解説

米タンパク質の特性を利用した経口ワクチンの開発医療用遺伝子組換え植物の開発の動向

Production of Rice Based Oral Vaccines Using the Characteristics of Rice Seed Protein: Current Topics of the Development Status of Transgenic Medical Plants

Ai Sasou

佐生

京都府立大学大学院生命環境科学研究科 ◇ 〒606-8522 京都府京都市左京区下鴨半木町1-5

Graduate School of Life and Environmental Sciences, Kyoto Prefectural University ◇ 1-5 Shimogamo Hangi-cho, Sakyo-ku, Kyoto-shi, Kyoto 606-8522, Japan

Takehiro Masumura

増村 威宏

京都府立大学大学院生命環境科学研究科 ◇ 〒606-8522 京都府京都市左京区下鴨半木町1-5

Graduate School of Life and Environmental Sciences, Kyoto Prefectural University ◇ 1-5 Shimogamo Hangi-cho, Sakyo-ku, Kyoto-shi, Kyoto 606-8522, Japan

京都府農林水産技術センター生物資源研究センター ◇ 〒619-0244 京都府相楽郡精華町大字北稲八間小字大路74番地

Biotechnology Research Department, Kyoto Prefectural Agriculture, Forestry and Fisheries Technology Center, Japan ◇ 74 Kita-Inayazuma, Seika-cho, Souraku-gun, Kyoto 619-0244, Japan

Published: 2015-05-20

交通手段の発達により,世界中の人々がさまざまな国を行き交う時代となった.それに伴い,新興・再興感染症の世界的な流行が危惧されている.現在では,感染症予防策として注射型のワクチン接種が施行されているが,予防効果と取り扱いの簡便さから,経鼻・経口といった粘膜からワクチンを接種する粘膜ワクチンが注目されている.植物科学分野では,1990年代初頭から,医療用として用いられるペプチドやタンパク質を生産する場として遺伝子組換え植物を利用する研究が報告されるようになった.筆者らは,長年イネ種子貯蔵タンパク質の合成・蓄積機構に関する研究を進めてきた.その仕組みを利用すると,イネ種子胚乳組織を医薬品などの有用物質生産の場に変換できる可能性が見いだされた.

はじめに

航空機をはじめとする移動手段のめざましい発達により,今日では世界中の人々がさまざまな国を行き交う時代となった.それに伴い,わが国でも,新型インフルエンザ感染症,デング熱,コレラ,旅行者下痢症などの新興・再興感染症の顕在化が危惧されている(1,2)1) T. Nochi, H. Takag, Y. Yuki, L. Yang, T. Masumura, M. Mejima, U. Nakanishi, A. Matsumura, A. Uozumi, T. Hiroi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 10986 (2007).2) Y. Yuki & H. Kiyono: Jpn. J. Clin. Immunol., 31, 369 (2008)..感染症に対する予防として有効な方法の一つがワクチン接種である.世界的な感染症の大流行を防ぐには,日本国内はもちろん,発展途上国を含む諸外国でのワクチン接種による対応が重要であると考えられる.しかし,いまだ実用化されていない感染症向けワクチンも多数存在する.その理由は,感染源の種類が多様であり,亜種すべてに対応可能なワクチンを合成することが実質的に困難であること,抗原として認識されるエピトープの変異スピードが速く開発が後手に回ること,もともと抗原として提示されにくい配列しかもたないこと,などが挙げられる.ワクチンの実用化に至っていない感染症としては,2014年に西アフリカのギニアやリベリア,シエラレオネで流行したエボラ出血熱や,日本国内で約60年ぶりに流行したデング熱が挙げられる.このようにワクチン開発が困難な場合もあるが,インフルエンザやコレラなどに対するワクチンは広く利用され,感染の流行や重症化を防ぐのに効果的である.

現状において主なワクチン接種方法は,注射型ワクチンであるが,近年注目されているのが粘膜ワクチンである.注射型ワクチンが全身性免疫(IgG)を誘導し予防効果を発揮するのに対し,粘膜ワクチンは経鼻粘膜または腸管粘膜上において,全身性免疫と粘膜免疫(IgA)の両方を誘導する.ヒトの体内で病原体が最初に接触する部分は粘膜上皮であるため,粘膜上の免疫効果を高めることにより,より高い予防効果が得られると期待される(1,3)1) T. Nochi, H. Takag, Y. Yuki, L. Yang, T. Masumura, M. Mejima, U. Nakanishi, A. Matsumura, A. Uozumi, T. Hiroi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 10986 (2007).3) J. Holmgren & C. Czerkinsky: Nat. Med., 11(4s), 545 (2005)..粘膜上では病原体を排除する機構が存在する一方で,体内では影響のない異物を寛容する免疫寛容という機構も存在するため,注射型ワクチンと比較して副作用を引き起こすリスクが低いと考えられる(3)3) J. Holmgren & C. Czerkinsky: Nat. Med., 11(4s), 545 (2005)..さらに,注射針とシリンジを必要としないため接種が安全かつ簡便であり,痛みもないため小児をはじめとする患者の苦痛を和らげることができる.使用済みの注射針やシリンジの不適切な処理による汚染や二次感染の心配がないなどの利点も挙げられる.本稿では,有用物質生産の場として遺伝子組換え植物を利用し,主に腸管上皮の免疫効果を高める経口ワクチンについてその開発状況などを紹介する.

遺伝子組換え植物を利用した有用物質生産

これまで,主要な遺伝子組換え植物と言えば,除草剤抵抗性遺伝子や害虫抵抗性遺伝子を導入したダイズやトウモロコシ,ナタネなどの農作物であった.このような農業栽培上有用な遺伝子を導入した遺伝子組換え作物は,現在では世界中で広く栽培されている.しかし,最近では上記のような遺伝子組換え作物とは異なり,付加価値をもつ組換え植物が研究・開発されている.たとえば,ゴールデンライスに見られるような,食品に機能性を付与した遺伝子組換え作物,また,重金属や有害物質で汚染された土壌を浄化するために開発された遺伝子組換え植物(ファイトレメディエーション),そして,ペプチドや抗原タンパク質などの医薬品として有用である物質を合成する場としての遺伝子組換え植物などの例がある(4)4) K. Yoshimatsu, N. Kawano, N. Kawahara, H. Akiyama, R. Teshima & M. Nishijima: Yakugaku Zasshi, 132, 629 (2012)..国内における代表例として,2013年に商品化されたイヌインターフェロンαを合成する遺伝子組換えイチゴが挙げられる.この組換えイチゴは,イヌ歯周炎軽減剤(インターベリーα)として粉末化され使用される.日本国内で最初に商品化されたこの歯周炎軽減剤はイヌ用であるが,今後わが国でもヒトに対するさまざまな遺伝子組換え植物由来医薬品が商品化されるであろう.実際に,世界ではすでに遺伝子組換え植物を利用した医薬品が商品化された例がある(表1表1■国外で製品化された遺伝子組換え植物由来医療用薬品の例).

表1■国外で製品化された遺伝子組換え植物由来医療用薬品の例
企業・機関等植物名生産するタンパク質商品名疾患
Planet Biotechnoloy Inc.*1タバコStreptococcus mutans分泌性抗体IgACaroRX虫歯治療薬
キューババイオテクノロジー社CIGB*2タバコ抗B型肝炎ウイルス抗原
single chain Fv
Heberbiovac HBB型肝炎ワクチン
Protalix BioTherapeutics*2ニンジン培養細胞グルコセレブロシダーゼElelyso
(taliglucerase alfa)
Ⅰ型ゴーシェ病治療薬
Mapp Biopharmaceutical Inc.*3タバコエボラ出血熱ヒト化モノクローナル抗体Zmappエボラ出血熱治療薬(未承認治療薬)
*1 A. Maxmen: Nature, 485, 160 (2012). *2 V. Yusibov, S. J. Streatfield & N. Kushnir: Human Vaccines, 7, 313 (2011). *3 L. Zeitlin, J. Pettitt, C. Scully, N. Bohorova, D. Kim, M. Pauly, A. Hiatt, L. Ngo, H. Steinkellner, K. J. Whaley et al.: PNAS, 108, 20690 (2011).

遺伝子組換え植物を有用物質生産の場として利用するメリットは,ほかの哺乳類由来の宿主細胞による生産システムと比較するとスケールアップが容易であること,動物由来の病原体の汚染リスクがないこと,生産したタンパク質を必ずしも精製する必要がないといった点である.

これまでに使用された対象植物は,タバコ,レタス,ジャガイモ,トマト,イネ,などである(4)4) K. Yoshimatsu, N. Kawano, N. Kawahara, H. Akiyama, R. Teshima & M. Nishijima: Yakugaku Zasshi, 132, 629 (2012)..それぞれの植物種特有の機構や栽培上の特性を利用した研究が行われている.たとえばタバコは,一過的発現システムを利用して抗体生産を行った例がある(5)5) K. J. Whaley, A. Hiatt & L. Zeitlin: Hum. Vaccin., 7, 349 (2011)..レタスでは,植物工場での栽培管理システムが確立しているため,遺伝子組換え植物を閉鎖空間系で管理しやすいという利点がある(6)6) T. Matsui, H. Asao, M. Ki, K. Sawada & K. Kato: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1628 (2009)..ジャガイモでは,地下茎の物質貯蔵機構を利用し有用タンパク質を高蓄積させる研究が報告されている(7)7) T. Arakawa, D. K. X. Chong & W. H. R. Langridge: Nat. Biotechnol., 16, 292 (1998)..トマトは,生食することを前提として,加熱・精製・加工によるタンパク質の変性のリスクが少ないことを利点として研究が行われている(8)8) X. L. Jiang, Z. M. He, Z. Q. Peng, Y. Qi, Q. Chen & S. Y. Yu: Transgenic Res., 16, 169 (2007)..イネでは,種子本来のもつ物質貯蔵機能と,室温で長期保存および輸送が可能であることを利点とし,医薬品用キャリアーとして実用化を目指す研究が進められている(1)1) T. Nochi, H. Takag, Y. Yuki, L. Yang, T. Masumura, M. Mejima, U. Nakanishi, A. Matsumura, A. Uozumi, T. Hiroi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 10986 (2007)..以上,数種の作物を例示したが,本稿では筆者らが研究対象としているイネを取り上げ,種子の物質貯蔵機構の特性を利用した経口ワクチンの開発の取り組みについて紹介したい.

イネ種子のタンパク質顆粒について

イネ種子は,次世代幼植物の生長のために貯蔵物質を蓄積しており,玄米中の約70%はデンプンであるが,次いで多いのはタンパク質であり,その割合は玄米中の6~8%を占める.イネ種子のタンパク質の大部分は貯蔵タンパク質として合成され,胚乳組織中に存在する2種類のタンパク質貯蔵顆粒(protein body; PB)に蓄積している(図1図1■透過型電子顕微鏡(TEM)によるイネ種子胚乳組織観察像).プロテインボディタイプⅠ(PB-I)は直径1~3 µmの粗面小胞体(rough endoplasmic reticulum; rER)由来の球状顆粒であり,アルコール可溶性のプロラミンと呼ばれるタンパク質が蓄積している(図1,2図1■透過型電子顕微鏡(TEM)によるイネ種子胚乳組織観察像図2■イネ種子胚乳組織における貯蔵タンパク質組成).一方,プロテインボディタイプⅡ(PB-II)はタンパク質貯蔵型液胞(protein storage vacuole; PSV)由来であり,希酸・希アルカリ可溶性のグルテリンや塩可溶性のグロブリンが蓄積している(図1, 2図1■透過型電子顕微鏡(TEM)によるイネ種子胚乳組織観察像図2■イネ種子胚乳組織における貯蔵タンパク質組成).

図1■透過型電子顕微鏡(TEM)によるイネ種子胚乳組織観察像

酢酸ウラニルによる電子染色の結果を示した.PB-Iは電子密度の低い直径1~3 µmの球状顆粒として観察され,PB-IIは電子密度の高い3~5 µmの不定形顆粒として観察された.

図2■イネ種子胚乳組織における貯蔵タンパク質組成

貯蔵タンパク質をSDS-PAGEにより分画した.白の矢頭はグルテリン,グレーの矢頭は26 kDaグロブリン(α-グロブリン),黒の矢頭はプロラミンを示した.パネルの左側の数字は分子サイズ(kDa)を示した.

プロラミンは,rER膜上で合成された後にrER内腔に蓄積しPB-Iを形成する.プロラミンには16, 13, 10 kDaのプロラミン分子種が存在し,13 kDaプロラミンはさらに13aプロラミンと13bプロラミンに分類されている(9)9) Y. Saito, T. Shigemitsu, R. Yamasaki, A. Sasou, F. Goto, K. Kishida, M. Kuroda, K. Tanaka, S. Morita, S. Satoh et al.: Plant J., 70, 1043 (2012).図2図2■イネ種子胚乳組織における貯蔵タンパク質組成).これまでに筆者らは,PB-I内部において中心部に10 kDaプロラミン,その外側に13bプロラミン(13b-1),さらにその外側の中間層に16 kDaプロラミンと13aプロラミン,そして最外層に13bプロラミン(13b-2)が局在していることを明らかにした(9)9) Y. Saito, T. Shigemitsu, R. Yamasaki, A. Sasou, F. Goto, K. Kishida, M. Kuroda, K. Tanaka, S. Morita, S. Satoh et al.: Plant J., 70, 1043 (2012).図3図3■PB-Iの層状構造モデル).一方,グルテリンおよびグロブリンは,rER膜上で合成された後に,rERからゴルジ体へ小胞輸送され,その後PSVへと蓄積される.グルテリンはPSV内でプロセスされ,酸性サブユニットと塩基性サブユニットが重合し蓄積する.PB-II内部には,結晶化しブロック状に存在するグルテリンと,その周りを取り囲むようにグロブリンが蓄積している.内外の研究の結果,穀類における貯蔵タンパク質蓄積の分子機構が明らかになってきたが,イネは穀類の中でもrER由来のPB-IとPSV由来のPB-IIの2種類のPBを有するという特徴をもっている.

図3■PB-Iの層状構造モデル

中心部に10 kDaプロラミン,そのすぐ外側を13b-1プロラミン,中間層に16 kDaプロラミンと13aプロラミン,そして最外周層に13b-2プロラミンの順番で層状構造を形成している.

コメ型経口ワクチンの実用化に向けた研究

遺伝子組換え植物を物質生産に利用する場合,外来性タンパク質の蓄積量が少ないという問題がしばしば発生する.特に,レタスやタバコの葉などを利用する場合,外来性タンパク質を発現させる場所が栄養器官であるため,発現したタンパク質が分解型液胞に取り込まれ,分解されるという問題があった.一方,イネ種子を利用する場合,種子胚乳は次世代の栄養源を蓄積させる貯蔵器官であるため,発現したタンパク質をPBに蓄積させることができれば,分解を受けるリスクから回避できると考えられる.また,これまで遺伝子組換え植物で頻繁に用いられてきたカリフラワーモザイクウイルス由来の過剰発現プロモーター(CaMV 35S)などではなく,イネ種子胚乳由来のプロモーターを利用することによって,目的タンパク質を胚乳組織において高蓄積する遺伝子組換えイネが作出可能であることが報告されている(10)10) I. Q. Qu & F. Takaiwa: Plant Biotechnol. J., 2, 113 (2004).

遺伝子組換え植物の葉などの栄養組織を経口ワクチンとして利用する際の問題点は,経口ワクチンを投与後,胃酸や消化酵素による分解を受け,腸管粘膜組織まで到達できないことであった.その結果,免疫担当細胞が集積している腸管関連リンパ組織(gut-associated lymphoid tissue; GALT)において,粘膜免疫を誘導するための効果的な抗原提示することができないと考えられる.この問題を解決する手段の一つに,イネ種子PB-Iを利用する戦略が考えられる.PB-Iはヒトの消化管で難消化性であることが知られている(11)11) Y. Tanaka, S. Hayashida & M. Hongo: Agric. Biol. Chem., 39, 515 (1975)..その性質を利用し,PB-I内部にワクチン抗原を蓄積させれば,経口投与しても胃酸や消化酵素の分解のダメージを回避し,効率よくGALTに運搬することができると期待される.PB-IはER由来PBであるため,ER残留シグナルであるKDELやHDELを目的タンパク質のC末端側に融合させることによりPB-Iへターゲットされることが明らかになっている(12)12) H. Takagi, T. Hiroi, S. Hirose, L. Yang & F. Takaiwa: Peptides, 31, 1421 (2010).

現在使用されているワクチンは,ポリオワクチンを除けば注射用製剤がほとんどであり,輸送する際にも冷蔵する必要がある.そのため,輸送時に冷蔵設備が必要となりコストもかかる.ワクチンを必要とする発展途上国では,接種を受ける人々にとって高価なものとなっており,貧困のために受けられないといった問題も抱えている.ワクチン抗原を種子胚乳内で発現・蓄積するイネ種子を用いた場合,イネ種子中のタンパク質は,室温で保存可能であり,1年間保存後にマウスへ経口接種してもワクチンタンパク質の活性は保存前とほぼ変わらないという報告がある.遺伝子組換えイネ種子が経口ワクチンのキャリアーとして利用可能となれば,保存・輸送のコストが抑えられるというメリットも加わる.上記の利点について,実際に証明したのがNochiらとの共同研究の成果である(1)1) T. Nochi, H. Takag, Y. Yuki, L. Yang, T. Masumura, M. Mejima, U. Nakanishi, A. Matsumura, A. Uozumi, T. Hiroi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 10986 (2007)..その報告では,グルテリンプロモーター制御下で,抗原性は高いが毒性はもたないコレラ毒素Bサブユニット(CTB)にER残留シグナルであるKDELを融合するように配列をデザインし,形質転換イネ種子中にCTB融合タンパク質を発現させた.CTB融合タンパク質は,イネ種子胚乳組織中でPB-IとPB-IIの両方に蓄積していることが電子顕微鏡観察で確認された.ペプシン処理実験の結果では,PB-IIはほとんど分解されていたが,PB-Iは残存していた.CTB融合タンパク質は,ペプシン処理前と比較して75%が残っており,PB-Iに蓄積したCTB融合タンパク質は消化酵素に抵抗性をもつことが示唆された.この形質転換イネ種子を粉末化してマウスに経口投与したところ,全身性免疫の指標となるIgGと粘膜免疫の指標となるIgAの両方が誘導された.次に,コレラ毒素をマウスの腸管に投与して下痢症状の緩和を調べる腸管ループ実験では,あらかじめ非形質転換イネ種子の粉末を投与したマウス群で下痢症を示したのに対して,形質転換イネ種子粉末を投与したマウス群では下痢症が抑えられた.

以上の結果より,形質転換イネを用いCTB融合タンパク質を発現する種子を経口ワクチンとして利用できる可能性が見いだされたため,ワクチン抗原を発現するイネ種子をコメ型経口ワクチンと呼ぶこととし,ヒトおよび哺乳動物で実用化するための研究を続けることにした.

イネ種子内在性タンパク質蓄積の抑制と外来タンパク質の高発現

遺伝子組換えイネを用いて,医薬品となる有用タンパク質をさらに高蓄積させるためには,内在性タンパク質の蓄積を減少させる,あるいは,内在性タンパク質の蓄積量の少ない変異体イネを利用する必要があると考えられる.

その一例として,RNAi技術によってイネ種子内在性タンパク質であるプロラミン,およびグルテリンの蓄積量を減少させ,同時にボツリヌストキシンの非毒性部位を高蓄積する形質転換イネを作出し,マウスへの経鼻投与で効果を示したことをYukiら(13)13) Y. Yuki, M. Mejima, S. Kurokawa, T. Hiroiwa, G. Kong, M. Kuroda, Y. Takahashi, T. Nochi, D. Tokuhara, T. Kohda et al.: Vaccine, 30, 4160 (2012).は報告している.同様に,RNAi技術によってプロラミンやグルテリンの蓄積量を減少させ,ヒト成長ホルモンを胚乳組織中で高蓄積させる形質転換イネについて,筆者らのグループ(14)14) T. Shigemitsu, S. Ozaki, Y. Saito, M. Kuroda, S. Morita, S. Satoh & T. Masumura: Plant Cell Rep., 31, 539 (2012).も報告している.また,グルテリンの蓄積量が少ないイネ品種であるLGC-1(low glutelin content mutant-1)を用い,機能性ペプチドであるラクトスタチンを発現する形質転換イネについてCabanosら(15)15) C. Cabanos, A. Ekyo, Y. Amari, N. Kato, M. Kuroda, S. Nagaoka, F. Takaiwa, S. Utsumi & N. Maruyama: Transgenic Res., 22, 621 (2013).は報告している.このように内在性タンパク質の抑制技術が,導入した外来性タンパク質を高蓄積させるために有効であるという例がいくつか挙げられる.

PB-Iの特定層にワクチンタンパク質を局在化させる研究

筆者らは,イネ種子のプロラミンに着目し,PB-Iの形成機構に関する研究を長年行ってきた.最近,多重遺伝子族から構成されるプロラミン分子種の合成・蓄積の分子機構を詳細に解析し,プロラミンがPB-I内部で層状構造を取ることを明らかにした(9)9) Y. Saito, T. Shigemitsu, R. Yamasaki, A. Sasou, F. Goto, K. Kishida, M. Kuroda, K. Tanaka, S. Morita, S. Satoh et al.: Plant J., 70, 1043 (2012).

上記で明らかになった,プロラミン分子種がPB-I内部で層状構造を形成することをヒントに,経口ワクチンのキャリアーとしてPB-Iを利用し,少量で免疫効果の高い,改良コメ型経口ワクチンに関する研究を進めている.成熟したPB-Iの直径は1~3 µmであり,腸管免疫組織で抗原取り込みを行う細胞(M cell)に取り込まれやすい大きさであると考えられる.ワクチン抗原がPB-I内部の特定層に蓄積しているコメ型経口ワクチンを経口摂取し,PB-Iの難消化性の機能で胃を通過し,ワクチン抗原層が露出した状態でPB-Iが腸管へ到達し,腸管上皮組織に存在する免疫応答細胞に効果的な抗原提示をするという予想図を描いている(図4図4■イネ種子PB-Iを利用したコメ型経口ワクチンの模式図).

図4■イネ種子PB-Iを利用したコメ型経口ワクチンの模式図

(A)特定層にワクチンタンパク質を局在させたPB-Iの模式図.矢印はワクチンタンパク質の局在場所を示している.(B)(A)で示したPB-Iが経口投与された場合の抗原提示に至る予想図.特定層にワクチンタンパク質を局在化させたPB-Iが胃を通過した後に,ワクチン抗原層が露出した状態で腸管に到達すれば,腸管免疫組織に存在するM cellに取り込まれると予想される.これによって効果的に粘膜免疫を誘導することができると期待される.

そのためには,まずPB-I内部におけるワクチン抗原の局在を制御する手法を確立することが必須技術となる.筆者らのグループでは,これまでにCaMV35Sプロモーター制御下で,プロラミンとGFPを融合タンパク質として発現させると,PB-Iの中心部分へ優先的に標的タンパク質が蓄積することを示した(16)16) Y. Saito, K. Kishida, K. Takata, H. Takahashi, T. Shimada, K. Tanaka, S. Morita, S. Satoh & T. Masumura: J. Exp. Bot., 60, 615 (2009)..また,各種プロラミンのPB-I内部における局在制御については,登熟期における各プロラミン遺伝子群の発現順序の関与が示唆されたことから,プロモーターにネイティブなプロラミンプロモーターを用いることで,13 aプロラミンとGFPの融合タンパク質をPB-Iの中間層へ局在化させることに成功した(9)9) Y. Saito, T. Shigemitsu, R. Yamasaki, A. Sasou, F. Goto, K. Kishida, M. Kuroda, K. Tanaka, S. Morita, S. Satoh et al.: Plant J., 70, 1043 (2012)..最近の研究において,上記のPB-I内部の中間層に蓄積する13aプロラミンとGFPに加えて,中心部に局在する10 kDaプロラミンとGFPの融合タンパク質を発現するイネを作出した.その形質転換イネ種子を解析したところ,GFP融合タンパク質はそれぞれPB-I内部の中間層や中心部に局在することが明らかになった(17)17) 佐生 愛,重光隆成,齊藤雄飛,田中愛実,森田重人,佐藤 茂,増村威宏:2013年度農芸化学会本大会トピックス集,3A44 p 18

以上の研究結果を受け,現在PB-Iをワクチン抗原のキャリアーとして利用可能であるかについて検証実験を進めている.この研究を進めることにより,さらに有効なコメ型経口ワクチンの開発を目指したい.

おわりに

これまでに,遺伝子組換え植物を用いた医薬品の開発に関する研究例は多数報告されてきたが,実用化に至った例はほとんどない.特にヒトに用いる場合,安全性に配慮し慎重に進めなければならない.さらに新薬として製品化するには,何段階にも及ぶ困難が待ち受けている.有用物質生産の場として遺伝子組換え植物を社会で役立つ技術として確立するためには,植物分野の研究者だけでは困難であり,医学,薬学,製薬会社など,幅広い分野の研究者の協力が不可欠である.実際に筆者らのグループでも,東京大学医科学研究所・炎症免疫学分野の清野宏教授,幸義和助教らとの共同研究をはじめ,さまざまな分野の方々と協力しながら研究を進めているところである(18~20)18) Y. Yuki, M. Mejima, S. Kurokawa, T. Hiroiwa, Y. Takahashi, D. Tokuhara, T. Nochi, Y. Katakai, M. Kuroda, N. Takeyama et al.: Plant Biotechnol. J., 11, 799 (2013).19) S. Kurokawa, R. Nakamura, M. Mejima, H. Kozuka-Hata, M. Kuroda, N. Takeyama, M. Oyama, S. Satoh, H. Kiyono, T. Masumura et al.: J. Proteome Res., 12, 3372 (2013).20) S. Kurokawa, M. Kuroda, M. Mejima, R. Nakamura, Y. Takahashi, H. Sagara, N. Takeyama, S. Satoh, H. Kiyono, R. Teshima et al.: Plant Cell Rep., 33, 75 (2014).

今後は,最近開発された新しい遺伝子組換え技術(遺伝子置換,ゲノム編集など)を取り入れ,さらに植物の特性を活かした遺伝子研究を積み重ねていくことで,イネ種子を医薬品や機能性食品として利用するための研究開発に貢献していきたいと考えている.

Reference

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