Kagaku to Seibutsu 53(6): 343-344 (2015)
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アブシジン酸受容体アンタゴニストの創出―タンパク質間相互作用の誘導剤を阻害剤に変換
Published: 2015-05-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
植物ホルモンの一つであるアブシジン酸(ABA)は,種子の休眠を誘導・維持するとともに,低温や乾燥など種々の環境ストレスから植物を守る分子である.ABAは植物の生命維持に必須であるが,高温時の種子発芽阻害,乾燥や低温による花粉の形成阻害,高温や強光下時の気孔閉鎖による光合成阻害,病傷害抵抗性の低下などを誘導するため,農作物の生産という観点から見ると,その作用は必ずしも良いことばかりではない.遺伝子組換え技術によってABAの生合成を抑えたり,ABA応答の効率を下げたりすることは可能だが,こうした植物はストレスに弱くて生育不良を起こしてしまう.遺伝子組換えではなく化合物を使って,必要なときに必要な強度でABAの機能を止めることができれば,ABAの良い作用を維持しつつ負の側面だけを低減できる.ABA活性を下げるには,ABA内生量を下げるか,ABAシグナル伝達の効率を下げれば良い.筆者らは後者に焦点を当て,ABAの受容体の機能を阻害する化合物(ABA受容体アンタゴニスト)を最近創出した(1)1) J. Takeuchi, M. Okamoto, T. Akiyama, T. Muto, S. Yajima, M. Sue, M. Seo, Y. Kanno, T. Kamo, A. Endo et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 477 (2014)..
今日までにABA受容体としてコンセンサスが得られているのは,2009年に見いだされたPYR/PYL/RCAR(PYL)タンパク質だけである(2)2) S. R. Cutler, P. L. Rodriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010)..PYLはABAと結合するとその配座が変化し,タンパク質脱リン酸化酵素タイプ2C(PP2C)と結合してその機能を阻害する.これによってABA応答につながるリン酸化カスケードが活性化する.ABAはPYLの配座を不活性型から活性型に変えるアロステリックモジュレーターとして機能するとともに,PP2Cとの結合にも関与して,PYL–ABA–PP2C三者複合体の安定化に寄与している.筆者らはこの機構に着目して,ABAと同様にPYLに結合するが,ABAとは違って安定な三者複合体の形成を誘導しない分子を,ケミカルスクリーニングによって見いだすのではなく,受容体の構造に基づいた合理的な分子設計によって得ることができないか検討した.
ある受容体の活性化剤(アゴニスト)や阻害剤(アンタゴニスト)を見いだす方法はいくつかある.ケミカルライブラリーからスクリーニングする,天然もしくは合成の既知リガンドを改変する,受容体の構造を基に全く新規に設計するなど,それぞれ一長一短があり,どれがベストかはケースバイケースであろう.Okamotoらは,PYLアゴニストとして機能するquinabactinをケミカルスクリーニングによって見いだしている(3)3) M. Okamoto, F. C. Peterson, A. Defries, S.-Y. Park, A. Endo, E. Nambara, B. F. Volkman & S. R. Cutler: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 12132 (2013)..一方,筆者らはABAの構造を改変する方法によってPYLアンタゴニストの創出を目指した.PYLアンタゴニストをABAの構造アナログとしてデザインすることの利点は,PYLの内生リガンドをコアとしているためにPYLに対する高い親和性を得やすく,副作用が出にくいことである.
さまざまなPYL-ABA複合体結晶構造(4)4) K. Melcher, X. E. Zhou & H. E. Xu: Curr. Opin. Struct. Biol., 20, 722 (2010).について溶媒接触表面を描いてみると,表面に小さな穴が開いていて中のABAが見えることがわかった.この穴はゲート閉鎖に伴ってできたものであり,その出口はPP2Cとの接触面に存在する.この穴からうまく障害物を突き出せる化合物であれば,PYLのゲート閉鎖を誘導して強く結合しつつも,障害物が邪魔になってPYL–PP2C相互作用を誘導しないのではないか? 幸い,ABAに直接置換基を導入できる部位(3′位)が穴から見えていたため,穴を通り抜けられそうな細長い,種々の長さ(C2~C12)の直鎖アルキルを3′位に導入したABAアナログ(AS2–AS12)を合成し,シロイヌナズナ種子発芽試験に供して,ABAアンタゴニスト活性を示すかどうか調べた.事前に作成したPYL–AS6複合体モデルによって,アルキル鎖が穴を抜けて外に突き出すかどうかの境目はブチル基(C4)をもつAS4あたりであろうと推定していたところ,結果はまさにそのとおりになった.AS2とAS3はABAと同等かそれ以上の発芽阻害活性を示し,AS5からAS12までは全く発芽阻害活性を示さず,ABAと共処理したときにABAの阻害活性をほぼ完全にキャンセルした.次にAS6を用いて,PYLとの複合体結晶構造と結合親和性,PYL–ABAによるPP2C阻害の抑制,ABA処理あるいは浸透圧ストレスで誘導されるABA応答性遺伝子の発現抑制,および蒸散促進による葉面温度の低下などについて検討し,原子・分子のレベルから遺伝子,個体レベルにわたってAS6がABAアンタゴニストとして機能することを証明した(図1図1■PYLアンタゴニストAS6の作用メカニズム).
植物ホルモン受容体の結晶構造を解明した論文に,「これで受容体の機能を制御するリガンドの開発が一挙に進むだろう」などと書かれていたりするが,そう簡単な話ではないようだ.1990年代以降,植物科学分野において有機化学的なアプローチを採用する研究者がどんどん少なくなり,特にモデル植物のゲノム解読以降,その傾向が顕著である.そのためか,せっかく受容体の構造がわかっても,それを利用して制御剤を開発してやろうという人材が不足しているように感じる.植物ホルモンの多くは,タンパク質間相互作用の接着剤や誘導剤として機能しており,分子設計という観点から見てもたいへん面白い題材である.また,生合成や代謝を制御して内生量を調節するのではなく,受容体の機能を直接マニピュレートできる分子は,ホルモン間のクロストーク,そして複雑に交差するシグナル伝達ネットワークを解明するための化学ツールとしても有用である.筆者らの研究を契機に,植物の生物有機化学あるいはケミカルバイオロジー研究が活性化することを切に望む.