巻頭言

栄養素・非栄養素の食理学

Kazumi Yagasaki

矢ヶ崎 一三

宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター ◇ 〒321-8505 栃木県宇都宮市峰町350

Center for Bioscience Research and Education, Utsunomiya University ◇ 350 Mine-machi, Utsunomiya-shi, Tochigi 321-8505, Japan

東京農工大学名誉教授 ◇ 〒183-8538 東京都府中市晴見町三丁目8番1号

Professor Emeritus, Tokyo University of Agriculture and Technology ◇ 3-8-1 Harumi-cho, Fuchu-shi, Tokyo 183-8538, Japan

Published: 2015-05-20

生命を維持するために外界から必要な物質を取り続けねばならないことを栄養現象といい,外界から摂取しなければならない物質を栄養素という(五大栄養素).私たちは栄養素を食品から摂取する.食品には栄養素ではない物質(非栄養素)も含まれている.通常,私たちは食品を丸ごと食べているので,栄養素と非栄養素を同時に摂取していることになる.では,栄養素と非栄養素の大きな違いは何であろうか.栄養現象の上記定義からも推論できるように,栄養素には不足のリスクと過剰のリスクの両方がある.一方,生命を維持するという基本的な観点からすると,非栄養素には不足のリスクはなく,過剰のリスクのみが考えられる.この点は薬品と同じであり,適正量を超えて摂取すれば,一転して「毒物」ともなりうる「諸刃の剣」であることは銘記すべきである.

ファイトケミカルとは,植物に含まれる化学物質の総称である.ポリフェノール類(非栄養素)はもちろん,ビタミンCやE(栄養素)など,非ポリフェノール性有機化合物も含めた概念の広い呼称である.これらは優れた機能性食品の素材候補である.近年では薬草など民間療法に関する薬理学(ethnopharmacology)の観点からも世界的に注目されている.その理由の一つとして,長年にわたる使用歴や植物性食品としての被食歴に基づく,言わば壮大なる人体実験を経て生き残った植物由来物質群であるがゆえに,質的安全性の観点から優位であることが挙げられる.植物ばかりでなく,近年ではさまざまな農林水畜産物由来食品の保健作用を,生命科学的視点・手法で研究するのが世界的な潮流となっている.まさに「薬食同源」思想が,現代の科学で解き明かされつつある.一方で,時代の流れとともに新たな病が顕在化している.たとえば,経済発展と関連して2型糖尿病やストレス性の心の病は世界的に増えている.さらに,超高齢社会ゆえの病が増えるのも必至である.これらの予防を目指す薬食同源研究の展開が期待されている.

最初に述べたように食品には栄養素と非栄養素の両方が含まれている.栄養素は生体成分の構成要素,エネルギー源,代謝調節など生命維持に必須な物質である.こうした食品の根本機能(栄養機能)を達成するための五大栄養素を適切に摂取したうえで,非栄養素であるポリフェノールなどの機能性成分を適切量摂取すべきであると考える.非栄養素の疾病予防的作用はよく研究されている.また,栄養素にも栄養機能とは異なる機能,たとえばアミノ酸,脂肪酸,ビタミンにも疾病予防的作用が見いだされつつある.そこで,非栄養素ばかりでなく栄養素のこうした作用を研究する分野を,薬理学(pharmacology)を摸して食理学(bromacology)と称してはどうかと考えている.ここで,bromaはfoodを意味する.前述のごとく栄養素も非栄養素も過剰のリスクを有するので,前臨床研究での安全性試験は必須であり,その後にヒトでの試験へと移行するにしくはなしである.

一般論として,食品と薬品との大きな違いは,前者は複合成分からなり,後者は単一成分からなる点である.たとえば茶カテキンであるエピカテキンはがん細胞の増殖に影響しないが,エピガロカテキンガレート(EGCG)と共存させることによりEGCGの増殖抑制作用を相乗的に促進する.すなわち,単一成分ではなく,丸ごとの茶を飲むほうが効果的であることを意味している.食物と生体はともに複雑系であり,複雑系どうしの相互作用研究はさらに複雑である.だからこそ,やりがいがあるとも言えよう.食品・食によって未病を本当の病気にしないことを願って結びとしたい.