Kagaku to Seibutsu 53(6): 345-347 (2015)
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インドールアルカロイドの骨格多様化合成―生合成に学ぶ分岐型合成戦略
Published: 2015-05-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
生物が産生する天然有機化合物(天然物)群は,機能性分子の探索源であり,医薬・生命科学研究に多くのブレイクスルーをもたらしてきた.生理活性天然物では一般に,多くのsp3炭素を含む複雑な縮環骨格にさまざまな官能基が特有の空間配置で提示された構造をもつ.生体高分子との多点相互作用により特異性の高い分子認識が可能となるため,天然物の探索研究からは切れ味の鋭い活性を発現し副作用が少ない新規創薬リードが発見される期待値が高い.ただし,天然資源に依存するため量的な供給や類縁体の合成が困難なことも多く,これを相補する形で化学合成による化合物ライブラリーの構築が進められてきた.さまざまな組み合わせで構築ブロックを連結するコンビナトリアル合成は,膨大な数の化合物群を生み出し,実際に有用な活性を示すリード化合物を提供してきた.しかし,そのヒット率は期待されたほどではなかった.その一因として,ヘテロ芳香環同士のクロスカップリングやペプチド結合形成を多用して構築されたこれらの化合物群にはsp2炭素で構成された平板な形状が多く,三次元的な構造の多様性が限られていることが指摘されている(1)1) F. Lovering, J. Bikker & C. Humblet: J. Med. Chem., 52, 6752 (2009)..近年,既存のケミカルライブラリーと天然物群の精緻な構造特性のギャップを解消しうる合成化学の潮流として,多様性指向型合成や生物指向型合成,機能指向型合成が提唱されている(2)2) 大栗博毅:化学と生物,46, 594(2008)..天然物に匹敵する構造多様性と生体機能性を兼ね備えた化合物群を低コストで創製するため,新しい合成論理・戦略の体系化が模索されている(3,4)3) H. Oguri, T. Hiruma, Y. Yamagishi, H. Oikawa, A. Ishiyama, K. Otoguro, H. Yamada & S. Ōmura: J. Am. Chem. Soc., 133, 7096 (2011).4) C. J. O’Connor, H. S. G. Beckmann & D. R. Spring: Chem. Soc. Rev., 41, 4444 (2012)..
本稿では,生合成戦略を模倣して骨格の多様性に富んだ天然物類似化合物群を創出した筆者らの最近のアプローチ「骨格多様化合成」を紹介する(5)5) H. Mizoguchi, H. Oikawa & H. Oguri: Nat. Chem., 6, 57 (2014)..天然物の生合成では,代謝経路に存在する普遍的な化合物から多彩な化学反応性を秘めた中間体が形成されることが多い.この共通の中間体にさまざまな酵素が関与し,全く異なる骨格の化合物群へ分岐していくプロセスによって構造の多様性が生み出されている.生合成の鍵工程を模倣する天然物の化学合成は以前から活発に研究されてきたが,一般に特定の骨格をもつ単一の標的分子を効率的に構築すること目的としている(6)6) E. Poupon & B. Nay: “Biomimetic Organic Synthesis,” vols. 1 & 2, John Wiley & Sons, Inc., 2011..一方,筆者らは共通中間体を活用する合成戦略が短段階での分子構築のみならず,骨格の多様性を合理的に創出するうえでも有用ではないかと考えた.
そこで本研究では,テルペノイドインドールアルカロイドに着目した(図1図1■インドールアルカロイド群の骨格多様化合成).一連のアルカロイドは,トリプタミンとセコロガニンから生合成されている.特に,抗がん剤ビンブラスチンの構成ユニットでもあるイボガ型およびアスピドスペルマ型の両アルカロイド骨格は,ジヒドロピリジン環を有するデヒドロセコジンを共通の中間体として,様式の異なる[4+2]型環化により作り分けられると推定されている(7)7) S. E. O’Connor & J. Maresh: Nat. Prod. Rep., 23, 532 (2006)..しかし,デヒドロセコジン自体は単離された報告がなく,短寿命で取り扱いが難しいと考えられた.そこで,最も不安定と推定したジヒドロピリジン部位に電子求引基を共役させることで適度な安定性を獲得しつつ,さまざまな骨格へ分化するポテンシャルをもった“多能性中間体”を設計した.この電子求引基を足がかりとして環化反応の位置や立体選択性を制御し,多環性骨格の作り分けを計画した.
化合物ライブラリーの構築を視野に入れ,トリプタミンに対して3種類の構築ブロックをモジュラー式に集積して多能性中間体を合成する手法を開発した.ここでも電子求引基を導入した効果により,6工程での簡便な合成に成功した.鍵工程となったカチオン性銅触媒によるジヒドロピリジン形成法は,さまざまな置換様式に適用できる.また,種々の官能基を備えた系においても,温和な条件でアルキンを選択的に活性化できる特徴がある.
つづいて,多能性中間体を活用する多環性骨格群の構築に取り組んだ.実際,電子求引基の種類や活性化の方法を適切に選択することで,環化様式や立体選択性を制御して3系統の生合成類似[4+2]型環化を達成できた.カルボニル基の活用により,上述のイボガ型,アスピドスペルマ型の骨格だけでなく,デヒドロセコジンが酸化された生合成中間体に由来すると考えられるアンドランギニン型への生合成類似変換にも成功している.ここで得られたイボガ型,アスピドスペルマ型,アンドランギニン型の化合物は,それぞれ2~4工程の変換により,3種類の天然物へ導くことができた.本合成で得られる化合物群が,天然物群と非常に近いケミカルスペースを占めることを実証する結果と言える.
また,多能性中間体として設計した3位に電子求引基をもつジヒドロピリジンは,酸化還元を担う補酵素NAD(P)Hと類似した構造をもつ.そのため,中間体のジヒドロピリジン部位を酸化的に活性化することで,発生したピリジニウムイオンやラジカル種と近傍の不飽和エステルとの分子内環化による骨格多様化が可能と考えた.実際,2電子/1電子酸化による環化を試みると,ヌゴウニエンシン型および非天然型の四環性骨格をそれぞれ選択的に構築できた.
このように生合成を模倣して設計した“多能性中間体”の多彩な反応性を制御することで5系統の多環性骨格群の作り分けに成功した.生合成類似の変換をフラスコ内で再現するだけでなく,異なる様式の分子内環化をデザインし,新規骨格を創出した.このアプローチにより,複数の官能基が組み込まれ,sp3炭素含有率の高い天然物の構造を簡略化せずに,骨格のバリエーションを生み出す短段階合成プロセス(6~9工程)を開発できた.
今回紹介した一連の化合物群に限らず,アルカロイドやテルペン,ポリケチドの生合成では,共通中間体の環化様式の違いにより骨格の多様性を創出するプロセスが数多く知られている.生合成における化合物群生産ラインを模倣しつつ,合成化学を駆使して自在に拡張していくアプローチは,ほかの二次代謝経路にも適用できる一般性をもつはずである.天然物類似化合物ライブラリーの創造と活用に向けて,本研究は一つの合理的な指針を示せたのではないだろうか.
Reference
1) F. Lovering, J. Bikker & C. Humblet: J. Med. Chem., 52, 6752 (2009).
4) C. J. O’Connor, H. S. G. Beckmann & D. R. Spring: Chem. Soc. Rev., 41, 4444 (2012).
5) H. Mizoguchi, H. Oikawa & H. Oguri: Nat. Chem., 6, 57 (2014).
6) E. Poupon & B. Nay: “Biomimetic Organic Synthesis,” vols. 1 & 2, John Wiley & Sons, Inc., 2011.
7) S. E. O’Connor & J. Maresh: Nat. Prod. Rep., 23, 532 (2006).