今日の話題

培養に炭素・窒素・硫黄源の添加を必要としない超低栄養性細菌希薄?な栄養源をどのように利用しているのか?

Nobuyuki Yoshida

吉田 信行

静岡大学大学院工学研究科 ◇ 〒432-8011 静岡県浜松市中区城北三丁目5番1号

Graduate School of Engineering, Shizuoka University ◇ 3-5-1 Johoku, Naka-ku, Hamamatsu-shi, Shizuoka 432-8011, Japan

Published: 2015-06-20

極めて低い栄養条件で生育可能な細菌群を低栄養性細菌(オリゴトローフ)と呼ぶことがある.その栄養条件に明確な定義はないが,筆者らは生育に必要な炭素源濃度1 mg/Lを一つの基準としている.ただし,培養に光などのエネルギーの添加を必要とする独立栄養性細菌(オートトローフ)はオリゴトロフィックな環境に多数存在しているが,オリゴトローフの範疇に入れない.その意味においては,「低エネルギー性細菌」と呼んだほうがよいかもしれない.そもそも微生物の生育(培養)に最適な炭素源濃度などは人間が考えたものであるから,自然界に存在する微生物に対して「低栄養性」や「低エネルギー性」という言葉をつけるのはおかしい気もする.言葉の定義はさて置き,オリゴトローフはそれだけ低栄養条件で生育するわけであるから,培養に際して低コストな宿主としての利用など産業応用の可能性を秘めていると考え,筆者らは自然界からのオリゴトローフの単離を試みている.単離には一般に使用される濃度の1/100~1/1,000に相当する濃度のニュートリエントブロスなどを用いているが,炭素源を全く含まない無機塩培地を用いても,簡単に微生物を単離できることに驚いている(1)1) N. Yoshida, N. Ohhata, Y. Yoshino, T. Katsuragi, Y. Tani & H. Takagi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 2830 (2007)..それらの微生物は培養環境中からCO2を除去すると生育を示さない場合が多く,大気中のCO2を固定していることは確かであるが,独立栄養細菌の培養には必須である光や金属などのエネルギー源を添加しなくても生育する.このような「超低栄養性細菌」のうち,現在,最もよい生育を示すRhodococcus erythropolis N9T-4株について詳細に研究を進めている(2)2) N. Ohhata, N. Yoshida, H. Egami, T. Katsuragi, Y. Tani & H. Takagi: J. Bacteriol., 189, 6824 (2007).

低栄養条件で特異的に発現する遺伝子を同定するために,低栄養条件として炭素源無添加の最少培地(BM培地)を,一方,富栄養条件としてLB培地を用いて,N9T-4株のマイクロアレイ解析を行った.その結果,顕著な発現を示したのがNAD依存性ホルムアルデヒド脱水素酵素(nFADH)とN,N′-ジメチル-4-ニトロソアニリン(NDMA)依存性メタノール脱水素酵素(MDH)をコードする各遺伝子で,富栄養条件に比べて低栄養条件でそれぞれ350倍程度の発現上昇が認められた.これらの酵素は微生物のメタノール資化に関与する酵素であるが,N9T-4株はメタノールを炭素源として利用することができない.それではなぜ低栄養条件でこのような酵素遺伝子の発現上昇が認められるのか? このうちMDHはNDMAという人工電子受容体を添加するとメタノールの酸化を触媒するが,高いホルムアルデヒドディスムターゼ活性(ホルムアルデヒドを酢酸とエタノールに不均化)も示すことがわかっている.つまり,両酵素ともホルムアルデヒドに作用する酵素であり,低栄養生育とホルムアルデヒド代謝がリンクしている可能性が示唆された(3)3) N. Yoshida, T. Hayasaki & H. Takagi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 123 (2011)..これらのほかに,酢酸にCoAを付加するアセチル-CoAシンテターゼ,アセチル-CoA/プロピオニル-CoAカルボキシラーゼのβサブユニットの各遺伝子が低栄養条件で特異的に高発現していた.生化学的な検討でnFADHおよびMDHはホルムアルデヒド以外にも,アセトアルデヒド,プロピオンアルデヒドなど低級アルデヒドをそれぞれNAD依存的な酸化や不均化反応を触媒することがわかっている.これらの結果より,N9T-4株は,大気中のアルデヒドを酢酸へと酸化することによりエネルギーを得るのと同時に,アセチル-CoAに変換しC2代謝を進行させているものと予想している.また,アセチル-CoAカルボキシラーゼはアセチル-CoAに炭酸水素イオン由来の炭素を付加し,マロニル-CoAを合成する酵素であるので,本菌のCO2要求性は脂質の生合成に関係するものと考えられる.

さらに驚いたことに,N9T-4株は窒素源も除いた培地(BM-N培地)においてもBM培地とほぼ同程度の生育を示した(4)4) N. Yoshida, S. Inaba & H. Takagi: J. Biosci. Bioeng., 117, 28 (2014).図1図1■N9T-4株の炭素・窒素・硫黄に関する低栄養性).低栄養条件における窒素代謝関連遺伝子の発現を見てみると,低濃度特異的アンモニウムトランスポーターをコードするamtBの発現が富栄養条件に比べ44倍に上昇していた.したがって,BM-N培地においては,AmtBによって大気中のアンモニアを取り込み窒素源として利用しているものと予想できた.BM-N培地における生育は密閉系(パウチ袋に入れてシールする)で極端に悪くなるが,アンモニアをガスとして添加するとその濃度依存的によい生育を示した.非常に低いアンモニア濃度で生育が促進され,大気中のアンモニア濃度でも十分生育可能であることを示している.また,硫黄源についても同様の低栄養性が示唆されており(図1図1■N9T-4株の炭素・窒素・硫黄に関する低栄養性),これについても大気中の硫黄酸化物を資化していると考えられる.

図1■N9T-4株の炭素・窒素・硫黄に関する低栄養性

基本となるBM培地の組成は,0.1% NaNO3,0.1% KH2PO4,0.1% KH2PO4,0.05% MgSO4·7H2O,0.01% CaCl2·2H2O,1 µg/Lチアミン(pH 7.0)である.硫黄源を除いた場合は,MgSO4の代わにMgCl2を使用した.

もう一つN9T-4株の低栄養生育に関して興味深い知見がある.低栄養生育させた菌体を電子顕微鏡観察してみると,内部に比較的大きく綺麗な球形をした構造体を形成させていることがわかった(図2図2■N9T-4株のオリゴボディー).この構造体はLB培地で生育させた細胞では見られないか,非常に小さいものとなっていた.筆者らはこの構造体を「オリゴボディー」と名づけ,低栄養生育との関連性を調べている.エネルギー分散型X線分析により,このオリゴボディー内部にはリンを示す顕著なピークが検出された.その後の生化学的解析により,オリゴボディーには無機ポリリン酸が蓄積していることが明らかとなった.無機ポリリン酸の顆粒が細胞内に形成されることは珍しいことではなく,アシドカルシソームとして古くから知られており,バクテリアからヒトまで存在する唯一のオルガネラだとされている(これは議論の対象となるが…).しかしながら,それらの場合は細胞内における顆粒の数,大きさはまちまちである.ところが,N9T-4株のオリゴボディーは細胞内に一つだけ形成され,細胞分裂が起こっている細胞にはその両極に一つずつ存在していた.つまり,オリゴボディーも複製されていることが予想されるが,その詳細なメカニズムは不明である.無機ポリリン酸の生理機能で一番クリアに解明されているのが大腸菌の緊縮応答に関するものである(5)5) 本村 圭,黒田章夫:化学と生物,46, 173 (2008)..大腸菌がアミノ酸などの栄養飢餓に陥ると無機ポリリン酸を蓄積し,無機ポリリン酸はLonプロテアーゼを活性化してリボソームタンパク質の分解を促進する.N9T-4株においても無機ポリリン酸の蓄積は栄養状態に関連するので,大腸菌と同じような機構が存在するのかもしれないが,N9T-4株においてはBM培地での継代培養を行ってもオリゴボディーが存在し続ける.これらの知見は無機ポリリン酸が低栄養条件の細胞生理に何か重要な役割を果たしていることを示唆しているものと考え,現在研究を進めているところである.

図2■N9T-4株のオリゴボディー

A: BM培地で生育させたもの,B: LB培地で生育させたもの.矢印がオリゴボディーを示している.写真中のバーは0.5 µmを表す.

以上紹介したように,本菌は炭素,窒素,硫黄という生物にとっての重要な三元素,およびエネルギー源をすべて大気中から取り入れて生育することができる,大気資化菌?であると言える.その生育には珍しい代謝,新しい代謝が関与しているのではなく,微生物が一般的にもつ機能を存分に使って超低栄養性を発揮しているようである.生態系における超低栄養性の役割を探ってみるのも面白いかもしれない.

Reference

1) N. Yoshida, N. Ohhata, Y. Yoshino, T. Katsuragi, Y. Tani & H. Takagi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 2830 (2007).

2) N. Ohhata, N. Yoshida, H. Egami, T. Katsuragi, Y. Tani & H. Takagi: J. Bacteriol., 189, 6824 (2007).

3) N. Yoshida, T. Hayasaki & H. Takagi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 123 (2011).

4) N. Yoshida, S. Inaba & H. Takagi: J. Biosci. Bioeng., 117, 28 (2014).

5) 本村 圭,黒田章夫:化学と生物,46, 173 (2008).