Kagaku to Seibutsu 53(6): 381-388 (2015)
セミナー室
木材腐朽担子菌のゲノム・ポストゲノム解析から植物細胞壁と分解酵素の共進化を考える
Published: 2015-05-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
陸上で最も多くの炭素が蓄積されている植物細胞壁は,化石資源の乏しいわが国が循環型社会を構築するために欠かせない生物資源(バイオマス)であると言える.しかしながら,植物細胞壁の主要成分であるセルロース,ヘミセルロース,リグニンは,お互いに水を排除しながら複雑なマトリックスを形成して固体となり,多くの生物による分解・資化を妨げるようにデザインされている.一方で担子菌の一種である木材腐朽菌は,菌体外酵素を利用することで,この難分解性の植物細胞壁を栄養源として生きている.近年,木材腐朽菌による植物細胞壁成分の分解機構を理解するために,多くの木材腐朽菌の全ゲノム配列情報が取得されているが,その結果,褐色・白色といった腐朽菌に特徴的な木材の分解様式に遺伝情報がどのようにかかわっているのかという理解が進むとともに,植物と腐朽菌の進化が「植物細胞壁と分解酵素の攻防」で表現されることが明らかとなってきている.本稿では,筆者らがかかわってきた木材腐朽担子菌のゲノム・ポストゲノム解析の動向について解説すると同時に,細胞壁を壊されないように進化する植物と,より強力な分解力を手に入れようとする腐朽菌の「いたちごっこ」を紹介したい.
木材腐朽菌研究の歴史は,古くは1800年代後半にまでさかのぼることができる.主に担子菌類に分類される木材腐朽菌によって木が分解されると,腐朽後に材が白くなる「白色腐朽菌」と褐色になる「褐色腐朽菌」があることが経験的に知られていたが,1878年にHartig(1)1) R. Hartig: “Die Zersetzungserscheinungen des Holzes der Nadelholzbaume und der Eiche in Forstlicher, Botanischer und Chemischer Richtung," Springer, 1876.は「Zersetzungserscheinungen des Holzes(木材の腐朽状態)」の中で,腐朽された木材の色が「白色」と「赤色」に分類されることに触れており,これが現在の「白色腐朽菌」と「褐色腐朽菌」の分類につながっていると考えられている(図1図1■白色腐朽菌(左)および褐色腐朽菌(右)によって腐朽された木材).その後1900年代に入ると,さまざまな腐朽菌において木材の組織(細胞壁)がどのように壊されるのかが顕微鏡観察されるとともに,腐朽前後の木材成分の差から,腐朽過程において各腐朽菌がどのような成分を分解しているのかが詳細に調べられた.その結果,褐色腐朽菌では腐朽初期におけるセルロースとヘミセルロースの急激な低分子化が起こっているがリグニンがほとんど分解されていないこと,白色腐朽菌ではセルロース,ヘミセルロース,リグニンがほぼ均一に分解されていくことが明らかとなった(2)2) J. J. Worrall, S. E. Anagnost & R. A. Zabel: Mycologia, 89, 199 (1997)..