解説

ペプチドアレイによる短鎖機能性ペプチドのスクリーニング

Screening of Short Length Functional Peptide by Peptide Array

Hiroyuki Honda

本多 裕之

名古屋大学大学院工学研究科 ◇ 〒464-8603 愛知県名古屋市千種区不老町

Graduate School of Engineering, Nagoya University ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8603, Japan

Published: 2015-07-20

20種類のアミノ酸のポリマーであるペプチドは,短鎖でも多くの配列多様性をもち,ヘキサマー(6-mer)でも6,400万種類に及ぶ.リガンドタンパク質に代わって受容体に結合できるペプチドなど,タンパク質の機能を代替するペプチドも探索されており,タンパク質の多様な機能が代替できる.われわれは短鎖ペプチドをアレイ状フォーマットで固相合成したペプチドライブラリー(ペプチドアレイ)で種々の機能性ペプチドを探索している.さらに,配列機能相関を解析することで高機能ペプチドの配列特異性を抽出可能である.これは創薬リード化合物の探索にも使えるケミカルライブラリーと捉えることができる.

はじめに

1. ケミカルライブラリーとしてのペプチドの多様性

ペプチドはアミノ酸のポリマーである.その配列は極めて重要であり,その配列を最適化することでさまざまな機能をもつペプチドがデザインでき,ペプチドは配列置換によって改良・改変が可能である.われわれは,ペプチド固相合成法という手法で,ペプチドをアレイ状にスポット合成する装置を使っている(図1図1■ペプチドアレイ作製装置(a)と作製原理(b)).これで数百種類のペプチドを合成し,機能性ペプチドを精力的に探索している.ペプチドはアミノ酸20種類の組み合わせであることから6-merであっても6,400万種類にも及ぶ多様性をもつ.19-merでは20の19乗種類になる.これらの種類の分子が,すべて1分子ずつ合成できたとすると,約40 kg,37-merでは6×1027 gとなり,地球と同じ重量となる.また単分子膜が形成できるとすれば1 gで1,000 m2に達し,17-merのワールド(約45 g)で,野球場のグラウンドの面積(13,000 m2)の3倍に達する.このような膨大なバリエーションをもつペプチドワールドは,医薬品原薬や機能性食品素材のリード化合物探索のためのライブラリーにふさわしいと考えられる.

図1■ペプチドアレイ作製装置(a)と作製原理(b)

作製装置はシリンジポンプにつながったX-Yスポッターであり,コンピュータ制御で目的の位置にアミノ酸をスポッティングできる.具体的なペプチド合成原理はFmoc固相合成法である.

後述するように,私たちはタンパク質などの生体分子と結合して機能するペプチドを多数探索した.細胞に結合して細胞死や増殖分化シグナルを伝えるペプチドも探索した.たとえば,コレステロールの吸収は,腸管内でコレステロールを巻き込んだ胆汁酸ミセルを形成し吸収される.われわれが探索したコレステロール吸収阻害ペプチド(たとえばPWWWMY)は,疎水性分子である胆汁酸の一種,タウロコール酸(log P値=2.2の疎水性分子)に結合できる(1)1) T. Takeshita, M. Okochi, R. Kato, C. Kaga, Y. Tomita, S. Nagaoka & H. Honda: J. Biosci. Bioeng., 112, 92 (2011).,比較的疎水性の高い分子である.アミラーゼ阻害ペプチド(RHWYYRYW)はαアミラーゼの多糖結合ポケットに先回りして結合できる(2)2) T. Ochiai, T. Sugita, R. Kato, M. Okochi & H. Honda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 819 (2012).,多糖構造を模倣できるペプチドである.タンパク質分子を形成するL型のアミノ酸に限ってみても,その疎水度は,log P=−4.2(アルギニン)から−1.05(トリプトファン),等電点は,10.76(アルギニン)から2.77(アスパラギン酸)である.さらにペプチド結合でポリマーになれば,疎水性は増し,等電点は変更可能である.ケミカルライブラリーとしての可能性が感じられる.特に“生体内分子と結合して機能を発揮するリード化合物を探索する”という現場においてはよりいっそう魅力的である.

実際に,ペプチドは短鎖でも機能性をもつものが知られている.血圧安定化作用を示すペプチド(ラクトトリペプチド)や細胞接着ペプチド(RGD)はその好例である.われわれは,この魅力的な,そして非常に膨大なワールドを探索フィールドにするため,①まず数百種類の短鎖ペプチドをペプチドアレイにより合成し,機能性ペプチドを探索する,②次にそれらの機能性ペプチドの特徴を,特定位置のアミノ酸の特徴で説明するという探索法を提案している.この方法をPeptide informaticsと呼んでいる(3,4)3) C. Kaga, M. Okochi, Y. Tomita, R. Kato & H. Honda: Biotechniques, 44, 393 (2008).4) 本多裕之,生物工学会誌,87, 280 (2009).光解裂するフォトリンカーを使った遊離ペプチド探索系や細胞を使った評価系も構築している.本稿では,これらのペプチド探索法を使った“ペプチドケミカルライブラリー”の可能性に関して紹介する.

2. ファージディスプレイとの比較

機能性ペプチドの探索では,多くの研究者がファージディスプレイ法を試みている.この方法はキット化されていて利用しやすい.しかし,一方で,ファージディスプレイ法でのスクリーニングに不安を感じている研究者は少なくない.確かに結合するペプチドは得られたけれど,果たして本当にこれが最良のペプチドなのか(検出漏れの危険性),これ以外に同様の活性をもつペプチド配列はないのか(類似性の危険性)という不安である.

われわれは,ファージディスプレイ法で得られた金属微粒子ZnOを認識するペプチドEAHVMHKVAPRPをシード配列にして,組成が同じで配列の異なる類縁体ペプチドをペプチドアレイに合成し,ZnOとの認識能を評価した.その結果,HPVPRHMVAEAKやKAEAHVPMHVPRがシード配列より高い認識能をもつことを発見した(5)5) M. Okochi, T. Sugita, S. Furusawa, M. Umetsu, T. Adschiri & H. Honda: Biotechnol. Bioeng., 106, 845 (2010)..また,シード配列を元にして6-merのペプチドを探索したところ,2種類の重要部位HVMHKV,HKVAPRの特定に成功し,さらにHKVAPRの残基置換によりHCVAPRという非常に高結合を有するペプチドの探索に成功した.これは,(ⅰ)ファージディスプレイ法による探索が万能ではなく,スクリーニング漏れがあり,また(ⅱ)同程度の機能をもつ短鎖ペプチドが実際に存在することを示している.検出漏れは,発現困難なペプチドであったためかもしれないし,ファージ表面タンパク質と発現ペプチドとの相互作用が無視できないためかもしれない.短鎖でも良いものがあるのは,酵素–基質の認識が3から4個のアミノ酸残基で起きることにつながると考えている.

3. 受容体ライブラリーによる探索

注目するタンパク質に結合して機能を発揮するペプチドをどのように探索するかは重要である.受容体(レセプター)が知られているタンパク質では,そのリガンド機能を代替するペプチドを探索するため,受容体のアミノ酸配列から探索するのが適切であろう.

われわれは,アンジオテンシン結合ペプチドの探索のためにアンジオテンシン受容体のアミノ酸配列を網羅した8-merのペプチドライブラリーを作製した.アンジオテンシンをFITCで蛍光ラベルし,結合するペプチドを探索した結果,46から56残基目までの領域,NSLVVIVIYFYが特に強く結合した.さらに絞り込んだ結果,6残基のVVIVIYで十分であり,ラット大動脈組織を使った血管収縮作用を84%抑制できることを明らかにした(6)6) R. Kato, M. Kunimatsu, S. Fujimoto, T. Kobayashi & H. Honda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 315, 22 (2004).

抗体は生化学検査だけでなく,抗体医薬として注目される重要な生体分子である.われわれはそのFc領域に結合するペプチドをFcγ受容体配列から探索することを試みた.細胞表面に存在するFcγ受容体はⅠ,Ⅱ,Ⅲの3種類があるため,それらの配列を網羅した全740種類の6-merペプチド受容体ライブラリーを作製し,IgG-Fc認識ペプチドを探索した.その結果,図2図2■6-merからなるFcγ受容体ペプチドライブラリーの作製とIgG-Fc認識ペプチドの探索に示すように,3種類の高結合配列が探索できた(7)7) T. Sugita, M. Katayama, M. Okochi, T. Ichihara, R. Kato & H. Honda: Biochem. Eng. J., 79, 33 (2013).

図2■6-merからなるFcγ受容体ペプチドライブラリーの作製とIgG-Fc認識ペプチドの探索

4. ペプチドアレイ細胞機能アッセイ法

上記のように,リガンドの結合をin vitroで評価することが可能な場合は,蛍光ラベルしたリガンドが利用できるため探索しやすい.しかし,単離精製が困難なレセプターで容易にin vitroアッセイ系が構築できない場合や,ターゲットになるレセプターが特定されていない場合は,細胞を使って直接評価する方法が必要である.そこでわれわれは,アレイ表面のペプチドと細胞表面上の受容体(ex.インテグリン)を直接相互作用させることで,シグナル伝達に伴って引き起こされる細胞の変化(ペプチドの機能)を直接検出できる“Peptide array-cell assay system”を開発した(8)8) R. Kato, C. Kaga, M. Kunimatsu, T. Kobayashi & H. Honda: J. Biosci. Bioeng., 101, 485 (2006)..これは,合成したペプチドアレイを十分に乾かした後,Biopsy Punchを用いて直径6 mmのディスク状にくり抜き,96穴の培養プレートに沈め,細胞を播種した後一定時間後の生細胞数をカルセインAMで検出する方法である.

がん細胞を選択的にアポトーシス(周囲の正常な組織に影響を与えない細胞死)に誘導するタンパク質としてTRAIL(TNF related apoptosis inducing ligand)が知られている.TRAIL配列ライブラリーを作製し,上記の方法で探索を行ったところ,TRAILと同様な機能をもったペプチドとしてRNSCWSKD配列を発見した(9)9) M. Okochi, M. Nakanishi, R. Kato, T. Kobayashi & H. Honda: FEBS Lett., 580, 885 (2006)..これ以外に,FASリガンドを代替する細胞死誘導ペプチドCNNLPの探索にも成功している(10)10) R. Kato, Y. Okuno, C. Kaga, M. Kunimatsu, T. Kobayashi & H. Honda: J. Pept. Res., 66 (Suppl. 1), 146 (2006).

間葉系幹細胞(MSC: mesenchymal stem cell)は骨芽細胞・脂肪細胞・軟骨細胞・筋細胞などに分化することができる分化能と自己複製能を併せ持つ細胞で,再生医療に有効な細胞である.しかし,MSCは骨髄中にわずかしか存在しないため少量の細胞を効率良く接着・増殖させることが重要である.われわれはフィブロネクチンのアミノ酸配列をもとに6残基ペプチドライブラリーを作製し,MSC接着ペプチドの探索を行った.その結果,細胞接着ペプチドとして知られているRGDと同などの活性をもった配列ALNGRを探索することに成功した(11)11) M. Okochi, S. Nomura, C. Kaga & H. Honda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 371, 85 (2008).

コラーゲンタイプⅣ(Col IV)は動物の組織において上皮細胞層と間質細胞層を分ける基底膜に存在する主要な細胞外マトリックスである.そこで,血管内皮細胞(Endothelial cell; EC)と平滑筋細胞(Smooth muscle cell; SMCs)に選択的に接着するペプチドを探索するため,Col IVに存在するトリペプチドのペプチドライブラリーを作製し,細胞の接着評価を行った.フィブロネクチン中に存在し,細胞選択性を示さない細胞接着トリペプチド,RGDを比較のため同時に評価した.その結果,配列CAGのトリペプチドが最もEC選択性が高いことがわかり,CAGを含浸させたPCL(poly-ε-caprolactone)のシートを作製したところ,EC接着性が非常に高いシートであることがわかった(12)12) K. Kanie, Y. Narita, J. Owaki, Y. Zhao, F. Kuwabara, M. Satake, S. Honda, H. Kaneko, T. Yoshioka, M. Okochi et al.: Biotechnol. Bioeng., 109, 1808 (2012).図3図3■細胞選択性ペプチドの探索).

図3■細胞選択性ペプチドの探索

a)Col IV特異的ペプチドに対する血管内皮細胞(EC)選択性,b),c),d)走査電子顕微鏡写真(b: PCLシート上のEC細胞,c: CAG含浸PCLシート上のEC細胞および,d: CAG含浸PCLシート上のSMC細胞),EC細胞はCAG含浸PCLシート上で高い接着性を示しSMC細胞はあまり接着していない.

これらの結果からペプチドアレイを用いた細胞アッセイ法が機能性ペプチド探索手法として有用であることが確認された.

5. アミノ酸配列の残基置換

上述の機能性ペプチドはいずれも生体内に存在するタンパク質由来のアミノ酸配列である.ペプチドのバリエーションから考えると生体内に存在しない機能未知のペプチドは無数にあると考えられる.そこで,探索した実在のタンパク質上のアミノ酸配列を置換して,全く新規の機能性ペプチドの探索を試みた.

上述のIgG–Fc結合ペプチドとして探索した配列に関して,アミノ酸組成を変えずに配列置換したペプチドを合成して結合活性を評価した.FcγRI由来のYRNGKAFKFFHWという12-merの高結合配列からは8-merペプチドNARKFYKGが,またFcγRIII由来のNGKGRKYFからはNKFRGKYKという高結合活性を示すペプチドが得られた.NKFRGKYKおよびNARKFYKGのIgGへの結合定数は,8.9×106および6.5×106 M−1と非常に高く,IgGの精製に使えるだけでなく(7)7) T. Sugita, M. Katayama, M. Okochi, T. Ichihara, R. Kato & H. Honda: Biochem. Eng. J., 79, 33 (2013).,その相補配列と組み合わせることでIgG検出に使えることを明らかにした(13)13) T. Sugita, M. Okochi & H. Honda: Chem. Lett., 43, 550 (2014).

上述の細胞死誘導ペプチドRNSCWSKDも改変ペプチドを合成し,評価した.各アミノ酸残基をそれぞれほかの19種類に置換した配列(たとえばANSCWSKDなど),全152配列を作製した(19種類×8カ所=152種類).細胞死活性を評価した結果,さらに高い活性をもつ配列CNSCWSKDを得た.この配列は元の配列RNSCWSKDより5倍程度活性が高かった(14)14) C. Kaga, M. Okochi, M. Nakanishi, H. Hayashi, R. Kato & H. Honda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 362, 1063 (2007).

配列–機能相関

われわれのペプチドアレイを使うと上記のようにさまざまな機能性ペプチドが得られる.また合成したすべての配列が,どれくらいの活性を示すのかがすべて定量的に明らかになる.配列と機能の特長を明示的に明らかにすることが“機能性ペプチド”を理解するうえで極めて重要であろう.そこでわれわれは,情報解析の方法を用いて,ペプチド配列とその機能の相関を調べ,さらにその結果を探索に活用することを想起した.

1. コレステロール吸収抑制ペプチドのルール

コレステロールは胆汁酸ミセルに取り込まれて小腸壁から吸収される.大豆由来のペプチドVAWWMYは,胆汁酸に結合し,ミセル崩壊を促すことでコレステロールの吸収を抑制できる.この原理に基づき,2,212種類のペプチドライブラリーを作製し,胆汁酸との結合活性を調べた.またアミノ酸の性質(特徴量と呼ぶ)として,疎水度,電荷,サイズを選択し,結合実験の結果を解析した.その結果,胆汁酸結合ペプチドでは,「N末端3残基目のアミノ酸のサイズが大きく,4残基目のタンパク質安定化指標が大きいと胆汁酸結合活性が高い」という1stルールが得られた.さらに解析し「N末端2残基目のアミノ酸のタンパク質安定化指標が大きいと胆汁酸結合活性が高い」という2ndルールまで加えて,ルールに合致したライブラリーを作製して評価したところ,約45%が高活性のペプチドであった(ランダムライブラリーでは僅か6%)(1)1) T. Takeshita, M. Okochi, R. Kato, C. Kaga, Y. Tomita, S. Nagaoka & H. Honda: J. Biosci. Bioeng., 112, 92 (2011).図4図4■コレステロール吸収阻害ペプチドの配列–機能相関).また,既知の大豆グリシニンタンパク質由来VAWWMYペプチドよりも高結合性を示す28配列が得られた.VIWWFKやPWWWMYという高活性ペプチドをラットに投与したところ,血清,肝臓,小腸でのコレステロール吸収量が1/2から1/3に低下することがわかった.

図4■コレステロール吸収阻害ペプチドの配列–機能相関

1stルール:「N末端3残基目のアミノ酸のサイズが大きく,4残基目のタンパク質安定化指標が大きいと胆汁酸結合活性が高い」に合致するものを作製して評価.2ndルール:「1stルールにさらに加えて,N末端2残基目のアミノ酸のタンパク質安定化指標が大きいと胆汁酸結合活性が高い」に合致するものを作製して評価.

2. 細胞接着ペプチドのルール

上述の“Peptide array-cell assay system”を使って線維芽細胞接着ペプチドを探索した.643種類の5-merランダムペプチドライブラリーを作製して評価した結果,「N末端アミノ酸のサイズが小さく,2残基目の電荷が大きく,3残基目のサイズと電荷が大きく,4残基目のサイズが小さければ細胞接着ペプチドとして機能する」というルールが発見でき,さらに270種類の4-merペプチドで解析したところ「3残基目のサイズと電荷が大きければ細胞接着ペプチドになる」という追加ルールが得られた.このルールにしたがってペプチドを作製したところ,活性の高い配列は84%と約4倍以上含まれることがわかり,線維芽細胞の接着に重要なルールであることが実証できた(3)3) C. Kaga, M. Okochi, Y. Tomita, R. Kato & H. Honda: Biotechniques, 44, 393 (2008)..このペプチドは,再狭窄を防ぐ人工血管表面修飾分子として使える可能性がある.

このように配列–機能相関(ルール)を組み合わせれば,最初からライブラリーが網羅されていなくても高機能性ペプチドが探索できることがわかる.一部を探索することで,6-merでは6,400万種類のペプチドを掌中に収めた探索が可能になるのである.

そのほかの機能性ペプチド探索

上述の結果以外に最近われわれが挑戦している研究内容について少し紹介する.

1. 遊離ペプチドライブラリー

ペプチドアレイは固相合成法でありC末端で拘束されている.遊離のペプチドに比べるとタンパク質との結合に不利に働く.多くのペプチドは遊離で使用されるので,最初から遊離で探索できたほうが良い.このため紫外線照射で解裂・遊離できるフォトリンカー(4-[4-(1-(Fmoc amino)ethyl)-2-methoxy-5-nitrophenoxy]butanoic acid)を合成し(2)2) T. Ochiai, T. Sugita, R. Kato, M. Okochi & H. Honda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 819 (2012).,紫外線照射でペプチドが遊離できるライブラリーを作製した.対象として,糖尿病の症状を改善するため実用化されているアミラーゼ阻害剤の探索を試みた.ペプチドアレイを合成した後,光解裂させ,96穴プレートにパンチアウトし,緩衝液を加えて遊離ペプチドとした.このライブラリーに膵液アミラーゼを添加し,合成基質を用いた酵素活性測定で,ペプチドの阻害活性を評価した.その結果,RHWYYRYWという8-merペプチドが探索できた(2)2) T. Ochiai, T. Sugita, R. Kato, M. Okochi & H. Honda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 819 (2012)..このペプチドの阻害様式は拮抗阻害であり,その阻害定数は4.65 µMであり,アカルボースの阻害定数8.9 µMより高い阻害活性を示した.消化管での加水分解の問題が解決できれば糖尿病治療薬として可能性が高い.

2. 分岐鎖ペプチドライブラリー

タンパク質分子が2種類組み合わせることでシグナルが伝わることがある.アレルギー反応の2量体化もその一つである.そこで,2種類のペプチドを組み合わせて合成する分岐鎖ペプチドライブラリーの合成を試みた.これは主鎖をFmoc基,側鎖をivDde基で保護したリジンを用い,主鎖と側鎖に別々のアミノ酸を合成することで実現できる.この方法により,2種類のIgEエピトープを1リジン残基に合成し,RBL-2H3細胞によるヒスタミン放出が検出できた.この方法はヘテロ2分子でもホモ2分子でも可能であり,ペプチドの組み合わせ効果を検証するためにユニークなツールになるものと期待できる(15)15) H. Sugiura, N. Okazaki, T. Sugiura, H. Honda & M. Okochi: Biochem. Eng. J., 87, 8 (2014).

3. 細胞内機能性ペプチドライブラリー

これまでのペプチドはいずれもタンパク質との結合や細胞外から細胞に作用するペプチドであった.細胞内で機能するペプチドの探索は,ペプチドの機能を水平展開するうえで重要である.すでに多くの研究者により細胞内導入ペプチド(Cell Penetrating Peptide; CPP)の研究が進められている.特にアルギニン8残基からなるR8ペプチドは有名である.われわれは,上記のフォトリンカーとR8ペプチドを組み合わせ,さらにライブラリーペプチドを連結して,細胞内で機能するペプチドが探索できるライブラリーの構築を目指した.ライブラリーペプチドとして31種類のトリペプチドを取り上げ,N末端にFITCを連結し,細胞内導入量を蛍光顕微鏡で調べた.ペプチドアレイでスポット合成したFITC付きR8連結トリペプチドをUV照射で遊離し,96穴プレートにパンチアウトしたところ,遊離ペプチド量はどのペプチドも約7 nmol/spotであった.蛍光観察を妨害する夾雑物をろ過排除し,HeLa細胞を播種し,細胞内導入実験を試みた.その結果,18種類はCPPのみでの細胞内導入量より高い導入量を示し,5種類は同等,残り8種類は導入量が有意に減少した.トリペプチドを疎水度(Hydrophobicity; H)と等電点(Isoelectric point; pI)で整理した結果を図5図5■細胞内導入可能な3残基ペプチドの特長に示す.トリペプチド全8,000種類を図中に小さいドットで示し,試験した31種類のペプチドはダイヤ印で示す.負電荷をもつ親水性のペプチドで導入効率が低下することがわかった(未発表データ).この現象は,5-merのペプチドでも再現しており,汎用性が確認できた.R8は正電荷ペプチドである.このため負電荷をもつペプチドを連結するとR8でも細胞内導入しにくくなることが確かめられた.図中の式,1.5 pI+H>−0.6で示される領域に含まれるペプチドは,R8を連結することで細胞内に導入されるペプチドである.このグラフを使えば,目的ペプチドがCPPを連結することで細胞内導入可能かどうかを事前に知ることができるだけでなく,この領域のペプチドだけで細胞内導入ペプチドライブラリーを構築することで,細胞内機能性ペプチドの探索が可能になる.負電荷をもつ親水性のペプチドに関しては負電荷をもつCPPが開発されているので,そのCPPを使えば導入可能と考えられる.また,現在,細胞内に導入した後で解裂することができるリンカーを作製しており,このリンカーでCPPと探索ペプチドを連結した細胞内導入ペプチドライブラリーの構築と実際に細胞内で機能するペプチドの探索を目指している.

図5■細胞内導入可能な3残基ペプチドの特長

等電点(横軸)と疎水度(縦軸)のグラフにすべてのトリペプチドをドットで示す.ダイヤは評価した31種類のトリペプチドを示し,それぞれ導入効率によって色を変えてある.点線より上の領域のペプチドはR8の付加で導入できるトリペプチドである.

おわりに

スポッティング方法の技術革新は目覚しい.われわれはある国内メーカーと協働で,600種類のペプチドを,約2,000スポット打ち込んだ高集密ガラスアレイの準工業生産に成功した(16,17)16) N. Matsumoto, M. Okochi, M. Matsushima, A. Ogawa, T. Takase, Y. Yoshida, M. Kawase, K. Isobe, T. Kawabe & H. Honda: J. Biosci. Bioeng., 107, 324 (2009).17) N. Matsumoto, M. Okochi, M. Matsushima, R. Kato, T. Takase, Y. Yoshida, M. Kawase, K. Isobe, T. Kawabe & H. Honda: Peptides, 30, 1840 (2009).図6図6■ミルクタンパク質由来全網羅ペプチドアレイ).これには,このメーカーが開発したセラミックアクチュエーターのスポッティング技術(pLオーダーの液滴吐出を可能)を活用されている.作成したスライドガラスには16-merのミルクタンパク質(6種類)が網羅してあり,ミルクアレルギー患者のIgEエピトープの解析に成功した.さらにその正診率は80%を超え,小児科の先生にも高く評価されている.

図6■ミルクタンパク質由来全網羅ペプチドアレイ

患者血清中のIgEおよびIgG4が認識するペプチドエピトープが分析できる.下段はスライドガラスアレイである患者血清を解析した全体像.上段:ある患者血清の解析結果,赤がIgE認識部位で緑はIgG4認識部位.上段左は両者を重ね合わせて表示した.

しかし,それでも探索したいペプチドのバリエーション(化合物数)は膨大であり,その探索は大きく深い山に分け入る行為である.しかし,その膨大なペプチドワールドであっても,数百から1,000個程度のペプチドを合成し,実験データを集積して配列–機能相関を決定すれば,計画的かつ志向性をもって探索を進めることができ,深い山に分け入るための羅針盤を手に入れることができる.ペプチドライブラリーは広範な探索を可能にし,創薬のリード化合物の発見にも強力なツールになる.ペプチドが多くの研究者の対象分子になることを期待したい.

Reference

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