Kagaku to Seibutsu 53(7): 418-420 (2015)
今日の話題
魚に効くプロバイオティクス―茨城県霞ケ浦・北浦におけるコイ養殖業への利用の可能性
Published: 2015-06-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
近年,水産物は保存技術や流通網の発達,魚食による健康志向などにより世界的な需要が高まっている.FAOの2012年統計によると,世界の漁業・養殖業生産量は約1億5,800万トンであり,このうち養殖業は約6,660万トンと全体の約42%を占め,計画生産が可能な養殖業への注目が高まっている(1)1) FAO: The State of World Fisheries and Aquaculture 2014, http://www.fao.org/3/a-i3720e.pdf, 2014..
ところで,世界で最も養殖されている魚類は何かご存じだろうか? 実は目にすることの多い海産のサケ科魚類などではなく,内水面での飼育管理が容易なコイ科魚類(ハクレン,コクレン,ソウギョ,コイ,フナなど)の生産量が最も多いのである(1,2)1) FAO: The State of World Fisheries and Aquaculture 2014, http://www.fao.org/3/a-i3720e.pdf, 2014.2) JAICAF:世界漁業・養殖業白書2014年,http://www.jaicaf.or.jp/fileadmin/user_upload/publications/FY2014/SOFIA2014-J.pdf, 2014..世界の内水面養殖生産量は,2007年の約2,990万トンから2012年には約4,190万トン(140%増)と増加傾向にあり,日本の水産技術がリードする配合飼料などの研究・開発や簡易な養殖技術の普及などに伴い,今後もアジアやアフリカ諸国を中心に持続的な発展・成長が見込める分野と考えられている(1,2)1) FAO: The State of World Fisheries and Aquaculture 2014, http://www.fao.org/3/a-i3720e.pdf, 2014.2) JAICAF:世界漁業・養殖業白書2014年,http://www.jaicaf.or.jp/fileadmin/user_upload/publications/FY2014/SOFIA2014-J.pdf, 2014..
一方,日本国内の内水面養殖生産量は,人口構成変動や食生活の変化などによる国内消費の低迷を受け,1988年の約10万トンをピークに減少傾向にある(3)3) 農林水産省:漁業・養殖業生産統計年報,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001024930&cycode=0, 1965–2012..コイ養殖業が盛んな茨城県の霞ケ浦・北浦周辺地域でもコイ食文化の衰退が懸念されているほか,近年は飼料や燃料費の高騰などの影響でコイ養殖業の経営は厳しい状況にある.
霞ケ浦・北浦産のコイは,古くから貴重なタンパク源として利用されており,甘辛く煮付けた甘煮(うまに)や鯉のあらい,鯉こくなどとして供され,縁起物として現在も親しまれている.霞ケ浦・北浦のコイ養殖業は,1960年代後半から陸上池に比べ生産効率の高い網いけす養殖技術や自動給餌機,配合飼料の普及などにより全国1位の生産地にまで成長した(生産ピーク:1982年,生産量8,641トン,生産額約33億円)(3)3) 農林水産省:漁業・養殖業生産統計年報,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001024930&cycode=0, 1965–2012..ところが,2003年にコイに致死的なダメージを与えるコイヘルペスウイルス(KHV)病が発生し,霞ケ浦・北浦のコイ養殖業は休止を余儀なくされた.これに対し,筆者らはKHVが30°C以上では増殖できないことを利用して,感染後のコイに間歇昇温処理を施すことにより,KHVに対する免疫を獲得したコイ種苗の作出技術を開発した(4)4) 根本 孝:農林水産技術研究ジャーナル,33, 24 (2010)..これにより2009年4月からコイ養殖業は再開されたが,「薬用魚」と呼ばれるほど魚類の中では栄養価が高い種であるにもかかわらず,コイ需要の低下は続いており,消費者にアピールできる新たなコイ養殖の手法が強く求められている.そこで,筆者らはプロバイオティクスに着目し,コイ用プロバイオティクス乳酸菌の実用化を目指した研究に取り組んでおり,その現状と展望について紹介する.プロバイオティクスを用いることで,高品質なコイを安全かつ効率的に養殖できる可能性があり,ポジティブイメージを有する地域ブランドの創出も期待される.
まず筆者らは,年間の水温が3~30°Cと大きく変化する霞ケ浦の養殖コイの消化管内優占乳酸菌叢の季節変化を調べた.その結果,夏季はLactococcus lactisが,冬季はL. raffinolactisが優占乳酸菌種であり,水温15°C前後を境にして春と秋に優占種の交替が起こっていることを明らかにした(5)5) T. Hagi, D. Tanaka, Y. Iwamura & T. Hoshino: Aquaculture, 234, 335 (2004)..春と秋は魚病の発生や斃死が多く見られる時期でもある.霞ケ浦・北浦のコイ養殖業では,5月初旬に採卵後,おおむね1年半から2年の飼育を経て出荷(1~2 kgサイズ)されるので,春と秋を少なくとも3回は経ることとなるため,プロバイオティクス乳酸菌の投与により消化管内乳酸菌叢を調節することで,コイ養殖の効率化が可能と考えられた.
そこで,夏季および冬季の優占乳酸菌種の中から胆汁酸抵抗性や各種魚病原因菌に対する抗菌活性に優れた菌株のスクリーニングを行い,夏季優占種からL. lactis h2株(夏株),冬季優占種からL. raffinolactis h47株(冬株)を得てプロバイオティクス候補株とした(6)6) T. Hagi & T. Hoshino: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1479 (2009)..これら菌株を用い,霞ケ浦湖内に設置した茨城県水産試験場内水面支場の網いけす養殖施設(3 m×3 m区画,おおむね1,000尾収容)において,養殖現場規模での長期投与試験を2回実施した.飼料は魚体重の2%重量(低水温期は1%)を毎日与え,菌株投与区画では週のうち2日間だけ,両株の凍結乾燥菌体(マルハニチロ株式会社中央研究所の協力で調製)をそれぞれ飼料1 g当たり108個混合した.
2012~2013年と2013~2014年の長期投与試験では,ほぼ同様の結果が得られた.図1図1■霞ケ浦由来プロバイオティクス乳酸菌を用いた飼育試験には2013~2014年の結果を示したが,菌株投与区画の平均魚体重は対照区画に比べ夏株投与区画で20.3%,冬株投与区画で6.3%上回った.さらに投与区画では,対照区画に比べ魚体サイズの均質性が顕著であった.生残率については,2014年は細菌性の穴あき病と見られる魚病が湖内各地で発生する悪条件下だったため対照区画では52.7%にとどまったが,夏株投与区画で76.7%,冬株投与区画では81.1%と大幅な改善が見られた.その結果,各区画の12カ月時点での魚体総重量は対照区画が123.6 kgであったのに対して,夏株・冬株投与区画ではそれぞれ218.8 kg,191.7 kgと,約1.6~1.8倍にも増大した.肉質分析や食味試験の結果では,菌株投与区画の明確な優位性は認められなかったものの,乳酸菌投与が悪影響を与えることは全くなかった.
さらに,前述の間歇昇温処理によるKHV病耐性コイの作出手法では,昇温開始のタイミングが適切でないと抗KHV抗体を獲得できず,生存率が著しく低くなるという問題点があった.しかし,プロバイオティクス乳酸菌の事前投与により,昇温のタイミングが最適でない場合にも耐性コイとなる割合が増大する,すなわち免疫賦活効果を示唆する結果が再現性をもって得られている.
以上のように,プロバイオティクス乳酸菌をコイ養殖に用いることの有用性が示された.今後,地元養殖業者と共同で飼育試験を実施し,実用性を検証のうえ,多くの養殖業者や周辺市町村とも連携し,霞ケ浦・北浦の養殖業や地域振興への貢献を図っていきたいと考えている.
Acknowledgments
本稿で紹介した研究の一部は,文部科学省特別電源所在県科学技術振興事業「霞ケ浦由来のプロバイオティクス乳酸菌などを用いたコイ養殖技術に関する試験研究」による成果である.
Reference
1) FAO: The State of World Fisheries and Aquaculture 2014, http://www.fao.org/3/a-i3720e.pdf, 2014.
2) JAICAF:世界漁業・養殖業白書2014年,http://www.jaicaf.or.jp/fileadmin/user_upload/publications/FY2014/SOFIA2014-J.pdf, 2014.
3) 農林水産省:漁業・養殖業生産統計年報,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001024930&cycode=0, 1965–2012.
4) 根本 孝:農林水産技術研究ジャーナル,33, 24 (2010).
5) T. Hagi, D. Tanaka, Y. Iwamura & T. Hoshino: Aquaculture, 234, 335 (2004).
6) T. Hagi & T. Hoshino: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1479 (2009).