今日の話題

オーキシン輸送の選択的なイメージングオーキシン輸送系に選択的な蛍光オーキシンアナログの創製

Ken-ichiro Hayashi

謙一郎

岡山理科大学理学部生物化学科 ◇ 〒700-0005 岡山県岡山市北区理大町1番1号

Department of Biochemistry, Faculty of Science, Okayama University of Science ◇ 1-1 Ridai-cho, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama 700-0005, Japan

Published: 2015-07-20

植物ホルモンであるオーキシンは胚発生,発根,頂芽優勢,光・重力屈性など植物の形態形成や環境応答の制御において中心的な役割を果たす.主要な天然オーキシンとして同定されたインドール3-酢酸(IAA)は,その化学構造が単純であったことから多くの合成オーキシンが開発され,1-ナフタレン酢酸(NAA)や2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)などの合成オーキシンが農薬として利用されている.オーキシンによる形態形成や環境応答の調節には,細胞・組織間におけるオーキシン濃度分布の制御が重要とされている(1)1) K. Hayashi: Plant Cell Physiol., 53, 965 (2012)..したがって,オーキシン濃度分布やその調節機構の解明は,植物の基本的な成長機構を理解するための重要な課題の一つとなっている.IAAは主にトリプトファンから生合成され,余分なIAAは酸化やアミノ酸複合体化などにより速やかに不活性化される.IAAは細胞内取込み体AUX1/LAXシンポーターや,排出体であるPIN輸送担体やABCBトランスポーターによって極性輸送される.PINなどのオーキシン輸送体は,その発現量や細胞膜上の局在部位を変化させて,オーキシン輸送量や方向を調節する.また,いくつかのPIN担体は,小胞体に局在化しており,オーキシンの細胞内濃度の維持に関与するとされている(1)1) K. Hayashi: Plant Cell Physiol., 53, 965 (2012)..このようにオーキシンの濃度は,局所的な生合成や代謝分解による調節と,極性輸送系により調節されることが知られているが,オーキシン濃度分布の制御に対するそれらの役割分担については,はっきりしていない.

これまでオーキシンの濃度分布については,放射性標識したホルモンの計測や,ホルモン応答性GFPレポーター遺伝子の発現応答などの間接的な手法,さらには,GC-MSやLC-MS/MSによる極微量分析や,抗IAA抗体を用いた抗体染色などの手法により,数多くの知見が蓄積されてきた(2,3)2) G. Brunoud, D. M. Wells, M. Oliva, A. Larrieu, V. Mirabet, A. H. Burrow, T. Beeckman, S. Kepinski, J. Traas, M. J. Bennett et al.: Nature, 482, 103 (2012).3) L. R. Band, D. M. Wells, J. A. Fozard, T. Ghetiu, A. P. French, M. P. Pound, M. H. Wilson, L. Yu, W. Li, H. I. Hijazi et al.: Plant Cell, 26, 862 (2014)..これらの手法には一長一短があり,また空間分解能などの点で解決すべき点が多い.これらの手法で見積もられたオーキシンの分布は,輸送や生合成・代謝などが統合された内生オーキシンの総量であり,生合成と代謝,輸送に起因するそれぞれのオーキシン量を区別して観察することや細胞内のオーキシン分布を観察することは不可能であった.今回,これまでのオーキシン分布の解析手法の欠点を補完する,蛍光標識オーキシンアナログによるオーキシン輸送の可視化手法を紹介する(4)4) K. Hayashi, S. Nakamura, S. Fukunaga, T. Nishimura, M. K. Jenness, A. S. Murphy, H. Motose, H. Nozaki, M. Furutani & T. Aoyama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 11557 (2014).

生理活性物質の活性を維持したまま蛍光標識した分子プローブは,その標的タンパク質の同定や細胞内局在の解析において重要な化学ツールとなっている.蛍光標識体の空間分解能は非常に高く,その標的タンパク質である受容体や酵素タンパクの細胞内局在の可視化にも有効である.天然オーキシンであるIAAは輸送体タンパク質により運ばれ,受容体と結合し,その後代謝酵素などで不活性化を受ける.当然ながら,受容体と輸送体では,そのホルモンの構造認識部位が異なっていると考えられる.オーキシンにおいても,受容体と輸送体では,オーキシンの構造認識に大きな違いがある.実際,天然型オーキシンであるIAAは,すべての輸送体に認識されるが,合成オーキシンであるNAAは排出体であるPINやABCBのみで輸送される.一方,構造が異なる2,4-Dは極性をもって輸送されないとされている.さらに細胞内のオーキシン濃度が高くなると,直ちにオーキシン輸送体の局在が変化するので,オーキシンの輸送量と方向が変わる.すなわちホルモン活性を示す蛍光標識オーキシンを投与すると,蛍光オーキシンの分布像は,生理条件にあるオーキシンの分布を反映しない可能性がある.本来,低分子であるIAAは,細胞内へ拡散によっても取り込まれ,分布したオーキシンは,IAA不活性化酵素で,短時間に代謝される.したがって,蛍光標識したオーキシンを生体内でのオーキシン分布に近似させるためには,多くの因子を検討する必要がある.またオーキシン受容体複合体の結晶構造によるオーキシン結合部位の形状から,ホルモン活性を保持したままオーキシンを蛍光標識することは極めて困難と推測される(1)1) K. Hayashi: Plant Cell Physiol., 53, 965 (2012).

さまざまなオーキシンアナログのうち,IAAやNAAにアルキル基を導入したアルコキシオーキシンアナログはオーキシン受容体に認識されないが,オーキシン輸送体であるAUX1,PINやABCBには,オーキシンと同様に輸送体の基質として認識・輸送されるため,拮抗的にオーキシンの輸送を阻害する(5)5) E. Tsuda, H. Yang, T. Nishimura, Y. Uehara, T. Sakai, M. Furutani, T. Koshiba, M. Hirose, H. Nozaki, A. S. Murphy et al.: J. Biol. Chem., 286, 2354 (2011)..このオーキシン輸送体で輸送されるが,受容体には認識されない“ホルモンとしては不活性な”オーキシンアナログに,アルキル基のかわりに蛍光基を導入すれば,オーキシン輸送体に認識・輸送される蛍光オーキシンアナログとなり,擬似的にオーキシン分布の可視化を達成できると予想された.このコンセプトに基づき,蛍光色素として分子サイズが小さいNBD(7-nitro-2,1,3-benzoxadiazole)基で蛍光標識したオーキシンアナログが合成された(図1図1■蛍光オーキシンアナログによるオーキシン輸送の可視化).蛍光オーキシンアナログは,TIR1受容体のオーキシン結合部位に結合せず,オーキシン活性を全く示さない.一方,蛍光オーキシンアナログは内生オーキシンと同様に極性輸送され,オーキシン輸送阻害剤や過剰量のオーキシンとともに処理すると,細胞内への蛍光オーキシンの過剰蓄積が観察された.また,オーキシン輸送の変異体ではその蛍光分布像に異常が観察された.植物体内でのオーキシン量は代謝分解によっても調節を受けるが,オーキシン不活性化酵素であるGH3を過剰発現させた植物体においても蛍光オーキシンアナログの分布は変わらず,蛍光HPLC分析においても代謝物は観察されなかった.

図1■蛍光オーキシンアナログによるオーキシン輸送の可視化

A: 蛍光オーキシンアナログの構造.B: 蛍光オーキシンNBD-IAAは,オーキシン輸送体によりIAAと同じく輸送体の基質として認識・輸送されて分布するが,オーキシン受容体には結合しないので,オーキシン活性を示さない.C: シロイヌナズナの根での蛍光オーキシンアナログの分布図とオーキシン誘導性DR5::GUSレポーターの発現パターン.

オーキシン応答性レポーターライン(DR5レポーター)のオーキシン応答パターンから,これまでオーキシン分布にかかわる多くの知見が得られてきた.シロイヌナズナの根,胚軸,側根において,蛍光オーキシンアナログは,オーキシン応答性レポーターから推定されたオーキシン分布と一致する蛍光像を与えた.一方,陰性コントロール化合物である蛍光標識した安息香酸やインドールは,DR5レポーターとは全く異なる蛍光像を示した.オーキシン生合成酵素は,根端の静止中心付近で発現すると報告されている.蛍光オーキシンアナログは,静止中心付近には蓄積しなかったことから,この静止中心付近でのオーキシン蓄積は輸送によるものではなく,IAAの根端付近の局所的な生合成によることが示唆された.また細胞内での蛍光オーキシンの局在を観察すると,小胞体に局在しており,小胞体に局在するPIN5やPIN8輸送担体がオーキシンの細胞内濃度の維持に関与するとの報告を支持していた.このように蛍光オーキシンを用いた結果からも,細胞内でもオーキシン濃度の偏差分布が存在することが支持された.今後,これら蛍光オーキシンアナログを用いた手法は,蘚苔類などの下等植物までの幅広い植物におけるオーキシン分布の解析に有効なツールになると期待される.

Reference

1) K. Hayashi: Plant Cell Physiol., 53, 965 (2012).

2) G. Brunoud, D. M. Wells, M. Oliva, A. Larrieu, V. Mirabet, A. H. Burrow, T. Beeckman, S. Kepinski, J. Traas, M. J. Bennett et al.: Nature, 482, 103 (2012).

3) L. R. Band, D. M. Wells, J. A. Fozard, T. Ghetiu, A. P. French, M. P. Pound, M. H. Wilson, L. Yu, W. Li, H. I. Hijazi et al.: Plant Cell, 26, 862 (2014).

4) K. Hayashi, S. Nakamura, S. Fukunaga, T. Nishimura, M. K. Jenness, A. S. Murphy, H. Motose, H. Nozaki, M. Furutani & T. Aoyama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 11557 (2014).

5) E. Tsuda, H. Yang, T. Nishimura, Y. Uehara, T. Sakai, M. Furutani, T. Koshiba, M. Hirose, H. Nozaki, A. S. Murphy et al.: J. Biol. Chem., 286, 2354 (2011).