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サイトカイニンが器官間シグナルとして働く仕組み側鎖修飾と輸送によるサイトカイニン作用の調節

Takatoshi Kiba

木羽 隆敏

国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センター生産機能研究グループ ◇ 〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町一丁目7番22号

Plant Productivity Systems Research Group, Center for Sustainable Resource Science, RIKEN ◇ 1-7-22 Suehiro-cho, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-0045, Japan

Hitoshi Sakakibara

榊原

国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センター生産機能研究グループ ◇ 〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町一丁目7番22号

Plant Productivity Systems Research Group, Center for Sustainable Resource Science, RIKEN ◇ 1-7-22 Suehiro-cho, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-0045, Japan

Published: 2015-06-20

いわゆる高等植物は,水や無機養分の吸収を担う根と光合成を行う葉に代表される役割の異なる複数の器官から構成される.これらの器官を統合し,個体として生存環境や発達段階に最も適したバランスを維持するためには,器官間の緊密なコミュニケーションが欠かせない.心臓や血管などの循環系をもたない植物では,主に道管と師管を介して長距離の情報のやり取りを行う.道管は根圧と蒸散流に従った根から地上部への水と物質の輸送経路であり,師管はソース器官からシンク器官(たとえば地上部から根)への物質輸送を担う組織である.代謝物,small RNA,タンパク質,ペプチドホルモン,植物ホルモンなどがシグナルの実体として報告されている(1)1) J. Puig, G. Pauluzzi, E. Guiderdoni & P. Gantet: Mol. Plant, 5, 974 (2012).

このようなシグナルの一つに,細胞分裂・分化の制御,栄養応答,老化抑制,イネの着粒数の制御など植物の成長・発達に広くかかわる植物ホルモン・サイトカイニンがある(2)2) H. Sakakibara: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 431 (2006)..このホルモンは生産された細胞やその近傍の細胞に対して細胞間のシグナルとして作用するだけでなく,1962年にはその活性が道管液中から検出されており(3)3) O. N. Kulaeva: Sov. Plant Physiol., 9, 182 (1962).,古くから器官間シグナルとしても働くと考えられてきた.

サイトカイニンの基本骨格はアデニンに側鎖がついた構造だが,側鎖構造が異なる複数の分子種が存在する.実験モデル植物のシロイヌナズナでは,イソペンテニルアデニン(iP)とその側鎖が修飾されたトランスゼアチン(tZ)が主要な分子種である(図1A図1■サイト力イニンの側鎖修飾と長距離輸送による地上部成長の制御).興味深いことに,iP型とtZ型のサイトカイニンは異なった空間的分布を示す.iP型は師管液中の主要な分子種であるのに対し,道管液中のサイトカイニンの大部分はtZ型であることから,iP型とtZ型は異なったメッセージを伝える役割をもつ可能性が指摘されていた(4)4) N. Hirose, K. Takei, T. Kuroha, T. Kamada-Nobusada, H. Hayashi & H. Sakakibara: J. Exp. Bot., 59, 75 (2008)..しかし,それらの作用の違いが明らかになったのはごく最近である(5)5) T. Kiba, K. Takei, M. Kojima & H. Sakakibara: Dev. Cell, 27, 452 (2013).

図1■サイト力イニンの側鎖修飾と長距離輸送による地上部成長の制御

(A)CYP735Aによるトランスゼアチンの生合成.実際は,イソペンテニルアデニンヌクレオチドの側鎖が水酸化され,トランスゼアチンヌクレオチドが作られるが,ここでは簡略化してある.(B)CYP735AとABCG14を介したサイトカイニン作用の制御による器官間コミュニケーションモデル.

筆者らは,側鎖修飾の違いがサイトカイニン作用にどのような影響を及ぼすのかを明らかにするため,側鎖修飾ができない変異体を作出した.具体的には,側鎖の水酸化を担う酵素遺伝子CYP735Aを同定し,この遺伝子の破壊株cyp735aを作製した.この破壊株では,葉や花茎などの地上部の成長の著しい悪化が観察された.この表現型はtZを与えると回復するが,iPは全く効かなかった(5)5) T. Kiba, K. Takei, M. Kojima & H. Sakakibara: Dev. Cell, 27, 452 (2013)..このことから,tZとiPは作用が異なる,つまり伝えるメッセージが違うことが明らかになった.また,CYP735Aの発現部位は主に根の維管束であるにもかかわらず,cyp735aの根では表現型が見られなかったことから(5)5) T. Kiba, K. Takei, M. Kojima & H. Sakakibara: Dev. Cell, 27, 452 (2013).,tZ型サイトカイニンは根で合成され,道管を介して輸送されて,地上部特異的に作用することが示唆された(図1B図1■サイト力イニンの側鎖修飾と長距離輸送による地上部成長の制御).tZ型サイトカイニンは,根から地上部への器官間の成長シグナルであると言えるであろう.

tZ型サイトカイニンが器官間シグナルとして働くためには,道管を介した輸送も適切に制御される必要がある.道管液は基本的に根圧と蒸散流に従って流れるため,輸送制御は道管への積み込みの過程で行われると考えられるが,そのメカニズムは不明であった.最近筆者らは,この過程にかかわる遺伝子ABCG14を同定した(6)6) D. Ko, J. Kang, T. Kiba, J. Park, M. Kojima, J. Do, K. Y. Kim, M. Kwon, A. Endler, W. Y. Song et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7150 (2014)..この遺伝子が変異すると,地上部ではtZ型サイトカイニンが欠乏するのに対し,根では高蓄積が見られた.詳細な解析の結果,ABCG14は根における道管へのサイトカイニンの積み込みにかかわることにより,根から地上部へのサイトカイニンの輸送を制御する因子であることが明らかになった(図1B図1■サイト力イニンの側鎖修飾と長距離輸送による地上部成長の制御).ABCG14はATP-binding cassette(ABC)輸送体をコードする遺伝子であることから,サイトカイニン自身またはその前駆体や誘導体などの輸送体であると考えられるが,真の基質の正体はいまだ不明である.

それでは,師管液中のiP型サイトカイニンの役割は何であろうか? 最近の研究により,シロイヌナズナの根の維管束のパターン維持のために必要であることが明らかにされている(7)7) A. Bishopp, S. Lehesranta, A. Vaten, H. Help, S. El-Showk, B. Scheres, K. Helariutta, A. P. Mahonen, H. Sakakibara & Y. Helariutta: Curr. Biol., 27, 927 (2011)..また,マメ科のモデル植物であるミヤコグサにおいては,根粒と側根の数を制御するシグナルとして作用することが報告されている(8)8) T. Sasaki, T. Suzaki, T. Soyano, M. Kojima, H. Sakakibara & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 5, 4983 (2014)..これらのことから,師管液中のiP型サイトカイニンは,根の成長・発達を制御する地上部由来の器官間シグナルとして働くと考えられる.

以上のように,サイトカイニンを器官間シグナルとした植物の成長バランス制御メカニズムが明らかになりつつある.植物の器官バランスは農業上重要な形質であり,たとえば,地上部より根が発達した植物は乾燥に強く,土壌中の養分吸収に優れるが,葉面積が少なくなるため光合成能は低くなる.逆に,地上部が根より発達すると,光合成能は高くなるが,養分や水分の吸収が十分でなかったり,倒れやすくなったりする.したがって,器官バランス制御のメカニズムの理解が進めば,栽培環境などに最も適した器官バランスの作物を作出することが可能になると期待される.

Reference

1) J. Puig, G. Pauluzzi, E. Guiderdoni & P. Gantet: Mol. Plant, 5, 974 (2012).

2) H. Sakakibara: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 431 (2006).

3) O. N. Kulaeva: Sov. Plant Physiol., 9, 182 (1962).

4) N. Hirose, K. Takei, T. Kuroha, T. Kamada-Nobusada, H. Hayashi & H. Sakakibara: J. Exp. Bot., 59, 75 (2008).

5) T. Kiba, K. Takei, M. Kojima & H. Sakakibara: Dev. Cell, 27, 452 (2013).

6) D. Ko, J. Kang, T. Kiba, J. Park, M. Kojima, J. Do, K. Y. Kim, M. Kwon, A. Endler, W. Y. Song et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7150 (2014).

7) A. Bishopp, S. Lehesranta, A. Vaten, H. Help, S. El-Showk, B. Scheres, K. Helariutta, A. P. Mahonen, H. Sakakibara & Y. Helariutta: Curr. Biol., 27, 927 (2011).

8) T. Sasaki, T. Suzaki, T. Soyano, M. Kojima, H. Sakakibara & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 5, 4983 (2014).