Kagaku to Seibutsu 53(7): 432-441 (2015)
解説
うま味物質の健康価値―グルタミン酸ナトリウムの生理機能
Physiological Role of Umami Taste Substance, Monosodium Glutamate in Healthier Life
Published: 2015-06-20
和食(WASHOKU)は出汁(だし)のうま味を共通の要素として高度にそして多様に発達してきた.日本の食文化がユネスコ無形文化遺産に認定されたことを含め,日本食のもつ健康価値が改めて世界から注目されている.われわれはうま味調味料グルタミン酸ナトリウム(MSG)の生理機能を先端的脳科学と栄養生理学的な研究手法を用いて追及し,うま味物質は「タンパク質摂取のマーカー」として味覚と内臓感覚を介して摂取したタンパク質の消化吸収にかかわるさまざまな生理機能を賦活し,健康な食生活に寄与している可能性を示してきた.本解説では,うま味の生理機能に注目し,日本食がもつ健康価値の可能性について解説していきたい.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
2013年12月,日本の和食(日本人の伝統的な食文化)が韓国のキムジャン(Kimjang)食文化とともにユネスコ無形文化遺産に認定された.これは,フランス美食術,地中海料理,トルコ,メキシコの各伝統料理に続く,日本人の伝統的な食文化の認定である.この第五の食文化は「発酵調理」を共通の要素として高度・多様に発達した食文化であるとも捉えることができる.発酵過程で生じるさまざまな低分子(アミノ酸,ペプチドや核酸,有機酸など)の呈味や生理機能特性を食品の「おいしさ」や「健康価値」の向上に活かしてきた先人の探究心の現れでもある.
日本では7世紀以降律令制度による中央集権の体制が存在し,海産物の収穫も多く,税として「海産物を乾物にして京都に送る」という制度があった.北日本の乾燥コンブ(グルタミン酸)と四国や九州の鰹節(イノシン酸)が京都で出会い,これらを湯戻した出汁(だし)が和食の基本となり日本各地に広がったと考えられる.昆布や鰹節によるだしの味,そして味噌・醤油や魚醤などの発酵調味料の味の基本は,素材由来,あるいは発酵過程で産生されたグルタミン酸やイノシン酸がもたらす味,すなわち,「うま味(umami taste)」である.古来より日本においては新鮮な食材そのものの味を生かした調理が好まれ,うま味に富むだしは,素材のもつおいしさを引き出すとともに,さらにいっそうのうま味を加える調味料として和食の食文化形成に貢献してきた.無形文化遺産登録に際しても,和食の特徴の一つとして農林水産省のホームページには,「一汁三菜を基本とする日本の食事スタイルは理想的な栄養バランスと言われる.また,うま味を上手に使うことによって動物性油脂の少ない食生活を実現しており,日本人の長寿や肥満防止に役立つ」と記載され,うま味の重要性について言及している(1)1) http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/.
昨今,農業生産・輸送・保存技術の高度化により食糧不足を解決した先進諸国や新興国の一部では,生活習慣病を未然に防ぐために偏食や過食にならないための「健康な食生活」(healthy eating)の必然性が叫ばれている.そして,「健康な食生活」は「健康な消化管」(healthy gut)が存在して初めて可能となると考えられる.われわれはこれまで,消化管におけるグルタミン酸ナトリウム(monosodium glutamate; MSG)やイノシン酸ナトリウム(5′-inosinate monophosphate; IMP)の栄養・生理学的研究を通じて,食物の消化吸収過程における食品中のうま味成分の果たす役割を明らかにしようとしてきた.その結果,従来,口腔内のみに発現すると考えられていたうま味を受容する仕組みが消化管粘膜上にも存在し,うま味物質はタンパク質の摂取のマーカーとして胃および腸での消化活動の引き金を引き,食事タンパク質の消化吸収の最適化に必要な食品成分である可能性を示してきた(2,3)2) 畝山寿之:日本味と匂学会誌,20, 121 (2013).3) K. Torii, H. Uneyama & E. Nakamura: J. Gastroenterol., 48, 442 (2013)..食物の消化は一連の神経性および液性因子(消化管ホルモン)の作用により円滑に営まれる.これは単に食物の消化吸収の過程にとどまらず,消化吸収以外の生理作用,すなわち,満腹感(satiety)などの摂食後効果(post-ingestive effect)による摂食行動の調節にまで強い影響を与えることを意味する.近年,うま味物質であるMSGやIMPは,その摂食後効果に影響することで,摂取カロリーの適性化などの「健康な食生活」に貢献する可能性が見えてきている.本解説では,これまでのうま味物質の消化生理研究や食行動研究を振り返り,動物がグルタミン酸や核酸の呈味であるうま味を「タンパク質摂取のマーカー」として認知するようになった生理学的な背景を考え,“うま味物質”のもつ健康価値を推察する.
うま味は基本味の一つであるが,人類が純粋なうま味物質を手にしたのは食塩,食酢,蜂蜜(糖),多様な苦味物質などほかの4基本味物質と比べてごく最近のことである.1908年,池田菊苗東京帝国大学理学部教授が,昆布だしからグルタミン酸塩(主にナトリウム塩)を抽出することに成功し,グルタミン酸が,基本4味(塩味,甘味,苦味,酸味)とは異なる第五の新しい基本味,「うま味」をもたらすアミノ酸であることを発見した.これは,栄養素としてのアミノ酸が呈味という生理作用をもつことを初めて示した研究成果でもあり,アミノ酸研究史上もたいへん重要な発見となった.その後,1913年に池田門下の小玉新太郎により,鰹だしから核酸系のうま味物質,5′-イノシン酸塩(IMP)が,そして1956年にヤマサ醤油(株)の國中明により,5′-グアニル酸塩(5′-guanirate monophosphate; GMP)がうま味物質であることが発見され,後にこれが干し椎茸のうま味成分であることが確認された.これらの代表的なうま味成分はすべて日本人研究者の手によって発見されており,うま味はまさに日本発の味であることが伺える.その後,うま味を認知する体の仕組みに関する味覚生理学的研究も日本人に手により進められたが(4)4) K. Kurihara: Am. J. Clin. Nutr., 90, 719S (2009).,舌上でうま味を感知する受容体分子の同定は米国が先行した(5)5) J. Chandraskekar, M. A. Hoon, N. P. J. Ryba & C. S. Zuker: Nature, 444, 289 (2006)..現在では,オックスフォード現代英英辞典に“umami”として収集され,うま味は国内だけにとどまらず,広く国際用語umamiとして認知されるまでに至っている.
池田菊苗は,うま味の発見動機として下記のとおり記している(6)6) 池田菊苗:青空文庫,http://www.aozora.gr.jp (1933)..
「東洋学芸雑誌上に於て三宅秀博士の論文を読みたるに佳味が食物の消化を促進することを説けるに逢へり.余も亦元来我国民の栄養不良なるを憂慮せる一人にして如何にして之を矯救すべきかに就て思を致したること久しかりしが終に良案を得ざりしに此の文を読むに及んで佳良にして廉価なる調味料を造り出し滋養に富める粗食を美味ならしむることも亦此の目的を達する一方案なるに想到し,前年来中止せる研究を再び開始する決意を為せり.」
すなわち,「食べ物をおいしくし,消化を助けて栄養状態を向上させ,日本国民の健康に資する安価な調味料を開発すること」を志としており,目的は日本国民の健康増進であった.そして,「佳味が食物の消化を促進する」ことを科学的に裏づける研究成果は,1936年,海軍軍医医学校内科学教室から「味ノ素ノ胃液分泌ニ及ぼす影響ニ関スル臨床的研究」と題して報告されている(7)7) 寺門正文:海軍軍医会雑誌,15, 458 (1936)..脚気の原因が精米であることを疫学的に突き止めた高木兼寛も海軍医であったように,戦時においては軍隊の健康増進のための医学研究が盛んに行われていたようである.その報告の中でMSGの水溶液摂取は胃液の分泌を副交感神経依存的に引き起こすことを臨床研究で示した.一方,うま味物質の消化促進に関する先駆的な学術研究は海外においても実施されていた.1978年,米国のモネル化学感覚センターで口腔内のMSG刺激によるイヌの膵液分泌促進が明らかになった(8)8) Y. Akiba & J. D. Kaunitz: Am. J. Clin. Nutr., 90, 826S (2009)..そして,1993年,旧ソビエト連邦最大の生理学研究所であるパブロフ生理学研究所の流れをくむ研究グループから,ロシアの科学雑誌に「Effect of glutamate and combined with inosine monophosphate on gastric secretion」という題名で全文ロシア語の報告がなされた(9)9) L. S. Vasilevskaia, M. V. Rymshina & G. K. Shlygin: Vopr. Pitan., 3, 29 (1993)..彼らはイヌを用いてペットフード(肉餌)にうま味調味料(MSGとIMPの複合調味料)を添加したときの胃液の分泌量の変化を経時的に観察した.そして,うま味調味料を添加した肉餌を食べることで胃液の分泌量が高まり,胃でのタンパク質の部分消化が促進することを見いだした.さらに,慢性萎縮性胃炎患者を対象にした,MSGの胃酸分泌改善効果に関する臨床研究によりその効果も確認した(10)10) A. M. Kochetkov, G. K. Shlygin, T. I. Loranskaia, L. S. Vasilevskaya & S. Iu. Kondrashev: Vopr. Pitan., 5–6, 19 (1992)..
三大栄養素であるタンパク質はそれ自体は巨大な分子のため口腔内で味覚受容体と相互作用することができず,味覚を誘発できないと考えられている.事実,精製したカゼインを口に含んでもほとんど味を感じない.われわれは動植物組織に含まれるタンパク質と必ず共存する低分子の原材料であるアミノ酸の味を通してタンパク質の差を識別している.たとえば,グリシン,アラニン,アルギニンおよびグルタミン酸(およびイノシン酸,食塩,第二リン酸カリウム)を加えると,カニ肉の味を再現できる(11)11) S. Fuke & S. Konosu: Physiol. Behav., 49, 863 (1991)..近年,味覚受容体の分子生物学が急速に発展し,口腔内で栄養素を受容する味覚受容体候補が相次いで同定されている.興味深いことに,これらの味覚受容体は胃や腸といった消化管の粘膜上皮組織にも発現しており,摂取した栄養素の消化吸収や体内代謝の調節に関与していることを示す報告が近年数多く見受けられる.この消化管における味覚受容(栄養素受容)研究に関しては甘味研究が先行しているので,文献12を参照していただきたい(12)12) Z. Kokrashvili, K. K. Yee, E. Ilegems, K. Iwatsuki, Y. Li, B. Mosinger & R. F. Margolskee: Br. J. Nutr., 111(Suppl. 1), S23 (2014)..ここでは,われわれのうま味受容研究事例を紹介する.
マイアミ大学のチャウダリらは,腔内でうま味物質を受容する受容体の存在を最初に示した.彼女は,代謝型グルタミン酸4型の変異体が味細胞上に発現しており,食品中のグルタミン酸を受容することを報告した(13)13) N. Chaudhari, A. M. Landin & S. D. Roper: Nat. Neurosci., 3, 113 (2000)..その後,うま味受容体として,味覚受容体(T1R1/T1R3)や代謝型グルタミン酸I型の存在などが知られるようになった(14,15)14) G. Nelson, J. Chandrashekar, M. A. Hoon, L. Feng, G. Zhao, N. J. Ryba & C. S. Zuker: Nature, 416, 119 (2002).15) T. Toyono, Y. Seta, S. Kataoka, S. Kawano, R. Shigemoto & K. Toyoshima: Cell Tissue Res., 313, 29 (2003)..一方,消化管におけるうま味(グルタミン酸)受容の存在の可能性を示唆したのは,1991年に新潟大学の新島である(16)16) A. Nijima: Physiol. Behav., 49, 1025 (1991)..彼は胃・腸の内腔にさまざまなアミノ酸を注入し,迷走神経活動を計測し,グルタミン酸に強い神経活動亢進作用があることを発見した.その後,われわれは,胃・腸内腔のうま味物質(グルタミン酸,核酸)の迷走神経活性化効果の特徴を明らかにした(17)17) A. Kitamura, T. Tsurugizawa, A. Uematsu & H. Uneyama: Curr. Pharm. Des., 20, 2713 (2014).(文献17を参照).
消化管でのグルタミン酸受容の脳内処理過程について検討した例を紹介する.非侵襲的な脳機能の計測手法としては脳磁図計測法(MEG)や近赤外光脳機能計測法(fNIRS),機能的MRI法(fMRI)が有名であるが,われわれは動物用MRI装置(4.7テスラ)を用いてグルタミン酸や核酸の消化管受容後の脳内活動を画像により経時的に捉えることに世界で初めて成功している(18,19)18) T. Tsurugizawa, A. Uematsu, T. Kondoh, E. Nakamura, M. Hasumura, M. Hirota, H. Uneyama & K. Torii: Gastroenterology, 137, 262 (2009).19) T. Tsurugizawa, A. Uematsu, H. Uneyama & K. Torii: Chem. Senses, 36, 169 (2011)..図1図1■グルタミン酸ナトリウムとグルコース水溶液の胃内投与後の脳活動部位の違いにグルコース水溶液とグルタミン酸水溶液を胃内に注入したときのそれぞれの脳内伝達経路を示した.消化管からのグルタミン酸情報は迷走神経の投射先である延髄孤束核に入力され,島皮質および,記憶や情動・食欲調節に関係する大脳辺縁系の各神経核(海馬扁桃体)や視床下部の各神経核に伝わる.一方,グルコース水溶液の場合は迷走神経経由で延髄孤束核に入力されるのではなく,おそらく液性因子を介する経路により,摂取後情報は脳に伝わるようである.グルコースは上記の神経核に加え,報酬に関連する神経核(側坐核,腹側被蓋野)が大きく活動することが特徴である.脳内報酬系の活性化は食の嗜癖性に大きく関係している.われわれが調べた限りにおいては,摂取後効果(post-ingestive effect)として,アルコール,グルコース,脂質は脳内報酬系を活性化するが,食塩とうま味物質(グルタミン酸と核酸)は脳内報酬系の活性化をfMRIで明確に捉えることはできなかった.このことは,うま味による「おいしさ」は脂肪や砂糖のように,摂取後効果による強い嗜癖性を惹起しないことを意味している.事実,ラットを用いた行動試験では,グルコースに対する嗜好性は側坐核の両側破壊によりかなりの部分が消失するが,MSG水溶液に対する嗜好性はほとんど影響を受けない(20)20) R. Shibata, M. Kameishi, T. Kondoh & K. Torii: Physiol. Behav., 96, 667 (2009)..さらに,われわれもバー押しによる摂取欲求を計測する行動実験では,グルタミン酸摂取欲求はグルコースと比べて嗜癖性はなく,生理的欲求に基づいた嗜好であることを示している(21)21) A. Uematsu, T. Tsurugizawa, A. Kitamura, R. Ichikawa, K. Iwatsuki, H. Uneyama & K. Torii: Physiol. Behav., 102, 553 (2012)..
味覚生理学者は「各基本味は私たちの健康にとって,栄養生理学的な意義をもつ」と説く.すなわち,苦味と酸味は毒物や腐敗を意味し,食べてはいけないというシグナルであり,甘味はエネルギー,塩味はミネラル,うま味はタンパク質,といったように栄養素を補給するためのシグナルと考える.食事性の動物性,植物性ともに,タンパク質の構成アミノ酸で最も多いのはグルタミン酸である.タンパク質を含む食材には必ず,素材であるグルタミン酸が比較的多く含み,そのグルタミン酸をタンパク質の目印として生物は利用することになった,とも推察できる.一方,飼育中の餌のタンパク質含量とMSG水溶液(うま味)の嗜好性を検討したラットの研究では,摂取タンパク量が多くなるに従いグルタミン酸に対する嗜好が上昇することが知られている(22)22) M. Mori, T. Kawada, T. Ono & K. Torii: Physiol. Behav., 49, 987 (1991)..なぜ,摂取タンパク質が多くなるとより多くのグルタミン酸を必要とするようになるのか,その答えの一つとして,うま味物質はタンパク質の消化吸収の最適化に必要な物質であるということがわかりつつある.以降は,タンパク質摂取マーカーとしてのうま味物質が共存する意義について考えてみたい.
食事タンパク質の効率的な消化には,①胃における胃酸とペプシンの作用による変性と部分消化の過程や膵液および腸上皮でのキモトリプシン,トリプシン,エラスターゼ,カルボキシペプチダーゼなどによる完全消化の過程,すなわち消化管の外分泌機能を高めることと同時に,②これらの消化(攻撃)因子から消化管粘膜が完全に守られること,が非常に重要となってくる.さらに消化吸収の最適化という観点からは,消化吸収可能な最適量を最適タイミングで食物が輸送されること,すなわち,③胃排出などの胃と腸の運動の効率的な統合も重要となってくる.消化吸収しきれない量のタンパク質が腸に送り込まれると,過剰な腸管伸展や浸透圧バランスの崩れによる下痢や不快感の発生の原因ともなりうるからである.
表1表1■うま味物質(MSG, IMP)と消化機能に関する研究一覧に,本観点からのうま味物質と消化機能に関するこれまでの報告をまとめた.うま味物質は,①の消化の攻撃因子を高めると同時に,②防御因子を高め,③胃腸内食物輸送の適切な調節を行い,摂取タンパク質の消化吸収の最適化に寄与することが伺える.さらに,これらのうま味物質の消化管機能賦活効果を積極的に利用して,消化管の機能異常を改善する可能性を検討した報告もいくつか存在する.げっ歯類を用いた,急性および慢性の胃腸粘膜障害モデルや急性下痢モデルにおいて0.5%MSG添加による下痢様症状の軽減が確認されている(23)23) S. Somekawa, N. Hayashi, A. Niijima, H. Uneyama & K. Torii: Br. J. Nutr., 107, 20 (2011)..うま味物質の利点を活かした臨床応用事例として,萎縮性胃炎や機能性胃腸症治療に向けた取り組みや,胃瘻患者の栄養管理への活用事例が存在する(10,24,25)10) A. M. Kochetkov, G. K. Shlygin, T. I. Loranskaia, L. S. Vasilevskaya & S. Iu. Kondrashev: Vopr. Pitan., 5–6, 19 (1992).24) M. Kusano, H. Hosaka, A. Kawada, S. Kuribayashi, Y. Shimoyama, H. Zai, O. Kawamura & M. Yamada: Curr. Pharm. Des., 20, 2775 (2014).25) 大浦紀彦,増田 学,丹波光子:静脈経腸栄養学雑誌,22, 345 (2007)..さらに,テキサスA&M大学のG. Wuらは,グルタミン酸強化飼料を離乳後の子豚に与えることで,子豚の消化管機能の賦活と飼料栄養効率の向上の可能性を報告している(26)26) R. Rezaei, D. A. Knabe, C. D. Tekwe, S. Dahanayaka, M. D. Ficken, S. E. Fielder, S. J. Eide, S. L. Lovering & G. Wu: Amino Acids, 44, 911 (2013)..これら,うま味とタンパク質の消化調節に関しては文献2, 27に詳しく紹介しているので参照していただきたい(2,27)2) 畝山寿之:日本味と匂学会誌,20, 121 (2013).27) H. Uneyama: Yakugaku Zasshi, 131, 1699 (2011)..細胞流動食へグルタミン酸を添加することで,胃や十二指腸での食物摂取シグナルを誘発させ,胃排出調節などの生体が本来もっている消化吸収調節の機構を最大限に賦活し,栄養素の利用効率を向上させることができると思われる.
項目 | 分類 | 対象 | 結果・推察 | 文献 |
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外分泌機能 | 消化因子の亢進 | イヌ | 肉餌へのうま味調味料(MSG+IMP)添加により、胃液分泌を高める。 | Vasilevskaia et al. (9) |
アミノ酸成分栄養剤へのMSGの添加は、内臓感覚(神経性および液性)を介して胃外分泌(胃酸/ペプシン/胃液)を誘導する。 | Zolotarev et al. (55), Khropycheva et al. (56) | |||
MSG水溶液の摂取は膵液分泌を誘導する。 | Ohara et al. (57, 58) | |||
防御因子の亢進 | ラット | MSG水溶液の胃内投与は、胃粘液の分泌を高める。 | Akiba & Kaunitz (8) | |
MSGおよび(MSG+IMP)水溶液の十二指腸内投与は、十二指腸粘液分泌を高める。MSGとIMPの相乗効果はない。 | Akiba et al. (59) | |||
MSGおよび(MSG+IMP)水溶液の十二指腸内投与は、十二指腸重炭酸分泌を高める。MSGとIMPの相乗効果あり。 | Wang et al. (60) | |||
運動機能 | 胃腸運動の亢進 | イヌ | 餌へのMSG添加は胃、十二指腸、回腸、空腸運動を亢進する。 | Toyomasu et al. (61) |
健康成人 | 高タンパク流動食へのMSG添加は胃排出を亢進する。 | Zai et al. (62) | ||
一般流動食へのMSG添加は十二指腸運動を亢進させることで排出を早める。 | Teramoto et al. (63) | |||
臨床応用の可能性 | 経管栄養の向上 | ラット | 流動食へのMSG添加は、経管栄養時の下痢を予防する可能性がある。 | Somekawa et al. (23) |
マウス | MSG水溶液の摂取は、中心静脈栄養時の腸管粘膜萎縮を防止する可能性がある。 | Xiao et al. (64) | ||
患者 | 胃ろう患者へのMSG含有流動食の投与は患者のQOLを向上する可能性がある。 | 大浦ら(25) | ||
粘膜障害の予防 | ラット | MSG強化食はNSAID誘発性の十二指腸粘膜障害を予防・治療する。 | Amagage et al. (65) | |
砂ネズミ | MSG強化食はH. pylori誘発性の胃粘膜障害を予防する。 | Nakamura et al. (66) | ||
患者 | MSG強化食は慢性萎縮性患者の胃酸分泌能力を改善する。 | Kochetkov et al. (10) | ||
うま味物質は消化管の外分泌および運動機能を高めることがいくつかの動物およびヒトの試験で確認されている. |
私たちは食事中に五感(視覚,嗅覚,味覚,聴覚,触覚)と内臓感覚を通して脳に送られるさまざまな食情報を統合しおいしさの総合判断を行い,もっと食べるのか,あるいは満腹したので食べるのを止めるか,あるいは特定の栄養素が不足しないよう別の食物を食べるかなどの複雑な判断をしている.そして,食後の満足感(fulfillment)は脳に記憶され,次に食べるときの判断基準として大切な情報となっている.食物を口に入れてから「おいしかった」という満足感を得るまでの食情報処理の概略を図に示した(28)28) 畝山寿之,鳥居邦夫:臨床栄養学雑誌,109, 313 (2006).(図2図2■食事の際のおいしさの情報処理).味覚情報は延髄孤束核から大脳皮質味覚野に送られる.大脳皮質にはいろいろな感覚が入力される領域があり,食べ物の色,形などに関する情報は,それぞれ大脳皮質の各感覚野に伝達される.そして,食行動に伴う五感情報は,食事中あるいは食後の消化吸収の際に消化器で発生する内臓感覚情報(こちらも味覚と同様に延髄孤束核を経由する)が大脳皮質の前頭連合野で統合され,大脳辺縁系の海馬や扁桃体に送られる.海馬は短期記憶を担い,扁桃体は快・不快あるいは好き嫌いといった情動や味覚の学習行動に関係する脳部位で,食べ物の味嗜好性との関係などを連合学習する場所と考えられている.すなわち,過去の食体験との照合と学習が行われる.そして「食べても問題がない」と判断されれば視床下部の摂食中枢(外側野)が刺激され「食べる」という行為が起こる(食行動発現).逆に「食べてはいけない」と判断された場合には食べるのをやめる(食行動停止).このように食体験で形成された記憶は,食べ物を口に入れたときの「おいしい」という感覚から「おいしかった」という満足感につながる大きな要因の一つと言える.「おいしかった」という満足感の繰り返しは「また食べたい」につながると考えられている(28)28) 畝山寿之,鳥居邦夫:臨床栄養学雑誌,109, 313 (2006)..ここで言う広義の満足感(fulfillment)という概念は,飽満感(satiation)と満腹感(satiety)およびそのほかの心理的因子(食経験と連合した快感情など)を含んだ総合的な食事感覚を指しており,科学的な解明手段が遅れている研究領域でもある.
私たちの食リズム形成の根源は,飢え(hunger)の感覚の強弱である.図3図3■食事感覚と摂食調節:飽満感(satiation)と満腹感(satiety)Aに食事とhunger変化の関係を示す.われわれは食事中のsatiationによりhungerが低下して食事を止めると考えられている.そしてその後に発生するsatietyが持続する限り,hungerは抑制され,次の食事までの間隔を生み出す(29)29) J. E. Blundell & G. Finlayson: Physiol. Behav., 82, 21 (2004)..これらのsatiationとsatietyの感覚は,結果的に感情的には快感覚(ポジディブな感覚)を伴い,私たちは無理なく次の食事まで過ごすことができる.適度な食事間隔は摂取栄養素の消化吸収,代謝,残渣排泄だけでなく,消化管の機能メンテナンスにとってたいへん重要な時間となる.満足感形成の現在の仮説を図3Bに示す.Satiationとsatiety形成早期には味嗅覚などの五感が重要な役割を果たし,satiety形成後期には消化吸収活動に伴う内臓感覚(visceral sense)が重要な役割を果たす.近年は,腸内細菌叢活動もsatiety形成に影響を与えうることがわかり,新たな機能性食品のターゲットとして注目を浴びている(30,31)30) N. Delzenne, J. Blundell, F. Brouns, K. Cunningham, K. De Graaf, A. Erkner, A. Lluch, M. Mars, H. P. Peters & M. Westerterp-Plantenga: Obes. Rev., 11, 234 (2010).31) B. Petschow, J. Doré, P. Hibberd, T. Dinan, G. Reid, M. Blaser, P. D. Cani, F. H. Degnan, J. Foster, G. Gibson et al.: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1306, 1 (2013)..
A)食事感覚と摂食リズムの関係:飢えの感覚(hunger)は2つの食事感覚(satiationとsatiety)により影響される.食事摂取はsatiationにより停止し,satietyによりhungerが抑えられる.
今回は,生理学的な研究の裏づけが最も進んでいる,満腹感に対するうま味物質の効果について最近の研究成果を紹介する.
三大栄養素(脂質,糖質,タンパク質)は単位カロリー当たりの満腹感の持続効果は異なることが知られている.表2表2■三大栄養素の満腹感効果に関するヒト試験研究一覧に各栄養素の満腹感に対する効果を確認した研究をまとめた.限定的な研究ではあるが,三大栄養素の中でタンパク質は最も満腹感効果が強いことがわかる(32~41)32) M. Porrini, R. Crovetti, G. Testolin & S. Silva: Appetite, 25, 17 (1995).33) A. M. Johnstone, R. J. Stubbs & C. G. Harbron: Eur. J. Clin. Nutr., 50, 418 (1996).34) S. D. Poppitt, D. McCormack & R. Buffenstein: Physiol. Behav., 64, 279 (1998).35) R. J. Stubbs, L. M. O’Reilly, A. M. Johnstone, C. L. Harrison, H. Clark, M. F. Franklin, C. A. Reid & N. Mazlan: Eur. J. Clin. Nutr., 53, 13 (1999).36) M. Potier, G. Fromentin, A. Lesdema, R. Benamouzig, D. Tome & A. Marsset-Baglieri: Br. J. Nutr., 104, 1406 (2010).37) M. S. Westerterp-Plantenga, V. Rolland, S. A. Wilson & K. R. Westerterp: Eur. J. Clin. Nutr., 53, 495 (1999).38) M. Porrini, A. Santangelo, R. Crovetti, P. Riso, G. Testolin & J. E. Blundell: Physiol. Behav., 62, 563 (1997).39) D. S. Weigle, P. A. Breen, C. C. Matthys, H. S. Callahan, K. E. Meeuws, V. R. Burden & J. Q. Purnell: Am. J. Clin. Nutr., 82, 41 (2005).40) R. L. Batterham, H. Heffron, S. Kapoor, J. E. Chivers, K. Chandarana, H. Herzog, C. W. Le Roux, E. L. Thomas, J. D. Bell & D. J. Withers: Cell Metab., 4, 223 (2006).41) M. Journel, C. Chaumontet, N. Darcel, G. Fromentin & D. Tome: Adv. Neutr., 3, 322 (2012)..動物実験においても食餌中のタンパク質含量が増えると,満腹感増強と総摂取カロリーの低下が確認されている(42)42) L. Pichon, M. Potier, D. Tome, T. Mikogami, B. Laplaize, C. Martin-Rouas & G. Fromentin: Br. J. Nutr., 99, 739 (2008)..満腹感におけるタンパク質組成の違いに関しては,残念ながら満腹感効果の評価手法の統一がなされていないため,現時点では確かなことは言えないようである(43)43) J. A. Gilbert, N. T. Bendsen, A. Tremblay & A. Astrup: Nutr. Metab. Cardiovasc. Dis., 21(Suppl. 2), B16 (2011)..タンパク質の満腹感効果のメカニズムに関しては,①血中アミノ酸のインバランス説,②ロイシンや,食欲調節に関連する神経伝達物質(セロトニンやヒスタミン)の前駆体である特定のアミノ酸(トリプトファンやヒスチジン)の生理作用であるという説,そして,③タンパク質の消化吸収過程で放出される消化管ホルモン(GLP-1,CCK,PYYなど)の生理効果であるという,いわゆる満腹感ホルモン説が存在する.
満腹感に対する効果 | 対象者 | 高タンパク質食の組成 | 摂取期間 | 文献 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
タンパク質(%) | 脂質(%) | 炭水化物(%) | ||||
タンパク質>炭水化物 | 健康男性(12名) | 56 | 25 | 19 | 2時間 | Porrini et al. (32) |
タンパク質>炭水化物>脂質 | 健康男性(6名) | 60 | 20 | 20 | 15日 | Johnstone et al. (33) |
タンパク質>炭水化物=脂質 | 健康女性(12名) | 37 | 29 | 34 | 90分 | Poppitt et al. (34) |
健康男性(16名) | 60 | 20 | 20 | 24時間 | Stubbs et al. (35) | |
タンパク質=炭水化物>脂質 | 健康男女(56名) | 100 | 0 | 0 | 前摂取 | Potier et al. (36) |
健康女性(8名) | 29 | 10 | 61 | 24時間 | Westerterep-Plantenga et al. (37) | |
タンパク質>脂質 | 健康男性(14名) | 54 | 45 | 1 | 2時間 | Porrini et al. (38) |
健康男女(19名) | 30 | 20 | 50 | 4週間 | Weigle et al. (39) | |
タンパク質>脂質>炭水化物 | 健康男性(10名) | 65.3 | 17.4 | 17.3 | 25分 | Batterham et al. (40) |
多くの研究成果が,タンパク質は最も満腹感効果が高い栄養素であることを示している.(文献43を一部改訂) |
近年,うま味物質の満腹感に対する効果を示唆すると思われる報告がいくつか報告されてきている(44~47)44) T. Imada, S. S. Hao, K. Torii & E. Kimura: Appetite, 79, 158 (2014).45) U. Masic & M. R. Yeomans: Physiol. Behav., 127, 116 (2013).46) U. Masic & M. R. Yeomans: Am. J. Clin. Nutr., 100, 532 (2014).47) U. Masic & M. R. Yeomans: J Nutr Sci., 13, e15 (2014)..われわれも健康成人を対象にした試験を実施した経験があるので,ここで紹介する(48)48) 今田敏文,巴 美樹,宮本菜里,木村英一郎,合田芳樹,畝山寿之,鳥居邦夫:日本味と匂学会誌,16, 401 (2009)..健康成人12名に通常に昼食を摂取させ,最後にMSGを添加したスープと添加しないスープを摂取する.そして,スープ摂取後の食事感覚をビジュアルアナログスケール(VAS)を用いた質問票で測定し,実際の食後の自由にデザート(ケーキ・スナック類)を選択摂取させ,デザートの摂取カロリーがどう変わるかについて検討した.その結果,MSG添加スープを飲んだ後の満腹感指標は持続し,デザートの摂取カロリーの有意な低減が認められた(図4図4■グルタミン酸ナトリウムの満腹感効果).つまり,グルタミン酸を含むだしの摂取は,満腹感をもたらし,食事の摂取カロリーを低減させる可能性の実感を得ている.食事前のスープへのうま味強化の影響を観察した同様の試験結果は欧米からも報告されており,いずれの報告においてもわれわれのうま味物質の満腹感醸成効果を支持する結果となっている(44~47)44) T. Imada, S. S. Hao, K. Torii & E. Kimura: Appetite, 79, 158 (2014).45) U. Masic & M. R. Yeomans: Physiol. Behav., 127, 116 (2013).46) U. Masic & M. R. Yeomans: Am. J. Clin. Nutr., 100, 532 (2014).47) U. Masic & M. R. Yeomans: J Nutr Sci., 13, e15 (2014)..特に,英国サセックス大学のYoemansらのグループは,うま味物質の満腹感に対する効果は,スープの栄養組成により大きく影響を受けるという興味深い事実を見いだしている(45)45) U. Masic & M. R. Yeomans: Physiol. Behav., 127, 116 (2013)..すなわち,ノンカロリーや炭水化物主体のスープへのMSGの添加は,満腹感スコアの増強はほとんど認められないが,タンパク質を主体としたスープへのMSG添加は満腹感スコア増強が認められたのである.すなわち,うま味物質はタンパク質による満腹感効果を増強していると考えられる.上述のとおり,タンパク質の消化吸収過程では消化に関連したホルモン以外にも,さまざまな満腹感ホルモンが遊離されることが知られており,うま味のタンパク質の消化促進効果が同時にこれらの満腹感ホルモンの遊離過程にも影響を与えている可能性も考えられる.本仮説に関する今後の検証が期待される.ここでぜひとも注意してほしいのは,数時間の幅での満腹感に対する効果を見る試験結果が直接的に数カ月以上に及ぶ総カロリー摂取低減につながるという確証は得られていない,ということである.実際の食生活の中でうま味成分の強化が過食を防ぎ体重コントロールにまで影響を及ぼすことができるのかについてはこれからの課題である.一方,カロリー過剰摂取による肥満形成をうま味物質MSGは予防する可能性があることは動物実験においては示唆されている.しかしながら,その効果に関しては動物種(ラット,マウス)によりに差があるようである.ラットの高脂肪食誘発肥満モデルでは,血中レプチン濃度の低下に伴う肥満形成予防効果が確認されているが,マウスでの同様の研究では,大きな影響は認められていない(49,50)49) T. Kondoh & K. Torii: Physiol. Behav., 95, 135 (2008).50) X. Ren, J. G. Ferreira, C. W. Yeckel, T. Kondoh & I. E. Araujo: Digestion, 83(Suppl. 1), 32S (2011)..マススはラットに比べ体熱拡散が著しく高く,体重維持のたのため摂食量(体重当たりの)も多い.よりヒトに近い大型の動物での確認が必要であると考える.
以上,代表的なうま味物質であるグルタミン酸ナトリウムを中心とした最近の生理作用研究を紹介した.タンパク質“protein”はギリシア語の“プロティオス(第一の,最も重要な)”を語源が示すとおり,タンパク質(すなわちアミノ酸)をいかに効率的に外から取り入れ再利用するかは生命の存在にとって最も重要である.われわれは日々,あまり意識することはないが,食事とともに遊離のグルタミン酸などのうま味物質の調理を工夫して摂取している.遊離グルタミン酸は口腔内において,うま味という味覚を介し,タンパク質を含む食物にうま味を付与することで,意識にのぼる“おいしさ(うま味)”として認知され嗜好性を高める.同時に,いったん飲み込まれた後,消化管では腹部迷走神経求心路を介する神経性および液性調節を介して,胃酸や消化酵素の分泌が効果的に誘導され,摂取したタンパク質の消化吸収の最適化に寄与しているものと考えられる.そして,遊離グルタミン酸によるタンパク質の消化吸収過程にかかわる消化管機能の賦活は,同時に,満腹感醸成などを通じた食リズムの基礎的な形成にも深くかかわっている可能性がでてきている.すなわち,うま味物質はタンパク質摂取のマーカーとして,タンパク質摂取の目印として働き,摂取後の利用効率の最適化をもたらすと同時に食生活リズムの形成といった,私たちの健康な食生活に大きく寄与しているものと推測される.
われわれが生まれて最初に摂取するタンパク質は母乳中に含まれるカゼインである.たいへん興味深いことに,ヒトの母乳はうま味物質である遊離グルタミン酸を比較的多く含むことが知られている(51)51) D. K. Rassin, J. A. Sturman & G. E. Gaull: Early Hum. Dev., 2, 1 (1978)..赤ちゃんは生後少なくとも一定期間は母乳のみで健康に成長していく必要があり,母乳中のタンパク源の効率的な消化吸収と利用は赤ちゃんの成長を左右すると思われる.またこの時期は,外界からの栄養素摂取と消化吸収・利用の効率的なリズムを習得する予備期間でもある.米国モネル化学感覚研究所のJ. メネラらの研究では,調整乳中の遊離グルタミン酸を増やすことで,乳児のミルク摂取量を理想的な母乳哺育水準に近づくことが可能で,その要因の一つとして,適度な満腹感の形成を挙げている(52,53)52) A. K. Ventura, G. K. Beauchamp & J. A. Mennella: Am. J. Clin. Nutr., 95, 875 (2012).53) A. K. Ventura, L. B. Inamdar & J. A. Mennella: Pediatr. Obes., 250 (2014)..うま味物質は,私たちが人生をスタートさせる乳児期から身近に存在する栄養素・呈味物質として,私たちの健康を支えているのであろう.
われわれが健康に生きていくうえでは,タンパク質源をいかに確保し,生命活動で生じた体タンパク質の分解を生合成により補いバランスを維持することが不可欠である.現在なお,途上国の乳幼児や先進国の後期高齢者の多くは,低タンパク質栄養状態である一方,2030年には世界人口の3割近くが栄養過剰による肥満リスクを抱えると言われている.私たちは,日本の知恵であるうま味の発見と,それを調味料として商品化することで広く国民の栄養改善に貢献してきたこれまでの100年以上の軌跡について今一度見つめ直すことが,これらの課題を克服するヒントを提供できると考えている.和食がUNESCO無形遺産として登録がされた今,その健康的側面が改めて注目を集めている.うま味物質がもつ健康価値をさらに追求し,和食のもつ健康的価値の側面を解き明かしていければと願っている.
Acknowledgments
本解説の執筆にあたりさまざまなご助言いただきました,東北大学文学部 坂井信之先生,京都薬科大学名誉教授 竹内孝治先生,ニューロスピン研究所(仏)釣木澤朋和先生,うま味インフォメーションセンター 二宮くみ子先生に深く御礼申し上げます.
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