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新規マラリア薬としての硫酸化多糖類の可能性硫酸化ジェランのマラリアに対する薬剤効果の解析

Kentaro Kato

加藤 健太郎

帯広畜産大学原虫病研究センター ◇ 〒080-8555 北海道帯広市稲田町西2線13番地

National Research Center for Protozoan Diseases, University of Agriculture and Veterinary Medicine ◇ 2-13 Inada-cho Nishi, Obihiro-shi, Hokkaido 080-8555, Japan

東京大学大学院農学生命科学研究科 ◇ 〒113-8657 東京都文京区弥生一丁目1番1号

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan

Frances Cagayat Recuenco

帯広畜産大学原虫病研究センター ◇ 〒080-8555 北海道帯広市稲田町西2線13番地

National Research Center for Protozoan Diseases, University of Agriculture and Veterinary Medicine ◇ 2-13 Inada-cho Nishi, Obihiro-shi, Hokkaido 080-8555, Japan

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Published: 2015-05-20

WHOの統計によると,マラリアは熱帯地域を中心に毎年2億人の感染者がおり,60〜70万人の死者が発生している,世界的にきわめて深刻な感染症である(1)1) World Health Organization: World malaria report 2014, www.who.int/malaria, 2014..病原体であるマラリア原虫は,ハマダラ蚊の吸血によってヒトに感染し,血流にのって,肝細胞に侵入し,ここで増殖する(2)2) I. W. Sherman: “Malaria: Parasite Biology, Pathogenesis and Protection,” ASM Press, 1998..この後,ヒトの血液中にある赤血球に感染して増殖・破壊を繰り返すステージにおいて臨床症状をもたらす.この中で一部の虫体が雌雄に分かれ,ハマダラ蚊の吸血によって蚊の体内で受精を行い,再度ハマダラ蚊の吸血によってヒトに感染することで,感染環(ライフサイクル)が一周する.ヒトに感染するマラリアは基本的には,熱帯熱マラリア,三日熱マラリア,卵形マラリア,四日熱マラリアの4つに分類される.この中で,最も重篤な症状を引き起こし,老人や小児に多くの死者を出すのは,熱帯熱マラリアである.マラリアの臨床症状の主因は,感染赤血球の破壊による貧血や感染赤血球を中心とした赤血球の凝塊(ロゼット形成)による血栓であり,これに多くの全身性の合併症を伴う.近年は,媒介蚊であるハマダラ蚊によるヒトへの吸血に対する対策やマラリアの蔓延地域での抗マラリア薬,診断キットの使用の普及によって,その感染状況は改善へと向かっている.現在までに有効なワクチンは開発されていない.一方で,多くの種類のマラリア治療薬が臨床応用されている.しかし,現在使われている主な予防薬,治療薬に対して,薬剤耐性マラリア原虫の出現が報告されており,さらなる予防薬,治療薬の開発が求められている.

これまで広く使用されてきた抗マラリア薬としては,キナの樹皮から抽出・作製されるキニーネや中国でクソニンジンから作製し,漢方薬として使用されていたアルテミシニンなどが挙げられる.これらの薬剤についてはマラリア原虫の感染赤血球内での増殖抑制に効果が報告されている.また,ヘパリン,海藻由来のカラギーナン,フコイダン,デキストラン硫酸といった硫酸化多糖類が,原虫の赤血球侵入を阻害することが明らかとなってきた(3)3) K. Kato & A. Ishiwa: Trop. Med. Health, 43, 41 (2015)..硫酸化多糖類とは糖類が長く結合した「糖鎖」と呼ばれる化合物の一種で,硫酸基と呼ばれる原子団が付加された構造を取っており,ヘパリンやコンドロイチン硫酸などの天然に存在するものや人工的に硫酸基を付加した糖鎖などがある.さらに,抗凝固剤であるヘパリンは,脳マラリアや胎盤マラリアといった重篤な症状を引き起こす原因となる感染赤血球の血管壁への吸着や限局を抑制できることが報告されている.(4,5)4) A. M. Vogt, F. Pettersson, K. Moll, C. Jonsson, J. Normark, U. Ribacke, T. G. Egwang, H. P. Ekre, D. Spillmann, Q. Chen et al.: PLoS Pathog., 2, e100 (2006).5) K. Kobayashi, R. Takano, H. Takemae, T. Sugi, A. Ishiwa, H. Gong, F. C. Recuenco, T. Iwanaga, T. Horimoto, H. Akashi et al.: Sci. Rep., 3, 3178 (2013).

筆者らは人為的にジェランガムに硫酸基を付加することで作製した硫酸化ジェランについて,熱帯熱マラリア原虫の増殖に与える影響について解析を行った(6)6) F. C. Recuenco, K. Kobayashi, A. Ishiwa, Y. Enomoto-Rogers, N. G. Fundador, T. Sugi, H. Takemae, T. Iwanaga, F. Murakoshi, H. Gong et al.: Sci. Rep., 4, 4723 (2014)..ジェランガムは細菌のSphingomonas elodeaから合成される多糖類である.産業的には,ゲル化剤,食品添加物,増粘安定剤として用いられている.実験に用いる硫酸化多糖類として,硫酸化ジェラン,κカラギーナンの過硫酸化物,λカラギーナンの加水分解物を各々人工的に作製した.作製した硫酸化多糖類について,核磁気共鳴分光法と元素分析において,硫酸基の付加を確認した.硫酸化多糖類とこれらの派生体を用いて,熱帯熱マラリア原虫の増殖抑制効果についてin vitroで解析を行った.

クロロキンは一般的なマラリア薬として,現在でも第一選択薬として広く世界中で使用されている.しかし,近年タイの一部の地域において,クロロキン耐性のマラリアの報告があり,憂慮される事態に瀕している地域も世界的には多く見られる.そこで,筆者らはクロロキンに対して感受性の熱帯熱マラリア原虫である3D7クローンと耐性のDd2クローンについて,増殖阻害試験と赤血球侵入阻害試験を行った(図1図1■(上図)ジェランガムおよび硫酸化ジェランの構造,(下図)各種硫酸化多糖類とそれらの派生体(Hep;ヘパリン,GG;ジェランガム,SGG;硫酸化ジェラン,LA;λカラギーナン,HyLA;λカラギーナンの加水分解物,KP;κカラギーナン,OsKP;κカラギーナンの過硫酸化物)による熱帯熱マラリア原虫(3D7, Dd2クローン)の増殖阻害試験).その結果,硫酸化ジェランは,原虫に対して強い赤血球侵入抑制効果を示す硫酸化多糖類であるヘパリンと同程度の増殖阻害効果と赤血球侵入阻害効果を示したが,派生元のジェランガムは効果が見られなかった.逆に,ほかの人工的に作製した硫酸化多糖類ついてはこの効果は低いのに対して,派生元の物質には既報どおり,効果は見られた.

図1■(上図)ジェランガムおよび硫酸化ジェランの構造,(下図)各種硫酸化多糖類とそれらの派生体(Hep;ヘパリン,GG;ジェランガム,SGG;硫酸化ジェラン,LA;λカラギーナン,HyLA;λカラギーナンの加水分解物,KP;κカラギーナン,OsKP;κカラギーナンの過硫酸化物)による熱帯熱マラリア原虫(3D7, Dd2クローン)の増殖阻害試験

硫酸化多糖類であるデキストラン硫酸が,高脂血症薬として認可を受けていることからも,硫酸化多糖類はそのいくつかが薬剤として使用されている.しかしながら,筆者らが作製した硫酸化ジェランについては,ほとんど報告がされていなかった.そこで,硫酸化ジェランの薬剤としての使用について検討するため,細胞毒性試験を行った.この結果,細胞毒性は見られなかった.抗凝固剤として使用される硫酸化多糖類の一つであるヘパリンなどでは,薬剤としての使用を考える場合当然ながら抗凝固活性の問題が生じる.そこで,硫酸化ジェランについて抗凝固活性の測定を行った.この結果,抗凝固活性については低い値を示した.

硫酸化多糖類は高分子多糖であるため,実際的に薬剤として製造するためには,合成が難しく,かつ均質性の保証が懸念される.筆者らはこれらの問題を解消するため,さまざまな硫酸化多糖類の派生体を用いて,マラリア原虫の増殖阻止効果を解析することで,増殖を抑制するコアとなる構造体の同定を試みている.これにより,抗マラリア薬として効果のある構造体の低分子化を図ることで,均質化の保証も担保しようと考えている.

本研究は硫酸化ジェランの抗マラリア活性についての初めての報告である.硫酸化ジェランは新規の材料から合成された熱帯熱マラリア原虫の増殖阻害薬の候補物質と言える.また,ジェランガムにはドラッグデリバリーシステムの担体としても使用の報告もあることから,この薬剤機序の解明を行うことで,新たなマラリア治療薬の開発につながることが期待される.

Reference

1) World Health Organization: World malaria report 2014, www.who.int/malaria, 2014.

2) I. W. Sherman: “Malaria: Parasite Biology, Pathogenesis and Protection,” ASM Press, 1998.

3) K. Kato & A. Ishiwa: Trop. Med. Health, 43, 41 (2015).

4) A. M. Vogt, F. Pettersson, K. Moll, C. Jonsson, J. Normark, U. Ribacke, T. G. Egwang, H. P. Ekre, D. Spillmann, Q. Chen et al.: PLoS Pathog., 2, e100 (2006).

5) K. Kobayashi, R. Takano, H. Takemae, T. Sugi, A. Ishiwa, H. Gong, F. C. Recuenco, T. Iwanaga, T. Horimoto, H. Akashi et al.: Sci. Rep., 3, 3178 (2013).

6) F. C. Recuenco, K. Kobayashi, A. Ishiwa, Y. Enomoto-Rogers, N. G. Fundador, T. Sugi, H. Takemae, T. Iwanaga, F. Murakoshi, H. Gong et al.: Sci. Rep., 4, 4723 (2014).