農芸化学@High School

卵殻膜が食品の劣化防止剤に生まれ変わるリサイクル法の開発

田中 美樹

米子工業高等専門学校物質工学科 ◇ 〒683-8502 鳥取県米子市彦名町4448

Department of Materials Science, Yonago National College of Technology ◇ 4448 Hikona-cho, Yonago-shi, Tottori 683-8502, Japan

小西 那奈

米子工業高等専門学校電気情報工学科 ◇ 〒683-8502 鳥取県米子市彦名町4448

Department of Electrical and Computer Engineering ◇ 4448 Hikona-cho, Yonago-shi, Tottori 683-8502, Japan

田原 早央莉

米子工業高等専門学校物質工学科 ◇ 〒683-8502 鳥取県米子市彦名町4448

Department of Materials Science, Yonago National College of Technology ◇ 4448 Hikona-cho, Yonago-shi, Tottori 683-8502, Japan

松井 千佳

米子工業高等専門学校物質工学科 ◇ 〒683-8502 鳥取県米子市彦名町4448

Department of Materials Science, Yonago National College of Technology ◇ 4448 Hikona-cho, Yonago-shi, Tottori 683-8502, Japan

小林 周平

米子工業高等専門学校電気情報工学科 ◇ 〒683-8502 鳥取県米子市彦名町4448

Department of Electrical and Computer Engineering ◇ 4448 Hikona-cho, Yonago-shi, Tottori 683-8502, Japan

可知 佳晃

米子工業高等専門学校電気情報工学科 ◇ 〒683-8502 鳥取県米子市彦名町4448

Department of Electrical and Computer Engineering ◇ 4448 Hikona-cho, Yonago-shi, Tottori 683-8502, Japan

Published: 2015-04-20

本研究は,日本農芸化学会2014年度大会(開催地:明治大学)の「ジュニア農芸化学会」において発表され,金賞を授与された.発表者は,卵が特別の処理なしでも腐らずに,孵化するまで呼吸可能であることに着目した.そして,卵殻膜の食品の褐変抑制効果を見いだし,食品廃棄物である卵殻を機能性素材として利用することで,卵殻の新しいリサイクル法を提案している.

本研究の目的,方法および結果

目的

食品の品質保持は,食品流通における最重要課題の一つであり,食品添加物は食品の品質の劣化を防ぐためには欠かせない存在となっている.本研究では,以前から行ってきた食品廃棄物のリサイクルの中でも,特に注目してきた卵殻膜という卵の殻の成分が示す機能を応用する研究として,有用な食品添加剤として作用するかについて検討した.

実験方法

1. 卵殻膜および添加剤によるアボカドの褐変抑制試験

本実験には,加工直後から褐変が始まり,品質の低下が観察しやすいアボカド(Persea americana)と,酢酸水溶液処理で卵殻を溶解させて取り出した卵殻膜を用いた.膜の機能を検討するための比較試験として,色素水溶液(青色1号,青色2号,緑色3号,黄色4号,黄色5号,赤色3号,赤色106号,クルクミンおよびケルセチン)を添加物として用いた.色素水溶液に浸漬した卵殻膜にセラミック包丁でカットしたアボカド片を載せて,アボカドで最も色素が沈着する維管束付近を完全に覆った後にシャーレに入れた.これらについて,室温において果肉部の色の変化を目視とビデオカメラにより経時的に観察した.

2. チロシナーゼ阻害活性試験

0.1 Mリン酸緩衝液(1.0 mL),2.5 mM L-DOPA(0.4 mL),ジメチルスルフォキシド(0.05 mL),評価対象とする試料水溶液(0.2 mL)を混合し,25°Cで15分間静置した.本溶液に0.05 mLのチロシナーゼ酵素溶液(130 unit/0.25 mL)を添加し室温で5分間反応させた.反応液の吸光度(475 nm)を測定し,チロシナーゼ阻害活性を算出した.また,青色1号,青色2号,緑色3号,黄色4号,黄色5号,赤色3号,赤色106号,クルクミンおよびケルセチンをそれぞれ1,10および100 µMに調整した水溶液と,純水に卵殻膜を一日間浸漬させた抽出液(7.1×10−3 wt%)を試料液とし本試験に用いた.

結果と考察

1. 卵殻膜によるアボカド果肉切片の褐変抑制効果

アボカド果肉片の最も色素が沈着する維管束付近を卵殻膜で完全に覆い,室温で4時間静置して,未処理の果肉と比較したところ(図1図1■卵殻膜の被覆によるアボカド果肉切片の褐変抑制効果),卵殻膜で覆った切片は,無処理の切片に比べて明らかに色素の沈着が抑制されていた.(図1図1■卵殻膜の被覆によるアボカド果肉切片の褐変抑制効果,4時間後のb).また,果肉切片を覆った卵殻膜に褐色成分が移っていたが,これは卵殻膜が果肉切片上で生成された着色劣化に由来する成分を吸着したために起きた現象であると予想された.

図1■卵殻膜の被覆によるアボカド果肉切片の褐変抑制効果

a: 無処理,b: 卵殻膜,c: ろ紙(コントロール).

卵殻膜の吸着作用は,さまざまな化学物質に適用される現象であることが先行研究で明らかにされている.我々はその知見を用いて,褐変抑制効果を改良する試験を行うことにした.その際に食品として使用できて,卵殻膜に強く吸着されることがわかっている食品添加物(青色1号など)や天然色素(クルクミンとケルセチン)を,あらかじめ卵殻膜へ吸着させた状態で同様の実験を行ったところ,黄色4号,黄色5号および緑色3号を吸収させた卵殻膜では,何も吸収させていない卵殻膜に比べると,果肉切片の褐変は顕著に抑制された.天然色素のクルクミンとケルセチンにも同様の効果が確認できた.これらの現象で,共通していたのは色素分子にフェノール性水酸基が含まれていたことであり,この点が着色劣化にかかわる生化学反応に関与していると考えられた.

2. 食品添加物のチロシナーゼ阻害活性効果

アボカドに限らず,野菜類の加工後における着色劣化はチロシナーゼなどの酵素反応によるメラニン生成に由来していることが知られている.そこで卵殻膜に吸着されて着色劣化の抑制に寄与したと予想される,緑色3号,ケルセチンおよびクルクミンについてのチロシナーゼ阻害活性を測定した(表1表1■各種添加物のチロシナーゼ阻害活性(%)).その結果,緑色3号,ケルセチンおよびクルクミンは,濃度依存的にチロシナーゼ阻害活性を示すことが明らかとなった.その一方で,褐変抑制効果がほとんど見られなかった青色1号についても試験を行ったところ,チロシナーゼ阻害活性は示さなかった.この結果から,食品添加物のチロシナーゼ阻害活性と,先に行ったパッチテストでの褐変抑制効果(図1図1■卵殻膜の被覆によるアボカド果肉切片の褐変抑制効果)には相関関係が成り立つことが明らかとなった.

表1■各種添加物のチロシナーゼ阻害活性(%)
添加物濃度(µM)
100101
緑色3号125.03.6
青色1号000.5
ケルセチン262419
クルクミン23175.9

3. 卵殻膜成分の機能の検討

卵殻膜のアボカド果肉切片の褐変抑制効果は,果肉から生成してくるメラニンの吸着だけでなく,卵殻膜に含まれる成分にも存在しているのではないかと予想し,乾燥卵殻膜(100 mg)をイオン交換水(10 mL)に一日浸漬させて得られた抽出溶液を試料としてチロシナーゼ阻害活性を測定したところ,22%の阻害活性を示すことがわかった.また,卵殻膜が示す色素吸着機能がメラニンにも作用していることを明らかにするために,前述の酵素活性試験で作製した褐変溶液へ卵殻膜を浸漬させ,一定時間経過ごとに取り出し,その固体反射スペクトルを測定した(図2図2■メラニン水溶液に浸漬した卵殻膜の固体反射スペクトルおよびその経時変化).その結果,膜上には溶液中に存在していたメラニンに由来する吸収バンドが増加しており,卵殻膜がメラニンを吸着していることが,実験的に明らかになった.

図2■メラニン水溶液に浸漬した卵殻膜の固体反射スペクトルおよびその経時変化

4. 光照射による影響

メラニンは,光照射により生成が促進されることが知られており,卵殻膜がメラニンを吸着するのであれば,光照射されたアボカド果肉切片の褐変に対しても卵殻膜が抑制効果を示すことが期待されたため,光量を変えた条件で比較試験を行った(表2表2■光照射量別の劣化開始時間の変化(h)).その結果,何も処理していないアボカド果肉片に光を照射しなかった場合,1時間後に褐変が始まったが,蛍光灯を2本使って光を照射した場合は,0.5時間後に褐変が始まった.その一方で,アボカド果肉片を卵殻膜で処理したところ,褐変開始時間は何も処理していないときに比べ,2倍に延びた.また,緑色3号を吸着させた卵殻膜を用いて同様の実験を行ったところ,蛍光灯2本を使った照射実験で,褐変開始時間が4時間まで延びた.このことから,アボカドの着色劣化はメラニンの生成経路に従うものであり,光により活性化されることが主な原因であることを確認しただけでなく,卵殻膜の機能や緑色3号が有するチロシナーゼ活性を抑制する効果により,アボカド果肉片の褐変開始時間を大幅に遅らせることを明らかにした.

表2■光照射量別の劣化開始時間の変化(h)
暗所蛍光灯1本蛍光灯2本
処理なし110.5
卵殻膜221
卵殻膜と青色1号221.5
卵殻膜と緑色3号764

5. 他食品への応用

卵殻膜の褐変抑制効果がアボカドだけではなく,ほかの食品にも応用できれば,食品劣化防止剤としての利用の可能性は高くなる.そこで,ゴボウおよびリンゴに対する卵殻膜の褐変抑制効果を検証した.その結果,卵殻膜はゴボウおよびリンゴで生じた色素を膜に吸着させることで褐変を抑制している(図3図3■ゴボウおよびリンゴ褐変に対する卵殻膜が示した着色抑制効果)ことが明らかとなり,卵殻膜の褐変抑制作用は広範な食品へ応用できる可能性が示唆された.

図3■ゴボウおよびリンゴ褐変に対する卵殻膜が示した着色抑制効果

6. 薄膜化および粉末化の検討

卵殻膜は,内卵殻膜および外卵殻膜の2層からなる.それぞれを分離して内卵殻膜および外卵殻膜の電子顕微鏡写真を撮影した.その結果,内卵殻膜では図4図4■内卵殻膜と外卵殻膜の電子顕微鏡写真(1,000倍)に示すように,外卵殻膜に比較して非常に密な構造が確認された.卵殻膜から剥離した内卵殻膜を液体窒素で凍結後,破砕および乾燥させることにより膜の粉末化に成功した(図5図5■内卵殻膜粉末化の操作).この粉末化された内卵殻膜も,アボカド果肉切片の褐変抑制効果を示した.ちなみに,粉末化された内卵殻膜は,アボカド果肉切片に付着したままでも違和感なく食べることができた.

図4■内卵殻膜と外卵殻膜の電子顕微鏡写真(1,000倍)

図5■内卵殻膜粉末化の操作

本研究の意義と展望

米子高専の皆さんは,卵は割らない限りは数日間腐らないという事実に着目し,その現象を卵の殻の内側に存在する膜に起因するものだと仮説を立てることで,卵の廃棄物である卵殻膜を用いた機能性素材の開発研究を実施した.その発想や行った実験から得られる現象が非常にユニークであることに感心させられた.また,いずれの実験方法もよく考えられており,本年度のジュニア農芸化学会で金賞に値する内容であった.日本人の一年間の一人当たりの卵の消費量は世界第2位であり,日本の人口を考えると大量の卵殻膜が廃棄されていることは無視できない.これを資源と考え有効利用することは,今世紀の大きな課題の一つであると言え,本研究がさらに発展することで新たな機能性素材の開発につながることを期待している.

(文責「化学と生物」編集委員)