セミナー室

植物細胞壁その多様なはたらき

住吉 美奈子

Minako Sumiyoshi

筑波大学生命環境エリア支援室 ◇ 〒305-8572 茨城県つくば市天王台一丁目1番1号

Academic Service Office for the Life and Environmental Sciences Area, University of Tsukuba ◇ 1-1-1 Tennodai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8572, Japan

岩井 宏暁

Hiroaki Iwai

筑波大学生命環境系 ◇ 〒305-8572 茨城県つくば市天王台一丁目1番1号

Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba ◇ 1-1-1 Tennodai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8572, Japan

佐藤

Shinobu Satoh

筑波大学生命環境系 ◇ 〒305-8572 茨城県つくば市天王台一丁目1番1号

Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba ◇ 1-1-1 Tennodai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8572, Japan

Published: 2015-06-20

はじめに

陸上植物の細胞壁は細胞の最外層を覆っており,細胞の形や大きさを最も直接的に決定する細胞構造である.しかし,細胞壁の機能は単にそれだけではない.細胞同士の接着,組織形成や器官形成における分化や成長の制御および刺激に応答した生理反応の場といったさまざまな機能をもっている.したがって細胞壁は,生存に必須な多彩な役割を担う複合装置であり,細胞はそれら発生や生理反応に合わせてそれぞれの機能を果たすために細胞壁をオーダーメイドしなくてはならない.この多様な働きを可能にするのが,細胞壁構成成分の多糖やタンパク質などの高分子と,それらが複雑に絡み合った架橋ネットワークである.伸長成長中の一次細胞壁の主成分はセルロース微繊維であり,ヘミセルロースとペクチンといったマトリックス多糖類や細胞壁タンパク質がそれぞれ架橋しながら微繊維間を満たしている.マトリックス多糖類は主鎖に側鎖が付加した構造を取るものが多く,この側鎖の変化も多様なはたらきを生み出す重要な要因である.さらに,細胞伸長が停止した二次細胞壁ではリグニンが蓄積し,木化・肥厚する.このように多様な細胞壁成分や側鎖・架橋の変化が器官の成長,発生,分化,外部刺激に対する応答といった自律的過程に,それぞれどのような役割を果たしているか紹介したい.

細胞接着と細胞壁ネットワーク

細胞同士の接着は,単細胞から多細胞化した組織を有する高等生物への進化の鍵となった事象であり,多細胞生物が発生や形態形成の調節を行う際の非常に重要な因子の一つである.細胞と細胞の間である中葉に多く含まれているペクチンは,隣接した細胞の細胞壁同士を接着する,いわば細胞壁間のセメントとしての役割を果たすものであると考えられている.ペクチンは,その主鎖としてホモガラクツロナン(HG)をもつ.HG同士は,カルボキシル基の間にカルシウムイオンが介在することで架橋を形成する(1)1) P. Albersheim, A. Darvill, K. Roberts, R. Sederoff & A. Staehelin: “Plant Cell Walls,” Garland Science, 2010, pp. 230–231..このHG同士の架橋の程度で力学的強度の調節が行われているのである.

また,HG主鎖だけではなく,側鎖として出ている糖も細胞接着にかかわっていることがわかっている.半数体タバコへのT-DNAタギングで単離されたnolac-H14は細胞同士の接着性が弱くなった変異体である.この変異体の細胞壁多糖解析の結果,ヘミセルロースと強く結合する長いアラビノース側鎖をもつペクチンが存在せず,これらが培地中に漏出していることが示された(2)2) H. Iwai, T. Ishii & S. Satoh: Planta, 213, 907 (2001)..同様に,培養変異により,小さな細胞集塊しか形成できず,不定胚形成能力を失ったニンジンのカルスでも,ペクチンのアラビノース側鎖の割合が,通常のカルスの約1/4になっていたことが示されている(3)3) A. Kikuchi, Y. Edashige, T. Ishii, T. Fujii & S. Satoh: Planta, 198, 634 (1996)..細胞接着性が弱くなったこれらの変異細胞株では,共通にアラビノースが減少している.ペクチン主鎖がアラビノース側鎖を介してヘミセルロースなどの他の細胞壁構成多糖と結合することが細胞接着に重要であり,ひいては多細胞からなる高等植物の発生に大きな影響を与えていると考えられる.

以上示したとおり,細胞壁多糖類の側鎖は隣り合う細胞壁間の接着に必要不可欠であるが,それだけではなく細胞壁全体の架橋の形成を調節する機能も果たしている.たとえば,アラビノフラノシダーゼを過剰発現させたイネではヘミセルロースのアラビノース側鎖の減少と同時に,ヘミセルロース主鎖の減少とセルロースの増加や力学的特性の上昇が見られた(図1図1■OsARAF1-FOXイネの葉におけるセルロースの変化).これはアラビノース側鎖の減少が細胞壁全体に影響を与えたことを示している(4)4) M. Sumiyoshi, A. Nakamura, H. Nakamura, M. Hakata, H. Ichikawa, H. Hirochika, T. Ishii, S. Satoh & H. Iwai: PLoS ONE, 8, e78269 (2013)..また,ペクチンのアラビノース側鎖を分解する酵素を孔辺細胞に投与すると,気孔の開閉ができなくなるという報告もなされている.孔辺細胞の細胞壁ではアラビノース側鎖がペクチン–カルシウム架橋を阻害することで柔軟性が保たれており,その結果,気孔の開閉が可能になっていると考えられる(5)5) L. Jones, J. L. Milne, D. Ashford & S. J. McQueen-Mason: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 11783 (2003)..このように,細胞壁全体としての架橋の形成は,細胞壁のもつ力学的性質を左右し,さらには細胞機能に大きな影響を与えている.

図1■OsARAF1-FOXイネの葉におけるセルロースの変化

a: 野生株,b: アラビノフラノシダーゼを過剰発現させた細胞壁改変株.カルコフローによってセルロースの染色を行った細胞壁改変株では,青白いセルロースのシグナルが野生株より強い.セルロース量が増えたことで,力学的特性が向上した.スケールバー=100 µm.

器官脱離

春に花弁が落ちる.秋に葉が落ち,実が落ちる.この器官の一部が本体から離れる器官脱離は積極的な生理的過程であり,農業や園芸でも非常に重要な現象の一つである.この器官脱離には,葉柄や花柄の基部に形成された離層が関与する.器官脱離は,離層細胞同士の接着部分が分解されて細胞間が離れて起きるか,または離層細胞自身の細胞壁が分解されて細胞が崩壊して起きることが知られている.細胞接着にかかわるペクチンは,器官脱離でも大きな役割を果たしていると考えられている.葉などの器官脱離時には,エチレンによって誘導されたさまざまなペクチン分解酵素が離層で特徴的に働いていることが明らかになっている(6)6) M. Ogawa, P. Kay, S. Wilson & S. M. Swain: Plant Cell, 21, 216 (2009)..さらに近年,ペクチン以外の細胞壁成分も器官脱離にかかわっていることがわかってきた.離層組織には特殊に分化した小さな細胞の層が存在し,繊維が存在していないため物理的にも弱い.たとえば,トマトでは受粉に成功しなかった花で,離層に簡単な刺激を与えるだけで落花することが観察されている.その一方で,受粉成功後に果実が成長している段階では,離層を含む小花柄では強度が維持されて落果を防いでいる.花が落ちる際,器官脱離が行われる離層を構成する細かい細胞の層では一種のキャップ構造が形成される(7)7) H. Iwai, A. Terao & S. Satoh: J. Plant Res., 126, 427 (2013)..このキャップ構造では細胞壁が特殊化し,ヘミセルロースのキシログルカンとアラビノガラクタンが蓄積する.このように,新しい細胞壁を再編成し,器官脱離の準備を行っていることが示唆されている(図2図2■トマトの果実成熟に伴う離層の細胞壁の変化).また,このキャップ構造は,果実の落果過程でも観察されたが,落花で起きたような多糖の変化ではなく,リグニンという疎水性の細胞壁成分が蓄積していた(図2図2■トマトの果実成熟に伴う離層の細胞壁の変化).この花と果実の器官脱離時に見られるように,同じような現象においても異なる細胞壁成分がそれぞれ機能を果たしている.

図2■トマトの果実成熟に伴う離層の細胞壁の変化

受粉に失敗し落花するトマトの花の離層では,脱離する前にキシログルカンの蓄積が起き(水平方向の緑のシグナル),成熟して落果するトマトの花の離層では,脱離する前にリグニンの蓄積が起きる(水平方向の赤紫のシグナル).a,bは抗キシログルカン抗体を用いた免疫組織化学染色により,緑のシグナルでキシログルカンを検出した.c,dは,フロログリシノール染色により,赤紫のシグナルでリグニンを検出した.矢頭は離層組織の位置を示す.a,受粉に成功したトマトの花の離層(落花しない)b,受粉に失敗したトマトの花の離層(落花する)c,未熟なトマト果実の離層(落果しない)d,成熟したトマト果実の離層(落果する)スケールバー=200 µm.

果実成熟

果実はわれわれにとっても貴重な栄養源だが,被子植物にとって生殖に重要な器官である.それぞれの種がその繁栄のため,適した形態や性質をもつように多様化し,特異的に発達している.この形態の維持や軟らかさなどの調節も細胞壁の重要な役割の一つである.トマトやモモといった果実では,成熟するにつれて果肉が軟らかくなっていく軟化が起こる.トマトのように軟化を生じる果実の多くは,細胞壁成分としてその半分以上をペクチンが占めている.そのため,果実の細胞壁研究ではペクチンが特に注目されてきた.ペクチンの主鎖であるホモガラクツロン酸が合成される際には高頻度にメチルエステル化された状態で細胞壁中に分泌され,細胞壁中でペクチンメチルエステラーゼにより脱メチルエステル化される.脱メチルエステル化されたペクチンの分子間にCa2+が入り込み,ペクチン–Ca架橋が形成されてゲル化することで細胞壁の性質に変化が生じる.このペクチン–Ca架橋は,果実の軟化過程に深くかかわっていることが近年わかってきた.果肉部分である中内果皮はペクチン分解が進んで軟化しているのに対し,一番外側の外果皮は成熟に伴いメチルエステル化度の低下とともに,ペクチン–Ca架橋が多く形成されていた(図3図3■成熟したトマトの外果皮におけるペクチンとカルシウムの局在).このように,果実内でも役割ごとに組織,細胞レベルで異なるペクチンの構築制御がなされている(8)8) H. Hyodo, A. Terao, J. Furukawa, N. Sakamoto, H. Yurimoto, S. Satoh & H. Iwai: PLoS ONE, 8, e78949 (2013).