Kagaku to Seibutsu 53(5): 319-325 (2015)
セミナー室
ヒト血清による黄色ブドウ球菌の認識と貪食の誘導機構
Published: 2015-04-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
黄色ブドウ球菌はヒトの鼻腔や皮膚の常在菌である.健常人の約3割で保菌が観察される一方,免疫が低下した場合や手術後にヒト病原菌として頻繁に分離され,皮膚ならびに軟組織の感染症,肺炎,敗血症などを引き起こす.本菌感染症の問題は,第1には臨床で使われているすべての抗生物質に対して薬剤耐性菌が見いだされ,第2には多剤耐性を示すメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が院内や市中に広く蔓延し,そして第3には有効なワクチンがない現状にある.国内の200床以上のすべての病院でMRSAは検出されていることから,感染症対策に掛かるコスト削減をもにらみ,新規抗菌剤や,安価で有効な新しい予防,治療法,とりわけワクチンの開発が期待されている.本稿ではこのようなワクチン開発の基盤となる黄色ブドウ球菌に対する宿主免疫の生体防御の仕組み,特に血清成分による黄色ブドウ球菌の認識と排除の仕組みについて概説するとともに,細胞内寄生菌としての黄色ブドウ球菌にも触れたい.
生体防御応答において,病原微生物は異物として認識され除去される.ヒトの異物認識系は一般に,B細胞とT細胞の遺伝子組換えに依存する獲得免疫系,それ以外の自然免疫系に分けられる.獲得免疫系の微生物センサーとしては抗体や白血球T細胞受容体が,自然免疫系の微生物センサーとしてはレクチンやToll様受容体(TLR)などが挙げられ,後者は特に病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns; PAMPs)と呼ばれる微生物に共通な構造体を認識する.両者は渾然一体となって異物を認識し,その情報は増幅・拡散され,異物除去系に伝達される.これにより,感染局所に抗体や補体成分を含む血漿成分が滲出供給され,浸潤白血球とともに病原微生物の殺傷と除去が行われる.
血清中において異物認識に与る抗体やレクチンは,直接的には標的となるウイルスや毒素の中和や凝集により感染力や毒力を低減し,またオプソニンと呼ばれる病原体の貪食目印として食細胞による標的の貪食を誘起する.一方,間接的にはその認識シグナルが補体のプロテアーゼカスケードにより増幅されることを通じ,標的の細胞膜の破壊や,補体成分をオプソニンとした食細胞による貪食を誘導する.
補体は約30種の血清タンパク質からなる生体防御システムで,異物認識シグナルの増幅および拡散とそれらの調節,ならびに殺菌作用を有する(1)1) 大井洋之,木下タロウ,松下 操編:“補体への招待”,メジカルビュー社,2011.(図1図1■補体活性化の仕組みと主な役割).補体における異物認識情報の伝達経路は,獲得免疫系と自然免疫系で共有されている.すなわち,抗原抗体複合体はC1複合体を活性化し,補体の共通プロテアーゼカスケードを起動する(古典経路).一方,自然免疫系の糖認識レクチンであるマンナン結合レクチンもしくはタンパク質(MBL/MBP)とフィコリン類は,これらレクチンに付随するプロテアーゼであるMBL-associated serine proteases(MASPs)を活性化し,同じく補体の共通カスケードを起動する(レクチン経路).加えて,ペンタラキシンファミリーのC-reactive protein(CRP)やserum amyloid P component(SAP),C型レクチンであるSIGN-R1は古典経路のC1複合体を活性化し,補体の共通カスケードを起動する.
C1複合体はC1qと2つのプロテアーゼサブユニットのC1sとC1rからなるが,C1qはMBL,フィコリンと構造的にも機能的にも類似しており,進化的起源の共通性が示唆されている(1)1) 大井洋之,木下タロウ,松下 操編:“補体への招待”,メジカルビュー社,2011..MBL,フィコリン,C1qはいずれも3つのサブユニットからなるユニットが3〜6本集合した多量体を作り,糖鎖あるいは抗原抗体複合体のFc領域を多価で認識するときに各々に付随するプロテアーゼを活性化し,補体共通カスケードを起動する.多価認識の要求性は病原体依存的な補体の活性化,すなわち微生物表層にふんだんに存在するPAMPsにMBLやフィコリン,C1複合体が多価で結合した際に補体が活性される仕組みを可能としている.
C1複合体あるいはMASPsが病原体認識に依存して活性化されると,C4とC2が限定分解されてC3転換酵素複合体C4b2aが形成され,生じた転換酵素によりC3がC3bとC3aに分解される.C3の分解は,補体の生体防御反応を実行に移すうえで最も重要である.C3の分解に伴ってはC5転換酵素複合体C4b2a3bが形成され,C5をC5aとC5bに限定分解する.C5bは膜侵襲複合体形成の起点となる.膜侵襲複合体はナイセリア属の細菌など一部のグラム陰性菌に対する感染防御として重要であるが,厚い細胞壁を有するグラム陽性菌種に対しては一般に無効である.グラム陽性の黄色ブドウ球菌に対する生体防御における補体の主な役割は,細菌のオプソニン化と好中球による貪食の促進にある(表1表1■黄色ブドウ球菌の貪食にかかわるヒト受容体).C3bとC4bは,分子内のチオエステル結合が限定分解に伴って分子表面に露出することで解離し,病原体上の分子の水酸基やアミノ基とエステルやアミドの共有結合を作って沈着することで,オプソニンとして働く.病原体に結合したC3bやC4bは,好中球などに発現する補体受容体CR1に認識され貪食されるが,貪食にはほかの免疫伝達物質からの活性化シグナルが必要とされる.C3の血中濃度は1.2 mg/mL程度と高く維持され,オプソニンとしての役割を滞りなく実行する準備がなされていると言える.
貪食受容体 | 黄色ブドウ球菌認識に預かるヒト血清因子 | 黄色ブドウ球菌の標的分子 |
---|---|---|
オプソニン依存の受容体 | ||
FcγRs | IgG antibodies | WTAのβ-GlcNAc修飾糖,Clumping factor Aなど多数の表層抗原 |
FcαRI | IgA antibodies | 細胞表層抗原群 |
Fcα/µR | IgA, IgM antibodies | 細胞表層抗原群 |
FcγRs | SAP | ペプチドグリカン |
CR1 | C3b, C4b | 菌体表層分子群に非特異的に共有結合 |
CR3 | iC3b | 菌体表層分子群に非特異的に共有結合 |
不明 | MBL | WTAのGlcNAc修飾糖 |
不明 | L-Ficolin | LTA |
不明 | M-Ficolin | GlcNAcなどのアセチル化糖 |
オプソニン非依存の受容体 | ||
SR-As | ― | LTA |
CLA-1/2(SR-Bs) | ― | LTA |
Integrin α5β1 | Fibronectin* | Fibronectin-binding proteins(FnBPs) |
* Fibronectinは血漿や細胞外マトリックスにあり,FnBPsとIntegrinの結合を橋渡しする.FibronectinのFnBPsへの結合がIntegrinとの結合を引き起こすわけではなく,Fibronectinをオプソニンと呼ぶわけではない. |
オプソニンとして働くのはC3bやC4bばかりではない.抗原抗体複合体やレクチンは,補体の活性化によらずオプソニンとしても働く(表1表1■黄色ブドウ球菌の貪食にかかわるヒト受容体).抗原抗体複合体をオプソニンとして認識するのはIgG抗体受容体であるFc受容体(FcγRs)である(2)2) F. Nimmerjahn & L. V. Ravetch: Nat. Rev. Immunol., 8, 34 (2008)..FcγRsは好中球やマクロファージに発現しており,抗体でオプソニン化された細菌を認識し,これを貪食する.CRPやSAPというペンタラキシンファミリー分子にC1qが結合して補体を活性化することは上述したが,CRPやSAPにはFcγRsも結合し細菌貪食を誘導する.CRPの血中濃度は5 µg/mL未満から急性炎症時には500 µg/mLにまで上昇することが知られ,日本では急性炎症のマーカーとして利用されているタンパク質である.MBLやフィコリンもオプソニンとして働くことが提案されているが,その受容体などの詳細や重要性は明らかにはなっていない.
感染局所における抗体を含む血漿成分の滲出にはケミカルメディエーターが必須の役割を担うが,その一翼をアナフィラトキシンとして働くC5aやC3aが担う.C5aやC3bはマスト細胞上の各々の受容体に結合してヒスタミンを放出させ,血管透過性を亢進する.C5aはまたケモカインとして好中球の浸潤も引き起こす.補体系以外ではマクロファージや樹状細胞,マスト細胞による病原体認識とサイトカインやケモカインの放出が補体の活性化と相まって,炎症反応の誘起にかかわっている.補体が宿主細胞を攻撃・破壊すると生体としては都合が悪いので,正常な宿主細胞は誤って活性化された補体因子を不活性化し,自己を保持する仕組みを有している(3)3) P. F. Zipfel & C. Skeka: Nat. Rev. Immunol., 9, 729 (2009)..黄色ブドウ球菌などの病原微生物の一部は補体を不活性化する仕組みを有しており,免疫系からの逃避に寄与していると考えられている(4)4) C. Y. Okumura & V. Nizet: Annu. Rev. Microbiol., 68, 439 (2014)..
つづいて血清成分による黄色ブドウ球菌の認識と貪食について述べたい.黄色ブドウ球菌はグラム陽性細菌で,厚いペプチドグリカンに覆われている(図2図2■黄色ブドウ球菌表層の主なPAMPsと宿主応答).ペプチドグリカンは細胞壁タイコ酸(wall teichoic acid; WTA)と呼ばれる糖鎖と共有結合し,両者は細胞壁の主要な構造体をなしている.そのほか,細胞膜に基部構造をもつ糖鎖であるリポタイコ酸(lipoteichoic acid; LTA),細菌に特徴的な脂質修飾を受けた膜タンパク質群であるリポプロテインが細菌に固有で共通した構造を含有する.これら表層構造物はマクロファージや樹状細胞,マスト細胞といった宿主細胞が有する微生物センサーによりPAMPsとして認識され,一般には炎症性サイトカインの腫瘍壊死因子(TNF)-αやインターロイキン(IL)-6,ケモカインのIL-8といった分子の分泌を促し,好中球の遊走や活性化を導く(5)5) K. P. van Kessel, J. Bestebroer & J. A. van Strijp: Front. Immunol., 5, 467 (2014)..ペプチドグリカンはほ乳動物ではnucleotide binding oligomerization domain(NOD)分子に,細菌リポプロテインの脂質修飾部位はTLR-2/1,TLR-2/6ヘテロ受容体に認識される(図2図2■黄色ブドウ球菌表層の主なPAMPsと宿主応答).ペプチドグリカンやLTAもTLR2リガンドとみなされてきたが,細菌リポプロテインの脂質修飾酵素Lgtの欠損株ではTLR2依存の炎症性サイトカインの誘導はほぼ認められなくなるので,主要なTLR2リガンドはリポプロテインであると考えられる(6)6) H. Nakayama, K. Kurokawa & B. L. Lee: FEBS J., 279, 4247 (2012)..次に述べるようにWTAは補体レクチン経路のMBLに認識される.このほか,ホルミルメチオニンペプチドがパターン認識受容体を活性化する.
補体を活性化することが知られている血清レクチンとしては,MBLとフィコリンが知られている.フィコリンとしてはL-フィコリン,H-フィコリン,M-フィコリンの3種が同定されている(1)1) 大井洋之,木下タロウ,松下 操編:“補体への招待”,メジカルビュー社,2011..L-フィコリンはサルモネラ菌や大腸菌に結合することが知られ,黄色ブドウ球菌にも結合するとの報告があるが,その活性がMBLに比べて弱いことなどからわれわれを含め複数の研究室で再現できておらず,不明な点が多い.MBLは黄色ブドウ球菌をはじめ各種の細菌,真菌,ウイルスに結合し,補体を活性化する.MBLは直接,オプソニンとして働くとの報告もなされている(表1表1■黄色ブドウ球菌の貪食にかかわるヒト受容体).日本人を含むアジア人種の約3割は,MBL遺伝子の一塩基多型に由来するアミノ酸置換変異によりMBLを遺伝的に欠損している.MBL欠損者は獲得免疫発達前の幼児期において黄色ブドウ球菌をはじめとする病原性細菌に易感染性となることが報告されており,黄色ブドウ球菌に対する感染防御へのMBLの生理的役割が示唆されている.
最近MBLは,黄色ブドウ球菌表層のWTAを認識することにより,黄色ブドウ球菌に結合し,補体レクチン経路を活性化することが報告された(7)7) K. Kurokawa, D. J. Jung, J. H. An, K. Fuchs, Y. J. Jeon, N. H. Kim, X. Li, K. Tateishi, J. A. Park, G. Xia et al.: J. Biol. Chem., 288, 30956 (2013).(図3図3■MBLと抗体によるWTAのGlcNAc修飾糖の認識と補体活性化).WTAを欠損する黄色ブドウ球菌tagO欠損変異株にはMBLが結合できなくなり,補体を活性化できないのである.MBLのリガンドとして従来からペプチドグリカンが提案されていたが,実際にはペプチドグリカンに共有結合しているWTAがリガンドであって,試薬会社から購入可能なペプチドグリカンの精製度の低さに起因したミスリードであったと推定される.さらにMBLは,WTAのGlcNAc修飾糖を認識することが明らかとなっている.WTAはリビトールリン酸のポリマーを本体とし,リビトールのヒドロキシル基にGlcNAcがα結合,あるいはβ結合で修飾することが従来知られていたが,これら修飾糖の転移酵素をコードするtarM,tarS遺伝子が近年同定されており,この両遺伝子の二重欠損変異株とMBLの相互作用解析がなされた結果,修飾糖を欠損する二重欠損株にはMBLは結合できず,MBLはWTAのGlcNAc修飾糖を認識することが明らかとなった(7)7) K. Kurokawa, D. J. Jung, J. H. An, K. Fuchs, Y. J. Jeon, N. H. Kim, X. Li, K. Tateishi, J. A. Park, G. Xia et al.: J. Biol. Chem., 288, 30956 (2013).(図3図3■MBLと抗体によるWTAのGlcNAc修飾糖の認識と補体活性化).WTAのGlcNAc修飾糖では3,4位のエクアトリアルなヒドロキシル基がフリーであることから,この結果はMBLがマンノースやN-アセチルグルコサミンの3,4位のエクアトリアル位のヒドロキシル基を認識するとされる結果と矛盾しない結果である.
ヒト血清中には,黄色ブドウ球菌の表層構造物やタンパク質に対する抗体価の高いものが見いだされる.Protein AやClumping factor Aといった主要な表層タンパク質抗原に対する抗体はオプソニン化や補体古典経路の活性化を介して黄色ブドウ球菌に対する生体防御に寄与していると考えられることから,ワクチン抗原としての開発が進められている.肺炎球菌やインフルエンザ菌type bに対するワクチンに夾膜多糖体抗原が用いられているように,黄色ブドウ球菌の表層糖鎖に対してもヒト血清中には高い抗体価が認められる.特にWTAに対するヒト抗体価は高く,これに一致してヒト血清による補体活性化能は黄色ブドウ球菌WTA欠損株に対して著しく低下することが観察されている.さらに,注射用ヒト免疫グロブリン製剤からアフィニティー精製された抗WTA抗体は,WTAのβ-GlcNAc修飾糖を主要なエピトープとすることが報告されている(7)7) K. Kurokawa, D. J. Jung, J. H. An, K. Fuchs, Y. J. Jeon, N. H. Kim, X. Li, K. Tateishi, J. A. Park, G. Xia et al.: J. Biol. Chem., 288, 30956 (2013)..したがってWTAのGlcNAc修飾糖は,補体レクチン経路のMBLと古典経路の抗体という両経路の微生物センサーの標的分子であり,黄色ブドウ球菌に対する補体活性化の主要な標的となっているようである(図3図3■MBLと抗体によるWTAのGlcNAc修飾糖の認識と補体活性化).
SAPとCRPは環状五量体構造をとるペンタラキシンファミリータンパク質で,カルシウム依存のリガンド結合部位をもつ血清成分である.急性炎症のマーカーとして使われるCRPは当初,肺炎球菌の莢膜多糖体との反応性により同定され,のちにC1qと結合して補体経路を活性化するとともに,FcγRsに認識されるオプソニンとしても働くことが見いだされている.一方のSAPは炎症時に誘導されることはないが,CRPと同様にC1qおよびFcγRsとの結合能を有し,補体の活性化,およびオプソニンとして働く.最近,SAPがペプチドグリカン結合タンパク質として報告された(8)8) J. H. An, K. Kurokawa, D. J. Jung, M. J. Kim, C. H. Kim, Y. Fujimoto, K. Fukase, K. M. Coggeshall & B. L. Lee: J. Immunol., 191, 3319 (2013)..ペプチドグリカン単量体への結合のKD値は60 nM程度と生理的機能を考慮するうえでも十分に低い.一方のCRPはペプチドグリカンに結合しない.SAPの黄色ブドウ球菌菌体のペプチドグリカンへの結合はC1qを介した補体活性化は誘導しないが,オプソニンとして働くことでFcγRs依存の好中球貪食を誘導できる(表1表1■黄色ブドウ球菌の貪食にかかわるヒト受容体).ただし,SAPのペプチドグリカンへの結合はWTAを酸性条件で脱穀したりWTA欠損株を用いたりしたペプチドグリカンが露出した条件で認められたものであり,WTAがあればSAPはペプチドグリカンに結合できないため,SAPの黄色ブドウ球菌感染に対する役割についてはさらなる検証が待たれる.
マクロファージや樹状細胞は,細胞表層受容体が直接に病原体の表層構造物を認識し,オプソニンを介することなく貪食することもできる.代表的な受容体はscavenger receptor(SR)-AとSR-Bs(CLA-1/2)で,両者とも黄色ブドウ球菌のLTAをリガンドとする(表1表1■黄色ブドウ球菌の貪食にかかわるヒト受容体).興味深いことに,LTAを欠損する黄色ブドウ球菌変異株はマウス血液感染モデルにおいて高病原性を示し,血液中の生菌数の上昇が認められている(9)9) M. Nakayama, K. Kurokawa, K. Nakamura, B. L. Lee, K. Sekimizu, H. Kubagawa, K. Hiramatsu, H. Yagita, K. Okumura, T. Takai et al.: J. Immunol., 189, 5903 (2012)..これは,マクロファージによるLTAを介した黄色ブドウ球菌の貪食が,黄色ブドウ球菌に対する生体防御に重要であることを示唆する結果である.驚くべきことに,同様の機構はショウジョウバエにおいても機能的であるようで,ショウジョウバエへの細菌感染モデルにおいても黄色ブドウ球菌のLTA欠損株は高病原性を示し,その理由はハエ体液中の食細胞上のDraper受容体によるLTAを標的とした貪食が欠落することによると報告されている(10)10) Y. Hashimoto, Y. Tabuchi, K. Sakurai, M. Kutsuna, K. Kurokawa, T. Awasaki, K. Sekimizu, Y. Nakanishi & A. Shiratsuchi: J. Immunol., 183, 7451 (2009)..ショウジョウバエにおいては食細胞上のIntegrin分子によるペプチドグリカン認識を介した貪食機構も提示されており(11)11) A. Shiratsuchi, T. Mori, K. Sakurai, K. Nagaosa, K. Sekimizu, B. L. Lee & Y. Nakanishi: J. Biol. Chem., 287, 21663 (2012).,同様のペプチドグリカン–ペプチドグリカン認識受容体の組み合わせが哺乳動物においても保存され,生体防御に機能していることは想像に難くない.
本稿のトピックである貪食とは異なるが,NETsは近年研究が進んできた免疫系による異物除去システムの一形態で,活性化好中球がクロマチンを細胞外へ放出して周囲の微生物を蜘蛛の糸で絡めとるように捕らえ,放出したクロマチンに含まれる抗菌ペプチドにより殺菌するものである(5)5) K. P. van Kessel, J. Bestebroer & J. A. van Strijp: Front. Immunol., 5, 467 (2014)..NETsはin vitroでの観察が先行していたが,黄色ブドウ球菌感染に依存して生体内でも起きることが観察されている(12)12) B. G. Yipp, B. Petri, D. Salina, C. N. Jenne, B. N. Scott, L. D. Zbytnuik, K. Pittman, M. Asaduzzaman, K. Wu, H. C. Meijndert et al.: Nat. Med., 18, 1386 (2012)..また好中球の細胞死と溶解に伴う現象として捉えられてきたが,TLR2と補体の活性化に依存して細胞の溶解を伴うことなくNETsが形成され,しかも脱核した好中球が走化性と貪食能を保持していると報告されている(12)12) B. G. Yipp, B. Petri, D. Salina, C. N. Jenne, B. N. Scott, L. D. Zbytnuik, K. Pittman, M. Asaduzzaman, K. Wu, H. C. Meijndert et al.: Nat. Med., 18, 1386 (2012)..これに対して黄色ブドウ球菌はDNaseを放出することによりNETsから逃避できるとされる.NETs形成に際しては周囲の自己組織が傷害されることが想定され,細菌感染による炎症誘起の要因となるであろうことも興味深い.
好中球やマクロファージのような免疫系食細胞に貪食されるだけでなく,黄色ブドウ球菌が上皮細胞,内皮細胞,繊維芽細胞,骨芽細胞,角化細胞といった非免疫系の細胞に接着・侵入し,宿主細胞の中で生存できることが明らかになりつつある(13,14)13) M. Fraunholz & B. Sinha: Front. Cell Infect. Microbiol., 2, 43 (2012).14) B. Loffler, L. Tuchscherr, S. Niemann & G. Peters: Int. J. Med. Microbiol., 304, 170 (2014)..黄色ブドウ球菌は細胞内に潜入することで,抗体による認識や抗菌ペプチドによる攻撃など免疫系から逃避することが可能となり,また膜透過性の低い抗菌剤に対して耐性を獲得しうる.結果として,黄色ブドウ球菌が宿主組織に長くとどまるなどして難治性の感染の原因となると想像できる.これら一般細胞への侵入に際しては,黄色ブドウ球菌のフィブロネクチン結合タンパク質AおよびB(FnBPs)が細胞外マトリックスのフィブロネクチンへの結合を介して細胞表層のIntegrin α5β1に結合し,細胞骨格を再編成する仕組みが最も重要であるとされている.細胞内に侵入直後にはファゴリソソームに運ばれるが,黄色ブドウ球菌は主にはα-toxinやphenol soluble modulins(PSMs)といったタンパク質の働きで細胞質に脱出するとされ,菌の細胞質への脱出は細胞死や組織の炎症をしばしば誘導する.細胞質中の黄色ブドウ球菌がオートファジーにより捕獲され殺菌されるとする報告がある一方,毒素の発現によりこれに耐性となるメカニズムも報告されている.細胞の種類や菌の種類により異なる結果が報告されており,さらなる検証が待たれる.
従来から黄色ブドウ球菌の慢性感染に付随して,寒天培地上で小さなコロニーを作るsmall colony variants(SCVs)と呼ばれる黄色ブドウ球菌の表現型が報告されてきた(14)14) B. Loffler, L. Tuchscherr, S. Niemann & G. Peters: Int. J. Med. Microbiol., 304, 170 (2014)..SCVsの表現型は一般に不安定で,速やかに元の増殖の速い親株の表現型に戻る.このSCVの表現型は細胞内への長期間の寄生能にかかわっているとして着目されている.SCVs型変異株にはFnBPsを高発現し,高い細胞侵入能を獲得した株が報告されている.またSCVsは毒素の低発現により炎症誘起能を低下させて免疫系から回避していること,また代謝を落とし増殖速度を落とすことでβ-ラクタム剤に耐性となることも指摘されている.黄色ブドウ球菌のSCVsの表現型形成能は,抗菌治療に抵抗し,またワクチン開発が難航している黄色ブドウ球菌感染症を考えるうえで重要であると考えられる.
黄色ブドウ球菌に対するワクチン抗原としてさまざまなタンパク質が試験され,動物実験を経てヒト臨床試験にも供されているが,これまでに感染防御効果が認められた抗原はない.グローバルファーマ各社による単一タンパク質抗原を用いたワクチン開発はすべてのケースで臨床試験において中止に追い込まれており,現在は複数の抗原の組み合わせの有効性が検討されている状況にある.米国国立アレルギー感染研究所(NIAID)により開催された世界大手製薬企業の研究開発責任者を交えた2013年6月の報告会によれば,臨床試験においても抗体は産生され,オプソニン活性の誘導は確認されているにもかかわらず,である.おそらく一つの重要な可能性としては,黄色ブドウ球菌の一部は好中球に貪食された後も,好中球の殺菌力や好中球のアポトーシス細胞死とマクロファージによる貪食に抵抗して生存できること,が挙げられる.上述したように,黄色ブドウ球菌は古典的には細胞外病原性細菌と捉えられてきたが,近年では細胞内でも生存可能な病原性細菌であると見直されてきている.実際,黄色ブドウ球菌はマクロファージや顆粒球などの細胞内で検出されている.今後のワクチン開発においては,黄色ブドウ球菌を細胞内に含有する細胞を攻撃できる,細胞性免疫の賦活化を促す抗原の同定が重要となるであろう.また,黄色ブドウ球菌感染においては好中球の遊走を促すIL-17の感染防御における重要性が提示されている(15,16)15) L. S. Miller & J. S. Cho: Nat. Rev. Immunol., 11, 505 (2011).16) A. G. Murphy, K. M. O’Keeffe, S. J. Lalor, B. M. Maher, K. H. Mills & R. M. McLoughlin: J. Immunol., 192, 3697 (2014)..Th17細胞やγδT細胞などにより産生されるIL-17は顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)やケモカインの産生を介して好中球の感染局所への遊走を促す.黄色ブドウ球菌由来の抗原で,IL-17の高発現応答を導く免疫記憶を可能とする物質は,ワクチン抗原として有望であると考えられる.黄色ブドウ球菌と宿主免疫系との相互作用のさらなる理解により,MRSA感染症の新規な予防・治療法の開発が可能となることが期待される.
Reference
1) 大井洋之,木下タロウ,松下 操編:“補体への招待”,メジカルビュー社,2011.
2) F. Nimmerjahn & L. V. Ravetch: Nat. Rev. Immunol., 8, 34 (2008).
3) P. F. Zipfel & C. Skeka: Nat. Rev. Immunol., 9, 729 (2009).
4) C. Y. Okumura & V. Nizet: Annu. Rev. Microbiol., 68, 439 (2014).
5) K. P. van Kessel, J. Bestebroer & J. A. van Strijp: Front. Immunol., 5, 467 (2014).
6) H. Nakayama, K. Kurokawa & B. L. Lee: FEBS J., 279, 4247 (2012).
13) M. Fraunholz & B. Sinha: Front. Cell Infect. Microbiol., 2, 43 (2012).
14) B. Loffler, L. Tuchscherr, S. Niemann & G. Peters: Int. J. Med. Microbiol., 304, 170 (2014).
15) L. S. Miller & J. S. Cho: Nat. Rev. Immunol., 11, 505 (2011).