Kagaku to Seibutsu 53(6): 374-380 (2015)
解説
血液の凝固・線溶とメタボリックシンドローム,生活習慣病
Blood Coagulation and Fibrinolysis System in the Metabolic Syndrome and Lifestyle-Related Diseases
Published: 2015-05-20
近年,わが国では,心筋梗塞,脳梗塞などの血栓塞栓性疾患により,がんにほぼ匹敵する方々が死亡している.血栓性疾患は,血液凝固系もしくは線溶系の異常により発症する.血液凝固系は,出血に対する生理的な防御機構である.一方,血液凝固系により形成された止血栓は,線溶系により分解,除去される.通常,血液凝固・線溶系の巧妙なバランスにより,血栓傾向や出血傾向を示さずに血流は維持されている.本稿では,血液の凝固と線溶について解説し,さらに,食生活をはじめとしたライフスタイルの変化による血栓性疾患の増加について,メタボリックシンドロームや動脈硬化症,食との関連について概観してみたい.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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平成25年の人口動態統計によると,わが国の死亡者数の第一位は悪性新生物,第二位は心疾患,第三位は肺炎,第四位は脳血管疾患である(1)1) 厚生労働省:平成25年人口動態統計月報年計(概数)の概況,http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai13/d1/gaikyou25.pdf, 2014..依然としてがんは大きな社会問題であるが,第二位の心疾患,第四位の脳血管疾患の内訳を見ると,心筋梗塞,脳梗塞などの血栓塞栓性疾患が多数を占めている.これらを血栓性疾患として分類して死亡者数を整理すると,血栓性疾患による死亡者数は,がんによる死亡者数にほぼ匹敵する.血栓性疾患は,血液凝固系もしくは線溶系の異常により発症する.血液凝固系は,出血に対する生理的な防御機構としてわれわれの体に備わったものであり,血管の損傷や循環系の破綻による失血死を回避するために,複数の血液凝固因子が血管の損傷部位で迅速に止血栓を形成する.また,凝固系の始動とほぼ同時に,形成された止血栓の分解を担う線溶系が機能し,過剰な止血栓の形成を制御しつつ不要になった止血栓を速やかに除去する.このような凝固系と線溶系の巧妙なバランスにより血流は維持されている(図1図1■血液の凝固と線溶).本稿では,血液の凝固と線溶について分子レベルで解説し,また,食生活をはじめとしたライフスタイルの変化による血栓性疾患の増加について,メタボリックシンドロームや動脈硬化症との関連について概観してみたい.
血液は,血管内皮細胞や心内膜に覆われた血管内循環系をくまなく循環し,酸素,栄養素,ホルモンを末梢の組織や細胞へと運搬している.また,代謝や情報伝達に加えて,体温の維持など,生体の恒常性を維持するうえで重要な生理機能を担っている.血管内皮細胞は強力な抗血栓作用を発揮し,末梢への血液の循環を可能にしている.一方,血管内皮のわずかな損傷,障害により,血液はその部位で直ちに凝固して止血栓を形成する.これにより失血を防止し,末梢への恒久的な血流を維持,確保している.この機能は血液凝固と呼ばれている.
止血栓の形成は,血管内皮損傷部位への血小板の粘着・凝集による血小板血栓(白色血栓)の形成(図2図2■血液凝固における血小板の機能)と血液凝固因子の活性化によるフィブリン(赤色血栓)の形成過程に大別される(図3図3■血液凝固カスケードによる血栓形成メカニズム).血小板血栓の形成は一次止血,フィブリンの形成は二次止血とも呼称されるが,止血栓の形成に際しては,両者はほぼ同時に開始される(2)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236..
血小板は骨髄において,骨髄巨核球の一部が千切れるような形で生成される無核の細胞である.血管内皮が損傷を受けると,内皮下組織を構成するコラーゲンに血液凝固因子の一種であるフォンビルブラント因子(von Willebland factor; vWF)の多量体が重合する.これを足場にして,血小板はその細胞膜上に存在するvWF受容体(GPIb)を介して損傷部位に粘着し,同時に,コラーゲン受容体(GPVI)を介して内皮下組織を構成するコラーゲンに直接結合する.粘着した血小板は活性化され,通常血中を循環している際の円盤状の形態から偽足を出したような球状の形態へと変化して,濃染顆粒(ADP,セロトニン,カルシウムイオンなどが内容物として含まれる),α顆粒(フィブリノーゲン,vWF,フィブロネクチン,血小板由来細胞増殖因子などが含まれる)の内容物を放出する.さらに血小板の活性化により,ホスホリパーゼA2が膜リン脂質からアラキドン酸を遊離させ,いわゆるアラキドン酸カスケードにより,シクロオキシゲナーゼ,トロンボキサン合成酵素の作用を介してトロンボキサンA2(TXA2)を合成する.TXA2は,強力な血小板凝集作用を有しており,周囲を循環している血小板をさらに活性化し,粘着・凝集を促進する.活性化された血小板膜表面には,フィブリノーゲンの受容体であるGPIIb/IIIaが発現し,フィブリノーゲンを介して血小板同士が連結し,さらなる血小板凝集塊が形成される(図2図2■血液凝固における血小板の機能).また,活性化した血小板の膜リン脂質は,後述の血液凝固反応を効率よく進展させるための固相(図3図3■血液凝固カスケードによる血栓形成メカニズム,活性化血小板上でのカルシウムイオンが関与する反応)を提供する(2,3)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236.3) 藤村欣吾ほか:“血栓・止血・血管学”,一瀬白帝編,中外医学社,2005, pp. 119–271..
フィブリンの形成に関与する血液凝固系には,ローマ数字IからXIIIで表記される12種類の凝固因子(第VI因子は欠番)が存在し,内因系血液凝固経路,外因系血液凝固経路を構成している.
血液が内皮下組織に触れると,血液中を巡回している第XII因子が活性化され,以下順次カスケードを構成する凝固因子が活性化され,血小板膜リン脂質上に形成された第IXa,第VIIIa,Ca2+複合体が,第X因子を活性化し,Xaがプロトロンビン(第II因子)をトロンビン(IIa)へと活性化する.トロンビンは,分子量34万の糖タンパク質であるフィブリノーゲン(第I因子)を限定加水分解してフィブリンモノマーを生成する.フィブリンモノマーは静電的に重合,ゲル化し,さらにトロンビンによって活性化された第XIII因子(トランスグルタミナーゼ)によって分子間の架橋反応を受け,強固な架橋フィブリン網を形成して止血が完了する.この第XII因子を起点とした血液凝固系は,血管内に存在する因子のみで血栓形成が成立することから,内因系凝固と呼ばれている(2~5)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236.3) 藤村欣吾ほか:“血栓・止血・血管学”,一瀬白帝編,中外医学社,2005, pp. 119–271.4) 尾崎 司,一瀬白帝:日本臨床,72, 1206, (2014).5) 斎藤英彦:“血栓と止血の臨床”,日本血栓止血学会編,南江堂,2011, pp. 1–4..
外因系凝固は,組織因子(tissue factor; TF,第III因子)により開始される血液凝固系であり,生理的な止血機構として最も重要である.TFは血管外膜に存在する繊維芽細胞に強い発現が観察されるが,通常血液と接触している細胞や,血球表面には発現していない.外傷や異常血流などの物理的な刺激を受けると内皮が剥離し,内皮下の繊維芽細胞に発現するTFと血流中の第VII因子,血小板膜リン脂質,カルシウムイオンが複合体を形成し,この複合体が第IX,第X因子を活性化して内因系凝固経路と同様に不溶性の架橋フィブリンを形成する.血液凝固系によって形成された架橋フィブリンは,物理的,化学的にも非常に強固な不溶性のタンパク質であり,通常のタンパク質変性剤などでは可溶化できない(2~6)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236.3) 藤村欣吾ほか:“血栓・止血・血管学”,一瀬白帝編,中外医学社,2005, pp. 119–271.4) 尾崎 司,一瀬白帝:日本臨床,72, 1206, (2014).5) 斎藤英彦:“血栓と止血の臨床”,日本血栓止血学会編,南江堂,2011, pp. 1–4.6) B. Hoppe: Thromb. Haemost., 112, 649 (2014)..
血管の損傷により活性化された血小板や血液凝固因子による血栓の形成は,出血に対する生理的な防御機構であるとともに損傷した血管組織を修復する重要な使命がある.しかしながら,たとえ止血目的で形成された止血栓であっても,長時間血流を遮断もしくは血流量を著しく低下させると血栓形成部位より先の組織や細胞への酸素や栄養素の供給が途絶え,虚血性の障害を起こす(後述の心筋梗塞,脳梗塞などの血栓性疾患が典型例である).したがって,血管内に形成された止血栓は,通常速やかに線溶酵素プラスミンによって可溶性のフィブリン分解物へと加水分解され,除去される.このようなプラスミンによる止血栓の分解除去機構は線溶系と呼称されている(2)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236.(図4図4■線溶系による止血栓の分解メカニズム).
線溶は線溶酵素プラスミンによって不溶性のフィブリンが可溶性のペプチド断片(fibrin degradation products; FDP)へと分解される現象である.線溶系の発動には,血管内皮細胞が産生するtPAによるプラスミノーゲンの活性化が重要である.また,線溶系はPAI-1やα2-アンチプラスミン(プラスミンインヒビター)により制御されている.
プラスミンは,通常チモーゲンであるプラスミノーゲンとして血流中を循環している.またプラスミノーゲンは,分子内のリシン結合部位,アミノへキシル結合部位を介してフィブリノーゲン分子上に結合して血液中を巡回している.プラスミノーゲン分子内に存在するリシン結合部位はフィブリン,フィブリノーゲンのC末端に存在するリシンと結合し,また,アミノへキシル結合部位はフィブリン,フィブリノーゲンのポリペプチド鎖内に存在するリシン残基と結合する.プラスミノーゲンは,血栓の形成とほほ同時に主に血管内皮細胞が分泌する組織型プラスミノーゲン活性化酵素(tissue-type plasminogen activator; tPA)によって活性化され,プラスミンとなる.tPAは分子構造上フィブリンに対して強い親和性を示し,プラスミンの基質であるフィブリン上で効率よくプラスミノーゲンをプラスミンへと活性化し,フィブリンを分解除去する.血管内皮細胞はtPAに加えて線溶を阻害するPAI-1(plasminogen activator inhibitor-1)*1379アミノ酸残基からなる分子量50,000の糖タンパク質であり,tPA,urokinase-type plasminogen activator(uPA:いわゆるウロキナーゼ)両者のセリンプロテアーゼ活性を不可逆的に阻害する.PAI-1は血管内皮細胞により産生され,肺,腎,心臓など血管に富む臓器で発現が高く,分泌後血流中ではPA阻害活性をもたないlatent PAI-1へと変化する.また,脂肪組織での発現が高く,肥満における血漿PAI-1濃度の上昇に関与している.PAI-1の遺伝子発現は時計遺伝子による制御を受けており,血漿PAI-1濃度は日内変動があり,これは朝方の心血管疾患の発症と関連している.を産生し,形成された血栓が“溶け過ぎないように”巧妙に制御している.PAI-1はserine protease inhibitor super family(SERPIN)に属するユニークなインヒビターであり,tPAのセリンプロテアーゼ活性を阻害することにより線溶を抑制する.また,血流中で活性化された遊離のプラスミンは,α2アンチプラスミンをはじめとした各種血漿プラスミンインヒビターにより速やかに不活性化され,これらの酵素・インヒビター複合体は肝臓でクリアランスされる(7)7) 関 泰一郎,有賀豊彦:“血栓・止血・血管学”,一瀬白帝編,中外医学社,2005, pp. 586–594..このように,プラスミン活性は血栓上(フィブリン分子上)に限局され,また,血流中に存在するプラスミンインヒビターの影響を受けることなく,効率よく血栓を分解除去し,血流を維持している(2,8)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236.8) 浦野哲盟,後藤信哉:“血栓形成と凝固・線溶”,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2013, pp. 88–104.(図4図4■線溶系による止血栓の分解メカニズム).
血管内での血流の恒常性と生活習慣病は密接に関連している.生活習慣病は階層性のある疾患群であり,その根底には,食生活,運動不足,休養,ストレスなどに関連した生活習慣上の問題点が存在する(図5図5■生活習慣と血栓性疾患).これらの生活習慣上の問題点は,高血圧症,脂質異常症,肥満,耐糖能異常などの危険要因を誘発する.虚血性心疾患の発症率は,これらの危険要因を保有すると,一つももたない健常者と比較して,2~4倍上昇する.さらに,危険要因を2つ保有すると約16倍,3つ保有すると30倍以上に増加する.これらの危険要因は動脈硬化を促進し,動脈硬化が基盤となって虚血性心疾患をはじめ脳卒中や腎症などの重篤な血管系の合併症を誘発する.これらの疾患は直接の死亡原因となるばかりか,半身不随,言語障害などの生活の質(QOL)を著しく低下させる結果を招く.メタボリックシンドロームは,正式な病名ではなく,糖尿病と動脈硬化症を発症するリスクが高い状態を意味する(9)9) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 187–193..日本内科学会,日本糖尿病学会をはじめ8学会が合同でメタボリックシンドロームの診断基準を作成した(10)10) 田中 逸:“新セミナー生活習慣病”,日本医事新報社,2013..ウエスト周囲長が男性85 cm以上,女性90 cm以上で,①血中脂質,②血圧,③血糖値のうち2つ以上に異常がある場合はメタボリックシンドロームと診断される.メタボリックシンドロームの基準は,内臓脂肪の過剰な蓄積である.男女ともCTスキャンによる臍部での内臓脂肪面積が100 cm2を超えると,生活習慣病にかかわる諸検査の項目に異常値が出現する.したがって統計的に臍部での内臓面積が100 cm2に相当するウエスト周囲長である男性85 cm,女性95 cmが内臓脂肪の過剰蓄積を判定する基準として設定されている.エネルギーの過剰摂取や運動不足により余剰エネルギーは白色脂肪組織に蓄積される.白色脂肪組織は,皮下脂肪組織と内臓脂肪組織に分類されるが,メタボリックシンドロームと関連して問題になるのは,内臓脂肪組織の量である.皮下脂肪組織,内臓脂肪組織はともにトリグリセリドを貯蔵するが,皮下脂肪組織から分泌される物質は一度静脈を経由して全身を循環するのに対して,内臓脂肪組織から分泌される物質は門脈に入り,肝臓へ直接流入する.すなわち,内臓脂肪組織は肝臓での代謝に大きな影響を与える.内臓脂肪を構成する白色脂肪組織は,皮下脂肪を構成するそれと比較して,アディポサイトカインの産生能力が高い.さらに,脂肪細胞の肥大によりレプチン(食欲,エネルギー代謝調節),PAI-1(血栓形成;後述),TNFα(インスリン抵抗性),MCP-1(マクロファージの脂肪組織内への浸潤と炎症惹起)などのアディポサイトカインの産生量が増加し,アディポネクチン(インスリン感受性増強,抗動脈硬化作用)の産生量は減少する.すなわち内臓脂肪組織を構成する白色脂肪組織におけるこれらのアディポサイトカインの産生量の増減が糖尿病やメタボリックシンドロームの病態に大きくかかわっている(11,12)11) H. Cao: J. Endocrinol., 220, T47 (2014).12) J. Van de Voorde, B. Pauwels, C. Boydens & K. Decaluwé: Metabolism, 62, 1513 (2013)..白色脂肪細胞では,インスリンの同化作用による余剰エネルギーの貯蔵に対して,細胞を肥大化させて対応する.一方,持続的なインスリンシグナルに対して,脂肪細胞が肥大化しすぎて破綻しないようにTNFαを分泌してインスリン抵抗性を増加させ,同化作用を抑制している.このフィードバック機構が血糖値や血圧を増加させ,メタボリックシンドロームにより動脈硬化が促進される理由の一つになっている.
メタボリックシンドロームと血栓性疾患の関連において最も注目されている分子はPAI-1である(13)13) T. Hoekstra, J. M. Geleijnse, E. G. Schouten & C. Kluft: Thromb. Haemost., 91, 861 (2004)..PAI-1の生理的な産生細胞は血管内皮細胞である.一方,肥満した脂肪細胞もPAI-1の重要な産生細胞であり,PAI-1は典型的なアディポサイトカインとして挙げられる(11~15)11) H. Cao: J. Endocrinol., 220, T47 (2014).12) J. Van de Voorde, B. Pauwels, C. Boydens & K. Decaluwé: Metabolism, 62, 1513 (2013).13) T. Hoekstra, J. M. Geleijnse, E. G. Schouten & C. Kluft: Thromb. Haemost., 91, 861 (2004).14) M. C. Alessi & I. Juhan-Vague: Thromb. Haemost., 99, 995 (2008).15) T. Seki, T. Miyasu, T. Noguchi, A. Hamasaki, R. Sasaki, Y. Ozawa, K. Okukita, P. J. Declerck & T. Ariga: J. Cell. Physiol., 189, 72 (2001)..PAI-1は血液凝固系により形成された止血栓が止血完了前に溶かされ,再出血を起こすのを阻止する因子であるが,PAI-1の血液中濃度の上昇は,易血栓性(血栓を形成しやすい状態)を誘導し,心筋梗塞をはじめとした血栓塞栓性疾患を惹起する.肥満者の内臓脂肪量と血中PAI-1の濃度は相関するが,皮下脂肪量とは相関しない.PAI-1の遺伝子発現は,TNFαによって誘導され,また,血中のPAI-1濃度はトリアシルグリセロール,VLDL濃度と相関する.PAI-1には遺伝子多型(4G/5G)が存在し,4G/4G型ではほかの型よりもPAI-1の濃度が上昇しやすく血栓症に罹患しやすい(16~18)16) S. E. Humphries, A. Panahloo, H. E. Montgomery, F. Green & J. Yudkin: Thromb. Haemost., 78, 457 (1997).17) J. Wang, C. Wang, N. Chen, C. Shu, X. Guo, Y. He & Y. Zhou: Thromb. Res., 134, 1241 (2014).18) H. E. Grenett, R. L. Benza, G. M. Fless, X. N. Li, G. C. Davis & F. M. Booyse: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 18, 1803 (1998)..この多型はPAI-1遺伝子上流のLDL応答性配列の近傍に局在し,4G/4GではLDLの影響を受けやすく,高LDL血症ではさらにPAI-1濃度が上昇し,脂質異常症や肥満を合併した場合はさらに心筋梗塞の発症リスクは増加する.
血小板は,上述のように血栓形成の初期反応において重要な機能を担っている.近年,血小板のプライミングが血栓症発症のリスクの面から注目されている(19)19) P. Gresele, E. Falcinelli & S. Momi: Trends Pharmacol. Sci., 29, 352 (2008)..プライミングとは,最初の細胞外情報の受容によりシグナルが伝達されやすい状態となり,その後の類似の刺激に対する応答能が向上している状態を指す.血小板は,細胞外のさまざまな刺激に応答して粘着・凝集し,必要部位で止血栓を形成する.血小板がプライミングされた状態で血中を循環すると,微弱な刺激によっても血小板が活性化され,不必要な部位にも血栓を形成することになる.脂質異常症では,血小板活性化能が亢進するが,そのメカニズムは明らかではなかった.酸化LDLや酸化LDLが生成する際に生じる酸化コリングリセロリン脂質は,血小板膜上のCD36のリガンドとして機能し,血小板の活性化を増強することが明らかにされた(20)20) A. Zimman, B. Titz, E. Komisopoulou, S. Biswas, T. G. Graeber & E. A. Podrez: PLoS ONE, 9, e84488 (2014)..これらは直接血小板を活性化しないが,ほかのリガンドによる凝集を促進する.肥満や脂質異常症を合併すると,酸化LDLに加えて,レプチンの濃度の上昇により血小板はプライミングされる.糖尿病や動脈硬化の根底にある炎症反応も血小板のプライミングには重要である.このようにメタボリックシンドロームにおいてはさまざまな要因により複合的にプライミングが起こり,血小板の活性化が亢進し血栓傾向となる(21~24)21) K. S. Wraith, S. Magwenzi, A. Aburima, Y. Wen, D. Leake & K. M. Naseem: Blood, 122, 580 (2013).22) R. Carnevale, S. Bartimoccia, C. Nocella, S. Di Santo, L. Loffredo, G. Illuminati, E. Lombardi, V. Boz, M. Del Ben, L. De Marco et al.: Atherosclerosis, 237, 108 (2014).23) Y. M. Park: Exp. Mol. Med., 46, e99 (2014).24) E. A. Podrez, T. V. Byzova, M. Febbraio, R. G. Salomon, Y. Ma, M. Valiyaveettil, E. Poliakov, M. Sun, P. J. Finton, B. R. Curtis et al.: Nat. Med., 13, 1086 (2007)..
血管内皮細胞は,通常一酸化窒素(NO)やプロスタグランジンG2(PGG2)を産生し,抗血栓性を維持している(2,5)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236.5) 斎藤英彦:“血栓と止血の臨床”,日本血栓止血学会編,南江堂,2011, pp. 1–4.(図2図2■血液凝固における血小板の機能).アテローム性動脈硬化病変では,これらの抗血栓因子の発現低下に加えて,外因系凝固の開始因子であるTFの発現が増加している.通常血液と接している細胞にはTFは発現していないが,内皮下の細胞表面に発現しており,内皮細胞の剥脱,血管の破綻に伴って露出したTFが血液と接することにより凝固が開始される.動脈硬化や糖尿病により内皮に炎症が生じると,内皮細胞でのTFの発現誘導に加えて,PAI-1の発現が増加し,易血栓性を強力に誘導する(25,26)25) 深尾友美,関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 219–227.26) M. Rohla & T. W. Weiss: Hamostaseologie, 33, 283 (2013)..
食生活をはじめとしたライフスタイルは生活習慣病と密接に関連している.食事を介して摂取する栄養素の種類・量,食事のタイミング(いつ食べるか?)は生活習慣病の予防を考えるうえで特に重要である.たとえば,魚をほとんど食べない人に比べて,週に1回以上食べる人は心筋梗塞などの心血管疾患が少なく,魚食は少なくとも心血管疾患のハイリスクグループには一定の効果が期待できる(27)27) P. Marckmann & M. Grønbaek: Eur. J. Clin. Nutr., 53, 585 (1999)..これは魚に含まれるn-3系脂肪酸が脂質代謝,血圧,内皮細胞の機能や血管の反応性などを総合的に改善することによると考えられる(28)28) T. A. Mori & L. J. Beilin: Curr. Opin. Lipidol., 12, 11 (2001)..n-3系脂肪酸は,強力な抗血小板作用を示し,血小板や凝固系に及ぼす影響は大きい.エイコサペンタエン酸(EPA)を含む獣肉を多く摂取するグリーンランドのイヌイットには血栓症が少なく,これは血小板の凝集機能の低下によることが報告されている(29)29) A. G. Wensing, R. P. Mensink & G. Hornstra: Br. J. Nutr., 82, 183 (1999)..EPAは血小板でのアラキドン酸からのトロンボキサンA2の産生を拮抗的に抑制し,EPAからはトロンボキサンA3が産生される.トロンボキサンA3の血小板凝集惹起作用は,トロンボキサンA2と比較して弱い(2)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236..
プロトロンビン(第II因子),第VII因子,IX因子,X因子などの血液凝固因子は,肝臓においてビタミンK依存的に合成される.これらの因子の正常な活性発現のためには,分子内の特定のグルタミン酸残基がカルボキシル化され,γカルボキシグルタミン酸に変換されることが必要である.このγカルボキシル化は,翻訳後にビタミンKを補酵素として起こり,γカルボキシグルタミン酸は,カルシウムイオン,膜リン脂質,基質との結合,複合体形成に重要である.ビタミンK拮抗薬であるワルファリンを服用すると,グルタミン酸残基のγカルボキシル化が阻害され,正常な分子の1~2%の活性しかもたない異常分子が産生される.したがって,ワルファリン服用による凝固コントロール下では,納豆などのビタミンKの供給源の摂取には十分な注意が必要である(2)2) 関 泰一郎:“健康栄養学”第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版,2014, pp. 227–236..
第VII因子は,高脂肪食摂取後活性が顕著に増加する.このメカニズムは十分に解明されていないが,リポタンパク質のトリアシルグリセロールに第VII因子が結合し,血液中での半減期が伸長すること,脂肪酸による第VII因子の活性化などが示唆されている.さらに,n-3系脂肪酸の摂取は,飽和脂肪酸の摂取に比べて食後の第VII因子の活性増加を抑制する(30)30) K. D. Silva, C. N. Kelly, A. E. Jones, R. D. Smith, S. A. Wootton, G. J. Miller & C. M. Williams: Atherosclerosis, 166, 73 (2003)..また,VLDLや酸化LDLは内皮細胞のPAI-1産生を増加させるので,これらのリポタンパク質の血中濃度の増加は,線溶機能を低下させ,易血栓性を誘導することが考えられる(31)31) G. X. Shen: Mol. Cell. Biochem., 246, 69 (2003)..
ホモシステインは,動脈硬化や血栓症のリスクファクターの一つと考えられている.ホモシステインは,メチオニンから合成され,システインに変換されるか再メチル化されてメチオニンになる.ホモシステインをメチオニンへと再メチル化する代謝系では,葉酸とビタミンB12が必要である.ホモシステインをシステインへと代謝する酵素はビタミンB6を補酵素として必要とする(24)24) E. A. Podrez, T. V. Byzova, M. Febbraio, R. G. Salomon, Y. Ma, M. Valiyaveettil, E. Poliakov, M. Sun, P. J. Finton, B. R. Curtis et al.: Nat. Med., 13, 1086 (2007)..したがって,これらのビタミンの欠乏は,血中ホモシステイン濃度を上昇させる可能性がある.ホモシステインは,酸化ストレス,小胞体ストレスを増加させて血管内皮を損傷させること,血小板の粘着を促進し,血栓症を誘発する可能性などが実験的に示されているが,動脈硬化との関連については情報が不足している.また,最近のビタミンのサプリメント使用と心血管疾患のメタアナリシスでは,顕著な効果は認められず,これらのビタミンの効果に関しては今後さらなる検討が必要である(32)32) C. K. Desai, J. Huang, A. Lokhandwala, A. Fernandez, I. B. Riaz & J. S. Alpert: Clin. Cardiol., 37, 576 (2014)..
上述の脂肪酸やビタミンに加えて,血液凝固を制御する機能性食品成分に関する報告も多い.これらの詳細については最近の総説をご覧いただきたいが(33~36)33) T. Ariga & T. Seki: Biofactors, 26, 93 (2006).34) G. Vilahur & L. Badimon: Vascul. Pharmacol., 59, 67 (2013).35) S. Wang, N. Moustaid-Moussa, L. Chen, H. Mo, A. Shastri, R. Su, P. Bapat, I. Kwun & C. L. Shen: J. Nutr. Biochem., 25, 1 (2014).36) M. Pieters & M. P.de Maat: Blood Rev., pii: S0268-960X (14)00103–9, 2014.,筆者らはネギ属植物由来のアリルスルフィド類に顕著な血小板凝集抑制効果,抗血栓作用を見いだしている(33)33) T. Ariga & T. Seki: Biofactors, 26, 93 (2006)..食用植物由来の非栄養成分も血小板の機能や血液凝固因子,線溶系因子の機能制御に少なからず関与している可能性が考えられる(37)37) 関 泰一郎:“食品の保健機能と生理学”,西村敏英,浦野哲盟編,アイ・ケイコーポレーション,2015.
血液凝固系と線溶系は,両者のバランスが厳密に調節され,血管内での血液の流動性が維持されている.これらの生体防御システムの破綻は,血栓塞栓性疾患につながる.一方,血液凝固・線溶系因子は,止血機構のみならず,血液とは直接関連のない生命現象にも深く関与する(38~40)38) 奥村暢章,関 泰一郎:血液フロンティア,21, 65 (2011).39) 関 泰一郎:日本血栓止血学会誌,22, 383 (2011).40) 段 孝,市村敦彦,ペリッシュ・ニコラス,宮田和彦,赤堀浩司,宮田敏男:臨床血液,55, 396 (2014)..血液凝固・線溶系機能のさらなる解明は,生活習慣病の予防や改善につながる知見の提供のみならず,複雑な生命現象の理解につながることが期待される.
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*1 379アミノ酸残基からなる分子量50,000の糖タンパク質であり,tPA,urokinase-type plasminogen activator(uPA:いわゆるウロキナーゼ)両者のセリンプロテアーゼ活性を不可逆的に阻害する.PAI-1は血管内皮細胞により産生され,肺,腎,心臓など血管に富む臓器で発現が高く,分泌後血流中ではPA阻害活性をもたないlatent PAI-1へと変化する.また,脂肪組織での発現が高く,肥満における血漿PAI-1濃度の上昇に関与している.PAI-1の遺伝子発現は時計遺伝子による制御を受けており,血漿PAI-1濃度は日内変動があり,これは朝方の心血管疾患の発症と関連している.