農芸化学@High School

イチョウの葉の抽出物質による抗菌作用

児新 美恵

岡山理科大学附属高等学校 ◇ 〒700-0005 岡山県岡山市北区理大町1番1号

Okayama University of Science High School ◇ 1-1 Ridai-cho, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama 700-0005, Japan

石井 綾華

岡山理科大学附属高等学校 ◇ 〒700-0005 岡山県岡山市北区理大町1番1号

Okayama University of Science High School ◇ 1-1 Ridai-cho, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama 700-0005, Japan

武田 怜奈

岡山理科大学附属高等学校 ◇ 〒700-0005 岡山県岡山市北区理大町1番1号

Okayama University of Science High School ◇ 1-1 Ridai-cho, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama 700-0005, Japan

Published: 2015-05-20

本研究は,日本農芸化学会2014年度大会(開催地:明治大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表された.イチョウの葉の抽出物の抗菌作用を調べた本研究は,葉を傷つけることにより抗菌物質が多く産生されることを示すなど興味深い内容であるとともに,応用展開も期待され,本誌編集委員から高い評価を受けた.

本研究の目的,方法,結果および考察

目的

植物は抗菌物質を生産し,病原菌の繁殖を阻止する仕組みを備えている.病原菌の感染などで,植物がファイトアレキシンという抗菌物質を生成することが明らかになっている(1,2)1) 高杉光雄:化学と生物,31, 22 (1993).2) 吉里勝利:“スクエア最新図説生物”,新課程対応版,第一学習社,2014..そこで,私たちは,太古から生き続けているイチョウにはほかの植物よりも強い抗菌物質があるのではないかと考えた.本研究の目的は,イチョウの葉から簡便に抗菌物質を抽出し,その抗菌物質の効果的な利用方法を工夫することとした.

方法

材料のイチョウの葉は,岡山大学理学部の中庭で直径30 cmの立木より成熟葉を採取した.また,成熟葉を傷つけておいて一週間後に採取したものを傷害葉として用いた.乾燥葉は一昼夜70°Cで乾燥させた.

生葉あるいは乾燥葉を破砕し,それぞれ25 gを25%エタノール(Et, 120 mL)に浸し,5分間手で振り続けた.次に抽出液をマイクロ遠心機で5分間遠心分離し,上澄み液をろ過滅菌(0.45 µm mesh)した.これを,実験の使用液とした.葉の表面を洗った洗浄液も,ろ過滅菌して実験に使用した.

バイオアッセイには,大腸菌・手の常在菌・野菜(ジャガイモ,キュウリ)の付着細菌を利用した.大腸菌は,LB液体培地(Nacalai Tesque)で培養したものを,付着細菌は試料から滅菌水(300 mL)で洗い落したものを使用した.

抗菌効果は,ペーパーディスク法による阻止円の大きさではなく,生育してくる細菌のコロニー数で比較した.抽出液をスプレー管で噴霧することで,細菌の生育が抑制されるかどうかを調べた(スプレー法とする).細菌を塗布した寒天培地に抽出液を噴霧し,培養後に出現するコロニー数を対照実験と比較した.そして,抗菌作用の強さは,噴霧有/噴霧無の細菌数の割合とした.

結果

結果1:イチョウの抗菌作用の強さ

イチョウの葉の抗菌作用をすでに抗菌作用が知られているカキの葉(3)3) 木村俊之,山岸賢治,鈴木雅博,八巻幸二,新本洋士:東北農業研究,56, 267 (2003).と比較した.大腸菌に対して,イチョウとカキの両方とも生葉より乾燥葉のほうが,抗菌効果が強かった.乾燥葉の抽出液では,イチョウが対照実験の29%まで,カキが90%までコロニー数を減少させた.抽出液を希釈すると抗菌効果は見られなかった.抗菌物質は熱に強く,乾燥葉では生葉に比べて重量当たりの葉の使用量が多くなるため,効果的であったと考えられる.以下の実験には乾燥葉を使用した.

結果2:溶媒による抗菌作用の比較

25%Etと25%メタノール(Mt)で抽出液を作製した.Et抽出液では76%,Mt抽出液では41%に細菌数が減少した.Mt抽出液のほうがより強い作用を示したが,人にスプレーするためEt抽出液を実験に使用することにした.

結果3:健全葉と傷害葉との比較

対照実験と比較して,健全葉抽出液は72%,傷害葉抽出液は20%まで大腸菌のコロニー数を減少させた.また,傷害葉では生葉を洗浄した液でも66%までコロニー数を減少させた(図1図1■葉の処理による比較).

図1■葉の処理による比較

結果4:手に付着する常在菌への効果

指を直接培地に押し付け抽出液を噴霧したもの(スタンプ)と手の洗浄水を塗りつけた培地に抽出液を噴霧したもの,さらに抽出液を手に噴霧した5分後の手洗い水を培地に塗り付けたものを準備した.それぞれの抗菌効果は,対照実験と比較すると,スタンプでは白大コロニーが47%,白小コロニーが97%,手洗い水では,白大コロニーが38%,白小コロニーが38%に減少した.コロニーの区別は,コロニーの大きさと色でタイプ分けした.また,手に直接噴霧では,白大コロニーが12%,白小コロニーが2%に減少した.検査法によって抗菌効果は異なっていたが,手に直接噴霧して使用するのが最大の効果を生むことがわかった.

結果5:効果の持続時間

抽出液を噴霧したLB寒天培地のふたを教室で開けておき,2時間と11時間で抗菌効果を比較した.出現したコロニー数をタイプ別に数えたところ,白小コロニーと黄色コロニーが現れた.黄色コロニー数は対照と比べて違いはなかったが,白小コロニー数は対照と比較して2時間後で約43%に減少し,11時間後でも約54%に減少した(図2図2■効果の持続時間).抗菌効果は半日も持続していた.

図2■効果の持続時間

結果6:細菌タイプへの抗菌効果の違い

手の洗浄水で出現する白大コロニー,白小コロニー,黄色コロニーの細菌に対して抗菌効果を比較した.健全葉および傷害葉の抽出液はいずれも白大コロニーに対して最も強い効果を示した(図3図3■細菌の種類に対する効果の違い).つまり,細菌の種類によってイチョウ葉抽出液の抗菌効果は異なっていた.

図3■細菌の種類に対する効果の違い

結果7:細菌の種類

グラム染色法によって細菌の種類を比較した.大腸菌と黄コロニーはグラム陰性菌,白小コロニーと白大コロニーはグラム陽性菌であった.グラム染色により細菌の細胞壁のタイプが効果に影響していないことがわかった.

結果8:野菜の付着細菌への抗菌作用

キュウリとジャガイモの試料に対して直接噴霧し15分後に洗った場合には,その洗浄水中の細菌はどちらでも出現コロニー数が減少した(キュウリ30%,ジャガイモ21%).野菜に直接スプレーすることで,イチョウ葉抽出液の効果的な抗菌作用が認められた.

考察

イチョウ葉の抗菌物質は,葉に傷をつけることにより,より多く生産されることが示唆された.葉の洗浄液でも抗菌効果が見られたことから,抗菌物質が葉の表面に分泌されて作用していると考えられた.また,抗菌作用は半日程度は持続することが明らかとなった.しかし,細菌の種類によっては効果が弱いことも示された.イチョウ葉抽出液のスプレー法による使用は,日常生活でも十分に効果が期待できると考えられる.

本研究の意義と展望

イチョウ葉から簡単な処理で抽出した場合でも,その抽出液は大腸菌,手や野菜の付着細菌,教室の空中菌などの細菌に対して,顕著な抗菌効果をもつことがわかった.今回の実験では,抗菌物質の化学的な追及には至っていないが,簡便な粗抽出液でもスプレー法による使用は,身の回りの衛生や食品管理に効果的であり,経済的な生薬の利用方法と言える.

しかし,今後もよりさまざまな種類の細菌での検証実験が必要である.イチョウの抗菌物質では先行研究があるが(4)4) S. C. Sati & S. Joshi: Scientific World Journal, 11, 2241 (2011).,本研究で明らかにされた抗菌物質の同定がなされると,イチョウ葉抽出液を用いた抗菌スプレーの開発につながるだろう.

(文責「化学と生物」編集委員)

Reference

1) 高杉光雄:化学と生物,31, 22 (1993).

2) 吉里勝利:“スクエア最新図説生物”,新課程対応版,第一学習社,2014.

3) 木村俊之,山岸賢治,鈴木雅博,八巻幸二,新本洋士:東北農業研究,56, 267 (2003).

4) S. C. Sati & S. Joshi: Scientific World Journal, 11, 2241 (2011).