Kagaku to Seibutsu 53(8): 491-493 (2015)
今日の話題
糖質の加水分解と転移をめぐる酵素研究の新展開―植物キチナーゼの結晶構造に基づく考察
Published: 2015-07-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
糖質の酵素的加水分解において,その逆反応である糖転移反応が観察されることは古くから認められている.なぜ,加水分解を担う酵素に一見不利とも思えるような転移活性が存在するのか,どのような酵素の立体構造がこのような逆反応を触媒する機能をもたらすのか,これらの問題は長い間,多くの研究者によって検討され,その研究成果は酵素による非天然有用糖質の効率的合成のために大きく貢献してきた.しかし,その分子基盤が明らかになってくるのはごく最近のことである.われわれは植物由来のキチナーゼの構造と機能の研究を進める中で,非常に高い糖転移活性をもつキチナーゼをソテツ(Cycas revoluta)より分離し,CrChiAと名づけた(1)1) T. Taira, H. Hayashi, Y. Tajiri, S. Onaga, G. Uechi, H. Iwasaki, T. Ohnuma & T. Fukamizo: Glycobiology, 19, 1452 (2009)..このキチナーゼは,植物キチナーゼのアミノ酸配列の相同性に基づく分類(クラスⅠからクラスⅤ)によるとクラスⅤに属するものであり,CAZyデータベースによる分類では,GH(Glycoside Hydrolase)ファミリー18(GH18)に属する.GH18キチナーゼにおいては,基質補助機構によるアノマー保持のメカニズムで触媒反応が進み,多くのアノマー保持型の糖質加水分解酵素で糖転移活性が見いだされているように,GH18キチナーゼにおいても糖転移反応を触媒するものが多い.しかし,植物由来のキチナーゼにおいてCrChiAのように極めて高能率に糖転移反応を触媒するキチナーゼは,これまでに報告がない.われわれは最近,CrChiAの結晶構造と同じクラスⅤに属しながらも糖転移活性が極めて低いタバコ由来のキチナーゼ(NtChiV)(2)2) T. Ohnuma, T. Numata, T. Osawa, M. Mizuhara, K. M. Vårum & T. Fukamizo: Plant Mol. Biol., 75, 291 (2011).およびシロイヌナズナ由来のキチナーゼ(AtChiC)(3)3) T. Ohnuma, T. Numata, T. Osawa, M. Mizuhara, O. Lampela, A. H. Juffer, K. Skriver & T. Fukamizo: Planta, 234, 123 (2011).の結晶構造を比較し,糖転移反応に必須な機能構造に関する有用な知見を得ることができた.本稿では,それらのいくつかの知見について紹介させていただく.
これら3種の植物キチナーゼはいずれも,(α/β)8バレルドメインと,逆平行βシート(βストランド5本)と1個のα-へリックスからなる挿入ドメインの,2つのドメインからなる(4)4) N. Umemoto, Y. Kanda, T. Ohnuma, T. Osawa, T. Numata, S. Sakuda, T. Taira & T. Fukamizo: Plant J., 82, 54 (2015)..これら3つの構造のCαトレースを重ね合わせた図1A図1■ソテツクラスⅤキチナーゼの結晶構造を見ると,いずれの角度から見てもほとんど相違は感じられない.ただ,一つだけ注目すべき点は,CrChiAにだけ見いだされる基質結合クレフト末端のループの膨らみである(図1A図1■ソテツクラスⅤキチナーゼの結晶構造の太い矢印).糖転移活性が極めて低いNtChiVとAtChiCにはこのようなループの膨らみは見られない.このループ構造の違いがどのように触媒反応にかかわってくるのかは,やはりキチンオリゴ糖との複合体構造の解析が必要になってくる.われわれは,CrChiAの触媒中心であるGlu119をグルタミンに変異させて不活性にした変異体(CrChiA-E119Q)を用いて,キチンオリゴ糖(トリマー)との複合体構造を得ることにも成功した(4)4) N. Umemoto, Y. Kanda, T. Ohnuma, T. Osawa, T. Numata, S. Sakuda, T. Taira & T. Fukamizo: Plant J., 82, 54 (2015)..図1B図1■ソテツクラスⅤキチナーゼの結晶構造にその複合体構造を示す.先に注目したCrChiAにだけ存在するループ構造の膨らみは確かに結合したキチンオリゴ糖の還元末端側に存在する.このキチンオリゴ糖結合部位(点線で囲んだ部分)を拡大してステレオ図にしたものが図1C図1■ソテツクラスⅤキチナーゼの結晶構造である.このトリマーは+1,+2,+3の3つのサブサイトに結合していた.いくらかの水素結合がそれぞれの糖残基に形成されているが,それとともに+2の糖残基にはTrp197が,そして+3の糖残基にはTrp168がそれぞれCH–πスタッキングによって重なり合っていることが明らかになった.これら2つのトリプトファン残基をそれぞれアラニンに変異させると,CrChiAがもつ糖転移活性が著しく減少し(5)5) T. Taira, M. Fujiwara, N. Dennhart, H. Hayashi, S. Onaga, T. Ohnuma, T. Letzel, S. Sakuda & T. Fukamizo: Biochim. Biophys. Acta, 1804, 668 (2010).,特にTrp168の変異は糖転移活性をほぼ完全に消失させた(梅本ら,投稿中).サブサイト+1,+2,+3へのアクセプター分子の結合力は,糖転移活性を決める重要な要因なのである.
一方,図1C図1■ソテツクラスⅤキチナーゼの結晶構造を詳細に見てみると,+2と+3の糖残基に見られたトリプトファン残基との相互作用は,+1部位には見られない.このことは,+1部位へのトリプトファン残基の導入はその部位の糖残基との相互作用を強め,糖転移活性を高めるものと考えられる.実のところ,Serratia marcescensキチナーゼB(SmChiB)の+1部位ではTrp97が糖残基との相互作用にかかわっており,プロセッシブなキチン分解において重要な役割を担っている(6)6) S. J. Horn, P. Sikorski, J. B. Cederkvist, G. Vaaje-Kolstad, M. Sørlie, B. Synstad, G. Vriend, K. M. Vårum & V. G. Eijsink: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 18089 (2006)..SmChiBのTrp97に対応するアミノ酸残基は,NtChiV,AtChiC,CrChiAのそれぞれにおいてGly74,Gly75,Gly77であるので,われわれはこれらのグリシン残基をトリプトファンへと変異させ,糖転移活性の促進を試みた.その結果,いずれの変異酵素においても野生型と比べ,糖転移活性が促進されており,特にAtChiC-G75WとCrChiA-G77Wでは著しい促進効果が見られた(7)7) N. Umemoto, T. Ohnuma, M. Mizuhara, H. Sato, K. Skriver & T. Fukamizo: Glycobiology, 23, 81 (2013)..また,CrChiA-G77Wとキトオリゴ糖複合体のX線結晶構造も得ることができ,変異導入されたトリプトファンインドール環と+1ピラノース環とのCH–πスタッキングによる重なりを確認することができた(梅本ら,投稿中).
最近,Zakkariassenら(8)8) H. Zakariassen, M. C. Hansen, M. Jøranli, V. G. Eijsink & M. Sørlie: Biochemistry, 50, 5693 (2011).は,GH18キチナーゼにおいてほぼ完全に保存されているDxDxE触媒モチーフの中央に位置するアスパラギン酸(D2)に変異を導入し,著しい糖転移活性の増大を実現した.この変異によって活性中心近傍の静電的環境が変化し,水分子の攻撃が抑制されたものと彼らは説明している.このことは,DxDxE触媒モチーフのD2の存在状態と糖転移活性との関連性を示唆している.図1C図1■ソテツクラスⅤキチナーゼの結晶構造の結晶構造をもう一度見てみると,高能率に糖転移反応を触媒するCrChiAにおいて,DxDxEモチーフのD2はグルタミン酸側に配向している.しかし,図1D図1■ソテツクラスⅤキチナーゼの結晶構造で示すように糖転移活性が極めて低いNtChiVやAtChiCのD2は逆にアスパラギン酸側に配向しているのである.D2のグルタミン酸側への配向は,活性中心の静電的な環境を変化させ,活性化された水分子の−1ピラノース環C1炭素原子への攻撃を抑制し,逆に糖転移反応を促進させるものと思われる.前のパラグラフで説明した+1部位へのトリプトファン側鎖の導入は,活性中心近傍の疎水性を増大させるので,水分子の攻撃が抑制されている可能性も十分に考えられる.このように2つの構造的な要因,1)アクセプター分子の結合力が高いこと,2)活性中心において水分子の攻撃が抑制されていること,これら2つの要因が協同的に作用することによって効率的な糖転移を引き起こしているようである.有効な糖転移酵素の創製のためには,これら2つの構造要因を十分に考慮に入れるべきであろう.
Reference