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マスト細胞の脱顆粒反応におけるDOCK5の役割アレルギー反応をコントロールする新しい分子メカニズムの解明

Yoshihiko Tanaka

田中 芳彦

福岡歯科大学口腔歯学部 ◇ 〒814-0193 福岡県福岡市早良区田村二丁目15番1号

Faculty of Oral Dentistry, Fukuoka Dental College ◇ 2-15-1 Tamura, Sawara-ku, Fukuoka-shi, Fukuoka 814-0193, Japan

Yoshinori Fukui

福井 宣規

九州大学生体防御医学研究所 ◇ 〒812-8582 福岡県福岡市東区馬出三丁目1番1号

Medical Institute of Bioregulation, Kyushu University ◇ 3-1-1 Maidashi, Higashi-ku, Fukuoka-shi, Fukuoka 812-8582, Japan

Published: 2015-05-20

マスト細胞は,花粉症,喘息や食物アレルギーといったアレルギー反応を引き起こす免疫細胞の一つで,アレルギー反応が重篤な場合にはアナフィラキシーショックという生命に危険な状態を誘発する.マスト細胞は,細胞の表面にIgE抗体と結合するFcε受容体を発現しており,抗原がIgE抗体と結合することでマスト細胞が活性化され,ヒスタミンを含んだ細胞内分泌顆粒が輸送されて細胞外へ放出される(1,2)1) T. Kawakami & S. J. Galli: Nat. Rev. Immunol., 2, 773 (2002).2) S. Kraft & J. P. Kinet: Nat. Rev. Immunol., 7, 365 (2007)..この細胞内の分泌顆粒が輸送されて細胞外へ放出されることを脱顆粒反応と呼び,アレルギー反応を引き起こす原因として知られている.脱顆粒反応には,細胞骨格成分の一つである微小管のダイナミックな再構成が関与しており,分泌顆粒が微小管の管状の構造物に沿って運搬されることが知られていたが(3)3) P. Dráber, V. Sulimenko & E. Dráberová: Front. Immunol., 3, 130 (2012).,微小管の動きがどのようにして制御されているかは不明であった.

DOCKファミリーは線虫からヒトに至るまで保存された分子の総称で,共通して保存されたDHR-2ドメインと呼ばれる領域を介して,低分子量Gタンパク質と総称されるシグナル分子に会合し,その活性化を誘導する(4)4) J. F. Côté & K. Vuori: J. Cell Sci., 115, 4901 (2002)..DOCK5はこのファミリー分子の一員で,Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の一つであるRacをグアノシン二リン酸(GDP)が結合した「不活性型」からグアノシン三リン酸(GTP)が結合した「活性型」へ変換することで,RacのスイッチをONにするグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)であるが,その生体機能,特に免疫応答における役割は明らかにされていなかった.

今回,筆者らは,DOCK5がマスト細胞に発現することを見いだし,アレルギー反応におけるDOCK5の役割を明らかにした(5)5) K. Ogawa, Y. Tanaka, T. Uruno, X. Duan, Y. Harada, F. Sanematsu, K. Yamamura, M. Terasawa, A. Nishikimi, J. F. Côté et al.: J. Exp. Med., 211, 1407 (2014)..免疫システムにおけるDOCK5の役割を明らかにするために,DOCK5ノックアウトマウスを用いてアレルギー反応を解析した.DOCK5を発現する野生型のマウスをIgE抗体で感作し,抗原を投与すると,強いアレルギー反応であるアナフィラキシーショックが引き起こされ,体温が低下した.しかし,DOCK5ノックアウトマウスでは,野生型のマウスと同じ程度のマスト細胞が存在するにもかかわらず,アナフィラキシーショックの発症をはじめとするアレルギー反応が著しく抑制され,血清中のヒスタミン値も上昇しなかった.加えて,マスト細胞欠損マウスに,野生型マスト細胞を移入することでアナフィラキシーショックを発症するようになったが,DOCK5を欠損したマスト細胞を移入してもアナフィラキシーショックを誘導することができなかった.このことから,DOCK5はマスト細胞で機能し,アレルギー反応を制御していることが明らかとなった.

さらに詳しく解析したところ,DOCK5を欠損したマスト細胞では,ヒスタミンといった化学物質の放出などの脱顆粒反応に障害があることを見いだした.この脱顆粒反応には微小管が重要な役割を演じているが,DOCK5を欠損したマスト細胞では,微小管の動きが著しく低下していた.

マスト細胞の脱顆粒反応を誘導するためには,Fcε受容体を介した2つの細胞内シグナル伝達経路が必要であることが知られている(6)6) K. Nishida, S. Yamasaki, Y. Ito, K. Kabu, K. Hattori, T. Tezuka, H. Nishizumi, D. Kitamura, R. Goitsuka, R. S. Geha et al.: J. Cell Biol., 170, 115 (2005)..一つはLyn–Syk–PLCγの経路であり,カルシウム反応を調節することで分泌顆粒が細胞形質膜と融合し細胞外へ放出することを制御している.もう一つはFyn–Gab2–PI3Kの経路であり,こちらは分泌顆粒の細胞質から細胞形質膜への輸送を制御している.しかしながら,脱顆粒反応を調整するさらに下流のシグナル伝達経路についてはほとんどわかっておらず,特に分泌顆粒の輸送に必要な微小管の動きを制御するシグナル伝達経路は不明であった.DOCK5がどのようにしてマスト細胞の微小管の動きを引き起こしているのかそのメカニズムを探索したところ,DOCK5の欠損によって上流のこれら2つのシグナル伝達には障害は認められなかった.そして驚いたことに,DOCK5がもつRacの活性化というこれまでに知られていた機能とは無関係であることが明らかになった.

そこでさらに詳しく解析を進めると,DOCK5はNck2やAktといった別のシグナル伝達分子と会合し,微小管の動きを制御しているGSK3βの働きをコントロールすることで,脱顆粒反応に重要な役割を果たしていることを突き止めた(図1図1■DOCK5によるマスト細胞での脱顆粒反応制御の模式図).GSK3βは微小管の動きを負に制御しているセリン/スレオニンキナーゼで,未刺激状態のマスト細胞では微小管関連タンパク質をリン酸化することで微小管の動きを抑制している.Fcε受容体からのシグナルをGSK3βへ伝達するにはDOCK5が必須の分子であった.このようにして,アレルギー反応の原因となるマスト細胞の脱顆粒反応を制御する分子としてDOCK5を新たに特定するとともに,DOCKファミリータンパク質がアダプター分子として機能することを明らかにした.

図1■DOCK5によるマスト細胞での脱顆粒反応制御の模式図

マスト細胞の表面にはIgE抗体と結合するFcε受容体が発現しており,抗原がIgE抗体と結合することで細胞内シグナル伝達が惹起される.DOCK5が複数のシグナル伝達分子と会合し,微小管の動きをコントロールすることで脱顆粒反応を制御している.

現在アレルギー疾患の治療薬としてヒスタミンの働きを抑える薬剤が主に使われているが,その効果は限定的である.本研究により,DOCK5を欠損したマスト細胞では,ヒスタミンといったアレルギー反応を引き起こす化学物質の放出そのものが障害されることが明らかとなった.このため,DOCK5はアレルギー反応を根元から断つための新たな創薬標的になることが期待される.

Reference

1) T. Kawakami & S. J. Galli: Nat. Rev. Immunol., 2, 773 (2002).

2) S. Kraft & J. P. Kinet: Nat. Rev. Immunol., 7, 365 (2007).

3) P. Dráber, V. Sulimenko & E. Dráberová: Front. Immunol., 3, 130 (2012).

4) J. F. Côté & K. Vuori: J. Cell Sci., 115, 4901 (2002).

5) K. Ogawa, Y. Tanaka, T. Uruno, X. Duan, Y. Harada, F. Sanematsu, K. Yamamura, M. Terasawa, A. Nishikimi, J. F. Côté et al.: J. Exp. Med., 211, 1407 (2014).

6) K. Nishida, S. Yamasaki, Y. Ito, K. Kabu, K. Hattori, T. Tezuka, H. Nishizumi, D. Kitamura, R. Goitsuka, R. S. Geha et al.: J. Cell Biol., 170, 115 (2005).