Kagaku to Seibutsu 53(8): 488-490 (2015)
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メタゲノム手法は微生物培養法を凌駕するのか?―未開拓遺伝子資源アクセスツールとしてのパフォーマンス比較
Published: 2015-07-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
産業用酵素の供給源の多くは微生物であるので,目的とする酵素を取得するためには,まずはその酵素の生産菌を探し当てるのが酵素スクリーニングの定法である.しかしながら,微生物生態学に分子生物学的手法が導入されたことで,通常の実験室条件において分離・培養できる微生物は,環境中に棲息しているもののうちのごく僅か(1%以下)であるという事実が明らかになってきた.このことは,従来の微生物培養に依存した酵素スクリーニング法の限界点を指摘する一方で,それならばいまだ手つかずの膨大な難培養微生物資源をスクリーニングの俎上に載せることができれば,新規酵素の宝の山にたどり着けるのではとの期待感が高まった.そしてこの夢を実現するために鳴り物入りで登場したのがメタゲノム技術である.以降,新出のメタゲノム手法のほうが「なんとなく」優れているようであるという共通の認識(先入観?)はあるようだが,実際の成果はどうであろうか? 技術の登場から十数年が経ち,確かにメタゲノム由来の酵素遺伝子の例は相当数蓄積されてきたが(1)1) H. A. Iqbal, Z. Feng & S. F. Brady: Curr. Opin. Chem. Biol., 16, 109 (2012).,未開拓遺伝子資源取得という目的において,メタゲノム手法は微生物培養法を凌駕していると言えるのか? 本稿では,この問いにまつわる最近の知見とその意義について紹介したい.
さて,どちらが優れているかを判定するには,基本的には,メタゲノム法・微生物培養法をともに用いて,同一の環境試料から同一の酵素をスクリーニングし,最後に取得した酵素の構造(配列)の新規性と,機能(活性)の優秀性を評価すれば良い.ところが意外に思われるかもしれないが,これまでにこの条件をすべて満たす報告は皆無であるばかりか,比較検証実験それ自体が希有であった.わずかにある報告例はすべて「配列に基づく」スクリーニングにより目的遺伝子を取得したもの,つまり保存領域を基に設計したプライマーを用いたPCRにより酵素遺伝子の一部を取得し,その配列を比較したものである.これらは遺伝子の全長を取得したわけではないので酵素機能の優劣を判じるには至らない.ただし,これらの成果の意義は,培養法とメタゲノム法で取得される遺伝子の配列は異なるということを明確に示したことにある.つまり,片方の手法を用いただけでは,環境中に存在する目的遺伝子を網羅的に取得することは不可能であるという重要な情報を提供したのである.
どちらの手法が優れているか? 評価する基準はさまざまにあると思うが,端的にはそれぞれの手法で取得した酵素の優劣,たとえば速度定数や物理化学的な安定性などを比べることであろう.このために筆者らは,酵素遺伝子の全長を取得すべく「機能に基づく」酵素スクリーニングを実施した.標的とした酵素は,微生物による芳香環分解において鍵酵素となるエクストラジオールジオキシゲナーゼ(extradiol dioxygenase; EDO)である.EDOは極めて安定な構造であるベンゼン環を開裂する酵素で,反応生成物は黄色を呈するので,EDO酵素の活性検出は目視でも容易である(図1図1■機能(酵素活性)に基づいた標的酵素(エクストラジオールジオキシゲナーゼ)のスクリーニング).このため,これまでに多くのEDO遺伝子が取得されており,系統学的および酵素学的な評価を行うにも好適な研究材料である(2)2) R. Vilchez-Vargas, H. Junca & D. H. Pieper: Environ. Microbiol., 12, 3089 (2010)..メタゲノム手法によるハイスループットな機能スクリーニングの詳細は既報(3)3) 末永 光,宮崎健太郎:化学と生物,48, 100(2010).に譲るが,環境試料から,活性を保有する43個のメタゲノム由来EDO酵素を得た.また一方で,同一環境より集積培養法によりフェノール資化性細菌群を単離した.こちらは4種の培養菌株よりゲノムDNAを抽出後,ショットガンクローニング法により4つのEDO遺伝子を得た(4)4) H. Suenaga, S. Mizuta, K. Miyazaki & K. Yaoi: FEMS Microbiol. Ecol., 90, 367 (2014)..
エクストラジオールジオキシゲナーゼ(EDO)は,カテコールの開裂を触媒する酵素である.生成物は黄色を呈するのでこの酵素反応は目視でも容易に検出でき,ハイスループットなメタゲノムスクリーニングが可能である.一方で,フェノール資化性菌においては,炭素源フェノールは初発酸素添加酵素によってカテコールに変換されたのちに,EDO酵素の働きでベンゼン環が開裂され,その後に続く酵素反応系によってアセチルCoAまで代謝される.
まずは得られたEDO酵素配列の系統学的評価である.一般的に,メタゲノム由来の酵素群は新規性が高いのが特徴であるが,EDO酵素もその例に漏れなかった.得られたEDOの半数以上が既存のサブファミリーには分類されず,新規なサブファミリーを提唱するに至った.その中で特に多数を占めたのが新規サブファミリーI.2.Gに属する酵素群であり,ゲノム解析の結果,この遺伝子はプラスミドpSKYE1上に存在していることが明らかになった.ここで興味深いことは,pSKYE1は芳香環分解に関する一連の全遺伝子を含むいわゆる「分解プラスミド」と呼ばれるものではなく,フェノール代謝遺伝子群のごく一部しか保有していなかったことであった.つまり,このプラスミドpSKYE1の宿主はフェノール資化能を有しないので,I.2.G酵素群は,集積培養法では取得できえないものである.このような酵素は言わば「メタゲノム的」な産物と言えよう.
次に,培養微生物由来のEDO酵素の配列の特徴に移る.こちらは予想どおり,これまでに培養に基づく方法で高頻度に得られてきた,既存のサブファミリーに属するものを多く含んでいた.ところが意外なことに,一つの微生物株から,系統学的に全く別のグループ(タイプⅡ)に属するたいへん希少なEDO酵素がクローニングされた.このEDO遺伝子の定量的PCR解析を行ったところ,サンプリングした環境中においては,ほかのサブファミリーEDO酵素群に比べ,確かに存在率(コピー数)が低いことが明らかになった.以下はメタゲノム手法における基本的な原理であるが,対象遺伝子の取得効率は単純にその存在率に比例するため,そもそも環境中において極端にポピュレーションが低い遺伝子の検出・取得は困難である.非優占遺伝子を取得するためには,ある種の選択圧をかけてその比率を乱すことが有効であり,その最も古典的でかつ有効な手段が集積培養法である.つまり,このタイプⅡEDO酵素は,メタゲノム手法では原理的に非常に取得が困難であり,こちらは言わば「微生物培養的」な産物と言えよう.
次に肝心の酵素機能の評価である.類似した構造をもつEDO酵素は,その機能も類似する傾向にあるが(5)5) L. D. Eltis & J. T. Bolin: J. Bacteriol., 178, 5930 (1996).,培養法で取得したEDO酵素もやはり既存のEDO酵素と類似する酵素特性を示した.一方でメタゲノム手法により得られたEDO酵素について速度論的解析を行った結果,前述のI.2.G酵素群のうちの複数のEDOについては,これまでに報告されているEDO酵素群の中でも最も高い基質親和性を示したばかりか,高い熱安定性および反応阻害剤に対する高い抵抗性をも保持していた.このように,酵素機能の点において,メタゲノム由来のI.2.G酵素は既報のEDO酵素群を圧倒したと言える.この勝因の一つは,目的遺伝子の取得数の差(43メタゲノムvs. 4微生物培養)ではないだろうか.つまり,数多の遺伝子が取得できれば,その中で一つくらいは何か素晴らしいものが入っている可能性が高いということだろう.われわれは,メタゲノム手法で43ものEDO遺伝子を取得したが,「DNA抽出–ライブラリー作製–酵素活性測定」で完結する一連のスクリーニング作業は一度行えばよい.その一方で,これと同じだけの遺伝子を43の微生物株から取得するのは,その膨大な手間と時間を考えると,あまり現実的な戦略ではない.つまり,ハイスループット操作によって産み出されるスケールメリットこそがメタゲノム手法の強みである(図2図2■遺伝子資源取得におけるメタゲノム手法と微生物培養法の特徴(優位点)).
さて,ここで標題の答えである.筆者らの実験結果を総合すると,遺伝子資源の獲得という目的においては,メタゲノム手法が培養法を凌駕しているようである.ただしこれは,スケールメリットの恩恵を受けられた場合に限るという条件付きであろう.言い換えれば,未知遺伝子資源探索において,メタゲノム手法が今後その優位性を保つためには,いかに最適なハイスループットスクリーニングのシステムを構築するかにかかっている.そして,そのための創意工夫の余地がまだ十分に残されている.
Reference
1) H. A. Iqbal, Z. Feng & S. F. Brady: Curr. Opin. Chem. Biol., 16, 109 (2012).
2) R. Vilchez-Vargas, H. Junca & D. H. Pieper: Environ. Microbiol., 12, 3089 (2010).
3) 末永 光,宮崎健太郎:化学と生物,48, 100(2010).
4) H. Suenaga, S. Mizuta, K. Miyazaki & K. Yaoi: FEMS Microbiol. Ecol., 90, 367 (2014).
5) L. D. Eltis & J. T. Bolin: J. Bacteriol., 178, 5930 (1996).