Kagaku to Seibutsu 53(6): 402-406 (2015)
バイオサイエンススコープ
新たな食資源生産システムとしての植物工場
Published: 2015-05-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
まず,「植物工場」という日本独特の概念について解説しておく必要があろう.いわゆる植物工場は,30年以上も前から実用化が図られてきたものであるが,それらは人工光を利用した閉鎖環境で生産する施設のみを指していた.現在でもマスコミをはじめ,このような概念が一般的であろうし,日本以外の国ではこれが常識である.しかし,わが国では2009年から「植物工場」はより広範な意味で用いられるようになっている.農林水産省と経済産業省は,農商工連携の形の一つとして「植物工場」を挙げ,これの推進の可能性を検討する委員会を立ち上げ,約2年間の検討の末「植物工場」の新しい定義を含む推進案を提案した(1)1) 農林水産省:農商工連携研究会「植物工場ワーキンググループ報告書」.http://www.maff.go.jp/j/press/seisan/engei/pdf/090424-01.pdf, 2009..この定義を簡略に述べると,
植物工場とは,「高度に制御された環境で周年的に栽培・収穫ができる生産施設」であり,以下の2つの植物工場に大別される.
すなわち,「施設園芸」とか「温室栽培」と,従来呼ばれてきた施設も,高度に環境を制御でき,周年栽培が可能な施設であれば「植物工場」と呼ばれることになったのである.この定義で挙げてある高度に制御された環境とは,光,温度,湿度(飽差),CO2,気流速などが精密に制御された環境のことであり,それらを統合的に制御するシステムも含まれる(図1図1■植物生理・生態に基づく,制御すべき環境要因).
これまで,人工光を利用する植物工場は,高圧ナトリウムランプやメタルハライドランプが用いられてきた.しかしランプが発する強い放射熱のため,ランプの設置位置は植物体と一定の距離を保つ必要があり,そのため平面の栽培ベッドしか利用できず,しかも冷房に要するエネルギーも多く必要であったため,生産施設としてのメリットを発揮することはできなかった.A型のように立体的に栽培ベッドを配置した施設も出現したが,面積当たりのベッドの利用率はせいぜい1.5程度と低いものであった.他方,蛍光灯を光源とする施設も試作されたが,約30年前当時の蛍光灯では発光効率が低く,植物の生育に十分な光源とはならず,いずれも実用化は中途半端なもので終わっている.
その後,電化製品の技術革新はめざましく進み,たとえばエアコンや冷蔵庫などには,エコポイントという補助制度もあり,ほとんどの家庭でこれらの機器はエネルギー効率の高いヒートポンプを利用したものに移行した.また,蛍光灯の性能や寿命も大幅に改良され,植物の育成に十分な光エネルギーが確保できるようになってきている.加えて最近ではLEDの改良,普及が急速に進み,家庭内の照明がすべてLEDに代わるのも時間の問題となってきている.このような状況下において,これらの先進技術をうまく利用したのが,現代版人工光型植物工場と言えよう.蛍光灯の発光効率が上がり(LEDはそれ以上の効率が期待できるが),植物体への近接照明が可能となったことで,棚を利用した立体栽培が容易になった.欧米では,この立体栽培を称してVertical Farming(2)2) Wikipedia:垂直農法.http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9E%82%E7%9B%B4%E8%BE%B2%E6%B3%95とも呼ばれている.また,最近の植物工場の大きなメリットの一つとして,水の利用効率が非常に高いことが挙げられる.植物は根から吸収した水の95%以上を蒸散するので,大気中に水分が逃げてしまう露地や施設栽培では,常に多量の水を新たに植物に供給する必要があるが,人工光型植物工場では,蒸散した水分の大部分を空調装置がトラップできるために,施設内で水の循環再利用が可能となる.水の確保が困難な,灼熱の砂漠気候やあるいは凍てつく厳冬期をもつ気候の地域,さらには人口が密集する大都会などは,人工光型植物工場が立地する場所と言えよう.
人工光型植物工場の構造はいたってシンプルで,気密・断熱性の高い栽培室に,空調装置,適切な光源,養液栽培装置,そしてCO2を含む環境を制御する装置などの設置があればよい(3)3) 古在豊樹:“人工光型植物工場”,オーム社,2012..ただし,個々の装置は高性能かつ高精度であることが必要であり,しかも低コストでもある必要がある(図2図2■人工光型植物工場の構成要素).補助金がらみで建てられた施設には,施設構造や装置などコストを無視したとしか思えないオーバースペックのものが見られるが,農業の一分野として将来を考えると,過不足のない適正なスペックにするべきである.いたずらにコストを引き上げることは,農商工連携の具現化した新しい産業化の妨げになるばかりか,東アジア諸国との植物工場の受注競争にも勝てなくなるからである.
植物工場の内部は非常に安定しており,レタスの場合で考えると,光エネルギー(光合成有効光量子束):200 µmol/s,日長:12~14時間,温度:20/15°C(昼/夜),湿度:70%,CO2: 1,200 ppm,風速:50 cm程度の環境でよく育つ.リーフレタスであれば,播種から収穫まで約35日程度となる.具体的には,播種後はトレイや栽植密度を上げた育苗装置で約25日間育て,その後最終栽培棚に定植すると,定植後約10日間で収穫が可能である(4)4) 古在豊樹監修:“図解でよくわかる植物工場のきほん”,誠文堂新光社,2014..すなわち栽培層では10日間で1サイクルの栽培が完結できるので,年間36作の栽培が可能である.仮に100坪(330 m2)程度の栽培室に10段の栽培棚を設置したとすると,日産の収穫量は約3,000株となる.これを1株100円で販売したとすると,30万円/日の販売額となり,年間では約1億円の売上額となる.100坪の栽培面積で1億円を売り上げられるのは,人工光型植物工場でのみ可能である(図3図3■究極の立体栽培が可能な人工光型植物工場).
従来の,いわゆる温室栽培または施設栽培と呼ばれるものは,保温または加温できる施設で作期を長くして栽培することを示し,大部分は鉄パイプを組み合わせて,かまぼこ型の構造物にフイルムを被覆したパイプハウスと呼ばれる簡易な施設である.これらは前述の定義では植物工場とは呼べない施設が大部分である(図4図4■日本の施設園芸における高度化割合).
栽培は生産者の勘と経験に基づいて行われてきたため,個人差が大きく,再現性や生産性は低かった.高度経済成長に伴って,温室栽培面積は急速に増加し,ピークの1999年には,53,000 ha達したが,その後徐々に減少を続け,現在49,000 ha程度になってきている(図5図5■日本の温室栽培面積の変化).施設栽培は,家族経営(約20万人)が主体であり,1戸当たりの平均施設面積は約0.25 haと小さい.このため施設への投資に限界があり,このことが施設園芸の近代化を遅らせる一因となっている.生産物の価格変動はあるものの,近年の農産物輸入量の増加もあり,安値安定傾向が強く,さらに流通経費は増加し,暖房に用いられる燃油価格は高騰したため,収益性はますます低くなってしまっており,この程度の施設では経営が苦しいのが実情である.同時に,ほかの農業分野同様,生産者の高齢化も進んできており,後継者がいない場合は営農を辞める生産者が多く見られている.
よくわが国の施設園芸が,オランダのそれと対比してマスコミにも取り上げられるが,オランダの施設はすべてガラス室でしっかりした環境制御が行われており,日本の定義によればほぼすべてが「植物工場」と呼べるものである.温室の総面積は10,000 haでここ20年以上変わっていないが,生産者数は2,000人程度にまで減少してきており,平均栽培面積は4~5 haに達し,すべて会社組織になった企業的栽培である(5)5) 経済産業省:IT融合による新たな産業の創出に向けて,分野①オランダと日本の農業の比較.http://www.ipa.go.jp/files/000008415.pdf, 2012..これだけでも大いに日本とは異なるが,大差がついてしまっているのが栽培技術である.トマトの場合,日本の平均収量は10 a当たり20 t以下であるのに比較し,オランダでは約60 t/10 a以上と約3倍以上の開きがある.オランダでも30年前は日本とほぼ同じ収量であったが,年々その成績が向上し,今のレベルに到達している.
日本での施設栽培は,竹骨や木骨の小型ビニルハウスによる小規模家族経営からの出発であったため,個々に開発された技術は経営が許す範囲で導入されたが,統合技術の導入はできずに現在に至っている.しかしオランダでは,温室栽培は企業経営の一つであり,植物工場での栽培に適した品種開発,生産の高能率化につながる光合成や栄養生理の集中的な研究,生産地を集めて生産や流通にかかわる施設の集中化,などを政府,研究者,生産者が一体となり(彼らはこれをゴールデン・トライアングルと呼んでいる),種々の技術の統合をオール・オランダで取り組んだ結果,現在の姿になったものと思われる(5)5) 経済産業省:IT融合による新たな産業の創出に向けて,分野①オランダと日本の農業の比較.http://www.ipa.go.jp/files/000008415.pdf, 2012..
2010年の補正予算で植物工場プロジェクトが採択され,その一環として千葉大学,大阪府立大学,愛媛大学,三重県農業研究所,農水省農研機構の2研究所などが参画し,「植物工場,実証・展示・研修事業」が開始された.筆者が関係する千葉大学拠点では,太陽光型植物工場5つ,人工光型植物工場3つが,複数企業と助言研究者からなるコンソーシアムによって運営され成果を上げている.トマトの長期多段栽培の場合,3年連続で51 t/10 aの収量を上げたコンソーシアムがあり,適正な環境制御と養液栽培によってオランダにほとんど追いつく成績を得ている(図6図6■オランダの栽培方法を導入したトマトの栽培).
しかし,このコンソーシアムは,オランダに学んだ技術を応用しており,オランダの品種を用い,長期多段ハイワイヤー仕立ての栽培や環境制御システムを使用した結果得られたものであり,奇しくもオランダの優秀性を証明する形ともなっている.一方,わが国独特のトマト栽培法として,低段密植栽培も実証栽培が進んでおり,約35 t/10 aの収量を上げるところまできている(図7図7■日本独特のトマト低段密植栽培).
低段密植栽培は,植物体が若くて元気なうちに1作が終了するので,低農薬栽培や季節に適応した品種選定が可能であり,年に3~4回栽培するので技術の習得を早めることができ,圃場をブロックに分けて栽培するので周年出荷が可能といった利点がある.しかし,定植から収穫までのラグタイムが,長期多段栽培では1回であるのに,低段密植栽培ではベッド当たり年3~4回存在することが栽培面積当たりの収量が伸び悩んでいる原因と思われる.今後,特に夏期の環境制御が改善すれば,最終的には50 t/10 aの収量確保は可能ではないかと期待される.
現在,3年間に集積した観測データがビッグデータとなっており,それらのデータの解析によって理想の栽培環境を低コストで実現する統合環境制御システムの開発が進んできている(6).この技術により,日本発のシステムが気候の似ている東アジア諸国に普及されることにも期待がもてる.
ここでは,宮城県の植物工場への取り組みを例に概説してみたい.震災前には約1,200 haの施設栽培が同県にあり,沿岸部を中心にその広がりを見せていた.特にトマト栽培では,オランダの気候に比較的似ているため,1 haを超える大型の栽培施設の導入が進められていた.しかし,地震・津波の被害により,県内施設面積の20%に及ぶ178 haの施設が被災し,特に亘理,山元町のイチゴの栽培施設は90%以上が被害を受け壊滅的であった.
宮城県は復興計画を策定し,平成23~25年を「復旧期」の3カ年,平成26~29年を「再生期」の4カ年,そして平成30~32年を「発展期」の3カ年と位置づけ,本年度は再生期に入ったところである.施設栽培面積は全体から見れば,震災前の1,200 haから現在の1,060 haに減少しているが,被災した施設に限れば91%にまで回復している.またイチゴについては,復興で導入された養液栽培は,震災前の32 haに対して,平成25年には47 haに増加したのが特徴的である.新設された温室では栽培も再開され,順調に復興が進んでいるように見える(7)7) 宮城県:宮城県震災復興計画.http://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/36635.pdf, 2011..
高度に環境制御された施設で養液栽培を行うと言えば聞こえは良いが,使ったことのないこのような近代的な施設を使って栽培する生産者はたいへんである.そこで農水省は,復興支援と先端プロジェクトを組み合わせた研究推進・実証の活動によって技術的なサポートを行っている.大型鉄骨ハウス,高設ベンチ養液栽培,環境制御の高度化などを現地と同じ作型で展示し,そこで研修することによって,先進的な大規模栽培技術を展示・指導し,戦略的経営への支援を行い,東北において高収益な植物工場をまず実証し,復興と同時に周囲への波及効果を期待している(8)8) (株)GRA:農林水産省先端プロジェクト山元研究施設.http://www.gra-inc.jp/rd.html#02, 2012..
具体的には,山元町に実証研究施設を建設し,技術支援としては,農研機構の多くの研究所,東北各県の研究所,民間企業が参画し,普及支援組織として農業生産法人の(株)GRAがあたっている(図8, 9図8■山元実証研究施設の外観図9■山元実証研究施設の内部構造).その施設は約70 aの高軒高温室をもち,トマトとイチゴ栽培の2つのエリアに大別され,それぞれが最先端の技術を実証研究するエリアと生産者が実習研修できるエリアで構成されている.復旧期における栽培技術の展示・指導は一段落し,再生期に入った今年からは先進的経営実証が行われている.これらの活動が着実に実を結ぶことを願っている.
これまで述べてきた動きを発展させた形として,農水省は2013年の補正予算および2014年予算で「次世代施設園芸拠点事業」を開始した(9)9) 日本施設園芸協会:次世代施設園芸の全国展開.http://www.jgha.com/files/houkokusho/26/jisedai_1406.pdf, 2014..林農水大臣に続き,安倍首相もオランダの施設園芸の実情を視察し,フードバレーとも言える,生産クラスターの集中による合理的な生産システムを目の当たりにし,わが国の施設園芸の将来像はオランダに学び,しかも日本独特のものを構築すべきであるというコンセプトが本事業計画の中には盛り込まれている.各県からの申請をもとに,北海道から九州に至る9拠点が選定され,現在建設中で一部は稼働を開始している(図10図10■次世代施設園芸が展開される全国9拠点).
これらの拠点は,それぞれ栽培施設面積が3~4 haという大規模施設園芸であり,太陽光型植物工場としての基本的な機能を備えた周年生産施設とし,播種→育苗→栽培→選果→出荷まで一気通貫できる施設機能を備え,カーボン・ニュートラルの木質バイオマスなどの地域エネルギー資源を利用することによって,化石燃料からの脱却を図る経営とするとしている.また大規模施設園芸のモデルとして,実証し,波及できるものでなければならないとしている.拠点によって取り組みの姿はさまざまであり,エネルギー源としても,木質バイオマス,温泉熱,産業廃棄物の燃焼熱などの利用が考えられている.大規模施設園芸での木質チップやペレットをエネルギー源とする暖房は,わが国ではこれまで例がないので,原料の確保や大型燃焼機の構築などを危ぶむ声はあるが,森林大国である日本のとるべき方向としては,地域で自給できるエネルギーの利用を国策として推進することは理解できるので,何が何でも実現するという強い意志と行動力が必要であろう.
施設園芸・植物工場に関して多額の国費が投入され,多くの新たな試みがされていることは上記のとおりである.しかし,現実問題として,新たに導入された大型の施設に関しては,これらを運営するノウハウの蓄積がわが国には乏しいこと,この分野で活躍できる人材が少ないこと,そのほか多くの解決しなければならない問題が山積しており,一足飛びに最新の植物工場に移行することは困難な状況である.農地の流動化,建設基準の規制緩和などを通じて,施設園芸や植物工場を近代化・大型化する必要性は喫緊の課題であるので,ここ数年の動きによって日本の施設園芸の今後の発展が決まると言っても過言ではあるまい.補助金が活用される場合,往々にして政治力の影響や経験のないゼネコンなどによるオーバースペックとも思える施設・装置の導入など,この分野の健全な発展には必ずしもならないケースなども見られる.これらのことに注意を払いながら,今後ともに国際競争力の強化を見据えた「強い農業」,「攻めの農業」の実現につなげたいものである.
Reference
1) 農林水産省:農商工連携研究会「植物工場ワーキンググループ報告書」.http://www.maff.go.jp/j/press/seisan/engei/pdf/090424-01.pdf, 2009.
2) Wikipedia:垂直農法.http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9E%82%E7%9B%B4%E8%BE%B2%E6%B3%95
3) 古在豊樹:“人工光型植物工場”,オーム社,2012.
4) 古在豊樹監修:“図解でよくわかる植物工場のきほん”,誠文堂新光社,2014.
5) 経済産業省:IT融合による新たな産業の創出に向けて,分野①オランダと日本の農業の比較.http://www.ipa.go.jp/files/000008415.pdf, 2012.
6) スマートアグリコンソーシアム:2013.http://smartagri.uecs.jp/index.html
7) 宮城県:宮城県震災復興計画.http://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/36635.pdf, 2011.
8) (株)GRA:農林水産省先端プロジェクト山元研究施設.http://www.gra-inc.jp/rd.html#02, 2012.
9) 日本施設園芸協会:次世代施設園芸の全国展開.http://www.jgha.com/files/houkokusho/26/jisedai_1406.pdf, 2014.