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海綿-共生微生物系の化学防御機構生合成遺伝子に秘められたホストへの気遣い

Toshiyuki Wakimoto

脇本 敏幸

北海道大学大学院薬学研究院創薬科学部門創薬化学分野 ◇ 〒060-0812 北海道札幌市北区北十二条西6丁目

Department of Chemistry and Medicinal Chemistry, Division of Molecular Pharmaceutical Sciences, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Hokkaido University ◇ Kita 12 Nishi 6, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido 060-0812, Japan

Yoko Egami

江上 蓉子

北海道大学大学院薬学研究院創薬科学部門創薬化学分野 ◇ 〒060-0812 北海道札幌市北区北十二条西6丁目

Department of Chemistry and Medicinal Chemistry, Division of Molecular Pharmaceutical Sciences, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Hokkaido University ◇ Kita 12 Nishi 6, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido 060-0812, Japan

Ikuro Abe

阿部 郁朗

東京大学大学院薬学系研究科 ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷七丁目3番1号

Graduate School of Pharmaceutical Sciences, The University of Tokyo ◇ 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

Published: 2015-07-20

海綿動物からはさまざまな生物活性物質が見いだされている.その中には海綿動物に特異的に存在する化合物も多く,高等植物や微生物と並ぶ重要な天然物資源と位置づけられる.これまで海綿由来の生物活性物質探索において,細胞毒性を指標とするランダムスクリーニングが頻繁に用いられてきた.そのため抗がん剤リード化合物として有望な細胞毒性物質が多数報告されている(1)1) W. H. Gerwick & B. Moore: Chem. Biol., 19, 85 (2012)..ここで,いくつかの疑問が生じる.高等植物や微生物などと異なり,海綿動物は最も原始的とは言え,多細胞動物である.動物が動物細胞に対する毒性物質を生産,含有するには,自己に対する毒性回避が不可欠なように思える.一方で,海綿動物を起源とする生物活性物質の多くが共生微生物によって生産されていると考えられている.共生微生物が生産者であれば,海綿自身の毒性は軽減されるのだろうか.このように,海綿–共生微生物系における二次代謝産物生産機構は複雑かつ興味深い.

海綿動物における物質生産機構を解析するためには,二次代謝産物の生合成遺伝子を取得することが鍵となるが,依然として容易ではない.八丈島産のTheonella swinhoeiに関してPielらの研究グループが世界に先駆けて挑戦し,onnamideやpolytheonamideの生合成遺伝子クラスターの取得に成功している(2,3)2) J. Piel, D. Hui, G. Wen, D. Butzke, M. Platzer, N. Fusetani & S. Matsunaga: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16222 (2004).3) M. F. Freeman, C. Gurgui, M. J. Helf, B. I. Morinaka, A. R. Uria, N. J. Oldham, H. G. Sahl, S. Matsunaga & J. Piel: Science, 338, 387 (2012)..また,2005年にはGerwickらがpolybrominated biphenyl ethersの生合成遺伝子をコードするシアノバクテリアをOscillatoria spongeliaeと同定した(4)4) P. M. Flatt, J. T. Gautschi, R. W. Thacker, M. Musafija-Girt, P. Crews & W. H. Gerwick: Mar. Biol., 147, 761 (2005)..近年ではPielを中心とした国際共同研究グループが,T. swinhoeiに由来するほとんどの二次代謝産物生合成遺伝子が共生バクテリア“Candidatus Entotheonella factor”にコードされていることを明らかにした(5)5) M. C. Wilson, T. Mori, C. Rückert, A. R. Uria, M. J. Helf, K. Takada, C. Gernert, U. A. E. Steffens, N. Heycke, S. Schmitt et al.: Nature, 506, 58 (2014)..これまで世界中の研究グループが海綿由来天然物の生合成遺伝子の探索に着手してきたが,報告されている成功例は上記のように僅かである.その大きな要因は生産を担うと考えられる共生微生物が難培養性であることと,海綿メタゲノムライブラリーの調製が困難な点にある.

われわれは伊豆半島,伊豆諸島に生息するチョコガタイシカイメン(Discodermia calyx)に含まれる主要な細胞毒性物質calyculin Aについて,その生合成研究に着手した.Calyculin Aは1986年に伏谷らのグループによってD. calyxより単離,構造決定された強力なタンパク質脱リン酸化酵素阻害剤である(6,7)6) Y. Kato, N. Fusetani, S. Matsunaga, K. Hashimoto, S. Fujita & T. Furuya: J. Am. Chem. Soc., 108, 2780 (1986).7) H. Ishihara, B. L. Martin, D. L. Brautigan, H. Karaki, H. Ozeki, Y. Kato, N. Fusetani, S. Watabe, K. Hashimoto, D. Uemura et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 159, 871 (1989)..テトラエンやニトリルを含むポリケタイド部分と2つのγ-アミノ酸で構成されるペプチド部分がオキサゾールで連結した構造は,生合成的にも興味深い.本研究では海綿メタゲノムを取得した後に,ポリケタイド合成酵素(PKS)のケトシンテース(KS)ドメインに特異的な縮重プライマーを用いてKS断片配列を網羅的に探索した.Calyculin PKSの一部と考えられるPCR産物の配列をもとに,別途作製したフォスミドライブラリーよりスクリーニングを行った.その結果,全長150 kbにも及ぶ生合成遺伝子クラスターを取得した(8)8) T. Wakimoto, Y. Egami, Y. Nakashima, Y. Wakimoto, T. Mori, T. Awakawa, T. Ito, H. Kenmoku, Y. Asakawa, J. Piel et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 648 (2014).

得られた遺伝子クラスターの大部分は非リボソーム性ペプチド合成酵素(NRPS)とPKSをコードするオペロンで構成されており,モジュールのドメイン構成から予測される代謝産物の構造はcalyculin Aの構造とほぼ一致した.さらに上流に存在する修飾酵素群に着目したところ,機能が予測可能なORFとして3つのリン酸基転移酵素を見いだした.それらを大腸菌で異種発現し,数種のcalyculin類縁体を推定基質として用いてリン酸基転移酵素の機能解析を試みた.その結果,3つのうちの一つであるCalQがcalyculin Aを基質とし,ピロリン酸体phosphocalyculiln Aを生成することがわかった.各種類縁体を用いた酵素反応解析から,その基質特異性は厳密であった.この実験結果は,取得した遺伝子クラスターがcalyculin生合成遺伝子クラスターであることを支持している.

一方で,生合成の最終産物と考えられていたcalyculin Aが,さらにリン酸化され,これまで単離報告例のない新規化合物phosphocalyculin Aが生じた実験結果は予想外であった.そこで,海綿抽出物を改めて精査することにした.フリーザーで冷凍保存した海綿,あるいは生の海綿をさまざまな有機溶媒やバッファーを用いて抽出したが,phosphocalyculin Aを検出することはできなかった.ところが,採集直後の海綿を液体窒素中で瞬間凍結し,凍結乾燥した海綿組織をアルコールで抽出したところ,phosphocalyculin Aが主要成分であることが判明した(8)8) T. Wakimoto, Y. Egami, Y. Nakashima, Y. Wakimoto, T. Mori, T. Awakawa, T. Ito, H. Kenmoku, Y. Asakawa, J. Piel et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 648 (2014)..次に,海綿より粗酵素液を調製し,phosphocalyculin Aとの反応を試みたところ,数分以内に脱リン酸化が進行し,calyculin Aが生じた.つまり,液体窒素を用いない従来の抽出方法では,組織傷害に伴う脱リン酸化反応が進行し,その結果calyculin Aが主成分として得られていた.

次に生産菌の特定を目指した.海綿共生菌のほとんどは難培養性であることが予想されたことから,その解析手法は培養に依存しないシングルセル解析法が必要になる.そこでまず,海綿由来の細胞画分に対し,生合成遺伝子クラスター特異的なプローブを用いたCARD-FISH(catalyzed reporter deposition-fluorescence in situ hybridization)解析を行った.その結果,顕微鏡下,特徴的な形態を有するフィラメント状バクテリアを特異的に蛍光検出した.さらに確証を得るために,レーザーマイクロダイセクションを用いてシングルフィラメントを取得し,特異的プライマーを用いたPCR検出を試みたところ,やはり単離したフィラメント状バクテリアのみが陽性を示した.16S rRNA解析の結果,このフィラメント状バクテリアはT. swinhoeiにおいて見いだされた新規バクテリアと同様に“Candidatus Entotheonella” sp.であることが判明した(8)8) T. Wakimoto, Y. Egami, Y. Nakashima, Y. Wakimoto, T. Mori, T. Awakawa, T. Ito, H. Kenmoku, Y. Asakawa, J. Piel et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 648 (2014)..Pielらの研究において,本バクテリアの系統学的な位置づけとしてcandidate phylum “Tectomicrobia”を提唱している(5)5) M. C. Wilson, T. Mori, C. Rückert, A. R. Uria, M. J. Helf, K. Takada, C. Gernert, U. A. E. Steffens, N. Heycke, S. Schmitt et al.: Nature, 506, 58 (2014).Discodermia属の海綿はTheonella属と同様にTheonellidae科に属する.これらの研究成果は,少なくともTheonellidae科の海綿動物においてはEntotheonella属の海綿共生バクテリアが二次代謝産物の生産者である可能性を示唆している.

Calyculin類は真核生物に存在するタンパク質脱リン酸化酵素(PP1およびPP2A)を特異的に阻害し,強力な細胞毒性を発揮する.一方で,グラム陰性,陽性菌を用いた抗菌活性試験において,calyculin Aはほとんど抗菌活性を示さない.したがって,生産菌であるEntotheonella自身に対する毒性は低いと考えられる.にもかかわらず,Entotheonellaがより低毒性なphosphocalyculin Aを生合成の最終産物として生産する様は,ホストへの毒性を配慮した結果のようにも思える.さらに,海綿D. calyxの化学防御機構の作動にはphosphocalyculin Aの活性化が必要となる.本研究で明らかになったように,海綿組織には活性化酵素として脱リン酸化酵素が共存しており,組織傷害部位特異的に前駆体であるphosphocalyculin Aが脱リン酸化され,calyculin Aが生じる機構が存在する(8)8) T. Wakimoto, Y. Egami, Y. Nakashima, Y. Wakimoto, T. Mori, T. Awakawa, T. Ito, H. Kenmoku, Y. Asakawa, J. Piel et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 648 (2014)..このような化学防御機構は「Activated Chemical Defense」機構として知られる(9)9) V. J. Paul & K. L. Van Alstyne: J. Exp. Mar. Biol. Ecol., 160, 191 (1992).図1図1■Activated Chemical Defense 機構).活性化酵素の局在や起源についての詳細はまだ不明であるが,今後さらに検討を進め,海綿動物と共生微生物が織り成す巧妙な化学防御機構を明らかにしていきたい.

図1■Activated Chemical Defense 機構

Reference

1) W. H. Gerwick & B. Moore: Chem. Biol., 19, 85 (2012).

2) J. Piel, D. Hui, G. Wen, D. Butzke, M. Platzer, N. Fusetani & S. Matsunaga: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16222 (2004).

3) M. F. Freeman, C. Gurgui, M. J. Helf, B. I. Morinaka, A. R. Uria, N. J. Oldham, H. G. Sahl, S. Matsunaga & J. Piel: Science, 338, 387 (2012).

4) P. M. Flatt, J. T. Gautschi, R. W. Thacker, M. Musafija-Girt, P. Crews & W. H. Gerwick: Mar. Biol., 147, 761 (2005).

5) M. C. Wilson, T. Mori, C. Rückert, A. R. Uria, M. J. Helf, K. Takada, C. Gernert, U. A. E. Steffens, N. Heycke, S. Schmitt et al.: Nature, 506, 58 (2014).

6) Y. Kato, N. Fusetani, S. Matsunaga, K. Hashimoto, S. Fujita & T. Furuya: J. Am. Chem. Soc., 108, 2780 (1986).

7) H. Ishihara, B. L. Martin, D. L. Brautigan, H. Karaki, H. Ozeki, Y. Kato, N. Fusetani, S. Watabe, K. Hashimoto, D. Uemura et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 159, 871 (1989).

8) T. Wakimoto, Y. Egami, Y. Nakashima, Y. Wakimoto, T. Mori, T. Awakawa, T. Ito, H. Kenmoku, Y. Asakawa, J. Piel et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 648 (2014).

9) V. J. Paul & K. L. Van Alstyne: J. Exp. Mar. Biol. Ecol., 160, 191 (1992).