Kagaku to Seibutsu 53(7): 442-448 (2015)
解説
ポリフェノール,化学反応を基盤とする機能性物質―抗酸化反応から成分間反応まで
Polyphenols: Functional Chemicals Based on Their Chemical Reactions, from Antioxidation to Inter-Substance Reactions
Published: 2015-06-20
植物は,その生合成経路からさまざまなフェノール成分を蓄積している.それらは植物にとって,たとえばファイトアレキシンのような生物活性を有する物質として古くから研究対象になってきた.一方で,植物性食品におけるフェノール成分は,渋みやえぐみの原因物質とされ,それほど有用な物質とは考えられてこなかったが,フェノール成分が示す多様な機能が徐々に明らかになるにつれて,食品の重要な健康成分として認識されるようになった.今では,5大栄養素と食物繊維についで,第7栄養素といわれることもあり,その化学構造からポリフェノールという名称も定着した.ポリフェノールは,その構造的特徴から生体機能分子であるタンパク質などとの相互作用が起き,食品中のみならず生体系においてもさまざまな機能を発現する.なお,このような従来型の機能発現機構に加え,ポリフェノールの化学反応性の高さに由来する機能があり,これがポリフェノールの特徴ともいえる.本解説では,ポリフェノールの化学反応を基盤にした機能に焦点を当てる.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
ポリフェノールの定義は,芳香族環に2つ以上のフェノール基を有する物質である.化学反応,特に酸化反応を基盤にした機能が期待できるものは,少なくとも2つのフェノール基が共役関係にあることが必要である.よく見られるカテコール(1,2-ジフェノール)構造に加え,フラボノールなどに見られる3位と4′位のジフェノール構造もこれに当たる.これらのフェノール性O–H結合のBDE(結合解離エネルギー)はモノフェノールよりも低く,通常のフェノール物質より容易にO–H結合のホモリシスが起き,周りのラジカル種に水素原子を供与してフェノキシラジカルとなる.このラジカルは,相当な共役安定化(熱力学的安定化)や大きな立体障害(速度論的安定化)がない限り,開裂反応,付加反応,そしてほかのラジカル種とのカップリング反応などを起こし,比較的安定な物質に変化する.このようにポリフェノールがラジカル種となる反応から開始される機能の代表例が抗酸化性であり,食品における主な抗酸化性は,特に酸化促進条件でない限り食品中の酸化されやすい成分,たとえば不飽和脂質などの自動酸化速度の抑制である.
食品成分の酸化として一般的な,いわゆる自動酸化とその酸化抑制(抗酸化)のスキームを図1図1■食品,生体成分の酸化(自動酸化),抗酸化の反応スキームに示した.反応式1がラジカル開始反応,反応式2から4がラジカル成長反応で,そのうち4が通常抗酸化反応といわれる段階に該当する.したがって,反応式4の速度定数kinhの測定と反応式3の反応速度定数kpとの比較により,ポリフェノールを含む多くの抗酸化機能物質の評価が物理化学的になされてきた.一方,反応式5はラジカル停止反応であり,ラジカル種の最終消去段階として抗酸化性発現には欠かせない反応であるが,律速段階ではないことや多様な反応が起きることからそれほど研究対象とはなってこなかった.酸化される食品から見ると,酸化連鎖反応さえ止まればよく,この反応段階は重要とはいえない.しかし,抗酸化機能を有するポリフェノールからすると,その化学構造上の性質が反応に反映する段階であり,また,ポリフェノール由来の生成物が必ず食品中に蓄積するため無視することはできない.食品中のポリフェノールの抗酸化機能は,反応式4ならびに5による2段階の反応による機能と考えるべきであろう.
抗酸化性を有するフェノール類のラジカル反応は,抗酸化ビタミンであるビタミンE(α-トコフェロール)について,古くから検討されている.たとえばFramptonら(1)1) V. L. Frampton, W. A. Skinner & P. S. Bailey: Science, 116, 34 (1952).は,1950年代にトコフェロールの鉄イオンによる酸化により生成する色素生成物を確認し,その物理化学的な性質について報告している.1980年代からは,生体成分酸化モデルとして各種のペルオキシラジカルとの反応や脂質酸化中間体との反応が検討され,トコフェロール由来のさまざまな酸化生成物が同定された.また,廣瀬ら(2)2) Y. Hirose, H. Yamaoka & M. Nakayama: J. Jpn. Oil Chem. Soc., 39, 967 (1990).は,抗酸化性を有するポリフェノールとして,カテキンのラジカル反応による酸化生成物について研究し,特異的な二量体などの化学構造を明らかにしている.抗酸化フラボノールであるケルセチンなどは,電極酸化による酸化物研究も多くなされており,川端ら(3)3) J. Kawabata, Y. Okamoto, A. Kodama, T. Makimoto & T. Kasai: J. Agric. Food Chem., 50, 5468 (2002).によるプロトカテキュ酸を用いた詳細な酸化・抗酸化反応機構研究も報告されている.
最近,ある食品メーカーの商品で有名になったクルクミンは,本来香辛料・ターメリックの黄色色素であり,日本の国民食ともいえるカレーの色素でもある.また,アーユルベーダや漢方の薬草ウコンの主要な薬理成分でもあり,その肝臓保護作用などは古くから知られている.クルクミンは,2つのフェルオイルユニットが連結したジフェノール構造ではあるが,そのフェノールは共役関係にないため,反応性の高いポリフェノールとはいえない.しかし,中央部がエノール構造をとることで,単純なフェルラ酸と比べると高い抗酸化性を示すとされている.このクルクミンの抗酸化機能発現に重要なペルオキシラジカルとの反応を,熱分解時にペルオキシラジカルを生じるアゾ化合物(アゾビスイソブチロニトリル)を用いて行った.その結果,カテキンなどと同様にクルクミンの二量体が生成し,その後,高分子化と酸化的なフラグメント化が起きることがわかった(4)4) T. Masuda, K. Hidaka, A. Shinohara, T. Maekawa, Y. Takeda & H. Yamaguchi: J. Agric. Food Chem., 47, 71 (1999)..なお,クルクミンのラジカル終結反応は主にアルキル鎖部分で起き,これによりラジカル反応を終結するようである.
アゾ化合物を用いる方法は,ペルオキシラジカルを発生させるうえで,簡便性や安全性から便利である.しかし,食品や生体成分の酸化ラジカルそのものではない.そこで,不飽和脂質であるリノール酸エステルを酸化させる実験系で抗酸化反応を行ったところ,クルクミンは脂質のペルオキシラジカルと反応し,さらに,脂質部分がディールズ–アルダー型の反応で環を形成して安定化した物質に変化することがわかった(5)5) T. Masuda, H. Bando, T. Maekawa, Y. Takeda & H. Yamaguchi: Tetrahedron Lett., 41, 2157 (2000)..これらの生成物の化学構造から,クルクミンの不飽和脂質酸化に対する抗酸化反応の機構は,図2図2■不飽和脂質(リノール酸)酸化系でのクルクミンの抗酸化反応機構に示した反応式と推定できる.この脂質ペルオキシラジカルとのカップリングと続く環形成反応は,クルクミンの部分構造に当たるフェルラ酸でも確認できた.またカテコール構造を有するため抗酸化性が高く,クロロゲン酸などの多様な類縁体が知られているカフェ酸でも起き,さらに,タンパク質のチロシン残基においても起きることが最近報告されている(6)6) R. Shchepin, M. N. Möller, H.-Y. H. Kim, D. M. Hatch, S. Bartesaghi, B. Kalyanaraman, R. Radi & N. A. Porter: J. Am. Chem. Soc., 132, 17490 (2010)..
セージやローズマリーは地中海性ハーブとして人気が高い.その抽出物の抗酸化性は高く,なかでもローズマリー抽出物は高温でも有効な抗酸化剤として利用されている.セージとローズマリーは同じシソ科に属し,共通のポリフェノールとしてカルノシン酸やカルノソールを含んでいることが知られている.一般的に,抗酸化機能が非常に高いとされるポリフェノールには,電子吸引性置換基が共役していないカテコール構造を有するものが多い.カルノシン酸やカルノソールはアルキル基が置換したカテコール物質であるため,共役カルボニル基が置換したフェノール酸類と比べてその抗酸化性は極めて高い.なお,カルノシン酸の抗酸化性の発現機構は,そのカテコール構造が食品成分より先に酸化され,オルトキノン化合物に変化することにより説明されていた.このオルトキノンの異性化化合物がカルノソールであり,実際,栽培条件や保存条件で酸化的な環境にさらされたローズマリーには,カルノシン酸よりカルノソールの含有量が高いことが知られている.ところが,このカルノシン酸の脂質酸化に対する抗酸化反応を調べると,予測されたカルノシン酸のオルトキノン化合物と同時にヒドロキシパラキノン化合物も生成することがわかった(7)7) T. Masuda, Y. Inaba & Y. Takeda: J. Agric. Food Chem., 49, 5560 (2001)..このパラキノン化合物は,一見,主生成物のオルトキノン化合物からの酸化物に見えるが,実施した実験の反応条件ではオルトキノン化合物から生成することはない.したがって,別の酸化機構で同時に生成したと推察され,図3図3■カルノシン酸の抗酸化反応機構に示したように,カルノシン酸のフェノキシラジカルとペルオキシラジカル種とのパラ位でのカップリングを経た反応で抗酸化性を示し,その後,転位反応を行いながら生成したと考えるべきである.抗酸化性物質の代表格であるα-トコフェロールには,エポキシドを有する酸化生成物が報告されており(8)8) E. Niki: Chem. Phys. Lipids, 44, 227 (1987).,それは酸化の第一段階生成物からの酸化生成物とされることが多いが,むしろカルノシン酸の反応同様に,ペルオキシラジカルの反応位置とペルオキシ結合の開裂により生成したと見るべきであろう.
このように,生成したカルノシン酸のキノン化合物はペルオキシラジカルに対して反応性はなく,したがって抗酸化性も示さない.しかし,キノン類の潜在的な反応性は高く,必ずしも最終安定化合物とはいえない.事実,カルノシン酸酸化物のオルトキノン化合物については,キノイドケトンのアルキル置換基部分へのエノール化とそれに続く分子内カルボン酸の共役付加によりカルノソールが生成する.これは,アルキル置換基へ酸化部位が移動し,結果としてカテコール構造が回復したことになる.このようにして生成したカルノソールにはもちろん高い抗酸化性がある.さらに,カルノソールが抗酸化反応を示しそのキノン体となると,そのエノール化に続く,水付加,転位と分子間での酸化還元反応で,カルノソールを回復しながら次の酸化物ロスマノールが生成する(9)9) T. Masuda, T. Kirikihira & Y. Takeda: J. Agric. Food Chem., 53, 6831 (2005).(図4図4■カルノシン酸からロスマノールへの酸化変換).このロスマノールも強力な抗酸化ポリフェノールとしてローズマリーの中に発見されている(10)10) N. Nakatani: “Natural Antioxidants: Chemistry, Health Effects and Application,” ed. by F. Shahidi, AOCS Press, 1996, p. 64..一方で,揚げ物の調理温度ともいえる160~170°Cまでカルノソールのキノン化合物を加熱すると,アルキル置換基部分が酸化された酸化物を生成すると同時にカルノソールを再生する(11)11) T. Masuda, T. Kirikihira, Y. Takeda & S. Yonemori: J. Sci. Food Agric., 84, 1421 (2004).(図5図5■カルノソールキノンからカルノソール再生による抗酸化性回復機構).結論として,セージ,ローズマリーのポリフェノールは,単に酸化・抗酸化反応的条件で,生体成分より速く酸化されるだけでなく,その後の分子間,分子内双方での酸化還元反応を鍵反応に,複雑な反応を繰り返しながら,抗酸化性を示すカテコール構造を回復することにより分子効率の高い抗酸化機能を発現している.
効率の違いはあるが,多くのポリフェノールは食品などの生体成分の酸化を抑制できる.その際にラジカル種を経て酸化物に変化する.前述のようにカテコール構造を有する高抗酸化ポリフェノールの直接的な酸化生成物はオルトキノンである.化学的に反応性が高いキノン物質は,アミノ酸やタンパク質など求核性の置換基を有する食品成分との間で,いわゆる成分間反応が進行する.また,抗酸化反応におけるキノン形成の中間体はセミキノンラジカルであり,ラジカル種同志の反応は非常に速いため,食品や生体系に発生したラジカル性の物質とのカップリング反応が速やかに起きることも想定される.前項の脂質ペルオキシラジカルとの反応生成物も,ラジカルを介した成分間反応物の一つといえよう.アミノ基とキノンなどのカルボニル化合物との脱水反応を伴う成分間反応は食品中でも生体中でもよく知られており,ポリフェノールとタンパク質のアミノ基との反応を調べた例もある.ところで,有機化学的にはアミノ基よりもチオール基のほうが求核性は高く,またラジカル反応性も有することが知られている.さらにチオール基はタンパク質性アミノ酸であるシステインの特徴的な官能基として,食品や生体のタンパク質やペプチドに広く存在する.最近,細胞内において,Keap1と呼ばれるタンパク質に結合している転写因子Nrf2が活性化すると,酸化ストレス防御遺伝子群を発現させることが知られるようになった(12)12) T. W. Kensler, N. Wakabayashi & S. Biswal: Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol., 47, 89 (2007)..このKeap1中のシステインのチオール基が,キノンのようなポリフェノール酸化物と反応することにより,酸化ストレスセンサーとして働き,Nrf2を活性化すると考えられている.なぜポリフェノールが,生体内でも抗酸化的に働くのかという疑問に対する一つの明確な解答であるが,その機構に,ポリフェノールとシステイン残基の酸化的成分間反応が介在すると考えられているのがたいへん興味深い.
ところで,システインは容易に酸化され,S–S結合を介した二量体のシスチンとなり,その酸化的変換速度は通常のポリフェノールの酸化速度より速い.一方で,システインのアミノ基とカルボキシル基を保護し脂溶性の環境で扱うと,システインのシスチンへの酸化速度は急速に低下する(13)13) Y. Miura, S. Honda, A. Masuda & T. Masuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 1452 (2014)..ポリフェノールとしてカフェ酸とジヒドロカフェ酸のエステルを選択し,システインのアミノ基をベンゾイルアミド,カルボキシル基をエステルとした脂溶性ペプチドモデルを用いて成分間反応を行うと,カフェ酸の場合はベンゼン環の2位のみ,ジヒドロカフェ酸の場合は5′位,2′位と5′位,2′位,5′位および6′位にそれぞれ1から3個のシステインが置換した反応物が生成する.さらに,これらのシステイン置換体の生成は,元のポリフェノールの抗酸化性(抗酸化持続時間)を増大するように機能する(14)14) A. Fujimoto, M. Inai & T. Masuda: Food Chem., 138, 1483 (2013).(図6図6■システイン誘導体共存によるジヒドロカフェ酸の抗酸化性増強効果).
システインとポリフェノールとの成分間反応は,食肉色素ミオグロビンの鮮赤色の発色と維持にも有効である.ミオグロビンは,ヘム鉄を含むタンパク質で,中心鉄イオンの状態がその発色に深くかかわる.鉄イオンが還元状態のⅡ価で,さらに分子状酸素を配位しオキシミオグロビンになると食肉の新鮮さをイメージする鮮赤色を呈する(ブルーミング現象).その一方で,鉄イオンがⅢ価に酸化されると褐変化し,食肉は見かけ上の商品価値を失うとともに,配位酸素が還元されるときに発生する活性酸素による食肉の酸敗につながるとされている.抗酸化性が高いとされるポリフェノールであるが,その多くはオキシミオグロビンの酸化(メト化)を防ぐことはできず,むしろ酸化を促進してしまう(15)15) T. Masuda, M. Inai, Y. Miura, A. Masuda & S. Yamauchi: J. Agric. Food Chem., 61, 1097 (2013)..理由としては,ポリフェノールの酸化反応で一部生じたキノン化合物の反応性が高く(プロオキシダント効果),ミオグロビンと反応し,その高次構造を変化させることより,そのヘム部が不安定化するためと考えられる.一方,ポリフェノールには高い還元性もあるため,メト化したミオグロビン(メトミオグロビン)のⅢ価鉄を還元し,Ⅱ価とすることで,鮮赤色の回復が期待できる.しかし,酸化還元反応の原理から必ず生じるポリフェノール酸化物が同時にオキシミオグロビンのメト化を促進してしまうことは避けられない.ところで,ポリフェノール酸化物における重合反応の抑制にシステインが有効とされており,このシステインによりポリフェノール酸化物の反応性を抑えることができるのであれば,メトミオグロビンの還元オキシ化,すなわち鮮赤色化が可能である.実際に,ポリフェノールによるメトミオグロビンの還元反応系にシステインを同量共存させると,ポリフェノールは効率的にメトミオグロビンをオキシ化し,かつその鮮赤色を維持することが可能であった(16)16) Y. Miura, M. Inai, S. Honda, A. Masuda & T. Masuda: J. Agric. Food Chem., 62, 9472 (2014)..さらに,同様の効果は,あらかじめシステインを導入したポリフェノールにおいても観測された.たとえば,2′位にシステインのチオール基を置換したシステイニルカフェ酸は,メトミオグロビンを効率的に還元し鮮赤色化するが,鮮赤色のオキシミオグロビンに対して褐変化を促進しない.その理由はまだ明確でないが,硫黄原子の第一イオン化エネルギーの低さによるポリフェノールの還元力の増強と,イオウ性置換基の電気吸引的性質の兼ね合いによるものと推測している(14)14) A. Fujimoto, M. Inai & T. Masuda: Food Chem., 138, 1483 (2013)..ポリフェノール+システインは,その成分間反応のみならず,その反応生成物も有用な機能を示す.同様な硫黄原子置換ポリフェノールは,“効率的な食肉の鮮赤色発色・保持化合物”となる可能性がある(図7図7■ポリフェノール(カフェ酸)およびシステインと反応したポリフェノールによるオキシミオグロビン–メトミオグロビン間遷移に対する影響).
ポリフェノールは酸化されやすく,その性質のために高い抗酸化性や還元性,さらに酸化反応を伴う成分間反応により機能性を示す例を紹介した.なお,ポリフェノール自体は,母核の適切な疎水性とフェノール性水酸基の水素結合性などの構造的要因から,タンパク質などと相互作用しやすく,このことに由来するさまざまな従来型の機能も報告されている.しかし,ポリフェノールが容易に酸化されることは,化学構造が変化することを意味し,ポリフェノール本来の機能も変化することを防ぐことはできない.加工や調理方法次第でポリフェノールを含む食品が期待したほどの機能を示さないなどの問題も起きうる.一方で,元の機能が増強される可能性はないだろうか.たとえば,プロシアニジンがカテキン類の酸化生成物に当たると考えると,酵素阻害機能などは酸化物のほうが増大していると解釈できる.またPintoら(17)17) M. C. Pinto, J. A. Garcia-Barrado & P. Macias: J. Agric. Food Chem., 47, 4842 (1999).は,レスベラトロールが示す高いリポキシゲナーゼ阻害活性に,レスベラトロール酸化物の関与を示唆している.そこで,ポリフェノール酸化生成物の機能を,元のポリフェノールが有する機能,特に各種酵素の阻害機能において比較してみた.多くのポリフェノール酸化物は元の機能が消失するか低下したが,いくつかの酸化物について機能が増強する結果を得た.この増強効果は,チロシナーゼ,リポキシゲナーゼ,キサンチンオキシダーゼなどの酸化還元酵素や,α-グルコシダーゼやリパーゼなどの加水分解酵素阻害能において認められ,酸化生成物中から機能増強の本体である物質が特定でき,その化学構造が判明したものの一例を図8図8■機能が増強されたポリフェノール酸化物の例(構造式)に示した(18)18) 増田晃子,増田俊哉:Foods, Food Ingred. J. Jpn., 218, 258 2013..
チロシナーゼはチロシンを酸化し黒色ポリマー・メラニンを生成させる鍵酵素であり,その阻害機能は皮膚の美白効果へとつながる.ロスマリン酸はシソフェノールともいわれシソ科植物を中心に広く存在するが,そのチロシナーゼ阻害活性の増強に寄与する酸化物として,一つのベンゼン環部分が特異的に環拡大した新規物質を同定した.リポキシゲナーゼは不飽和脂質の酸化を触媒する酵素で,食品では酸化臭の原因,生体では炎症の引き金となる.レスベラトロールは酸化されにくいポリフェノールではあるが,ごく一部生じた酸化オリゴマーのリポキシゲナーゼ阻害活性は非常に強い.カフェ酸についてはそのキサンチンオキシダーゼ阻害活性は強力であるという報告と認められないという報告が混在している.カフェ酸の酸化物はたいへん複雑な混合物であったが,その中にCAFOX-1と命名した物質が微量に存在し,この物質は市販薬を超えるキサンチンオキシダーゼ阻害活性を示すことがわかった.キサンチンオキシダーゼは,ヒトのプリン体代謝経路において最終代謝物である尿酸を生成する酵素で,血清中の過剰な尿酸は痛風や高尿酸血症の原因となる.痛風は古くから認められている疾病であるが,近年食生活の変化により罹患者が急増している生活習慣病の一つとされている.現在,CAFOX-1の合成法も確立されており,本物質は,機能性食品中に発生しうる物質という枠を超えて,痛風軽減薬のリード化合物となる可能性が出てきている(19)19) T. Masuda, Y. Shingai, C. Takahashi, M. Inai, Y. Miura, S. Honda & A. Masuda: Free Radic. Biol. Med., 69, 300 (2014)..
Quideauら(20)20) S. Quideau, D. Deffieux, C. Douat-Casassus & L. Pouysegu: Angew. Chem. Int. Ed., 50, 586 (2011).が,ポリフェノールをキーワードに,学術論文の発表数を調査した結果,1990年代前半までは年間の論文数は500を超えないが,その後急激に報告数が増えて現在に至っている.もちろん,1990年代までは,ポリフェノールという名称が現在ほど一般的でなく,生薬学や天然物化学の分野において,植物の成分研究として行われていたことによる.一方,農芸化学分野においては,主に食品の酸敗防止のための抗酸化性を示す物質としてポリフェノールが研究されていた.さらに,日本から始まった機能性食品研究において,食物による健康維持・増進機能に関する科学的な解明が進められると,ポリフェノールは鍵となる食品成分の一つとなった.最近のポリフェノールの報告論文の急増は,生体系における酸化傷害(酸化ストレス)抑制への期待から,栄養学や医学的な観点から研究が行われた成果によるものである.その結果,今ではポリフェノールに多様な機能が認められるようになった.しかし,ポリフェノールの性質は“両刃の剣”ともいわれ,実際の利用に当たっては注意が必要であることに変わりはない.特に,ポリフェノールの酸化されやすさとそれに続く反応性の高さは高い潜在的能力をもつことを意味するが,間違うと予期せぬトラブルにつながる.現在,農芸化学分野においても,ポリフェノールを化学的に研究するところは少なくなってきたが,ポリフェノールはわれわれが日々食する食品の成分であり,また,そのものが容易に変化する天然の物質である以上,その化学的な情報の蓄積は今後も必要であろう.
Reference
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