プロダクトイノベーション

カニ殻由来の新素材「キチンナノファイバー」の製造とその利用開発

伊福 伸介

Shinsuke Ifuku

鳥取大学大学院工学研究科 ◇ 〒680-8550 鳥取県鳥取市湖山町南四丁目101番地

Graduate School of Engineering, Tottori University ◇ 101 Koyama-cho Minami, Tottori-shi, Tottori 680-8550, Japan

Published: 2015-06-20

はじめに

生物の生産する生体高分子は多糖類,タンパク質,核酸が代表的であり,生体の骨格の保持,エネルギー,機能の発現,化学反応場,生命の設計図などそれぞれの役割はさまざまであるが,いずれも多くは繊維の形状で存在する.それらの繊維はおおむね自己組織的に集合したナノファイバーの形状で存在し,そこから複雑な高次構造をもった組織体へと発展していく.したがって,その組織的な構造を適切に解体することによって,ナノファイバーに微細化できる.そのような着想に従って,筆者のポスドク時代の同僚(阿部賢太郎准教授,現京都大学生存圏研究所)は木材の主要成分であるセルロースをナノファイバーとして単離することに成功した.なお,セルロースは樹木の細胞壁にナノファイバーとして存在し,リグニンやヘミセルロースと複合体を形成している.そして,細胞壁はこの複合体が積層した中空の多層構造を成している.筆者もセルロースナノファイバーの研究開発に取り組んでいたが,その後,1年間の留学期間を経て鳥取大学に着任することをきっかけに,地域の特色を活かした鳥取らしい研究をしたいと考えた.鳥取県の境港はカニの水揚げ基地として有名であり,特に紅ズワイガニの漁獲量は国内の半分以上を占め,8,000トン/年と言われている.その周辺では水産加工会社があり,カニのむき身を缶詰にする.その工程で大量のカニ殻が食品残渣として発生する(ただし,甲羅はグラタンなど食品容器として有効利用されている).よって「セルロースナノファイバーの単離技術を応用してカニ殻からキチンナノファイバーを製造して,カニ殻を有効活用しよう」.これは鳥取大学の採用面接のため,2007年のクリスマスの頃に留学先のバンクーバーから日本に向かう飛行機の中で考えた研究テーマである.着想に至った経緯は安直であるが,その後,主要な研究に発展していくとは全く予想していなかった.

カニ殻由来の新素材「キチンナノファイバー」(1)1) S. Ifuku, M. Nogi, K. Abe, M. Yoshioka, M. Morimoto, H. Saimoto & H. Yano: Biomacromolecules, 10, 1584 (2009).

キチンはアセチルグルコサミンという単糖が直鎖状に連結した天然の多糖類である(図1図1■豊富なバイオマス,セルロース,キチン,キトサンの化学構造).セルロースの繰り返し単位はグルコースであるから,互いに類縁体の関係にある.キチンはカニやエビ,昆虫の外皮,あるいはキノコを含む菌類の細胞壁の主成分である.すなわち,これらの生物は骨格を支える構造材としてキチンを製造し利用している.カニ殻に含まれるキチンの含有量は生息する環境や部位により異なり,たとえば,はさみの部位や深海に棲息するカニの殻は強度が要求されるため,比較的カルシウム分が多いが,おおむね20~30%程度含まれる.キチンナノファイバーの製造は次の工程に従って行われる.まず,カニ殻に含まれる炭酸カルシウムとタンパク質をそれぞれ,酸による中和反応およびアルカリによる可溶化によって取り除く.カニやエビ殻に含まれるタンパク質はアレルゲンであるが,除タンパク処理を繰り返し行うことによって,検出限界以下まで除くことができる.次いで,この精製したキチンを湿式で粉砕装置に通すことで完了する.すなわち製造工程は精製および粉砕のみであり,いたって単純であるが,そのような操作で目的のキチンナノファイバーを研究開始した早々に得られた.もちろん,この成果の背景にはセルロースナノファイバーの製造技術があるおかげだが,単離されたキチンナノファイバーは幅がわずか10 nmと極めて細く,均一で美しいネットワーク状の構造が観察できた(図2図2■カニ殻から抽出されるキチンナノファイバーの電子顕微鏡写真).

図1■豊富なバイオマス,セルロース,キチン,キトサンの化学構造

図2■カニ殻から抽出されるキチンナノファイバーの電子顕微鏡写真

キチンナノファイバーが得られる理由はカニ殻の構造にある(図3図3■キチンを主成分としたカニ殻の複雑な階層構造).カニ殻はキチンナノファイバーとタンパク質が複合体を形成し,階層的に組織化され,その隙間に炭酸カルシウムが充填されている.カルシウムはキチンナノファイバーを支持する充填剤,タンパク質はカルシウムの析出を促す核剤の役割を果たしていると考えられている.よって,これらを除去すると支持体を失ったキチンナノファイバーは,比較的軽微な粉砕でも容易にほぐれる.これがナノファイバーを単離できる機構である.研究を開始した当初はカニ殻がナノファイバーからなる組織体であることを調査せずに行っていたので,セルロースナノファイバーの単離技術を応用して期待どおりのナノファイバーが得られたことは幸運であった.なお,カニやエビ殻に含まれるキチンナノファイバーはらせん状に堆積しているが,タマムシなど甲虫の外皮に見られる特徴的な金属様の光沢は色素ではなく,らせんの周期的な構造に由来する.

図3■キチンを主成分としたカニ殻の複雑な階層構造

キチンナノファイバーの特徴として水に対する高い分散性が挙げられる.高粘度で半透明な外観は可視光線よりも微細な構造と高い分散性を示唆している.そのためほかの基材との混合や塗布,用途に応じた成形が可能である.キチンがセルロースに継ぐ豊富なバイオマスでありながら,直接的な利用がほとんどされていない要因は不溶であり,加工性に乏しいためであるから,ナノファイバー化によって材料として操作性が向上したことは,キチンの利用を促すうえで重要な特徴である.

キチンナノファイバーの製造方法は,ほかの生物においても適用可能であり,エビ殻やキノコからも同様のナノファイバーを得ている.エビは東南アジアで広く養殖され,その廃殻は重要なキチン源となりうる.また,キノコも栽培され,食経験もあることから,後述する食品の用途において有利であろう.キチンは地球上で多くの生物が製造するため,生物学的な分類によってそれぞれのナノファイバーについて,形状や物理的,化学的な違いが明らかになれば面白い.たとえば,昆虫の外皮や顎,針など強度の要求される部位の多くはキチンを含んでいるが,昆虫からも同様の処理によってキチンナノファイバーが得られるであろう.効率的で環境に優しいタンパク源として昆虫食が注目されており,アジアやアフリカなどの一部の地域では一般に食されている.今後,人口の増加や地球環境の変化に伴いタンパク源として昆虫食が世界的に広まっていく可能性がある.固い外皮は食用に適さないから,キチンナノファイバーの原料になりうる.

キチンナノファイバーの機能の探索

キチンナノファイバーの実用化にあたって,関連物質であるセルロースナノファイバーとの特徴の違いを十分に把握しなければならない.セルロースナノファイバーの研究はキチンナノファイバーよりも先行しており,国内外を問わず大規模にその利用開発が進められている.セルロースは樹木として地球上に大量に貯蔵され,製紙や繊維,食品産業を中心に大規模に利用されるため,原料のコストはキチンと比較して圧倒的に低い.よって,キチンナノファイバーの実用化にはセルロースナノファイバーとの差別化が必要不可欠である.次に差別化において有効と思われるキチンナノファイバーの機能を紹介する.

キチンを効率的に微細化するためには酸の添加が有効である.これはキチンの表面にわずかにアミノ基が存在するためである.アミノ基は天然のキチンに存在するとの報告がある.また,アルカリによる除タンパクの際にも若干の脱アセチル化が起こっていると考えられる.キチンに含まれる若干のアミノ基は酸に対してプロトン化され,その表面において正の電荷を生じる.その結果,ナノファイバー間で静電的な反発力を生じるため,微細化が促進される.キチンは乾燥に伴って強力に凝集して微細化を困難にするため,乾燥は禁物であった.しかし,反発力を利用することによって,市販の乾燥キチンから容易に微細化できるようになった.研究当初はズワイガニを提供する飲食店からカニ殻をいただいたり,大学近辺のスーパーで買い占めたブラックタイガーを学生と一緒に剥いて殻を回収していた.当初はそのむき身を学生が喜んで調理していたが,次第に誰も見向きもしなくなった.おかげで筆者のエビ料理のレパートリーが増えたが,市販のキチンを利用できるようになり,その必要がなくなったため非常に助かっている.もしパルプを同様の工程でナノファイバーに変換できれば,大量のセルロースナノファイバーが容易に製造できるが,セルロースはイオン性の官能基をもたないことと,細胞壁の構造がカニ殻よりも複雑であるため,パルプのナノファイバー化には相当の粉砕エネルギーを必要する.組織構造の複雑さの違いは自重の違いが要因であろう.すなわち,樹木はカニなどと比較してはるかに自重が大きいため,それを支えるための特殊な構造が必要なわけである.

キチンナノファイバーは伸びきり鎖の結晶であるため,構造的な欠陥がなく,優れた物性(高強度,高弾性,低熱膨張)をもつ.キチンナノファイバーの物性を活かす用途として,素材を強化する補強繊維が挙げられる(2)2) S. Ifuku, S. Morooka, A. N. Nakagaito, M. Morimoto & H. Saimoto: Green Chem., 13, 1708 (2011)..カニ殻は本来,キチンナノファイバーで補強した天然の有機・無機ナノ複合体であるから,この用途は理にかなっている.ナノファイバーを補強繊維として配合しても透明性や柔軟性など素材本来の特徴は変わらない.これはキチンナノファイバーが可視光線の波長(およそ400~800 nm)よりも十分に細いため,ナノファイバーの界面において可視光線の散乱が生じにくいためである.これまでにわれわれはアクリル樹脂やキトサンフィルム,ポリシルセスキオキサンなどさまざまな透明素材にキチンナノファイバーを配合してきた.いずれも透明性や柔軟性を損なうことなく,諸物性を大幅に向上することができた.しかしながら,同様の形状と物性をもち,コスト面で有利なセルロースナノファイバーでも同等の効果が得られるため,キチンナノファイバーの特色を活かす必要がある.たとえば,縫合糸を使わずに生体組織を接着するバイオマス由来の接着剤を開発しているが,キチンナノファイバーを配合することによって接着強度を3倍に向上することができる(3)3) K. Azuma, M. Nishihara, H. Shimizu, Y. Itoh, O. Takashima, T. Osaki, N. Itoh, T. Imagawa, Y. Murahata, T. Tsuka et al.: Biomaterials, 42, 20 (2015)..キチンナノファイバーは生体に対する親和性が高く,また,ヒトも含めた多くの動物がキチナーゼを産生してキチンを分解できるため,生体接着剤のような医療用材料は有望な用途であろう.このように,セルロースナノファイバーと差別化が可能なキチンナノファイバーの大きな特徴は生体機能であろう.キチンおよびキトサンは創傷や火傷の治癒が知られ,その効果を活かした医療用材料が製品化されている.われわれはそのような機能に着目し,キチンナノファイバーの生体機能を明らかにしている(4,5)4) K. Azuma, S. Ifuku, T. Osaki, Y. Okamoto & S. Minami: J. Biomed. Nanotechnol., 10, 2891 (2014).5) 伊福伸介:高分子論文集,69, 460 (2012).

1. 服用に伴う腸管の炎症抑制

キチンナノファイバーが腸管の炎症を緩和することを明らかにしている.腸管に急性炎症を誘発させたモデルマウスに対して,キチンナノファイバーを飲み水の代わりに自由摂取させる.3~6日間の服用により腸管の炎症および線維症が大幅に改善したことが組織学的な評価によって確認された.キチンナノファイバーの服用に伴い,大腸組織内の核因子κB(NF-κB)が減少したこと,血清中の単球走化性タンパク質-1(MCP-1)の濃度が減少したことが炎症反応の改善に寄与したと思われる.NF-κBは急性および慢性炎症反応に関与するタンパク質複合体であり,MCP-1は炎症性サイトカインである.一方,従来のキチン粉末を服用しても炎症は改善しなかった.キチン粉末は水中で沈殿するため,腸管にとどまり作用することなく速やかに排出されるためであろう.

2. 皮膚への塗布による効果

キチンナノファイバーを塗布することにより皮膚の健康を増進することを明らかにしている.先天的に毛のないマウスの背面にキチンナノファイバーを薄く塗布する.わずか8時間で表皮厚および膠原繊維の密度が増加することが組織学的な評価によって確認できた.この効果は塗布に伴う繊維芽細胞増生因子(aFGFおよびbFGF)の産生に伴うものである.また,キチンナノファイバーの塗布により,外界からの刺激に対して保護するバリア膜を角質層に形成して,健康な皮膚の状態を長時間にわたって保持することがヒト皮膚細胞を積層した3次元モデルを用いた評価によって明らかになった.現在,このような皮膚に対する機能を活かして,キチンナノファイバーを配合した敏感肌用化粧品の製品化を関連会社と準備中であり,2015年度の販売を目指している.

3. 製パン性の向上

キチンナノファイバーは上述のように素材の物性を向上することができる.食品に配合した場合,その食感を改良することができる.キチンナノファイバーは水分散液として製造されるため,食品への配合は加工する際に有利である.キチンナノファイバーがパンの成形性を向上することを明らかにしている.パンの生産において小麦粉の使用量を20%減らすと当然のことながら,十分に膨らまない.しかし,あらかじめ小麦粉に対して微量のキチンナノファイバーを添加しておくと,減量前と同程度の体積のパンが得られる.また,薄力粉は強力粉と比較してグルテンの含有量が少ないため,膨らませることが困難である.しかし,キチンナノファイバーを配合することにより通常のパンと同様に膨張した.これらの結果はキチンナノファイバーがグルテンと良好に相互作用してベーキングの際に内部に空気を内包する壁を形成するためと考えている.

4. ‌表面キトサン化キチンナノファイバーのダイエット効果

キトサンはキチンの脱アセチル化により得られる誘導体である.キチンナノファイバーを中程度のアルカリで脱アセチル化した後,粉砕することによって,表面が部分的にキトサンに変換されるが,内部はキチン結晶が保持されたナノファイバーを製造することができる(表面キトサン化キチンナノファイバー).キトサンはダイエット効果が知られており,特定保健用食品に認定されている.表面キトサン化キチンナノファイバーについてもダイエット効果があることを明らかにしている.マウスに脂肪分の高い食事を与えると体内に脂肪が蓄積して体重が増加する.しかし,キトサン化したナノファイバーを一緒に与えると体重の増加が緩和され,従来のキトサンと同等のダイエット効果があった.これは分泌される胆汁酸がイオン的な相互作用によりナノファイバーの表面に吸着されるためである.胆汁酸の吸着により脂肪の安定化が妨げられて吸収が抑制される.キトサンは溶解すると独特の収斂味があるが,ナノファイバーは溶解しないため無味無臭であり,ダイエット用の添加剤として有望である.

5. 植物に対する免疫機能の活性化

多くの植物はキチンオリゴ糖を認識する受容体を備えており,シグナルの伝達を経て病害抵抗性が発現することが知られている.キチンナノファイバーについても植物の病害抵抗性が誘導されることを明らかにしている.たとえば,イネはいもち病菌に感染すると枯れてしまう.しかし,あらかじめキチンナノファイバーを散布すると免疫機能が活性化されて,立ち枯れを抑制できる.このような効果はトマト,キュウリ,梨についても確認している.菌類の細胞壁にはキチンが含まれている.植物はキチンを認識する受容体を自然免疫として獲得することにより菌の襲来に備えているのである.

おわりに

2013年より科学技術振興機構の支援(大学発新産業創出拠点プロジェクト)を得てキチンナノファイバーにかかわる大学発ベンチャーの起業に取り組んでいる.タイトルの「マリンナノファイバー」はキチンナノファイバーが広く一般に利用されることを願い,名づけた商標である.カニ殻はキチンナノファイバーを内包した組織体であるから,微細化によって容易にキチンナノファイバーに変換することが可能であり,量産化は比較的容易である.一方で,社会的なニーズを踏まえて,キチンナノファイバーの機能を探索し有効な用途を見極めていくことははるかに難しい.キチンナノファイバーの実用化においては先行するセルロースナノファイバーとの差別化は必須の課題である.たとえば,キチンの化学構造的な特徴は極性の高いアセトアミド基を有し,強固な分子間あるいは繊維間の相互作用を引き起こす.また,脱アセチル化により正の電荷をもち,反応性の高いアミノ基に変換される.この特徴は差別化において有効かもしれない.一方,上述のようにキチンナノファイバーに特徴的な多様な生体機能を明らかにしつつある.そのような新しい機能が明らかになったのも,キチンナノファイバーが均一に分散して塗布や服用による試験が可能になったためである.今後も医療分野を中心にキチンナノファイバーの潜在的な用途が明らかになると期待しており,キチンナノファイバーの大規模な利用を願っている.そのためには産学あるいは医工の連携が重要である.この原稿を読んでくださった皆様の中で,本材料を触ってみたいと言う方がおられたらぜひともご一報いただきたい.

Reference

1) S. Ifuku, M. Nogi, K. Abe, M. Yoshioka, M. Morimoto, H. Saimoto & H. Yano: Biomacromolecules, 10, 1584 (2009).

2) S. Ifuku, S. Morooka, A. N. Nakagaito, M. Morimoto & H. Saimoto: Green Chem., 13, 1708 (2011).

3) K. Azuma, M. Nishihara, H. Shimizu, Y. Itoh, O. Takashima, T. Osaki, N. Itoh, T. Imagawa, Y. Murahata, T. Tsuka et al.: Biomaterials, 42, 20 (2015).

4) K. Azuma, S. Ifuku, T. Osaki, Y. Okamoto & S. Minami: J. Biomed. Nanotechnol., 10, 2891 (2014).

5) 伊福伸介:高分子論文集,69, 460 (2012).