Kagaku to Seibutsu 53(7): 478-482 (2015)
バイオサイエンススコープ
研究者のキャリアパスとしての起業を考える
Published: 2015-06-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
事業化できる特許などをもたないごく普通の研究者が,好きな研究を続けるために「起業」をすることはできないのか.実際には,若い研究者のキャリアパスとして,定年後の第2のキャリアとして,「ベンチャーキャピタルに頼らない研究起業」はそれほど非現実的なことではない.その一例である,創業7年目を迎えるつくばの小さなバイオベンチャー「株式会社リーゾ」について,創業の経緯や事業内容,起業を考える研究者へのアドバイスなどをまとめた.
研究者が起業するというと,いわゆる「大学発ベンチャー」「研究機関発ベンチャー」など,特許などで権利確保された研究成果を基盤として,大きなリターンが得られる(はずの)事業化を目指すというスタイルをイメージするのではないでしょうか?
でも残念ながら,ごく普通の研究者が起業すると考えた場合,このパターンは非現実的です.なぜならば,このスタイルでは最初の売上が立つまでに時間がかかるためです.時間がかかるとなぜダメかと言えば,研究成果を事業化するために必要な人件費をはじめとする費用がどんどんかさんでいくからです(研究者は人件費を意識していないことが多いですが,現在もらっている給料を数年間,貯金を削って他人に払うと考えてみれば実感できるはず).
ベンチャーキャピタル(VC)なら,研究者のベンチャー起業に億単位のお金を出してくれることもあります.が,大きなお金を受け取るには,かなり事業計画を固めて各方面の了解を得る必要があり,臨機応変な軌道修正が難しく,状況が急変して事業をやめたくなってもやめられません.
さらにもう一つ.憧れの「社長」になるのはいいのですが,法律上,代表者の責任はかなり重いことを覚悟しておかねばなりません.VCからの資金が足りずに銀行借入をするなら個人保証をつけることにもなるし,会社が払うべき賃金や税金を払えなくなれば,代表者が罪に問われることもありえます.つまり,大きなお金を動かすと,期待されるリターンも大きい分,個人にかかるリスクも深刻になります.
……と,水を差すようなことを書いてしまいましたが,心配はいりません.そもそも私たちのような,ごく普通の雇われ研究者に,大きな研究成果があるわけがなく,百歩譲って素晴らしい成果があったとしても,事業化に必要な権利をもらえるとは限りません.さらに百歩譲って成果があって権利ももらえるにしても,事業として成り立つ研究成果は,実はごく稀だからです.
とすると,事業化できるような素晴らしい成果をもたない研究者には,研究者としてのキャリアを生かして起業する道はないのでしょうか?
僭越ながら,その答えの一つとなるかもしれないのが,「リーゾ」です.
平成21年に設立した「つくばの小さなバイオベンチャー」をキャッチフレーズとするこの会社は,ごく普通の雇われ女性研究者が,成り行きでしかたなく,特許なし,巨額出資なし,自己資金のみで,個人事業レベルでスタートし,経営を続けている,「バイオベンチャー」とは名ばかりの零細企業です.
かなり珍しい成り行きで誕生した会社ではありますが,もしかしたら研究業界で働く若者に,ありうるキャリアパスの一つとして希望を与えることもあるかもしれないという思いで,ご紹介させていただくことにしました.
筑波大学の野球場のすぐ近く,つくば市天久保にある,「リッチモンド2番街」という小ぶりなテナントビルの2階.「株式会社リーゾ」という社名を張り付けた質素なドアを開けると,そこがリーゾのオフィス兼ラボです.広さは約10坪,見学なら数秒で終わってしまうほど.
事業内容は,ひとことで言えば「農学分野のご研究のお手伝いビジネス」です.核酸抽出やSNPタイピングの分野を中心に,研究で困っている研究者さんにお役に立つ製品やサービスを提供しています.研究者さんからの要望を受けて,新しい製品やサービスを生みだすこともあります.
社名の「リーゾ」は,エスペラント語で「米」を意味し,稲のように,ひとつぶの小さな種から芽生え,周りの環境と響き合いながら実りの秋を目指すイメージで命名しました.
開業6年目の現在,メンバーは筆者+準常勤スタッフ4名+繁忙時の助っ人スタッフ2名,全員が「子育て中の主婦」です.