プロダクトイノベーション

化学刺激応答超分子ヒドロゲルの開発分子設計と機能発現

Tatsuyuki Yoshii

吉井 達之

京都大学大学院工学研究科 ◇ 〒615-8530 京都府京都市西京区京都大学桂

Graduate School of Engineering, Kyoto University

Kyoto University Katsura, Nishikyo-ku, Kyoto-shi, Kyoto 615-8530, Japan

Itaru Hamachi

浜地

京都大学大学院工学研究科 ◇ 〒615-8530 京都府京都市西京区京都大学桂

Graduate School of Engineering, Kyoto University

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Published: 2015-05-20

刺激に応答して硬さや流動性が変化するヒドロゲルは,目視によって判別可能な診断材料や,薬剤放出担体,あるいは細胞の運動性などを人為的に制御するためのマトリクスとして期待される.一般にヒドロゲルは,水中で高分子鎖が物理的あるいは化学的に架橋されることによって網目を形成することで形成される.これに対しわれわれは,分子量が500程度の低分子化合物が非共有結合性の相互作用を駆動力として自己組織化することによって繊維状の構造を形成し,それらがネットワーク化することによって形成される“超分子ヒドロゲル”の開発を行っている(1)1) 日本化学会編:“驚異のソフトマテリアル”,化学同人,2010.図1A図1■(A)超分子ヒドロゲルの形成メカニズム;(B)これまでに開発された刺激応答性超分子ヒドロゲルの例).高分子ゲルは,架橋点の数や部位によって物性が大きく変化するが,一般に分子構造が一義的に決まらない(分布がある)ために,精密な制御は困難である.一方で超分子ヒドロゲルでは構成単位であるゲル化剤分子を一分子レベルで設計し,合成することによって,物性をチューニングすることが可能である.このような性質を利用することで,われわれはこれまでにさまざまな刺激に応答してゲル–ゾル転移を示すような超分子ヒドロゲルの開発を行っている.超分子ヒドロゲルの形成に最も重要なのは,繊維状の構造体の形成およびネットワーク化である.したがって,刺激応答性のゲルを得るためには,外部から加わる刺激によって構造体形成やネットワーク化に寄与する相互作用が阻害されるような戦略が必要となる.たとえば,ほとんどの超分子ヒドロゲルは熱応答性をもち,加熱することでサラサラの溶液へと変化する.これは,熱によって分子運動が大きくなり,水素結合や疎水性の相互作用など,ナノ構造体形成に必要な分子間の相互作用が効かなくなるためである.また,特定のイオンやpH変化によって,分子のもつ電荷が変化することで崩壊するような超分子ヒドロゲルも多数報告されている(2~4)2) S. Matsumoto, S. Yamaguchi, S. Ueno, H. Komatsu, M. Ikeda, K. Ishizuka, Y. Iko, K. V. Tabata, H. Aoki, S. Ito et al.: Chemistry, 14, 3977 (2008).3) H. Komatsu, S. Matsumoto, S. -i. Tamaru, K. Kaneko, M. Ikeda & I. Hamachi: J. Am. Chem. Soc., 131, 5580 (2009).4) J. P. Schneider, D. J. Pochan, B. Ozbas, K. Rajagopal, L. Pakstis & J. Kretsinger: J. Am. Chem. Soc., 124, 15037 (2002).図1B図1■(A)超分子ヒドロゲルの形成メカニズム;(B)これまでに開発された刺激応答性超分子ヒドロゲルの例).しかしながら,このような単純な刺激に対し,生体内に存在するような複雑な構造をもつ分子に“特異的に”応答するような超分子ヒドロゲルの設計は困難であった.たとえば,グルコースとガラクトースを見分けるというのは,いわゆる分子認識の観点からも困難であり,仮にそのようなホスト分子を見つけ出したとしても,ゲル化剤分子の骨格に導入するのは有機合成上困難であることに加え,ゲル化を阻害してしまうといった問題が生じる.そこでわれわれは発想を変え,高い基質特異性をもつ酵素反応と化学反応性の超分子ヒドロゲルとを組み合わせることによって,生体内に存在し,疾病の指標となるような分子(バイオマーカー分子)に応答する超分子ヒドロゲルの作製を目指した.

図1■(A)超分子ヒドロゲルの形成メカニズム;(B)これまでに開発された刺激応答性超分子ヒドロゲルの例

具体的に,われわれは以下のような仕掛けを考案した.酸化酵素(オキシダーゼ)は,基質を酸化する際に副生成物として過酸化水素を生成する.そこで,過酸化水素と反応する超分子ヒドロゲルにオキシダーゼを内包することとした.ここに,オキシダーゼの基質を添加すると,基質の酸化→過酸化水素の放出→ゲル化剤の分解→ゲルの崩壊へとつながるのではないかと考えた.そこでまず必要となるのが,過酸化水素に応答する超分子ヒドロゲルである.われわれは,過酸化水素応答性の保護基として知られている,ボロノフェニルメトキシカルボニル(BPmoc)基をゲル化剤分子に導入することとした.このBPmoc基は過酸化水素によって酸化され,フェノールへと変換される.さらに,脱離反応と脱炭酸を経て,キノンメチドとアミンに分かれる.このような劇的な分子構造の変化によって,ファイバー形成に必要な分子間相互作用が失われ,ゲルが崩壊すると考えた.スクリーニングを行った結果,フェニルアラニン(F)を導入した分子(BPmoc-F2)が最初にゲル化剤として得られた(5)5) M. Ikeda, T. Tanida, T. Yoshii & I. Hamachi: Adv. Mater., 23, 2819 (2011).図2A図2■(A)BPmoc-F2の過酸化水素による分解;(B)BPmoc-F2の自己組織化と過酸化水素による構造体の崩壊;(C)BPmoc-F2ゲルの過酸化水素によるゾル化;(D)グルコースオキシダーゼを内包したBPmoc-F2ゲルのグルコース添加によるゾル化).このゲル化剤は水中でゲルを形成し,過酸化水素に応答して崩壊することがわかった(図2B, C図2■(A)BPmoc-F2の過酸化水素による分解;(B)BPmoc-F2の自己組織化と過酸化水素による構造体の崩壊;(C)BPmoc-F2ゲルの過酸化水素によるゾル化;(D)グルコースオキシダーゼを内包したBPmoc-F2ゲルのグルコース添加によるゾル化).また,ゲル調製の際にグルコースオキシダーゼ(GOx)を添加すると,活性を失うことなく内包することができ,さらにグルコース添加することによってゲルが崩壊することも明らかとなった(図2D図2■(A)BPmoc-F2の過酸化水素による分解;(B)BPmoc-F2の自己組織化と過酸化水素による構造体の崩壊;(C)BPmoc-F2ゲルの過酸化水素によるゾル化;(D)グルコースオキシダーゼを内包したBPmoc-F2ゲルのグルコース添加によるゾル化).しかしながら,この第一世代のゲル化剤BPmoc-F2は弱酸性下(pH 5~6),高濃度条件でのみゲル化することから,グルコースオキシダーゼ以外のオキシダーゼの活性を保ったまま内包することはできなかった.また,生体内に存在するよりも圧倒的に高い濃度のグルコースを加えないとゲル–ゾル転移が起こらないという課題もあった.そこで,低濃度・中性条件下でもゲルを形成する化合物の探索を行った.数多くの化合物の中から,フェニルアラニンを一つ増やした化合物(BPmoc-F3)が得られた(6)6) M. Ikeda, T. Tanida, T. Yoshii, K. Kurotani, S. Onogi, K. Urayama & I. Hamachi: Nat. Chem., 6, 511 (2014).図3A図3■(A)BPmoc-F3の構造式;(B)オキシダーゼを内包したBPmoc-F3ゲルのバイオマーカー応答;(C)グルコースオキシダーゼを内包したBPmoc-F3ゲルによる血漿グルコース検出).興味深いことに,フェニルアラニンを一つ増やしただけにもかかわらず,38倍低濃度でもゲルを形成することが明らかとなった.これにより,グルコースオキシダーゼを内包したゲルは第一世代のゲルよりも大幅に低濃度のグルコースに応答するようになった.また,中性条件下でゲルを形成するために,グルコースオキシダーゼ以外にもサルコシンオキシダーゼ(SOx),コリンオキシダーゼ(COx),尿酸オキシダーゼ(UOx)などの活性を保持したまま内包することができた.そして,内包したオキシダーゼに対応する基質分子に特異的に応答してゲル–ゾル転移を起こすことが明らかとなった(図3B図3■(A)BPmoc-F3の構造式;(B)オキシダーゼを内包したBPmoc-F3ゲルのバイオマーカー応答;(C)グルコースオキシダーゼを内包したBPmoc-F3ゲルによる血漿グルコース検出).すなわち,用いるゲル化剤は1種類であるが,内包する酵素を変更するだけで,さまざまな生体分子(いずれもバイオマーカー)に対する応答性をもたせることができた.さらに,低濃度でゲルを形成するため,ゲルを崩壊させるのに必要なH2O2の量も少量で済むようになり,バイオマーカー分子を検出する感度も向上した.実際にBPmoc-F3をチップ上にアレイ化し,血漿サンプルを添加し,洗浄すると,12 mM以上のグルコースを含む血漿サンプルをのせた場合にゲルは洗い流され,将来的には目視による簡便な診断ツールへと応用できる可能性が見いだされた(図3C図3■(A)BPmoc-F3の構造式;(B)オキシダーゼを内包したBPmoc-F3ゲルのバイオマーカー応答;(C)グルコースオキシダーゼを内包したBPmoc-F3ゲルによる血漿グルコース検出).

図2■(A)BPmoc-F2の過酸化水素による分解;(B)BPmoc-F2の自己組織化と過酸化水素による構造体の崩壊;(C)BPmoc-F2ゲルの過酸化水素によるゾル化;(D)グルコースオキシダーゼを内包したBPmoc-F2ゲルのグルコース添加によるゾル化

図3■(A)BPmoc-F3の構造式;(B)オキシダーゼを内包したBPmoc-F3ゲルのバイオマーカー応答;(C)グルコースオキシダーゼを内包したBPmoc-F3ゲルによる血漿グルコース検出

われわれは,この化学反応性のペプチドゲルと酵素反応とを組み合わせるというアイデアがほかの酵素反応に対しても適用できるのではないかと考えて,p-ニトロフェニル基を導入したゲル化剤(NPmoc-F2)を作製した(図4A図4■(A)NPmoc-F2の構造式;(B)NRを内包したNPmoc-F2ゲルのNADH添加によるゾル化).得られたゲルは還元剤であるチオ硫酸ナトリウムに応答して崩壊することが明らかとなった.また,ニトロ基還元酵素(NR)を内包することによって,その補因子であるNADHに対する応答性を示すことも見いだされた(図4B図4■(A)NPmoc-F2の構造式;(B)NRを内包したNPmoc-F2ゲルのNADH添加によるゾル化).生体内ではさまざまな酵素がNAD+をNADHへと還元することが知られている.これを利用することで,NPmoc-F2の刺激応答性も拡張することができる.たとえば,乳酸脱水素酵素(LDH)をNAD+, NRと一緒にNPmoc-F2に内包することで,乳酸に応答しゲルが崩壊することがわかっている.これは,乳酸がLDHによって酸化されるのと同時にNAD+をNADHへと還元し,そのNADHを利用することでNRがNPmoc-F2を還元するということである.このように,酵素反応を段階的に利用することによって,単純な分子認識ではなしえないような応答性を実現することができた.

図4■(A)NPmoc-F2の構造式;(B)NRを内包したNPmoc-F2ゲルのNADH添加によるゾル化

われわれが今回考案した刺激応答性ゲルの設計戦略は,酵素反応だけでなく,ほかの反応にも応用できると期待された.われわれは,ペプチドのN末端に二光子励起に応答し,脱離するDMACmoc基を導入した化合物を設計・合成した(7)7) T. Yoshii, M. Ikeda & I. Hamachi: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 7392 (2014).図5A図5■(A)DMACmoc-FF(CF3)の光反応;(B)DMACmoc-FF(CF3)ゲルの二光子励起によるマイクロ加工,スケールバーは20 µm;(C)ゲルに内包した大腸菌の遊走の光制御).作製したペプチドライブラリーの中から,ゲルを形成する化合物(DMACmoc-FF(CF3))を見いだした.このDMACmoc-FF(CF3)で作製したゲルは,近赤外光(740 nm)を用いたフェムト秒パルスレーザーによって,10マイクロメートルスケールでの光加工が可能であった(図5B図5■(A)DMACmoc-FF(CF3)の光反応;(B)DMACmoc-FF(CF3)ゲルの二光子励起によるマイクロ加工,スケールバーは20 µm;(C)ゲルに内包した大腸菌の遊走の光制御).さらに,ゲルに大腸菌を内包し,レーザー照射を行ったところ,ゾル化させた空間のみにおいて遊走が起こることが明らかとなった(図5C図5■(A)DMACmoc-FF(CF3)の光反応;(B)DMACmoc-FF(CF3)ゲルの二光子励起によるマイクロ加工,スケールバーは20 µm;(C)ゲルに内包した大腸菌の遊走の光制御).すなわち,この二光子励起応答性超分子ヒドロゲルは“局所的”かつ“低毒性”な光加工が可能なマトリクスであることを実証した.最近では,細胞が自らの周囲の力学的な環境を認識することが知られてきている.そのため,本系のように外部刺激によって局所的に硬さや流動性を制御することのできる材料は,細胞機能の解明や組織工学などへの応用が期待される.

図5■(A)DMACmoc-FF(CF3)の光反応;(B)DMACmoc-FF(CF3)ゲルの二光子励起によるマイクロ加工,スケールバーは20 µm;(C)ゲルに内包した大腸菌の遊走の光制御

以上のように,われわれは超分子ヒドロゲルに化学反応を組み込むことによって,さまざまな刺激に対する応答性を付与することに成功した.われわれの考案した分子設計指針は汎用性が高く,N末端に導入する反応基を変更することで,応答する刺激を変更することが期待できる.また,超分子ヒドロゲルに内包する酵素の選択によって化学反応からバイオマーカー分子への応答性へと拡張することができた.このような超分子ヒドロゲルはバイオマーカー分子の目視による簡便な検出や周囲の環境に依存した“能動的”な薬剤放出が期待される.しかしながら応用に関しては,超分子ヒドロゲルは一般に力学的強度が低いことやゲル–ゾル転移に必要なバイオマーカーの濃度が高いことなど,課題もある.前者に関しては超分子ヒドロゲルを他材料とハイブリッドすることよって高強度を実現した例などがあり,克服されつつある(8)8) D. Kiriya, M. Ikeda, H. Onoe, M. Takinoue, H. Komatsu, Y. Shimoyama, I. Hamachi & S. Takeuchi: Angew. Chem. Int. Ed., 51, 1553 (2012)..後者に関しても,シグナル増幅系などをゲルに内包するなど,今後の検討で改善されうると考えられる.

Reference

1) 日本化学会編:“驚異のソフトマテリアル”,化学同人,2010.

2) S. Matsumoto, S. Yamaguchi, S. Ueno, H. Komatsu, M. Ikeda, K. Ishizuka, Y. Iko, K. V. Tabata, H. Aoki, S. Ito et al.: Chemistry, 14, 3977 (2008).

3) H. Komatsu, S. Matsumoto, S. -i. Tamaru, K. Kaneko, M. Ikeda & I. Hamachi: J. Am. Chem. Soc., 131, 5580 (2009).

4) J. P. Schneider, D. J. Pochan, B. Ozbas, K. Rajagopal, L. Pakstis & J. Kretsinger: J. Am. Chem. Soc., 124, 15037 (2002).

5) M. Ikeda, T. Tanida, T. Yoshii & I. Hamachi: Adv. Mater., 23, 2819 (2011).

6) M. Ikeda, T. Tanida, T. Yoshii, K. Kurotani, S. Onogi, K. Urayama & I. Hamachi: Nat. Chem., 6, 511 (2014).

7) T. Yoshii, M. Ikeda & I. Hamachi: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 7392 (2014).

8) D. Kiriya, M. Ikeda, H. Onoe, M. Takinoue, H. Komatsu, Y. Shimoyama, I. Hamachi & S. Takeuchi: Angew. Chem. Int. Ed., 51, 1553 (2012).