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腹八分目はサルでも寿命を延ばす⁉「腹八分目に医者いらず」を実証するアカゲザルを用いた食餌制限研究

Takafumi Shimasaki

島崎 嵩史

名古屋大学大学院創薬科学研究科 ◇ 〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町

Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya University ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8601, Japan

Hirofumi Aiba

饗場 浩文

名古屋大学大学院創薬科学研究科 ◇ 〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町

Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya University ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8601, Japan

Published: 2015-06-20

「健康で長生きしたい!」と願うわれわれにとって,老化は悩ましい問題であると同時に興味深い現象である.老化は生物に共通する生命現象であるため,そのメカニズムの解明を目指した研究が種々の生物を用いて行われてきた(1)1) 石井直明,丸山直記編:“老化の生物学—その分子メカニズムから寿命延長まで”,化学同人,2014..これまでの知見によれば,摂取するカロリーを制限すること(カロリー制限,Calorie Restriction(CR),または食餌制限という)は,酵母のような単細胞生物からマウスなどの哺乳類まで多種多様な生物種において老化を遅らせ寿命を延長させる外的要因の一つである(2)2) W. Mair & A. Dillin: Annu. Rev. Biochem., 77, 727 (2008)..さらにマウスなどの哺乳類において,栄養失調に陥らない程度のカロリー制限は寿命を延長するだけでなく加齢に伴う疾病の発生を遅らせる.近年までこのようなカロリー制限による恩恵が霊長類にも同様にもたらされるかが疑問であった.本稿では,これらに関する最近の話題を提供する.

霊長類のモデル生物であるアカゲザル(Macaca mulatta)とヒトとの間には解剖学的,生理学的,行動学的な共通点が多くあり,ヒトの老化の生物学への洞察に用いることに適している.また,ヒトにおいて年齢が進むにつれて生じる老化の症状(体脂肪の増加,体毛の白色化や脱毛,活力の低下,皮膚の張りの低下など)は,アカゲザルにおいても同様に見られる.さらにアカゲザルもヒトと同じように,加齢に伴って病気や障害などの臨床的な症状(糖尿病の発症,腫瘍の発生,筋肉の減少,骨密度の低下,免疫機能の低下など)も増加する.ちなみにアカゲザルの平均寿命は27歳,最長寿命は40歳とされる.カロリー制限が霊長類の寿命にどのような影響をもたらすかを明らかにするため,ここ20年以上にわたってアカゲザルを用いた研究が行われてきた.

まず2009年に,WNPRC(Wisconsin National Primate Research Center)の研究グループがアカゲザルを用いたカロリー制限の研究報告を行った(3)3) R. J. Colman, R. M. Anderson, S. C. Johnson, E. K. Kastman, K. J. Kosmatka, T. M. Beasley, D. B. Allison, C. Cruzen, H. A. Simmons, J. W. Kemnitz et al.: Science, 325, 201 (2009)..彼らは,76匹のサルを2群(通常の食餌を与えた群と70%に削減した群)に分け長期間にわたって飼育し,カロリー制限の効果を解析したところ,通常食を与え続けた群ではカロリー制限を行ったものに比べ約2.9倍疾病のリスクが上昇し,約3倍死亡のリスクが上昇した.すなわちカロリー制限には老化を遅らせ寿命を延長する効果があることが示唆された(図1図1■食事内容の違いがサルに与える影響).次いで2012年に,120匹のアカゲザルを用いた同様の実験に関する研究結果がNIA(National Institute on Aging)の研究グループによって報告された(4)4) J. A. Mattison, G. S. Roth, T. M. Beasley, E. M. Tilmont, A. M. Handy, R. L. Herbert, D. L. Longo, D. B. Allison, J. E. Young, M. Bryant et al.: Nature, 489, 318 (2012)..その結果はカロリー制限を行ってもアカゲザルの健康増進に十分な効果は見られず,同齢集団の中でカロリー制限の有無による明確な生存率の差は認められないというものであった.しかしながら,2014年に再びWNPRCの同じ研究グループから,その後のデータを加え解析したところ,カロリー制限によって老化に起因する死亡率が低下するとともに,全体としての生存率が上昇したという研究結果が報告された(5)5) R. J. Colman, T. M. Beasley, J. W. Kemnitz, S. C. Johnson, R. Weindruch & R. M. Anderson: Nat. Commun., 5, 3557 (2014).

図1■食事内容の違いがサルに与える影響

正常食を与え続けたアカゲザル(A, B)とカロリー制限食を与え続けたアカゲザル(C, D)の写真.ともにアカゲザルの平均寿命に近い27.6歳(老猿)である.カロリー制限をしたサルは若々しい様子が見てとれる.文献3より転載.

両研究グループは同じような実験を行ったが,一体なぜ異なる結果になってしまったのだろうか? 両者の研究デザインと結果,ならびにそれぞれの研究に対する解釈・主張を表1表1■カロリー制限がアカゲザルの寿命に与える影響を解析した研究成果の対比にまとめた.これらによると,両者の実験結果が異なった大きな原因は,アカゲザルに与えた餌の内容とその与え方の違いにあると考えられる.

表1■カロリー制限がアカゲザルの寿命に与える影響を解析した研究成果の対比
研究の結論カロリー制限はサルの寿命延長に効果がある.カロリー制限はサルの寿命延長に効果がない.
研究実施機関WNPRC (Wisconsin National Primate Research Center)NIA (US National Institute on Aging)
発表論文Science, 325, 201 (2009)Nature, 489, 318 (2012)
研究開始年19891987
飼育数30匹(オス)で開始,途中で46匹(メス30匹+オス16匹)を追加.38匹ずつ2群(カロリー制限群とコントロール群)に分けて解析.120匹(オス・メス,若・老猿それぞれについて2群に分けて解析)
カロリー制限を開始した時期成猿(7〜14歳)若猿(1〜14歳)・老猿(16〜23歳)
食事方法コントロール群は自由に好きなだけ摂取させた.コントロール群は年齢と体重を基に一定量の食事を摂取させた.
カロリー制限群は実験開始3〜6カ月前の自由な食事摂取量を基に与える量を決定し,開始後1カ月ごとに10%ずつ減らし,3カ月で30%減少させた.カロリー制限群はコントロール群の30%少なく食事を与えた.
食材精製品(pellets)(ショ糖分:28.5%)天然品(穀物)(ショ糖分:3.9%)魚油,抗酸化物質含む
サルの遺伝系統インドインド,中国
実験のデザイン・視点ヒトの食事行動に似せてデザインし,老化に対するカロリー制限の効果を見る.コントロール群には自由に好きなだけ食事をさせた.マウスなどに対する古典的なカロリー制限の実験方法を踏襲.早い時点から2群に分け,コントロール群にも計算された食事量を与えた.
結論カロリー制限は老化に関連した疾患の発症と死亡率を低下させるが,全死亡率には有意な差を与えない.カロリー制限をしてもサルは有意に長生きしない.
考察研究期間が短く,この間に死んだサル個体が少なかったため,データ不足だった.カロリー制限が死亡率に示す効果は,遺伝,環境,体重,食事などに大きく影響される.
特徴的な差と互いの批判・指摘点コントロール群の体重がアカゲザルの平均体重より重い(太っている).コントロール群の体重がアカゲザルの平均体重より軽い(痩せている).
コントロール群では不健康な食事を自由に摂取させたため体重が増え不健康となった.カロリー制限群では単に体重超過に起因する糖尿病などの罹患率が減ったために相対的に長生きしたように観察されたのではないか.よって,カロリー制限により寿命延長に有利な応答が獲得されたとは言えない.コントロール群においても体重が低く,軽微なカロリー制限をしたのと同等であったと考えられる.そのため実験で比較したのは,軽微なカロリー制限と通常のカロリー制限がサルの死亡率に与える影響であった.そのため,カロリー制限の効果が現れず,死亡率に差がなかったのも無理はない.

まず,WNPRCのグループが与えた餌は精製されたペレットでショ糖分が約30%を占めるのに対して,NIAの餌は天然の穀物が大半を占め,ショ糖分は約4%しか含まれていなかった.次に餌の与え方の違いについては,WNPRCのグループは,はじめの一定期間すべてのサルに自由に餌を食べさせた後,カロリー制限群では徐々に量を減らして30%のカロリー制限を実施した.これに対して,NIAのグループは,最初から年齢と体重に基づいた必要カロリーを計算し,その100%を与えた群(コントロール群)と70%を与えた群(30%のカロリー制限群)とで比較を行った.それらの相違点の結果,WNPRCグループのコントロール群のサルの平均体重は,アメリカ中で飼育されているアカゲサルの平均体重よりも重く,逆にNIAグループのそれは軽くなっていた(5)5) R. J. Colman, T. M. Beasley, J. W. Kemnitz, S. C. Johnson, R. Weindruch & R. M. Anderson: Nat. Commun., 5, 3557 (2014).

この事実を基に,実験結果をどのように解釈できるのだろうか? それぞれのグループが互いに指摘し合う解釈は以下のようである(表1表1■カロリー制限がアカゲザルの寿命に与える影響を解析した研究成果の対比).WNPRCの研究では,コントロール群がすでに過体重であるから若干不健康であった可能性がある.彼らはこのようなサルとカロリー制限によって標準体重になった(健康的な)サルとを比較していたに過ぎず,カロリー制限群が長生きしたのは単に糖尿病などの過体重に起因する疾病への罹患率が減少したからではないかと指摘されている.これに対しNIAの研究では,コントロール群が低体重であったことから,すでに軽微なカロリー制限状態にあったと考えられる.彼らはこれらのサルに対してさらにカロリー制限を行っていたに過ぎない.すなわち程度の差こそあれ,ともにカロリー制限をした群の間で比較したので有意な差が認められなかったと指摘されている.これら以外にも,用いたサルの遺伝系統,年齢などにも差異があった(表1表1■カロリー制限がアカゲザルの寿命に与える影響を解析した研究成果の対比).

筆者の目から見ると,実験デザインはそれぞれのグループ一長一短である.ただ,ヒトの健康長寿を目指して老化研究を進める研究者にとってはヒトの食事行動に似せてデザインされたWNPRCの実験で,「腹八分目に医者いらず」(実際の研究では腹7分目だったが)を示唆するような研究成果が得られたことはたいへん興味深い.現在,両研究グループはお互いに協力し合い,データを統合し解析を行っているという.科学的には,いまだカロリー制限がヒトを含む霊長類の寿命に影響を与えるという明確な結論を得るには至っておらず,ここで紹介した研究成果を基にヒトへのカロリー制限の影響を議論するのは時期尚早であろう.しかしながら糖尿病などの飽食による疾病が増加している現代人にとって,カロリー制限と老化に着目し,健康で生きをする術を見いだす研究を前進させるためにはこれら研究はたいへん示唆に富むものである.ぜひ今後の進展を注視したい.

Reference

1) 石井直明,丸山直記編:“老化の生物学—その分子メカニズムから寿命延長まで”,化学同人,2014.

2) W. Mair & A. Dillin: Annu. Rev. Biochem., 77, 727 (2008).

3) R. J. Colman, R. M. Anderson, S. C. Johnson, E. K. Kastman, K. J. Kosmatka, T. M. Beasley, D. B. Allison, C. Cruzen, H. A. Simmons, J. W. Kemnitz et al.: Science, 325, 201 (2009).

4) J. A. Mattison, G. S. Roth, T. M. Beasley, E. M. Tilmont, A. M. Handy, R. L. Herbert, D. L. Longo, D. B. Allison, J. E. Young, M. Bryant et al.: Nature, 489, 318 (2012).

5) R. J. Colman, T. M. Beasley, J. W. Kemnitz, S. C. Johnson, R. Weindruch & R. M. Anderson: Nat. Commun., 5, 3557 (2014).