今日の話題

なぜ培養できないのか?分離培養手法の革新

Yoshiteru Aoi

青井 議輝

広島大学サステナブル・ディベロップメント実践研究センター ◇ 〒739-8511 広島県東広島市鏡山一丁目3番2号

Institute for Sustainable Sciences and Development, Hiroshima University ◇ 1-3-2 Kagamiyama, Higashi-Hiroshima-shi, Hiroshima 739-8511, Japan

Published: 2015-06-20

微生物学の歴史は肉眼では見えない小さな生命体を認識することで始まった.それらの機能や存在意義を知るためには,単一の微生物を分離して純粋培養するというプロセスが必要不可欠であり,それはコッホの4原則で知られるように,プロセスそのものが現代まで続く学問体系の基盤になっている.しかし今日では,圧倒的多数の環境微生物が従来法では培養できないと一般的に認識されている.実際に,顕微鏡で直接計数して得られた植菌細胞数に比較して寒天平板上でのコロニーの出現数は極めて低く,それを“Great Plate Count Anomaly”と呼称することもある(1)1) J. T. Staley & A. Konopka: Annu. Rev. Microbiol., 39, 321 (1985)..しかし,これら培養できない微生物(難培養性微生物)を科学的に定義することは非常に難しい.そもそも「99%以上の微生物は培養できない」という表現自体は非科学的である.なぜなら「絶対に培養できない」と証明することは理論上不可能だからである.同様に「培養困難」,や「難培養」という表現は文字どおり主観的あるいは感情的である.やや大げさに言い替えると言葉が独り歩きして一種の神話を作り上げている状態とも見える(ただし本稿では便宜上,上記の単語を引き続き使用することにする).一方で,その神話は比較的に単純に否定もできる.「培養できない多くの微生物はそのときに与えられた特定の培養条件に適合しなかっただけ」と説明可能だからである.本来,培地組成,濃度,pH,温度,ゲル化剤,そしてそれらの組み合わせ,など挙げればきりがないほど検討すべき培養条件が考えられるため,植菌した細胞のほんの一部しかコロニーを形成しなかったとしても何ら不思議ではない.したがって,培養条件の適合性が微生物の分離培養の効率に最も影響を及ぼす因子であることに疑う余地はないし,微生物の難培養性に関する議論はそこをベースに始めるべきである.

しかし,あえてそこからさらに一歩踏み込んで議論を進めることにする.培養できない理由について一般性のある普遍的な要因は存在するのであろうか,さらに,それら「培養できない微生物」を劇的に培養可能にする方法論は存在し得るのであろうか.本稿では,培養できない微生物の本質について議論しつつ,培養手法の革新の可能性とその方向性について述べることとする.ただし具体的な方法論の概説やすでに判明している増殖メカニズムなどについては,本誌にてすでに詳細な解説がなされているのでそちらを参照されたい(2,3)2) 玉木秀幸,鎌形洋一:化学と生物,50, 730 (2012).3) 橋床泰之:化学と生物,52, 73 (2012).

Buergerらは384プレートの各ウエルに計算上1細胞ずつ環境微生物を植菌し,1年半という長期間にわたり増殖を示したウエルを記録したところ,1年以上経過しても新たな増殖が確認され続けること,長期間経過した後に増殖が確認された菌株ほど新規性が高いという相関性は全くないこと,短期間で増殖した菌株と長期間後に増殖した菌株で全く同じ種類が獲得されることなどを明らかにした(4)4) S. Buerger, A. Spoering, E. Gavrish, C. Leslin, L. Ling & S. S. Epstein: Appl. Environ. Microbiol., 78, 3229 (2012)..これらは極めて単純な実験から得られた結果だが,「難培養性微生物とは何か?」という問いに重要なヒントを与えている.つまり,各々の微生物種に対する培養条件の適合性だけではなく,「植菌された細胞が増殖を開始するか否か」が最終的に培養の効率に重要な影響を与えること,そしてそれをコントロールする因子の存在について示唆するという非常に興味深い結果である.上記の研究と関連させてEpsteinは,「多くの環境微生物は休眠状態に陥っているが,それらはほかの微生物細胞の目覚めを感知して覚醒する」という仮説(Scout仮説)を提唱している(5)5) S. S. Epstein: Nature, 457, 1083 (2009)..この仮説に基づけば,ほかの微生物の目覚めを感知できない場合覚醒はランダムに引き起こされるため,上記のような現象が引き起こされることが説明可能になる.しかし,難培養性微生物の増殖が実際に上記仮説に従ってコントロールされていることや,その一般性を証明するためには,さまざまな角度からの直接的な実験的証拠が必要であり,それは単純に得られるものでもない.

さて,培養を伴わない方法論(分子生態解析など)の近年の著しい進展に比べると,培養に関する方法論は150年前から大幅に進展したとは言い難い.もちろん,既存の方法論を基盤にしつつさまざまな有効な工夫がなされてきたが,今日に至るまで平板培養法が主要な手法であり続けている.しかし,逆に言えば,「新しいコンセプトに基づいた分離培養手法」の登場は,この閉塞した状況を劇的に変える可能性があるとも言える.以下に2つの新規手法を紹介する.

複数の微生物種が雑多に存在するサンプルからターゲットを選択的に分離することが可能であれば分離株獲得の効率は格段に上がるはずである.しかし未培養微生物を対象にした場合,培養操作を伴わずにそれを実現することは至難の業とも言える.そこで,筆者らは,形態学的な情報に基づいて対象微生物を生きたまま選択的に分離する新規手法を確立した(6)6) H. Fujitani, N. Ushiki, S. Tsuneda & Y. Aoi: Environ. Microbiol., 16, 3030 (2014)..そして本手法を適用して,分離株獲得の成功例が極めて少ない亜硝酸酸化細菌Nitrospiraの未培養株の分離培養に成功している.本手法は,セルソーターを用いて2種類の散乱光の強度比(前方散乱光および側方散乱光)に基づいて細胞集団を分画し,細胞の構造,大きさなどの形態学的な特異性に基づいて目的の微生物を選択的に分離するものである.分離された細胞は同時にマルチウエルプレートなどに任意の細胞数ずつ植菌することが可能である.一方,上記Nitrospiraの分離培養過程において,植菌された各ウエルのうち,培養期間後(約1カ月)に増殖が確認された割合はわずか数%であった.つまり植菌したNitrospiraは何らかの理由によって増殖を開始していなかったことが示唆される.また,サンプル中には対象微生物以外にも多くの雑多な微生物種が存在するため,もし従来法(単純な限界希釈培養法)で分離培養を試みたと仮定すると,Nitrospiraの分離培養株を得るためには,非現実的な数のマイクロプレートと作業労力を費やす必要があることが計算上推察された.したがって,この結果(低い培養効率)は対象微生物を選択的に分離して植菌することの有効性と難培養性微生物の特性を同時に示唆していると言える.

分離培養のプロセスを単位ごとに分解すると,①サンプリング,②分離,③植菌,④培養,⑤検出,⑥回収の6つのステップから成り立っている.そこで,もし実環境中に設置するだけで複数の菌株を,その場で分離・純粋培養操作を行うことを可能にする道具,すなわち上記①から④までのステップを自動的に行うことが可能になれば,それは全く新しい方法論・技術・コンセプトであり,究極的な分離培養手法と言える.筆者らはナノ・マイクロ成型技術を組み合わせて,上記のコンセプトを実現する全く新しい分離培養デバイスを開発した(7)7) N. Tandogan, P. N. Abadian, S. Epstein, Y. Aoi & E. D. Goluch: PLoS ONE, 9, e101429 (2014)..その新規デバイスは,培地が充填されているチャンバーとそこから外環境につながる細い管(ナノチャンネル:最小幅600 nm,最大幅5 µm)によって構成されている.環境中の微生物は入口付近で増殖を始め,培養容器に向かってナノチャンネル内を1列に分裂を繰り返しながら進み,最終的に培養容器内で検出可能レベルまで増殖する.一つの細胞が管内で増殖を開始すると管(ナノチャンネル)はふさがりほかの微生物は侵入できないため,純粋菌株が得られるという原理に基づいている.混合培養系から単一の種類を分離することはすでに実証されており,今後環境微生物への幅広い適用が期待される.現存するすべての分離培養手法は,①限界希釈培養法または,②平板培養法に立脚していると言っても過言ではない.ところが,本手法は,「微生物細胞自身が能動的に分離して増殖する」という点で,従来の方法論とは全く異なる第3の方法として定義することが可能である.

図1■自動的に微生物を分離培養するデバイスの原理とモデル微生物を用いたコンセプトの実証

最近,画期的な抗生物質であるTeixobactinが報告された(8)8) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engels, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015)..それは新規分離培養手法(in situ培養)を通じて獲得された菌株から発見されたものである.in situ培養とは膜を利用したデバイスを用いて実環境中で分離培養を行う方法であり,すでにいくつかの手法が提案されている(9~11)9) T. Kaeberlein, K. Lewis & S. S. Epstein: Science, 296, 1127 (2002).10) Y. Aoi, T. Kinoshita, T. Hata, H. Ohta, H. Obokata & S. Tsuneda: Appl. Environ. Microbiol., 75, 3826 (2009).11) D. Nichols, N. Cahoon, E. M. Trakhtenberg, L. Pham, A. Mehta, A. Belanger, T. Kanigan, K. Lewis & S. S. Epstein: Appl. Environ. Microbiol., 76, 2445 (2010)..Teixobactinを産生する菌株Eleftheria terraeが従来法では分離培養困難であったのかどうかは定かではないが,上記の成果は新規分離培養手法の開発が新たな未利用資源の再開拓につながり,産業的に有用な基盤技術となりえることを示している.

革新的な分離培養手法の創造は,神話に挑戦するような途方もないことではなく,現実的な戦略に基づいて科学的知見と既存技術を組み合わせ,ほんの少しの想像力を添加して実現するものである.また分離培養技術への革新を試みる努力そのものが,実は「微生物はなぜ培養できないか」という問いの答えを導く最短のプロセスでもある.そしてそれこそが,未知なる環境微生物のポテンシャルを明らかにし,そして最大限引き出す起爆剤の一つになるのではないかと考えられる.

Reference

1) J. T. Staley & A. Konopka: Annu. Rev. Microbiol., 39, 321 (1985).

2) 玉木秀幸,鎌形洋一:化学と生物,50, 730 (2012).

3) 橋床泰之:化学と生物,52, 73 (2012).

4) S. Buerger, A. Spoering, E. Gavrish, C. Leslin, L. Ling & S. S. Epstein: Appl. Environ. Microbiol., 78, 3229 (2012).

5) S. S. Epstein: Nature, 457, 1083 (2009).

6) H. Fujitani, N. Ushiki, S. Tsuneda & Y. Aoi: Environ. Microbiol., 16, 3030 (2014).

7) N. Tandogan, P. N. Abadian, S. Epstein, Y. Aoi & E. D. Goluch: PLoS ONE, 9, e101429 (2014).

8) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engels, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015).

9) T. Kaeberlein, K. Lewis & S. S. Epstein: Science, 296, 1127 (2002).

10) Y. Aoi, T. Kinoshita, T. Hata, H. Ohta, H. Obokata & S. Tsuneda: Appl. Environ. Microbiol., 75, 3826 (2009).

11) D. Nichols, N. Cahoon, E. M. Trakhtenberg, L. Pham, A. Mehta, A. Belanger, T. Kanigan, K. Lewis & S. S. Epstein: Appl. Environ. Microbiol., 76, 2445 (2010).