プロダクトイノベーション

交流高電界殺菌法を利用した果汁製品の製造

Takashi Inoue

井上 孝司

ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社研究開発本部中央研究所 ◇ 〒481-8515 愛知県北名古屋市熊之庄十二社45-2

POKKA SAPPORO FOOD & BEVERAGE LTD. ◇ 45-2 Kumanosho, Kita-Nagoya-shi, Aichi 481-8515, Japan

Naoki Osawa

大澤 直樹

ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社研究開発本部中央研究所 ◇ 〒481-8515 愛知県北名古屋市熊之庄十二社45-2

POKKA SAPPORO FOOD & BEVERAGE LTD. ◇ 45-2 Kumanosho, Kita-Nagoya-shi, Aichi 481-8515, Japan

Masanori Hiramitsu

平光 正典

ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社研究開発本部中央研究所 ◇ 〒481-8515 愛知県北名古屋市熊之庄十二社45-2

POKKA SAPPORO FOOD & BEVERAGE LTD. ◇ 45-2 Kumanosho, Kita-Nagoya-shi, Aichi 481-8515, Japan

Published: 2015-04-20

果汁などの飲料は,食品衛生法により清涼飲料水と定義され,製品のpHや保存温度によって加熱殺菌の基準が定められている食品である.しかしながら,この加熱過程で熱に弱い香気成分や有用な機能成分の損失が問題となっていた.さらに,近年においては,果汁のような低pH(pH 4.0未満)状態で生育し高い耐熱性を有する好酸性耐熱性菌(TAB)や耐熱性カビなどが発見され,pH 4.0未満の果汁の殺菌においても100°C以上で数十秒間といった超高温短時間殺菌(UHT殺菌)を行い,商業的無菌の観点から耐熱性芽胞を死滅させることが製造上必要になっている.この商業的無菌が達成できる加熱殺菌条件は,もちろん食品衛生法に定められた基準よりも非常に高い加熱条件で処理する必要があり,食品の品質を大きく損なう要因になっている.一方,お客様の果汁飲料に対する嗜好は,搾りたての品質を求める傾向にあり,非加熱果汁,ストレート果汁や混濁果汁に対応した商品が望まれている.

そこで,筆者らは,食品衛生法の基準に適合し,耐熱性芽胞などを効率的に殺菌可能な技術開発を2003年より開始した.具体的には,農研機構食品総合研究所と共同で電気エネルギーを利用した食品自身を発熱させる内部加熱の中でも比較的低い周波数を用いる交流電気を用いて,熱的な効果に加えて電気的な殺菌効果も得られる新規の殺菌法である交流高電界殺菌法である.本稿では,筆者らが開発した交流高電界殺菌法の特徴とその開発の経緯および製造された果汁製品に及ぼす効果を中心に紹介する.

交流高電界殺菌法とは

本法は,電気抵抗をもつ食品に一対の金属の電極を介して,その電極間に交流電源で電圧を印加すると食品内部を流れる電流とそれに逆らう電気抵抗により食品自身が自己発熱することを利用したジュール加熱(オーミック加熱)と高電界の印加によって微生物細胞内外の電位差でクーロン力が生じることを利用した電気穿孔(エレクトロポーレーション)などによる微生物損傷の相乗効果によって,液状食品中の微生物を0.1秒以内のごく短時間で殺菌できる技術である.

ジュール加熱とは材料の両端に電圧(V)を印加した場合に材料内部に生じた電気勾配を小さくしようとする力に従って電気を運ぶキャリアーの移動が起こる.このときに食品では,+と-イオンがキャリアーとなり,食品に含まれる成分や不純物などにより電気抵抗(R)が生じる.ジュール加熱とは,この電気抵抗により運動エネルギーが熱エネルギー(P)に変換されることを指し,材料に流れる電流(I)とRVから下記により計算される法則である.

また,細胞の電気穿孔とは,細胞の種類や大きさにかかわらず,細胞1個当たり1 V以上の電位差が与えられた場合,細胞膜の絶縁破壊が生じ,細胞膜に局所的な電気機械的な不安定性のために穴が開く現象を指し,これにより細胞が死滅することが報告されている(1,2)1) U. Zimmermann & R. Benz: J. Membr. Biol., 53, 33 (1980).2) T. Imai, A. Noguchi & K. Uemura: Food Sci. Technol. (Campinas.), 30, 461 (1990).図1図1■ジュール加熱と電気穿孔にジュール加熱および細胞の電気穿孔を示す.

図1■ジュール加熱と電気穿孔

図上:ジュール加熱,図下:電気穿孔.

交流高電界殺菌装置

交流高電界の殺菌装置は,材料を連続的に送るポンプ部,高周波の交流を発生させる交流電源部,交流電界を材料に印加する電極部,発熱した被処理物を冷却する冷却部,および処理系内を一定圧力に保持する保圧部と必要に応じて材料の熱劣化が起こらない程度まで予備加熱する加熱部から構成される(図2図2■交流高電界の殺菌システムと電極上).

図2■交流高電界の殺菌システムと電極

図上:高電界システム,図下:電極構造.

高周波としては,使用する電極を腐食させない周波数として20 kHzとし,電極材質としてチタニウム製の並行平板電極を採用している(図2図2■交流高電界の殺菌システムと電極下).本技術の特徴として,電極の通過時間(加熱時間)が0.1秒以内と短時間であるため,昇温速度が,実際には1,000°C/s以上となる.極めて短時間で処理が完了し,昇温速度が速いことから,僅かな流速の変動や脈流の発生が処理温度の大きなブレにつながることがわかった.そのため,脈流を発生させない工程上の工夫と無脈流ポンプを選定している.

電極設計とシミュレーション解析

交流高電界殺菌法の殺菌効果および電極の耐久性や安定性を確保するうえで重要な要因となるのは,電極の構造である.ただし,交流高電界法は,電極の通過時間が0.1秒以内と極短時間である点と用いられる電極間には数百~数千V/cmの電界が生じているため,そこに熱電対などのセンサーを挿入して直接材料の温度を測定することは不可能である.そこで,われわれは,流れる食品に電界を印加したときに材料にどのような電界が印加されて,加熱されるのかをコンピューターシミュレーション(Computer Fluid Dynamics)による解析結果をもとにした電極設計を行った.具体的には,電極内部の流速分布,温度分布,電界分布を明らかにし(3)3) 植村邦彦,小林 功,井上孝司,中嶋光敏:食総研報,71, 21 (2007).,最終的な実生産機には,流速,温度分布の偏差が最も小さくなるように設計することができた.

交流高電界法の殺菌特性

われわれは交流高電界の殺菌特性を明らかにするために,食品中の変敗の原因となる中温性や高温性および好酸性の各種耐熱性芽胞菌を用いて殺菌特性を明らかにしてきた.食品の殺菌条件を設定するうえでは,食品物性である熱伝達試験による熱伝達曲線の導出と殺菌対象である微生物の耐熱性試験から生存曲線(D値)と熱耐性曲線(Z値)を導出し,それらの値から致死曲線を求め殺菌条件を算出する必要があるためである(ただし,本技術は食品自体が自己発熱するため,熱伝達曲線の導出は不要となる).交流高電界法の殺菌特性の結果として,殺菌が開始する温度は胞子が有する耐熱性(F値)から推定されることがわかり,電界強度を高くすることで殺菌効果が向上した.そのときの向上率は,D値の減少として表され,D値が大きい胞子(高い温度で処理しないと殺菌できない胞子)ほど,その効果が大きくなることを明らかにした(4)4) 井上孝司,河原(青山)優美子,池田成一郎,土方祥一,五十部誠一郎,植村邦彦:日本食品工学会誌,8, 123 (2007)..また,果汁で問題となるTABは,従来の加熱のみの処理に比べ殺菌速度として約30倍速いこともわかった(5)5) K. Uemura, I. Kobayashi & T. Inoue: Food Sci. Technol. Res., 15, 211 (2009).

交流高電界殺菌装置のスケールアップと実証試験

清涼飲料の実ラインは,一般的に一時間当たり数千から数万Lを処理する能力の設備が求められる.当初は,時間60 Lの処理能力の殺菌処理装置を製作し,各種微生物の殺菌特性の解明や果汁,茶飲料,コーヒー飲料の殺菌など幅広く適応できる処理装置に改良した.その後,処理能力を時間500 Lにまでスケールアップしても殺菌効果に違いがないことを明らかにし,実証試験機として毎時2,000 Lの液状食品を殺菌できる装置によって,殺菌試験,製品の品質検査,製品の保存試験を行い,食品製造に問題ないことを確認した.さらに,食品を数千時間処理しても電極の平滑性が損なわれず腐食などが発生しないことも確認し,飲料の製造設備として問題ないことを実証した.

交流高電界の実用化と新ラインの特徴

交流高電界殺菌技術を利用した新たな工場として,2013年12月に弊社名古屋第3工場に,毎時5,000 Lの処理能力を有する工場を竣工した.本生産ラインの特徴は,食品を品質劣化させる要因である酸化・熱劣化を低減・抑制したライン構成(ナチュラルレモンテイスト製法)になっている点である.酸化劣化を防止するために,原料水および製造工程中のタンクや配管中の酸素を可能な限り除去した調合工程と殺菌工程に交流高電界殺菌法を利用して熱劣化を防止することで,お客様の要望であるフレッシュで搾りたての高品質な商品をお届けすることができるライン構成になっている.

生産アイテムは,120 mL,300 mL,450 mLのポッカレモン100を中心とする果汁製造ラインで2014年2月より発売を開始することができた(図3図3■交流高電界法により生産している果汁製品群).

図3■交流高電界法により生産している果汁製品群

本ラインで製造した商品は,従来の加熱殺菌のみによる殺菌法に比べて,熱による変色を約2/5に抑制し,加熱臭の発生を約1/8,ビタミンCの減少を約1/10などに抑えられ,当社官能評価パネリストによる試験によっても,爽やかなレモンの風味やレモンの果皮の風味などの項目で有意に向上し,逆に,焦げた風味やイモ臭などの項目で有意に抑制されるなど,成分分析の結果を裏づける高品質な製品を製造することができている.

交流高電界殺菌法の実用化を振り返って

食品の製造にとって最も大事なことは,安心・安全を確立することである.とりわけ食品においては,微生物的な安全性が最重要であることは言うまでもない.実際に,交流高電界殺菌法を実用化するために,基礎的な殺菌のメカニズムの解明から応用研究や装置開発におけるスケールアップまでを行い,非常に多くのデータを蓄積することで実用化に至った.

また,今回紹介した交流高電界殺菌法の実用化の事例は,消費者の嗜好の変化や余分な添加物を使用することなく,安心・安全と高い品質を兼ね備えた食品を求めるニーズをいち早く予測したマーケティングによる潜在ニーズの顕在化および食品製造における問題点として殺菌工程の熱劣化という課題を抽出できたことで大きな意味をもつ.

実用化までには,多くの試行錯誤の連続と電極構造も含めた試作品の製作の繰り返しであったが,お客様に高品質な食品を届けたいとの思いとその目的達成の信念がブレなかったことが実用化できた一因であると考えている.

また,産学連携として,農研機構・食品総合研究所植村ユニット長,日本大学の五十部教授,筑波大学の中嶋教授をはじめ多くの先生方のご助言や社内でのよい上司,仲間に恵まれたことが成功につながったと思われる.この場をお借りして,御礼を申し上げたい.

今後は,交流高電界処理により食品中に含まれる不要な酵素も効率的に失活できることから(6)6) 井上孝司,河原(青山)優美子,池田成一郎,五十部誠一郎,植村邦彦:日本食品科学工学会誌,54, 195 (2007).,食品の殺菌以外にも食品加工への応用範囲を拡大していきたい.

Reference

1) U. Zimmermann & R. Benz: J. Membr. Biol., 53, 33 (1980).

2) T. Imai, A. Noguchi & K. Uemura: Food Sci. Technol. (Campinas.), 30, 461 (1990).

3) 植村邦彦,小林 功,井上孝司,中嶋光敏:食総研報,71, 21 (2007).

4) 井上孝司,河原(青山)優美子,池田成一郎,土方祥一,五十部誠一郎,植村邦彦:日本食品工学会誌,8, 123 (2007).

5) K. Uemura, I. Kobayashi & T. Inoue: Food Sci. Technol. Res., 15, 211 (2009).

6) 井上孝司,河原(青山)優美子,池田成一郎,五十部誠一郎,植村邦彦:日本食品科学工学会誌,54, 195 (2007).