農芸化学@High School

表面張力で油滴を動かす条件薬よ届け‼

濵﨑 桃香

長崎県立猶興館高等学校 ◇ 〒859-5121 長崎県平戸市岩の上町1443番地

Nagasaki Prefectural Yukokan High School ◇ 1443 Iwanoe-cho, Hirado-shi, Nagasaki 859-5121, Japan

末永 遥香

長崎県立猶興館高等学校 ◇ 〒859-5121 長崎県平戸市岩の上町1443番地

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磯田 童奈

長崎県立猶興館高等学校 ◇ 〒859-5121 長崎県平戸市岩の上町1443番地

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Published: 2015-06-20

本研究は,日本農芸化学会2014年度大会(開催地:明治大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表された.界面活性剤を放出する油滴が,低いpH領域に向かって自ら進むという現象をドラッグデリバリーシステム(DDS)に応用することを目指した興味深い内容であり,本誌編集委員から高い評価を受けた.

本研究の目的,方法および結果

目的

ドラッグデリバリーシステム(DDS)は,医薬を目的の場所に届ける技術であり,医薬の有効性を上昇させるとともに副作用も減少させることが期待される(1)1) 長崎大学薬学部薬剤学研究室:http://www.ph.nagasaki-u.ac.jp/lab/dds/index-j.html, 2014.Lagziらの先行研究により,油滴が迷路内のpH勾配の違いにより進行方向を自ら変え移動できることが証明された.しかし,その研究は毒性を有する試薬を用いて実験を行っている(2)2) I. Lagzi, S. Soh, P. J. Wesson, K. P. Browne & B. A. Grzybowski: J. Am. Chem. Soc., 132, 1198 (2010)..そこで本研究では,安全性の高い天然由来の材料を用いて実験を行うことで,医薬のDDSへの応用につなげようと考え,高等学校の範囲内で可能な検討を行った.

原理

油滴が動く原理を以下に示す(図1図1■油滴が移動する原理).

図1■油滴が移動する原理

  1. ①ステアリン酸(酸性)を事前に混ぜた油滴(食用油)を水に浮かべ,その近傍に水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液(塩基性)を添加する.
  2. ②ステアリン酸とNaOHが反応し,ステアリン酸ナトリウム(界面活性剤)ができる.
  3. ③界面活性剤の作用により,NaOH水溶液を加えた側にある水分子同士の水素結合が弱くなり,油滴はNaOHを滴下した方向とは逆の方向に進む.

実験方法

  1. ①食用油(30 mL)に脂肪酸(0.1 g)を混合した.
  2. ②横半分に切断した管に純水を注いだ.このとき,水面が表面張力により盛り上がらないように注意した.
  3. ③②で準備した管の端に①を1滴滴下し,その後,油滴を移動させたい方向と反対側に塩基性水溶液を滴下した.
  4. ④油滴の動きをビデオカメラで撮影し,パソコンでデータを取り込んで,移動速度を算出した.
  5. ⑤医薬品を用いた実験には,アセチルサリチル酸とサリチル酸メチルを用いた.それぞれの化合物(0.1 g)が混合した大豆油にステアリン酸(0.1 g)を加えた.その近傍に塩基性水溶液として0.1 M炭酸ナトリウム水溶液を滴下し,④と同じ方法で油滴の移動を観察した.

結果と考察

1. 天然由来のステアリン酸と綿実油から調製した油滴の移動

食用油と脂肪酸として綿実油およびステアリン酸を用いた.塩基性水溶液として0.1 M NaOH水溶液を用いた.NaOH水溶液滴下直後から,油滴はNaOH水溶液のある場所とは反対の方向に移動した(図2図2■油滴が移動する様子).先行研究で使用された試薬(鉱物油,ジクロロメタンおよび2-ヘキシルデカン酸)以外でも,油滴の移動が確認された.また,図3図3■油滴の移動速度のグラフから油滴の移動速度は一定ではなく,何度も変化していることが明らかとなった.この結果から,油滴の移動速度がNaOH水溶液の拡散速度より速いため,一度移動してしまうとNaOH水溶液が再び油滴の近くに到達するまで時間差が生じてしまうことから,その移動速度が一定ではないと推定された(図4図4■油滴の移動速度の変動メカニズム).

図2■油滴が移動する様子

(a)滴下直後,(b)1分後,(c)3分後,(d)5分後.

図3■油滴の移動速度

図4■油滴の移動速度の変動メカニズム

2. 油滴に用いる油の種類による移動速度の違い

前項では油として綿実油を用いたが,油の種類の違いにより油滴の移動速度が異なるのかどうか検討を行った.油として,ひまし油,大豆油およびオリーブ油を用いた.その結果(図5図5■油の種類による移動速度の違い),滴下直後ではオリーブ油の移動速度が最も速かった.また,滴下0.5秒以降では大豆油の移動速度が他の油に比べ速くなっており,加えて油滴が移動するにつれて“分散”が見られた.図6図6■油の種類による平均移動速度,最大移動速度および平均移動時間の違いは,油の種類の違いによる平均移動速度,最大移動速度および平均移動時間の違いを示している.平均移動速度が最大だったのは,ひまし油であり,最大移動速度が最大だったのはオリーブ油であった.

図5■油の種類による移動速度の違い

図6■油の種類による平均移動速度,最大移動速度および平均移動時間の違い

これらの油に含まれる主な脂肪酸は,オリーブ油がオレイン酸,ひまし油がリシノール酸であり,いずれも一つのシス型の二重結合をもっている.大豆油は,リノレン酸でシス型の二重結合を2つもっている.このように油の構成脂肪酸の違いにより,油滴の移動速度や分散様式に違いが現れ,特に大豆油では観察された“分散”が医薬品の「徐放」につながりうるのではないかと予想された.

3. 医薬品が油滴の移動速度に与える影響

本実験の最終目標は,油滴が動く作用をDDSとして利用することである.そこで,アセチルサリチル酸(解熱鎮痛剤)およびサリチル酸メチル(消炎外用剤)を合成し,ステアリン酸を含む大豆油に混合して油滴の移動を観察した.図7図7■医薬品の添加が油滴の移動に与える影響に示すように医薬品を添加した場合は,いずれも移動時間が低下した.特にサリチル酸メチルの添加により,移動速度および移動時間が大きく低下した.これらの結果から,アセチルサリチル酸やサリチル酸メチルの混合により油滴の密度が大きくなるとともに,ステアリン酸と炭酸ナトリウムの中和反応が阻害されるなどしたために移動速度が低下したことが示唆された.さらに,医薬品の種類によっても油滴の運動が変化することが明らかとなった.

図7■医薬品の添加が油滴の移動に与える影響

本研究の意義と展望

本研究では,上記の実験結果に加え,塩基の種類,油滴の大きさおよび油滴の温度の違いが油滴の移動に与える影響についても検討していた.誌面の都合により詳細は割愛したが,生体内での使用を念頭に塩基性の弱い炭酸ナトリウムや炭酸水素ナトリウムでも油滴が移動することは確認できた.体液は基本的には弱アルカリ性(pH約7.35)であるが,がんや疲労した筋肉ではグルコースが消費され,解糖により乳酸が生じ弱酸性になっている.この生体内のpH勾配をうまく利用することができれば,既知の放出制御および吸収改善システムに,pHを外部刺激とする標的指向性を組み合わせた新規DDSが可能になるかもしれない.

長崎県立猶興館高等学校の皆さんの緻密な実験結果から,先行研究とは異なる毒性のない化合物を用いても油滴の移動現象が確認された.本研究の成果をDDSに利用するためには最適な油の探索や,油滴のサイズを小さくするなどの改良が必要と思われる.本研究を今後も継続し,さらに発展させることで新たなDDSの開発につなげて欲しい.

(文責「化学と生物」編集委員)

Reference

1) 長崎大学薬学部薬剤学研究室:http://www.ph.nagasaki-u.ac.jp/lab/dds/index-j.html, 2014

2) I. Lagzi, S. Soh, P. J. Wesson, K. P. Browne & B. A. Grzybowski: J. Am. Chem. Soc., 132, 1198 (2010).