Kagaku to Seibutsu 53(3): 330-334 (2015)
バイオサイエンススコープ
農産物に含まれるカドミウム・ヒ素とそのリスク管理措置
Published: 2015-04-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
一定量以上のカドミウムを,食品を通じて数十年にわたり継続して摂取し続けると,腎臓の機能に悪影響を及ぼす可能性がある.1970年の食品衛生法の食品,添加物の規格基準一部改正により,コメ中のカドミウム濃度は1.0 mg/kg以上含有するものであってはならないとされていたが,厚生労働省薬事・食品衛生審議会での審議を通じて2010年4月に国際的な基準の0.4 mg/kg以下に改められた.その経緯は以下のとおりである(1,2)1) 厚生労働省薬事・食品衛生審議会:薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会議事録.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/12/txt/s1202-18.txt, 2009.2) 厚生労働省:食品中のカドミウムの規格基準の一部改正について,薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会資料,2–10. http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/12/dl/s1202-2c.pdf, 2009..食品安全委員会はカドミウム耐容週間摂取量を7 µg/kg体重/週と設定した.その根拠は日本国内の二つの疫学調査の結果で,カドミウム汚染地域住民と非汚染地域住民を対象とした一つの疫学調査結果では,14.4 µg/kg体重/週以下のカドミウム摂取量であればヒトへの健康に悪影響はなく,もう一つの疫学調査結果では7 µg/kg体重/週程度のカドミウム曝露を受けた住民は,非汚染地域の住民と比較しても近位尿細管機能障害が同程度であったことによる.一方,わが国での食品からのカドミウム摂取量は,マーケットバスケット方式により2.8 µg/kg体重/週とされ,その約4割がコメから摂取されていた.またモンテカルロ・シミュレーション推計では,コメに0.4 mg/kgという基準値を設定した場合のカドミウム摂取量の95パーセンタイル値は7.18 µg/kg体重/週で,食品安全委員会の定めた耐容週間摂取量と同程度であり,疫学調査であったヒトの健康に悪影響を及ぼさない摂取量14.4 µg/kg体重/週を十分下回っていた.これらの状況を踏まえて厚生労働省薬事・食品衛生審議会において審議が行われ,最も寄与率の高いコメについて,国内の含有実態も踏まえながら,合理的に達成可能な範囲で低い値を設定するALARAの原則を適用して,国際基準に準じて基準値を0.4 mg/kgに設定することが適当だと結論された.一方,コメ以外の品目については,コメに比べ生産量や寄与率が低いため基準値を設定せず,農産物の低減対策の推進および汚染実態把握を行うこととされた.農林水産省の実態調査(3)3) 農林水産省:食品中のカドミウムに関する情報国内産農畜水産物等の実態調査結果,http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/cyosa/index.htmlにおいては,コムギ,ホウレンソウ,サトイモ,ゴボウ,ニンジン,ネギ,タマネギ,ナス,オクラなどで国際基準値を超過した割合が1%以上であり,低減対策が必要と考えられる.
カドミウムは,もともと土壌や鉱物中など天然に広く存在する重金属元素であるが,日本国内には,過去の鉱山,精錬所および工場などから排出された高濃度のカドミウムを含む排水や排煙によって汚染された水田が存在する.農用地土壌汚染防止対策の概要(4)4) 環境省水・大気環境局土壌環境課:平成24年度農用地土壌汚染防止法の施行状況について(お知らせ).http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=17531, 2013.によれば,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」に定められた特定有害物質のうちカドミウムが基準値(玄米0.4 mg/kg)以上検出された地域の累計は96地域:7,050 haとなっている.平成24年度末の対策事業など完了面積は6,437 haであり,基準値以上検出等地域面積の91%が対策事業などを完了している.2009年まではカドミウムの基準値は玄米で1.0 mg/kg以上であり,そのような地域は農用地土壌汚染対策地域として指定され,客土による土壌汚染防止対策が行われてきた.客土効果の持続性が数県において調査されており,汚染源の防止対策が十分にされていれば年数が経過しても玄米中のカドミウム濃度が低く抑えられていることが確認されている.客土はカドミウム低減対策としては最も効果の高い技術だが,対策に莫大な経費がかかること,良質な客土材の確保が困難であること,客土材の採取に伴って環境への影響が大きいことなどの問題がある.
「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」でカドミウム基準値は米について定められており,土壌のカドミウム濃度の基準値ではない.土壌中のカドミウム濃度が一定でも,吸収されるカドミウム量は,気象,土壌の種類,作物の種類,品種,栽培方法,栽培場所,栽培時期など多くの要因によって異なるからである.特に水管理方法によってコメのカドミウム濃度は劇的に変化する.
0.4 mg/kgを超える濃度のカドミウムを含むコメが生産されたことのあるほ場やその周辺のほ場などでは基本的な低減対策として出穂前後各3週間にわたる湛水管理による吸収抑制対策の実施が推進されている(5)5) 農林水産省消費・安全局:コメ中のカドミウム濃度低減のための実施指針.http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/pdf/cd_shishin_rice.pdf, 2011..水田に水を張った状態(湛水管理)を維持すると土壌は還元状態となり,土壌中のカドミウムはイオウと結合して不溶性の硫化カドミウムが形成されると考えられており,水稲のカドミウム吸収は抑制され,玄米中のカドミウム濃度を60~90%程度引き下げることが可能である.湛水管理の問題点としては,農業用水の不足などから湛水状態の維持ができない場合があること,収穫時のほ場が乾燥しきらずコンバイン収穫に困難が生じる場合があること,土壌中のカドミウム濃度は低減しないので稲以外の作物を栽培した場合は低減効果がないこと,後で詳細に述べるコメ中ヒ素蓄積の増加の可能性があることなどがある.
客土以外に土壌中のカドミウム濃度を低減する方法として,化学洗浄法(6)6) T. Makino, H. Takano, T. Kamiya, T. Itou, N. Sekiya, M. Inahara & Y. Sakurai: Chemosphere, 70, 1035 (2008).,植物浄化法(ファイトレメディエーション)(7)7) M. Murakami, F. Nakagawa, N. Ae, M. Ito & T. Arao: Environ. Sci. Technol., 43, 5878 (2009).などの新しい土壌中のカドミウム低減技術が開発されてきた.これらの方法で土壌中のカドミウム濃度を低減すれば,水稲以外の畑作物を栽培した場合にも農産物中のカドミウム濃度低減が可能である.化学洗浄法は土壌に塩化第二鉄を加えて,カドミウムを水中に溶出させた後,溶出したカドミウムを回収した後に排水することによって,土壌中カドミウムを除去する技術である.植物浄化法はカドミウム吸収能が高い植物を栽培し,土壌中のカドミウムを吸収した浄化植物を収穫した後カドミウムを大気などの環境中に拡散させずに回収可能な施設で焼却処理することにより,農地を浄化する対策である.現在,地上部カドミウム蓄積量が大きい長香穀などの稲品種を用いた技術体系の実証試験が行われている.長香穀の地上部カドミウム蓄積量が大きい原因遺伝子はOsHMA3遺伝子であることがわかっている(8)8) H. Miyadate, S. Adachi, A. Hiraizumi, K. Tezuka, N. Nakazawa, T. Kawamoto, K. Katou, I. Komada, K. Sakurai, H. Takahishi et al.: New Phytol., 189, 190 (2011)..OsHMA3は液胞膜上に存在する重金属トランスポーターをコードする.長香穀ではこの遺伝子の変異によりカドミウムを根の液胞に隔離する能力が失われ,結果的に地上部にカドミウムが輸送されていた.
農環研を中心とする研究グループは,イオンビーム照射の手法を使ってカドミウムを土壌からほとんど吸収しないコシヒカリの突然変異体を選抜することに成功した(9,10)9) S. Ishikawa, Y. Ishimaru, M. Igura, M. Kuramata, T. Abe, T. Senoura, Y. Hase, T. Arao, N. K. Nishizawa & H. Nakanishi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 19166 (2012).10) 石川 覚:化学と生物,51, 203(2013)..変異体の玄米中カドミウム濃度は,「コシヒカリ」が0.4 mg/kgを超える条件で栽培しても,定量限界値以下になる(図1図1■高カドミウム土壌で栽培したときの玄米カドミウム濃度).この変異体の実用性を,カドミウム吸収性試験,各種生育調査,病害などの特性検定試験,食味官能試験などにより確認し,「コシヒカリ環1号」として品種登録出願した.「コシヒカリ環1号」は遺伝子組換え植物ではないので,栽培するのに手続きは不要であり,日本各地で栽培実証試験が実施中である.また,農林水産省の「農業技術の基本指針(26年3月)」にコメのカドミウム対策として「コシヒカリ環1号」の導入や,各県の主力品種および有望品種へ「コシヒカリ環1号」が有するカドミウム低吸収性形質の導入に取り組むことが記載され,その実用化が大きく進展しようとしている.「コシヒカリ環1号」のカドミウム低吸収性原因遺伝子はOsNRAMP5遺伝子であることがわかっている(9)9) S. Ishikawa, Y. Ishimaru, M. Igura, M. Kuramata, T. Abe, T. Senoura, Y. Hase, T. Arao, N. K. Nishizawa & H. Nakanishi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 19166 (2012)..DNAマーカーもすでに開発されており,効率的な交配育種ができると期待されている.
無機ヒ素に関しては,2010年にThe Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives(JECFA, 2011)でリスク評価が行われ(11)11) Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives: ARSENIC (addendum) in safty evaluation of certain contaminants in food,153–317. http://whqlibdoc.who.int/publications/2011/9789241660631_eng.pdf, 2011.,「肺がんの発生に係るBMDL0.5(肺がんの発生率が0.5%増加する無機ヒ素の摂取量の安全側の95%信頼下限値)を飲料水中の無機ヒ素濃度と肺がんに関する疫学調査をもとに推定したところ,3.0 µg/kg体重/日(2.0~7.0 µg/kg体重/日)となった.従来のPTWI(暫定耐容週間摂取量)15 µg/kg体重/週(2.1 µg/kg体重/日に相当)は,今回推定したBMDL0.5の範囲内にあることから,PTWIとしてもはや適当でなく,取り下げる」というものであった.一方,食品安全委員会は食品中のヒ素の評価を行い(12,13)12) 食品安全委員会:化学物質・汚染物質評価書食品中のヒ素.http://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya2009031900k, 201313) 食品安全委員会:食品中のヒ素に関するQ&A. http://www.fsc.go.jp/fsciis/attachedFile/download?retrievalId=kya2009031900k&fileId=710, 2013.,無機ヒ素暴露により,ヒトにおいて発がん(肺がん,膀胱がんなど)が認められ,また染色体異常などの遺伝毒性が見られているが,現在得られている知見からは,ヒ素の直接的なDNAへの影響の有無について判断することはできない.また,ヒ素による発がんメカニズムについて,現時点においては知見が不足しており,発がん暴露量における閾値の有無について判断できる状況にないと判断した.今回の食品安全委員会の評価では,日本における食品を通じたヒ素の摂取について特段の措置が必要な程度とは考えていないが,ヒ素に毒性があることは明らかとなっているので,関係する行政機関に,評価書を踏まえ,これまで行ってきた食品中のヒ素の汚染実態を把握するための調査,ヒ素のリスク低減方策に関する研究などをさらに充実して取り組むよう要請している.今後,さらに有害性評価を行うためには,日本で通常の生活でのヒ素の摂取量とその影響を調べる疫学調査などが必要とされた.また,有機ヒ素についてはさらにデータを蓄積することが必要とされた.
日本国内で食品から摂取される総ヒ素のうち8割以上が魚介類,海藻に由来し,農産物ではコメからの摂取の寄与が比較的大きいことがわかっている(14)14) 渡邉敬浩:食品を介したダイオキシン類等有害物質摂取量の評価とその手法開発に関する研究平成23年度総括・分担研究報告書,32. http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIST00.do, 2011..魚介類,海藻中のヒ素は大部分がアルセノベタインやヒ素糖など毒性が比較的低いと考えられている有機ヒ素であるが,コメは無機ヒ素の割合が高いため,無機ヒ素の摂取におけるコメの寄与率は高いと考えられる.またマーケットバスケット調査によって日本人の一日無機ヒ素摂取量の約60%をコメと米製品が占めることが報告されている(15)15) T. Oguri, J. Yoshinaga, H. Tao & T. Nakazato: Arch. Environ. Contam. Toxicol., 66, 100 (2014)..一方,国産玄米および精米中のヒ素の含有実態調査(16)16) 農林水産省:食品中に含まれるヒ素の実態調査.http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_as/occurrence.html#riceでは,玄米と精米(2012年産)の無機ヒ素濃度の平均値はそれぞれ0.21,0.12 mg/kgで,分析試料各600点中で定量限界(0.02 mg/kg)未満の試料はなかった.小麦,大豆など大部分の畑作物では分析試料の約90%以上が定量限界未満であったこと(17)17) 農林水産省:有害化学物質含有実態調査結果データ集(平成15~22年度).http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/survei/pdf/chem_15-22.pdfから,農産物からのヒ素摂取低減のためには,コメに対するリスク管理措置を講じることが重要と考えられる.
2014年7月のコーデックス委員会総会で精米中の無機ヒ素の最大基準値が0.2 mg/kgとして採択された(18)18) Codex Alimentarius Commission: 2014. Thirty-seventh Session CICG, Geneva, Switzerland 14–18 July 2014 REPORT, REP14/CAC para. 82 and Appendix III. http://www.codexalimentarius.org/download/report/807/REP14_CACe.pdf.これは健康リスクの低減効果を考慮したうえで,国際的に流通しているコメ中の無機ヒ素濃度のデータを用いてALARAの原則に基づいて設定された.最大基準値を0.1 mg/kgとすると,約40%のコメが超過すると見積もられるので,合理的に達成可能ではないと考えられる.前述したように,食品安全委員会はヒ素について「発がん曝露量における閾値の有無について判断できる状況にない」としている.一方,化学物質の環境リスクなどの分野において,閾値がない場合には生涯にがんが生じる確率が10万人に一人以下となるような濃度に規制することが一般的である(19)19) 村上道夫:臭素酸・ヒ素:閾値なしの慢性毒性“基準値のからくり(ブルーバックス)”,村上道夫,永井孝志,小野恭子,岸本充生編,講談社,2014, pp. 87–90..永井は,JECFAの示したBMDL0.5=3.0 µg/kg体重/日を基に線形外挿し,コメ中の無機ヒ素濃度が0.4 µg/kg以下であればコメ中のヒ素に起因する発がんが10万人に一人以下となる,と試算している(20)20) 永井孝志:無機態ヒ素はコメにも! “基準値のからくり(ブルーバックス)”,村上道夫,永井孝志,小野恭子,岸本充生編,講談社,2014, pp. 58–60..こういった事情から,コメ中の無機ヒ素濃度をできる限り低くする努力が必要と思われる.
コメについては,総ヒ素含有量とそれに占める無機ヒ素(亜ヒ酸,ヒ酸)とメチル化ヒ素(おもにジメチルアルシン酸)の割合は,栽培地域,イネ品種,栽培方法などによって異なることが知られている(図2図2■コメ中の主なヒ素化合物).コメ中のジメチルアルシン酸については,それが,稲体内で無機ヒ素がメチル化されたものに由来するのか,または土壌から吸収されたものに由来するのかについて,これまで議論されてきたが,以下の研究から,コメ中のジメチルアルシン酸は,土壌から吸収されたものに由来することが明らかとなってきた.イネの水耕栽培で水耕液に無機ヒ素,モノメチルアルソン酸を添加するとコメにジメチルアルシン酸が蓄積するが,水耕液中にもジメチルアルシン酸が検出された.抗生物質を水耕液に添加すると水耕液中のジメチルアルシン酸は劇的に減少した(21)21) T. Arao, A. Kawasaki, K. Baba & S. Matsumoto: Environ. Sci. Technol., 45, 1291 (2011)..イネを無菌栽培した場合,無機ヒ素やモノメチルアルソン酸を培地に添加しても稲体にジメチルアルシン酸は検出されなかった(22)22) C. Lomax, W. J. Liu, L. Y. Wu, K. Xue, J. Xiong, J. Z. Zhou, S. P. McGrath, A. A. Meharg, A. J. Miller & F. J. Zhao: New Phytol., 193, 665 (2012)..イネを無菌栽培し,無機ヒ素・モノメチルアルソン酸・ジメチルアルシン酸を培地に添加してもトリメチルアルシンの揮散は認められなかった(23)23) Y. Jia, H. Huang, G. X. Sun, F. J. Zhao & Y. G. Zhu: Environ. Sci. Technol., 46, 8090 (2012)..イネ根圏から新規のArsM遺伝子をもつジメチルアルシン酸合成菌が単離され,無菌イネに接種してイネ体内にジメチルアルシン酸が検出されることが実証された(24)24) M. Kuramata, F. Sakakibara, R. Kataoka, T. Abe, M. Asano, K. Baba, K. Takagi & S. Ishikawa: Environ. Microbiol., (2014). doi: 10.1111/1462–2920.12572.これらのことは,イネが無機ヒ素をジメチルアルシン酸に代謝するのではなく,土壌など培地中で無機ヒ素が微生物の作用でメチル化されたのちにイネに吸収されることを示している.現在,ヒ素の摂取がヒトの健康に及ぼす影響については,無機ヒ素に対する評価が先行し,ジメチルアルシン酸の摂取がヒトの健康に及ぼす影響については,その毒性に関する情報が乏しいことから,詳細はまだ明らかになっていない.
前述したとおり,湛水管理によるカドミウム吸収抑制対策が水稲で行われているが,湛水管理はコメのヒ素濃度を増加させる可能性がある.還元状態の発達に伴うヒ素の可溶化には,ヒ素を吸着した鉄(Ⅲ)酸化水酸化物およびマンガン酸化物の還元溶解のほか,吸着態ヒ酸の亜ヒ酸への還元による脱離がかかわる.山根(25)25) 山根忠昭:水稲におけるヒ素被害の発生機構と対策.島根県農業試験場研究報告,24, 1 (1989).によれば,土壌の湛水培養によって溶液中に溶出する二価鉄(鉄(Ⅱ))濃度とヒ素濃度の間には高い相関があり,溶出したヒ素の大部分(86~91%)が亜ヒ酸であった.湛水期間を変えて水稲をポット栽培,ほ場栽培した結果,湛水期間が長いほど玄米カドミウム濃度は減少したが,玄米総ヒ素濃度は高まった(26,27)26) T. Arao, A. Kawasaki, K. Baba, S. Mori & S. Matsumoto: Environ. Sci. Technol., 43, 9361 (2009).27) 川崎 晃,荒尾知人,石川 覚:日衛誌,67, 478 (2012)..また,湛水期間が長いほど玄米総ヒ素中のジメチルアルシン酸の割合が高まった.
平成25年度から農林水産省委託プロジェクト「水稲におけるヒ素のリスクを低減する栽培管理技術の開発」が開始され,水管理,資材,品種を利用したコメのヒ素低減を目指している.農環研の開発した「コシヒカリ環1号」は落水条件で栽培した場合にもカドミウムの吸収が増えることはないため,この品種を用いてコメ中無機ヒ素の低減がどこまでできるか,日本各地でほ場試験が行われている.水稲を落水条件で栽培した場合,特に夏場の気温が高いとコメの収量・品質が低下する懸念があること,コメ中無機ヒ素を低減可能な水田の水管理が現場で実行可能かどうかを考える必要があることなどの課題がある.現在,カドミウムのみでなく無機ヒ素のコメへの蓄積が少ない稲品種の開発も進められている.
Note
Reference
1) 厚生労働省薬事・食品衛生審議会:薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会議事録.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/12/txt/s1202-18.txt, 2009.
2) 厚生労働省:食品中のカドミウムの規格基準の一部改正について,薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会資料,2–10. http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/12/dl/s1202-2c.pdf, 2009.
3) 農林水産省:食品中のカドミウムに関する情報国内産農畜水産物等の実態調査結果,http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/cyosa/index.html
4) 環境省水・大気環境局土壌環境課:平成24年度農用地土壌汚染防止法の施行状況について(お知らせ).http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=17531, 2013.
5) 農林水産省消費・安全局:コメ中のカドミウム濃度低減のための実施指針.http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/pdf/cd_shishin_rice.pdf, 2011.
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15) T. Oguri, J. Yoshinaga, H. Tao & T. Nakazato: Arch. Environ. Contam. Toxicol., 66, 100 (2014).
16) 農林水産省:食品中に含まれるヒ素の実態調査.http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_as/occurrence.html#rice
17) 農林水産省:有害化学物質含有実態調査結果データ集(平成15~22年度).http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/survei/pdf/chem_15-22.pdf
18) Codex Alimentarius Commission: 2014. Thirty-seventh Session CICG, Geneva, Switzerland 14–18 July 2014 REPORT, REP14/CAC para. 82 and Appendix III. http://www.codexalimentarius.org/download/report/807/REP14_CACe.pdf
19) 村上道夫:臭素酸・ヒ素:閾値なしの慢性毒性“基準値のからくり(ブルーバックス)”,村上道夫,永井孝志,小野恭子,岸本充生編,講談社,2014, pp. 87–90.
20) 永井孝志:無機態ヒ素はコメにも! “基準値のからくり(ブルーバックス)”,村上道夫,永井孝志,小野恭子,岸本充生編,講談社,2014, pp. 58–60.
21) T. Arao, A. Kawasaki, K. Baba & S. Matsumoto: Environ. Sci. Technol., 45, 1291 (2011).
23) Y. Jia, H. Huang, G. X. Sun, F. J. Zhao & Y. G. Zhu: Environ. Sci. Technol., 46, 8090 (2012).
24) M. Kuramata, F. Sakakibara, R. Kataoka, T. Abe, M. Asano, K. Baba, K. Takagi & S. Ishikawa: Environ. Microbiol., (2014). doi: 10.1111/1462–2920.12572
25) 山根忠昭:水稲におけるヒ素被害の発生機構と対策.島根県農業試験場研究報告,24, 1 (1989).
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