解説

タンパク質沈殿–再溶解法による高濃度タンパク質医薬品の調製

High Concentration Protein Formulation by Protein–Poly(amino acid) Complex Precipitation

栗之丸 隆章

Takaaki Kurinomaru

筑波大学数理物質系物理工学域 ◇ 〒305-8571 茨城県つくば市天王台一丁目1番1号

Division of Applied Physics, Faculty of Pure and Applied Sciences, University of Tsukuba ◇ 1-1-1 Tennodai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8571, Japan

白木 賢太郎

Kentaro Shiraki

筑波大学数理物質系物理工学域 ◇ 〒305-8571 茨城県つくば市天王台一丁目1番1号

Division of Applied Physics, Faculty of Pure and Applied Sciences, University of Tsukuba ◇ 1-1-1 Tennodai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8571, Japan

Published: 2015-05-20

本稿では,水溶液中でタンパク質の安定化や濃縮ができる新しい方法を紹介する.タンパク質溶液に高分子電解質を混合することで複合体にして沈殿させる.沈殿した状態は物理化学的なストレスに強く,水溶液中でタンパク質が安定化された状態である.上清を取り除いて少量の塩溶液を加えることで,複合体が解離してタンパク質がフリーになり,活性がある状態に戻る.加える塩溶液を調整すれば濃縮もできる.この方法は,タンパク質医薬品の濃縮法や保存法になると考えている.

はじめに

遺伝子組換え技術の進歩により,1980年代以降,さまざまなタンパク質医薬品が開発されてきた.特に,分子標的薬として知られている抗体の進歩は目覚ましく,これまでに治療が困難だったがんや関節リウマチなどの難病治療に貢献してきた(1~4)1) J. M. Reichert, C. J. Rosensweig, L. B. Faden & M. C. Dewitz: Nat. Biotechnol., 23, 1073 (2005).2) A. C. Chan & P. J. Carter: Nat. Rev. Immunol., 10, 301 (2010).3) L. M. Weiner, R. Surana & S. Wang: Nat. Rev. Immunol., 10, 317 (2010).4) M. X. Sliwkowski & I. Mellman: Science, 341, 1192 (2013)..タンパク質医薬品の経口投与は,低分子化合物の医薬品とは異なり困難なので,注射によって体内に投与されることが多い.なかでも皮下注射は痛みも少なく,簡便で自己投与も可能なので,新しい投与法として期待されている.しかし,皮下注射は投与量が1.5 mL以下に制限されるため,通常,100 mg/mL以上の高濃度のタンパク質溶液を調製する必要がある(5,6)5) S. J. Shire, Z. Shahrokh & J. Liu: J. Pharm. Sci., 93, 1390 (2004).6) R. J. Harris, S. J. Shire & C. Winter: Drug Dev. Res., 61, 137 (2004).

タンパク質医薬品の高濃度化には,粉末製剤を再溶解する方法が広く用いられている.凍結乾燥されたタンパク質の粉末を少量の溶液で溶かすだけだが,現実には難しい点がいくつかある.まず,タンパク質が不安定であることを考慮しなければならない.粉末状態のタンパク質を溶解させると,せん断応力や表面張力などの物理化学的ストレスがかかり,不可逆に変性することがある.さらに,変性タンパク質の凝集は,調製するタンパク質溶液が高濃度ほど起こりやすい.凝集体はタンパク質医薬品の有効性を低下させるだけでなく,好ましくない免疫反応を引き起こすなどの安全面にも悪影響を及ぼす.このようなタンパク質の不安定性のほかに,溶解に要する時間も現実的な課題になっている.高濃度の塩溶液を調製するような場合には,スターラーやボルテックスで撹拌すれば溶かすことが可能だが,タンパク質は不安定なので,変性させないよう慎重に取り扱う必要がある.実際の製剤では,バイアル中の粉末製剤に生理食塩水などの溶媒を加えたあと,バイアルを泡立てないようゆっくり振ることで溶解させる.そのため,タンパク質のすべての粉末を溶解させるために,数十分間から数時間かかってしまうこともある.

ほかのアプローチとして,タンパク質の濃縮がある.すなわち,低濃度のタンパク質溶液から溶媒を選択的に取り除き,溶媒量を減らして高濃度のタンパク質溶液を調製する方法である.代表的な濃縮法には限外ろ過やクロマトグラフィー,エバポレーション,凍結乾燥,スプレードライ法などが挙げられる(5,7,8)5) S. J. Shire, Z. Shahrokh & J. Liu: J. Pharm. Sci., 93, 1390 (2004).7) B. Dani, R. Platz & S. T. Tzannis: J. Pharm. Sci., 96, 1504 (2007).8) M. Bowen, N. Armstrong & Y. F. Maa: J. Pharm. Sci., 101, 4433 (2012)..しかし,操作工程が増えるので,設備や時間のコストが課題として残される.近年では,液–液相分離(9)9) H. Nishi, M. Miyajima, H. Nakagami, M. Noda, S. Uchiyama & K. Fukui: Pharm. Res., 27, 1348 (2010).やゲル化(10)10) H. R. Johnson & A. M. Lenhoff: Mol. Pharm., 10, 3582 (2013).,結晶化(11)11) M. X. Yang, B. Shenoy, M. Disttler, R. Patel, M. McGrath, S. Pechenov & A. L. Margolin: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 6934 (2003).など,装置が不要な新しい濃縮法の開発も進んでいるが,処理に伴うタンパク質の不可逆な変性などの課題は残されてしまう.このように,高濃度のタンパク質溶液を得るために,1)タンパク質を変性させずに,2)簡便で迅速な工程で,3)装置などの投資が不要な方法の開発が期待されている.さらに,今後もタンパク質医薬品の種類が増えることを考えると,抗体や酵素やホルモンなどによらず,4)多様なタンパク質に利用できる汎用的な方法であることが望ましい.

筆者らは,溶液中のタンパク質の安定化や機能制御を実現するために,高分子電解質が有力であることを報告してきた.高分子電解質とは,正または負の電荷を帯びた官能基が複数個ある高分子化合物であり,反対の電荷をもつタンパク質と主に静電相互作用を介して複合体を形成する.この性質を応用すれば,正電荷と負電荷の高分子電解質を順番に添加すると,タンパク質の活性を可逆にON–OFFに切り替えることが可能である(12~14)12) S. Tomita, L. Ito, H. Yamaguchi, G. Konishi, Y. Nagasaki & K. Shiraki: Soft Matter, 6, 5320 (2010).13) S. Tomita & K. Shiraki: J. Polym. Sci. A: Polym. Chem., 49, 3835 (2011).14) T. Kurinomaru, S. Tomita, S. Kudo, S. Ganguli, Y. Nagasaki & K. Shiraki: Langmuir, 28, 4334 (2012)..さらに,電荷をもつ基質に対して反対の電荷をもつ高分子電解質を加えるだけで,酵素活性が1桁以上増加する“酵素超活性化”が起こる(15)15) T. Kurinomaru, S. Tomita, Y. Hagihara & K. Shiraki: Langmuir, 30, 3826 (2014)..最近では,ポリエチレングリコール(PEG)と高分子電解質のブロック型高分子電解質(PEG化高分子電解質)をタンパク質溶液に加えると,プロテアーゼへの耐性が増加し,加熱や振とうなどのストレスによる劣化も防ぐことを見いだした(16,17)16) S. Ganguli, K. Yoshimoto, S. Tomita, H. Sakuma, T. Matsuoka, K. Shiraki & Y. Nagasaki: J. Am. Chem. Soc., 131, 6549 (2009).17) T. Kurinomaru & K. Shiraki: J. Pharm. Sci., 2, 587 (2015)..これらの手法は,高分子電解質をタンパク質溶液に加えるだけで実現できる簡単な方法であるために,タンパク質医薬品への応用はもちろん,幅広い分野への応用が期待できる.

本稿では,タンパク質の濃縮法として高分子電解質を用いるタンパク質沈殿–再溶解法を紹介する(18~26)18) 特願2013-22377519) 特願2013-22377520) 特願2013-22377821) 特願2013-22377922) 特願2013-22378023) T. Kurinomaru, T. Maruyama, S. Izaki, K. Handa, T. Kimoto & K. Shiraki: J. Pharm. Sci., 8, 2248 (2014).24) S. Izaki, T. Kurinomaru, T. Maruyama, T. Uchida, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Pharm. Sci., in press.25) T. Maruyama, S. Izaki, T. Kurinomaru, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Biosci. Bioeng., in press.26) S. Izaki, T. Kurinomaru, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: submitted..手順は次のとおりである.まず,タンパク質溶液に高分子電解質を加えてタンパク質を共沈殿させる.上清を取り除いた沈殿体が濃縮状態に相当する.この状態でタンパク質は,高分子電解質と複合体を形成しているので安定化されている.ここに生理食塩水を加えると,タンパク質が高分子電解質から解離して,本来の働きを担うことができる.

タンパク質沈殿–再溶解法

タンパク質の沈殿は,タンパク質の精製に広く用いられてきた手法である.沈殿剤には,硫酸アンモニウム(硫安)のほか,アセトンやエタノールなどの有機溶媒,ポリエチレングリコール(PEG)やデキストランなどの水溶性ポリマーなども用いられる.これらの沈殿剤は,ある濃度以上を加えるとタンパク質を沈殿させる性質がある(図1A図1■各種沈殿剤によるタンパク質沈殿の比較).臨界濃度に近い濃度で沈殿させたタンパク質は,緩衝液などで沈殿剤の濃度を下げることで再溶解させることができる.この方法を,タンパク質沈殿–再溶解法と呼ぶ.実際にMatheusらは,硫安やPEGを沈殿剤として用いたタンパク質沈殿–再溶解法で,高濃度の抗体溶液を調製できることを報告している(27)27) S. Matheus, W. Friess, D. Schwartz & H. C. Mahler: J. Pharm. Sci., 98, 3043 (2009)..再溶解後の抗体は,天然状態と同じ二次構造と機能をもっていることが多いが,高濃度の沈殿剤が必要であり,粘性の増加も懸念される.

図1■各種沈殿剤によるタンパク質沈殿の比較

一方,高分子電解質は沈殿剤としても利用できる(図1B図1■各種沈殿剤によるタンパク質沈殿の比較).高分子電解質とタンパク質からなる複合体は,温度やpH, 分子量,イオン強度,混合比などのパラメータを調整することで,タンパク質に高分子電解質が非共有結合で弱く会合したような水溶性の高い状態から,100ナノメートル以上ある白濁したコロイド状態まで,さまざまな形態を作り分けることができる(28)28) A. B. Kayitmazer, D. Seeman, B. B. Minsky, P. L. Dubin & Y. Xu: Soft Matter, 9, 2553 (2013)..この複合体をまとめて,タンパク質–高分子電解質複合体(Protein–Polyelectrolyte Complex; PPC)と呼ぶ.溶液条件をうまくデザインすれば,タンパク質を変性させずに沈殿したPPC状態を作らせることも可能である.沈殿性のPPCは,一つの高分子電解質に2つ以上のタンパク質が吸着し,それらが架橋して生じると考えられる.事実,高分子電解質は低濃度ほどタンパク質を沈殿させやすく,高濃度になると沈殿させにくい性質がある.さらに,PPC沈殿はイオン強度に依存して生じる.すなわち,PPCは静電相互作用を駆動力として形成しているので,イオン強度が増えると静電遮蔽によって容易に解離する(29,30)29) F. Carlsson, M. Malmsten & P. Linse: J. Am. Chem. Soc., 125, 3140 (2003).30) R. Ni, D. Cao & W. Wang: J. Phys. Chem. B, 112, 4393 (2008)..このようなPPCの沈殿性と塩溶解性は,塩やアルコール,PEGなどの高分子による沈殿物にはない性質である.この性質を生かせば,タンパク質の凝集や沈殿,再溶解を制御できる.

PPCを利用した沈殿–再溶解法

PPCによるタンパク質沈殿–再溶解法の手順を以下に示す(図2図2■ポリアミノ酸によるタンパク質沈殿–再溶解法の手順).まず,電荷をもつタンパク質の原液に(Step 1),反対の電荷をもつ高分子電解質を加え,沈殿性のPPCを形成させる(Step 2).次に,このPPCを遠心分離して沈殿させ(Step 3),沈殿から上清を取り除く(Step 4).このあと,塩を含む緩衝液を加えて再溶解させると(Step 5),元のネイティブ状態のタンパク質を得られる.この段階で加える溶液の量を減らせば,タンパク質溶液を濃縮できる.

図2■ポリアミノ酸によるタンパク質沈殿–再溶解法の手順

文献23を参考に作成.

具体的な条件として,塩の終濃度は,生理食塩水と同等の150 mMに設定した.モデルタンパク質として,現在市販されているタンパク質医薬品から10種類を選んだ(表1表1■使用したタンパク質医薬品一覧).分子量や等電点などの物性が異なる酵素や抗体,ホルモンなどが含まれている.高分子電解質には,生体適合性が期待できるポリアミノ酸を用いた.カチオン性のタンパク質にはアニオン性のポリグルタミン酸(polyE)を,アニオン性のタンパク質にはカチオン性のポリリジン(polyK)を用いた.

表1■使用したタンパク質医薬品一覧
一般名分類主な適応疾患等電点pH(電荷)ポリアミノ酸(電荷)
ヒト免疫グロブリンG抗体7.35.0(+)ポリグルタミン酸(−)
アダリムマブ抗体関節リウマチ8.76.5(+)ポリグルタミン酸(−)
インフリキシマブ抗体関節リウマチ8.76.5(+)ポリグルタミン酸(−)
エタネルセプト抗体関節リウマチ8.08.7(−)ポリリジン(+)
オマリズマブ抗体気管支喘息7.65.5(+)ポリグルタミン酸(−)
パニツムマブ抗体結腸・直腸がん6.98.7(−)ポリリジン(+)
リツキシマブ抗体B細胞性非ホジキンリンパ腫8.76.5(+)ポリグルタミン酸(−)
カルペリチドホルモン急性心不全10.57.0(+)ポリグルタミン酸(−)
サイログロブリンホルモンバセドウ病5.58.0(−)ポリリジン(+)
l-アスパラギナーゼ酵素急性白血病4.77.0(−)ポリリジン(+)

まず,緩衝液のpHと,ポリアミノ酸の分子量,混合比を変えて,タンパク質を完全に沈殿させて再溶解させることができるかを調べた.ここではStep 2とStep 5の溶液量を統一し,終濃度が等しくなるようにした.その結果,表1表1■使用したタンパク質医薬品一覧のいずれのタンパク質もほぼ100%沈殿させ,100%再溶解させることができた(23)23) T. Kurinomaru, T. Maruyama, S. Izaki, K. Handa, T. Kimoto & K. Shiraki: J. Pharm. Sci., 8, 2248 (2014)..たとえば,白血病の治療薬として知られているL-アスパラギナーゼの場合,カチオン性のpolyKを0.05倍加えたときに,ほぼ100%の収率を得ることができた.興味深いことに,タンパク質の等電点(pI)から2.0程度離れたpH条件で,高い収率を示す傾向があった.これは,新規のタンパク質医薬品の溶液条件をスクリーニングするときの目安になるだろう.たとえば,タンパク質のpIさえ求まれば,溶媒のpHをスクリーニングする手間が省けるかもしれない.

次に,再溶解後のタンパク質の物性を評価した.遠紫外CDスペクトルを測定した結果,再溶解後のタンパク質はネイティブ構造と同じ二次構造を保持していることがわかった.さらに,酵素活性や免疫活性を評価した結果,再溶解後のタンパク質は元の機能を保持していることがわかった.したがって,濃縮後のタンパク質の機能は,濃縮前の原液と同等であることがわかった.また,再溶解後の凝集をサイズ排除クロマトグラフィーで評価したが,沈殿–再溶解の工程で不可逆なタンパク質凝集は形成されていなかった.タンパク質を沈殿–再溶解させてもタンパク質の品質は劣化せず,実際の製剤として利用できるレベルにあると考えられる.

PPCによる沈殿–再溶解法の応用の可能性

このようにして確立した沈殿–再溶解法を用いて,実際に高濃度のタンパク質製剤を調製できるかを調べた.モデルタンパク質には皮下注射剤として実用化されているオマリズマブとアダリムマブの2種類の抗体製剤を使用した.実験手順は先ほどと同様であるが,再溶解で加える溶媒量を変更した.今回は,原液(200 µL)から再溶解溶液(40 µL)へと体積が1/5になるよう実験系を設定した(図3図3■沈殿–再溶解法による抗体製剤の高濃度化).この系を実際に試したところ,30 mg/mLの原液から,150 mg/mLの抗体溶液を得ることに成功した(24)24) S. Izaki, T. Kurinomaru, T. Maruyama, T. Uchida, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Pharm. Sci., in press..さらに,再溶解後の抗体の物性や品質は原液と同等であることが確認できた(24)24) S. Izaki, T. Kurinomaru, T. Maruyama, T. Uchida, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Pharm. Sci., in press..マウスを用いた単回投与毒性試験や薬物動態試験でも問題がないことがわかった(24)24) S. Izaki, T. Kurinomaru, T. Maruyama, T. Uchida, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Pharm. Sci., in press.

図3■沈殿–再溶解法による抗体製剤の高濃度化

文献24を参考に作成.

ここで,産業利用の可能性を想定し,これまでに広く用いられる濃縮法(凍結乾燥–再溶解法,蒸発–再溶解法,限外ろ過法)と沈殿–再溶解法との濃縮収率と所要時間を比較した(24)24) S. Izaki, T. Kurinomaru, T. Maruyama, T. Uchida, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Pharm. Sci., in press.表2表2■タンパク質濃縮法の比較).従来の濃縮法では,容器やろ過膜への吸着によってタンパク質のロスが生じやすく,想定した高濃度化が困難であった.一方,沈殿–再溶解法はそのようなロスが生じにくく,ほぼ100%の収率が得られた.さらに,沈殿–再溶解法の所要時間は約2時間であり,凍結乾燥や蒸発乾燥に比べると短時間で済む.以上より,沈殿–再溶解法は,これまでの濃縮法と比べて,より素早く簡便に,高い収率で高濃度タンパク質溶液を調製できることが示された.

表2■タンパク質濃縮法の比較
濃縮法収率所要時間
沈殿–再溶解法≈100%2時間
凍結乾燥–再溶解法57~91%18時間
蒸発–再溶解法64~88%5時間
限外ろ過法49~87%2時間

沈殿–再溶解法は操作が単純で特別な容器・装置を必要としないので,スケールアップも簡単であるという利点もある.実際に,400 µLの系を1.0 Lの系に2,500倍にスケールアップしたが,問題なく沈殿–再溶解させることができた(24)24) S. Izaki, T. Kurinomaru, T. Maruyama, T. Uchida, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Pharm. Sci., in press..おそらく,製剤の現場で用いられる大型デカンタに応用しても問題が起らないだろう.なお,1.0 Lの系では400 µLの系と比べて上清を取り除くことも容易で,0.98 Lを取り除いて50倍に濃縮できた.しかも,1.0 Lの系ではPPCの沈殿が自発的に進んだので,遠心分離が不要であったことも追記したい.このように,タンパク質沈殿–再溶解法は,ポリアミノ酸と塩を加えるだけで実現する簡便で迅速なタンパク質濃縮法なので,これから広く用いられていくと考えている.

沈殿–再溶解法によるタンパク質の安定化

タンパク質は熱や振とうなどの物理化学的なストレスで容易に劣化してしまう.この不安定さはタンパク質製剤の品質を左右するので,通常,塩や糖質アミノ酸などを添加することが多いが,高分子電解質もタンパク質の安定化に効果がある(16,17)16) S. Ganguli, K. Yoshimoto, S. Tomita, H. Sakuma, T. Matsuoka, K. Shiraki & Y. Nagasaki: J. Am. Chem. Soc., 131, 6549 (2009).17) T. Kurinomaru & K. Shiraki: J. Pharm. Sci., 2, 587 (2015)..PPCを形成することで,気液界面での変性を抑制できるほか,溶液中の溶質やタンパク質分子間の好ましくない相互作用も抑制できる.特にPPCを遠心して沈殿させた状態では,60°Cでの加熱加速試験や,輸送を想定した500 rpmの激しい振とう,0.1%の過酸化水素溶液中での強い酸化に対しても耐性があることが予備実験的に確認できた(18~22,25,26)18) 特願2013-22377519) 特願2013-22377520) 特願2013-22377821) 特願2013-22377922) 特願2013-22378025) T. Maruyama, S. Izaki, T. Kurinomaru, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Biosci. Bioeng., in press.26) S. Izaki, T. Kurinomaru, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: submitted..加熱による凝集抑制はアルギニンやトレハロースなどの添加剤でも見られるが,振とう耐性を示す添加剤は非常に少ない.もし,PPC沈殿は物理化学的なストレスにも優れた耐性があれば,保存法として沈殿–再溶解法を使うこともできるだろう.たとえば,凍結乾燥に不向きなタンパク質を水溶液中で安定化したいときや,短期間のタンパク質の保存に使うことができる.

おわりに

本稿では,高分子電解質を利用したタンパク質医薬品の沈殿–再溶解法を紹介した.この方法を用いれば,迅速かつ簡便にタンパク質溶液を高濃度化できる.さらに,PPC沈殿は通常の溶液状態よりも安定である.これまでの医療現場では,タンパク質の凝集体や沈殿物は嫌われる存在であり,製剤として取り扱う可能性は検討されてこなかった.しかし,本稿で示したように,制御した凝集や沈殿は,タンパク質の濃縮や安定化にも使うことができる.近い将来,「沈殿製剤」という新しいタイプの製剤が生まれることを期待している.

Acknowledgments

本稿の内容の多くは,テルモ株式会社と筑波大学との共同研究の成果です.伊崎峻介氏,木本知明氏,繁田賢治氏,丸山卓也氏をはじめ,関係者に感謝申し上げます.

Reference

1) J. M. Reichert, C. J. Rosensweig, L. B. Faden & M. C. Dewitz: Nat. Biotechnol., 23, 1073 (2005).

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13) S. Tomita & K. Shiraki: J. Polym. Sci. A: Polym. Chem., 49, 3835 (2011).

14) T. Kurinomaru, S. Tomita, S. Kudo, S. Ganguli, Y. Nagasaki & K. Shiraki: Langmuir, 28, 4334 (2012).

15) T. Kurinomaru, S. Tomita, Y. Hagihara & K. Shiraki: Langmuir, 30, 3826 (2014).

16) S. Ganguli, K. Yoshimoto, S. Tomita, H. Sakuma, T. Matsuoka, K. Shiraki & Y. Nagasaki: J. Am. Chem. Soc., 131, 6549 (2009).

17) T. Kurinomaru & K. Shiraki: J. Pharm. Sci., 2, 587 (2015).

18) 特願2013-223775

19) 特願2013-223775

20) 特願2013-223778

21) 特願2013-223779

22) 特願2013-223780

23) T. Kurinomaru, T. Maruyama, S. Izaki, K. Handa, T. Kimoto & K. Shiraki: J. Pharm. Sci., 8, 2248 (2014).

24) S. Izaki, T. Kurinomaru, T. Maruyama, T. Uchida, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Pharm. Sci., in press.

25) T. Maruyama, S. Izaki, T. Kurinomaru, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: J. Biosci. Bioeng., in press.

26) S. Izaki, T. Kurinomaru, K. Handa, T. Kimoto, K. Shiraki: submitted.

27) S. Matheus, W. Friess, D. Schwartz & H. C. Mahler: J. Pharm. Sci., 98, 3043 (2009).

28) A. B. Kayitmazer, D. Seeman, B. B. Minsky, P. L. Dubin & Y. Xu: Soft Matter, 9, 2553 (2013).

29) F. Carlsson, M. Malmsten & P. Linse: J. Am. Chem. Soc., 125, 3140 (2003).

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