. Ohtani, M. Yamaguchi, K. Toyooka, M. Wakazaki, M. Sato, M. Kubo, Y. Nakano, R. Sano, Y. Hiwatashi et al.: Science, 343, 1505 (2014)..近年の次世代・次々世代DNAシーケンサーの発達によって,これまでは遺伝子レベルでの研究が難しかった植物を研究対象とすることができるようになってきている.今後は,二次細胞壁形成に関する研究が全くあるいはほとんど行われてきていないシダ植物や裸子植物も研究対象とすることで,二次細胞壁形成の転写制御の理解がより深まると期待される.特に,シダ植物と裸子植物に見られる仮道管における転写制御機構の研究によって,通水細胞(コケ植物のハイドライド,維管束植物の仮道管や道管)や支持細胞(コケ植物のステライド,維管束植物の繊維細胞)が植物進化の過程でどのように発達してきたのかを知るための重要な手掛かりが得られると思われる.

Reference

1) 西谷和彦,梅澤俊明:“植物細胞壁”,講談社,2013.

2) 小田祥久,福田裕穂:化学と生物,51, 795 (2013).

3) M. Ito, M. Iwase, H. Kodama, P. Lavisse, A. Komamine, R. Nishihama, Y. Machida & A. Watanabe: Plant Cell, 10, 331 (1998).

4) M. Ito, S. Araki, S. Matsunaga, T. Itoh, R. Nishihama, Y. Machida, J. H. Doonan & A. Watanabe: Plant Cell, 13, 1891 (2001).

5) N. Haga, K. Kato, M. Murase, S. Araki, M. Kubo, T. Demura, K. Suzuki, I. Müller, U. Voß, G. Jürgens et al.: Development, 134, 1101 (2007).

6) T. Hamann, E. Osborne, H. L. Youngs, J. Misson, L. Nussaume & C. Somerville: Cellulose, 11, 279 (2004).

7) L. Xie, C. Yang & X. Wang: J. Exp. Bot., 62, 4495 (2011).

8) X. Yang, L. Tu, L. Zhu, L. Fu, L. Min & X. Zhang: J. Exp. Bot., 59, 3661 (2008).

9) L. Xiao, L. Zhang, G. Yang, H. Zhu & Y. He: PLoS ONE, 7, e35961 (2012).

10) M.-C. Chupeau, F. Granier, O. Pichon, J.-P. Renou, V. Gaudin & Y. Chupeaua: Plant Cell, 25, 2444 (2013).

11) M. Hertzberg, H. Aspeborg, J. Schrader, A. Andersson, R. Erlandsson, K. Blomqvist, R. Bhalerao, M. Uhlén, T. T. Teeri, J. Lundeberg et al.: Natl. Acad. Sci. USA, 98, 14737 (2001).

12) T. Demura, G. Tashiro, G. Horiguchi, N. Kishimoto, M. Kubo, N. Matsuoka, A. Minami, M. Nagata-Hiwatashi, K. Nakamura, Y. Okamura et al.: Natl. Acad. Sci. USA, 99, 15794 (2002).

13) M. Kubo, M. Udagawa, N. Nishikubo, G. Horiguchi, M. Yamaguchi, J. Ito, T. Mimura, H. Fukuda & T. Demura: Genes Dev., 19, 1855 (2005).

14) Y. Oda & H. Fukuda: Science, 337, 1333 (2012).

15) J. Ito & H. Fukuda: Plant Cell, 14, 3201 (2002).

16) U. Avci, H. E. Petzold, I. O. Ismail, E. P. Beers & C. H. Haigler: Plant J., 56, 303 (2008).

17) Y. Sato, T. Demura, K. Yamawaki, Y. Inoue, S. Sato, M. Sugiyama & H. Fukuda: Plant Cell Physiol., 47, 493 (2006).

18) M. Schuetz, A. Benske, R. A. Smith, Y. Watanabe, Y. Tobimatsu, J. Ralph, T. Demura, B. Ellis & L. Samuels: Plant Physiol., 166, 798 (2014).

19) N. Mitsuda, M. Seki, K. Shinozaki & M. Ohme-Takagi: Plant Cell, 17, 2993 (2005).

20) R. Zhong, T. Demura & Z.-H. Ye: Plant Cell, 18, 3158 (2006).

21) N. Mitsuda, A. Iwase, H. Yamamoto, M. Yoshida, M. Seki, K. Shinozaki & M. Ohme-Takagi: Plant Cell, 19, 270 (2007).

22) J. Zhou, R. Zhong & Z.-H. Ye: PLoS ONE, 9, e105726 (2014).

23) H. Endo, M. Yamaguchi, T. Tamura, Y. Nakano, N. Nishikubo, A. Yoneda, K. Kato, M. Kubo, S. Kajita, Y. Katayama et al.: Plant Cell Physiol., 56, 242 (2015).

24) K. Ohashi-Ito, Y. Oda & H. Fukuda: Plant Cell, 22, 3461 (2010).

25) R. Zhong, C. Lee & Z.-H. Ye: Mol. Plant, 3, 1087 (2010).

26) M. Yamaguchi, N. Mitsuda, M. Ohtani, M. Ohme-Takagi, K. Kato & T. Demura: Plant J., 66, 579 (2011).

27) J.-H. Ko, H.-W. Jeon, W.-C. Kim, J.-Y. Kim & K.-H. Han: Ann. Bot. (Lond.), 114, 1099 (2014).

28) R. Zhong & Z.-H. Ye: Plant Cell Physiol., 56, 195 (2015).

29) T. Soyano, S. Thitamadee, Y. Machida & N.-H. Chua: Plant Cell, 20, 3359 (2008).

30) M. Taylor-Teeples, L. Lin, M. de Lucas, G. Turco, T. W. Toal, A. Gaudinier, N. F. Young, G. M. Trabucco, M. T. Veling, R. Lamothe et al.: Nature, 517, 571 (2015).

31) M. Yamaguchi, M. Ohtani, N. Mitsuda, M. Kubo, M. Ohme-Takagi, H. Fukuda & T. Demura: Plant Cell, 22, 1249 (2010).

32) M. Yamaguchi, M. Kubo, H. Fukuda & T. Demura: Plant J., 55, 652 (2008).

33) B. Xu, M. Ohtani, M. Yamaguchi, K. Toyooka, M. Wakazaki, M. Sato, M. Kubo, Y. Nakano, R. Sano, Y. Hiwatashi et al.: Science, 343, 1505 (2014).