Kagaku to Seibutsu 53(8): 515-520 (2015)
解説
金属材料が患う微生物感染症―微生物腐食
Metal Materials Suffer from Infectious Disease: Microbiologically Influenced Corrosion
Published: 2015-07-20
微生物が金属材料を腐食する現象は,古くから微生物腐食として知られている.微生物腐食は,正に金属が患う微生物感染症と言える.1934年に微生物腐食に関する仮説が提唱されて以来,多くの研究者がこの問題に取り組んできた.しかし理論だけが先行し,疾患の原因とも言える腐食原因菌はなかなか同定されず,そのメカニズムも解明されていなかった.そのようななか,2004年Nature誌に新規腐食原因菌が報告されたことを端緒に,この10年間で次々と新規腐食原因菌が見つかり,研究が飛躍的に進んでいる.本稿では,微生物による金属腐食現象を微生物が引き起こす金属の感染症として捉え直し,今何が不足し,今後何を明らかにしていかなければならないのか解説する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
微生物が引き起こす金属腐食現象は,微生物腐食(MIC: Microbiologically influenced corrosion,Microbialy influenced corrosion,biocorrosionなど複数の英語表記が存在)として古くから知られている.今さらなぜ微生物腐食を採り上げるのか? 微生物腐食研究の歴史を紐解きながら,筆者の独自の観点である微生物感染症とのアナロジーから,最新の知見を踏まえて解説する.
微生物腐食という現象は古くから知られていたものの,その原因菌や腐食メカニズムはいまだ不明な点が多い.1931年に水素資化性の硫酸塩還元細菌(SRB)が報告(1)1) M. Stephenson & L. H. Stickland: Biochem. J., 25, 215 (1931).されたことを受けて,1934年に水素資化性SRBによる金属腐食メカニズムの仮説としてカソード復極説が提唱されている(2)2) C. A. H. von Wolzogen Kühr & L. S. van der Vlugt: Water, 18, 147 (1934)..嫌気的な環境では,金属鉄の腐食反応は遅く,その原因はカソード場での電子流失の律速(ちなみにアノードは金属イオンの溶解)により脱分極(アノードとカソードが電位的に釣り合い,それぞれの場が消失すること,図1A図1■嫌気的な環境での電気化学的な腐食挙動モデルから図1B図1■嫌気的な環境での電気化学的な腐食挙動モデルへのシフト)を起こすためである.このように,嫌気的な環境での金属鉄の腐食は遅いはずであるが,カソード復極説によると脱分極状態にならず,腐食が進むとされている.カソード復極説は,水素資化性菌の存在によりカソードの電子流失が誘導されて分極状態に戻り,腐食が促進されるという理論である(図1C図1■嫌気的な環境での電気化学的な腐食挙動モデル).
この仮説が提唱されて以来,多くの研究者・技術者がSRBを腐食原因菌として認識してきた.そして,一般的な化学腐食では説明できない加速的に進む腐食反応について,SRBによる微生物腐食の疑いを向けてきた.しかしながら,腐食環境から分離したSRBを用いて腐食再現試験を試みても,ラボスケールで腐食の再現が確認できないという事案が多い.この仮説と現場の事例のズレから,Moriらは水素資化性と腐食能の相関について調べ,水素資化性がカソード復極を引き起こす要因ではないことを実験的に示している(3)3) K. Mori, H. Tsurumaru & S. Harayama: J. Biosci. Bioeng., 110, 426 (2010)..
それでは,なぜカソード復極説が長い間受け入れられてきたのか,もう一つのポイントはSRBという点にある.SRBはその代謝様式から水素資化性と従属栄養性に分けることが可能であるが,いずれも硫酸還元反応により硫化水素を生産する.高濃度の硫化水素が蓄積すると,それは化学的に腐食を誘導してしまうし,何より微量の鉄と硫化水素があるだけで黒色の硫化鉄を容易に形成してしまうために目立つのである.たとえば,筆者が行ったラボスケールでの腐食能試験の写真(図2A図2■腐食試験後の培養瓶の外観(A)と溶出した腐食鉄量(B))は,SRBが腐食菌だと言いたくなる気持ちが少しわかると思う.左の3本は培養液が透明であるが,右の3本は真っ黒に変色している.この右の3本では,SRBが存在し,黒色の硫化鉄ができていることが容易に推測できる.しかし,実際には,この腐食能試験で腐食を起こしている微生物は,SRBではなく別の微生物(後述の鉄腐食性メタン生成菌)である.図2B図2■腐食試験後の培養瓶の外観(A)と溶出した腐食鉄量(B)は,図2A図2■腐食試験後の培養瓶の外観(A)と溶出した腐食鉄量(B)のボトルと対応した位置関係にあり,培養液中に溶出した鉄イオンおよび不溶性の腐食生成物の鉄を溶解して定量的に示したものである.SRBを植菌したボトルは外観が真っ黒になっているが腐食鉄量は無菌区と変わらず,左から二番目のKA1株という微生物存在下でのみ強い腐食誘導が起こっている.このように,真に腐食を起こしている微生物を特定しなければ,その環境中で起こる微生物腐食を理解することは難しいだろう.現在,最大の課題は網羅的に腐食菌を明らかにし,その検出方法を構築することである.
筆者は,微生物が引き起こす金属腐食現象を,金属材料が患う微生物感染症と位置づけている.これは,図3図3■微生物腐食と微生物感染症のアナロジーに示すような,ヒトが患う微生物感染症とのアナロジーからきている.ヒトの微生物感染症では,原因となる微生物が特定されており,感染を防ぐための予防,感染後に病原菌を特定する診断,発症前後の増殖抑制や殺菌が治療として確立されている.いずれかが欠けるものは,適切な処置が行えないため重篤な症状を示す.残念ながら,微生物腐食ではそのすべてが不十分と言わざるをえない.すなわち,腐食原因菌に関する知見が不足しているため診断できず,適切な予防(防食)や処理を行うために必要な情報が得られていない.
もちろん,現在までにさまざまな対応がされており,防食に関してはとりわけさまざまな対策方法がとられている.たとえば,金属表面のコーティング,高耐食性の高品位材料の採用,強力な殺生能をもったバイオサイドの使用である.一方で,これらは莫大なコストを要する.このコストも実は金属腐食の問題の一つであり,腐食に関する全コストは米国で年間2,760億ドル(4)4) G. H. Koch, M. P. H. Brongers, N. G. Thompson, Y. P. Virmani & J. H. Payer: Corrosion cost and preventive strategies in the United States. FHWA-RD-01-156. CC Technologies Laboratories, NACE International, Dublin, OH, 2001.,日本でも年間3.9兆円(5)5) 腐食コスト調査委員会:材料と環境,50,490 (2001).という試算がある.このようなコストに加えて,環境への問題もある.たとえば,石油のパイプラインで腐食が発生すると穴が開き,漏洩事故と環境汚染を引き起こす.さらに,近年,シェールガス・シェールオイルの開発に注目が集まっているが,この分野でも微生物腐食への対策が環境汚染への観点から問題視されている.たとえば,バイオサイドとしてグルタルアルデヒドが使用されるが,生物毒性の問題からその使用に対して多くの反発を生んでいる.ビールの本場ドイツでは,ビール業界が,地下水源汚染の懸念を理由にシェールガス開発におけるフラッキングの中止を政府に要請し,地下3,000 m未満でのフラッキングを禁止する法案の策定が進んでいる.
微生物腐食という現象は,感染症とよく似た対策などを施すことで有効な処置が行えそうであるが,対策が進んでいる防食技術においても問題が山積みである.一つずつ解決していくためには,どのような微生物が腐食を引き起こし,それがどのようなメカニズムで進行するかを理解したうえで,有効な診断技術とそれを防ぐための効率的な手段を確立していかなければならない.
ここまで微生物腐食の歴史から問題点まで取り上げてきたが,よくわからないことが多く研究対象として難しいテーマとの印象があるだろう.しかし,近年,微生物腐食の研究は大きな進展を見せている.最大のトピックスは,真に腐食を誘導する微生物たちが見つかってきているということである.2004年,Nature誌に嫌気性の腐食原因菌(新規鉄腐食性SRBと新規鉄腐食性メタン生成菌)が見つかったという論文が出た(6)6) H. T. Dinh, J. Kuever, M. Mußmann, A. W. Hassel, M. Stratmann & F. Widdel: Nature, 427, 829 (2004)..本論文を皮切りに,鉄腐食性メタン生成菌(3,7)3) K. Mori, H. Tsurumaru & S. Harayama: J. Biosci. Bioeng., 110, 426 (2010).7) T. Uchiyama, K. Ito, K. Mori, H. Tsurumaru & S. Harayama: Appl. Environ. Microbiol., 76, 1783 (2010).,鉄腐食性鉄酸化細菌(8)8) J. M. McBeth, B. J. Little, R. I. Ray, K. M. Farrar & D. Emerson: Appl. Environ. Microbiol., 77, 1405 (2011).,ヨウ素酸化細菌(9)9) S. Wakai, K. Ito, T. Iino, Y. Tomoe, K. Mori & S. Harayama: Microb. Ecol., 68, 519 (2014).,鉄腐食性酢酸菌(10)10) S. Kato, I. Yumoto & Y. Kamagata: Appl. Environ. Microbiol., 81, 67 (2015).,および鉄腐食性硝酸塩還元細菌(11)11) T. Iino, K. Ito, S. Wakai, H. Tsurumaru, M. Ohkuma & S. Harayama: Appl. Environ. Microbiol., 81, 1839 (2015).による腐食が報告されている.実験室レベルで腐食が再現できる微生物たちの発見は,今後の研究展開を間違いなく進展させるだろう.
上述したように,SRBはその硫化水素生産能から腐食への関与があるが,Dinhらが発見したSRBはアノード場での鉄イオンの溶解よりもカソード場での電子流失が腐食能として寄与すると考えられている(6)6) H. T. Dinh, J. Kuever, M. Mußmann, A. W. Hassel, M. Stratmann & F. Widdel: Nature, 427, 829 (2004).(図1D図1■嫌気的な環境での電気化学的な腐食挙動モデル).1934年のカソード復極説の提唱から70年経過して,カソード場に影響する微生物が見つかったということになる.彼女らは,金属鉄を唯一の電子供与体として使用することで,鉄腐食性のSRBとメタン生成菌の分離に成功した.それまで,多くの研究者は既知の培地を用いて微生物を分離し,腐食能を調べていたため真の腐食菌にたどり着けていなかった.彼女らは,この金属鉄を使った集積・分離法によって新規の腐食菌を分離することに成功したが,その報告の中で有効な腐食メカニズムの証明まではたどり着けていない.彼女らが提唱している菌体接触による金属からの直接的な電子流失仮説の証明には,腐食原因因子となる生体成分の同定が今後必要である.
Dinhらの新規鉄腐食性SRBによるこのような電子の引き抜きに依存した腐食のメカニズムをEMIC(Electrically MIC)と呼び,生産した硫化水素による腐食のような間接的なメカニズムをCMIC(Chemical MIC)と呼ぶことが提唱されている(12)12) D. Enning & J. Garrelfs: Appl. Environ. Microbiol., 80, 1226 (2014)..これまでEMICの例は少なかったが,近年,EMICに関与する可能性が高い微生物たちが見つかってきている.
Dinhらの既報の中にも鉄腐食性メタン生成菌が登場するが,鉄腐食性メタン生成菌の研究は日本でかなり進んでいる.Uchiyamaらは,金属鉄を唯一の電子供与体として環境サンプルからDinhらの分離株とは異なる腐食原因菌の分離に成功している(7)7) T. Uchiyama, K. Ito, K. Mori, H. Tsurumaru & S. Harayama: Appl. Environ. Microbiol., 76, 1783 (2010)..Uchiyamaらが標的とした環境は,石油タンクの底にたまっている水であった.日本は石油資源に乏しいため輸入に頼っており,海外からの供給が止まるとオイルショックのときのように経済活動が大きなダメージを受ける.そのため,海外からの供給が止まっても経済活動が停滞しないように,国内に約190日分の石油(2014年3月末,8,406万kL)が備蓄されている.石油関連施設では微生物による金属腐食がたびたび問題となっており,日本国内での安全な資源管理を目的に本研究は進められていた.そして,これまでに国内の石油タンクから3株の鉄腐食性メタン生成菌が見つかっている(3,7)3) K. Mori, H. Tsurumaru & S. Harayama: J. Biosci. Bioeng., 110, 426 (2010).7) T. Uchiyama, K. Ito, K. Mori, H. Tsurumaru & S. Harayama: Appl. Environ. Microbiol., 76, 1783 (2010)..
これらの鉄腐食性メタン生成菌は,いずれもMethanococcus maripaludisと16S rRNA遺伝子(16S rDNA)の配列が100%一致する.しかしながら,M. maripaludisの基準株JJT株は腐食能をもたない.同様に,ゲノム解析がされているS2株でも腐食能は存在しなかった.このことから,鉄腐食性メタン生成菌M. maripaludis KA1株のゲノム解析を行い,非腐食性メタン生成菌M. maripaludis S2株との比較解析により,鉄腐食性メタン生成菌のみが特異的に有する約8 kbに及ぶ遺伝子領域が見つかっている(未発表).この遺伝子領域はほかの鉄腐食性メタン生成菌2株にも保存されており,基準株を含む非腐食性菌には存在しないことが確認されている.これらの遺伝子群のどの遺伝子が腐食能の発現に必須なのか特定できれば,本菌の腐食メカニズムを明らかにできるだろう.さらに,メタン生成菌はSRBのようにCMICの原因となる硫化水素を生産しないため,カソードへの影響を評価しやすいといこともあり,EMICのメカニズムの解明に最も近い腐食原因菌であるかもしれない.
近年,特殊な培養法を用いる必要がある新規鉄腐食性の鉄酸化細菌が報告されている(8)8) J. M. McBeth, B. J. Little, R. I. Ray, K. M. Farrar & D. Emerson: Appl. Environ. Microbiol., 77, 1405 (2011)..本菌は,好気性で好中性である.酸素は容易に金属鉄や二価鉄イオンを酸化するため,本菌のような好気性で好中性の微生物の腐食能について酸素の影響を切り離して解析することは難しい.しかし,縦長の容器の底に金属鉄を置き,上部気相からの酸素の拡散によって,二価鉄イオンと酸素濃度の絶妙な勾配を形成することが可能である.この培養体系の確立が本菌の分離培養の成功をもたらし,新規腐食菌の発見へとつながった.このように,微生物腐食研究の難しさの一つは,真の腐食菌に対する培養条件が見つけられていないという点にあるだろう.したがって,従来からの培養法に捉われない新しい手法での分離培養の開発が,未発見の腐食菌の同定につながると期待される.
2015年に入って,新たに鉄腐食性の硝酸塩還元細菌(11)11) T. Iino, K. Ito, S. Wakai, H. Tsurumaru, M. Ohkuma & S. Harayama: Appl. Environ. Microbiol., 81, 1839 (2015).および酢酸生成菌(10)10) S. Kato, I. Yumoto & Y. Kamagata: Appl. Environ. Microbiol., 81, 67 (2015).が報告されている.鉄腐食性硝酸塩還元細菌は,前述の腐食原因菌と異なり水素資化性をもたず,生育に使える電子供与体と受容体,炭素源の組み合わせが複雑である.このような特徴は本菌を分離する機会を遠ざけてきたと考えられ,Bacteroidetes門では初めての腐食菌の報告となった.また,硝酸塩還元細菌による腐食は,石油生産における微生物腐食対策に一石を投じ得る報告である.というのも,石油生産では自然湧出には限界があり,水攻法(さまざまな薬剤を含んだ水を地中に送り込んで圧力を上げる方法)により回収している.この水攻法においては,地中配管内外でのSRBの繁殖を防ぐために環境負荷の高いバイオサイドではなく硝酸塩が有効との報告がある(13)13) A. Gittel, K. B. Sørensen, T. L. Skovhus, K. Ingvorsen & A. Schramm: Appl. Environ. Microbiol., 75, 7086 (2009)..硝酸塩の添加は,SRBの繁殖を防ぐかもしれないが,このような鉄腐食性硝酸塩還元細菌による腐食を助長しかねないという危険も含んでいる.
鉄腐食性酢酸生成菌は,これまで紹介した腐食原因菌と異なり淡水系である.淡水系での腐食は,ダム湖水を用いた水力発電施設,工場などの熱交換冷却水,スプリンクラーなどで問題となる.電解質濃度の低い淡水系での微生物腐食は,海水環境に比べて見落とされがちであるが深刻な問題である.鉄腐食性酢酸菌Sporomusa sp. GTは,Firmicutes門に属する初めての腐食菌である(10)10) S. Kato, I. Yumoto & Y. Kamagata: Appl. Environ. Microbiol., 81, 67 (2015)..Firmicutes門やBacteroides門でのこれらの腐食能が類似の腐食能に関する遺伝子の水平伝播によるもので,系統学的な分類群を大きく超えて起こっているとしたら,新規腐食原因菌の発見事例は今後も増え続ける可能性が高い.
間接的な要因で引き起こされる場合,その腐食はCMICと称されるが,ヨウ素酸化細菌による腐食はその典型である.日本は地下資源に乏しい国とされているが,地下のかん水(太古の海水)から回収できるヨウ素の生産量は世界第2位である.この地下水からヨウ素を回収する施設の配管において腐食が問題となっていた(14,15)14) C. P. Lim, D. Zhao, Y. Takase, K. Miyanaga, T. Watanabe, Y. Tomoe & Y. Tanji: Appl. Microbiol. Biotechnol., 89, 825 (2011).15) Y. Sugai, K. Sasaki, R. Wakizono, H. Yasunori, Y. Higuchi & N. Muraoka: Int. Biodeter. Biodegr., 81, 35 (2013)..筆者は,腐食再現試験と微生物群集構造解析を組み合わせることで,ヨウ素酸化細菌というマイナーな微生物が腐食後に集積していることを見いだし,実際に環境から分離した微生物を用いてその腐食能を明らかにした(9)9) S. Wakai, K. Ito, T. Iino, Y. Tomoe, K. Mori & S. Harayama: Microb. Ecol., 68, 519 (2014)..ヨウ素酸化細菌による腐食メカニズムは,前述のEMICを引き起こす微生物より単純で,ヨウ化物イオンを強い酸化剤である分子状ヨウ素に酸化し,これが腐食を加速している.その酸化力は非常に強く,高濃度に存在するとステンレス鋼さえも腐食することがわかっている(16)16) Y. Tsukaue, G. Nakao, Y. Takimoto & K. Yoshida: Corrosion, 50, 755 (1994)..筆者は,ヨウ素酸化細菌とステンレス鋼電極を用いた電気化学試験を用いて,本菌がステンレス鋼にさえも腐食を誘導することを確認している(未発表).
CMICを引き起こす微生物としては,ほかに硫黄酸化細菌が挙げられる.硫黄酸化細菌は,硫黄化合物を酸化することで硫酸を作り出し,この硫酸酸性により金属の溶解を引き起こす.このような腐食は,金属ではないがコンクリート製の下水管の腐食でも見られる現象である(17,18)17) W. Sand: Appl. Environ. Microbiol., 53, 1645 (1987).18) T. Yamanaka, I. Aso, S. Togashi, M. Tanigawa, K. Shoji, T. Watanabe, N. Watanabe, K. Maki & H. Suzuki: Water Res., 36, 2636 (2002)..本来アルカリ性であるコンクリートが,硫黄酸化細菌による硫酸生産によって腐食してしまうものである.CMICによる腐食は,腐食に特化した能力によって誘導されるというよりも,微生物の活動そのものが関係する.そのため,腐食抑制には対象菌の生育を抑えることが近道であるが,下流に活性汚泥のような生物処理が待っている下水や排水処理では,バイオサイドが使用できない.そういった対策の難しさという観点では,非常に厄介な腐食でもある.
ところで,微生物感染症には,健康な肉体には病気を引き起こさないが,抵抗力の落ちた肉体には病気を引き起こす日和見感染菌というものがいる.同様に,微生物腐食にも日和見感染菌が存在する.たとえば,ヒトへの日和見感染菌である緑膿菌Pseudomonas aeruginosaは,微生物腐食においても日和見感染菌である.緑膿菌にEMICでの腐食や酸生成によるCMICを引き起こす能力はないが,バイオフィルム(生物被膜)を形成することで,腐食を誘導することが知られている(19)19) J. Morales, P. Esparza, S. Gonzalez, R. Salvarezza & M. P. Arevalo: Corros. Sci., 34, 1531 (1993)..
金属表面に不均一なバイオフィルムが形成されると,金属表面に到達する酸素濃度にムラが生じ,この酸素濃度の勾配が原因で腐食が進行する.この反応は酸素濃淡電池(20)20) W. G. Characklis & K. C. Marshall: “Biofilms: A basis for an interdisciplinary approach,” eds. by W. G. Characklis & K. C. Marshall, New York: Wiley, 1990, p. 4.と呼ばれ,酸素濃度が高い場所がカソード場となり酸素の還元反応が起こり,そのカップリングするアノード場として発達したバイオフィルム直下の低酸素環境で鉄イオンの溶出が生じる.この酸素濃淡電池以外にも,複数の微生物が共存するようなバイオフィルムの中では,イオンの濃度勾配によって形成される電池やバイオフィルム内で形成蓄積された有機酸による酸腐食なども起こりうる(21)21) I. B. Beech & J. Sunner: Curr. Opin. Biotechnol., 15, 181 (2004)..このような日和見感染菌のバイオフィルム形成は,カテーテルやインプラントと言った医療現場の金属資材でも問題となっており(22)22) I. B. Beech, I. A. Sunner, C. R. Arciola & P. Cristiani: Int. J. Artif. Organs, 29, 443 (2006).,産業でも医療でも共通の問題である.
ここまで,微生物腐食を引き起こす微生物について紹介してきた.これらの知見は,ただ集めて終わりではいけない.実社会に問題を起こしている現象であるため,これを実学に掘り起こすことが大事である.図3図3■微生物腐食と微生物感染症のアナロジーに当てはめて考えると,感染に関与する微生物がわかってきたので,それらを特異的に検出する技術と,それらの活動を如何にして抑制するかという防食技術の開発が必要となってくる.
日本で見つかった鉄腐食性メタン生成菌については,特異的な検出技術が確立できている.これは,前述の腐食菌のみがもっている遺伝子配列をターゲットとしたPCRによる遺伝子増幅技術を用いたものである.この方法を使って,国内の石油備蓄基地のタンク底水(石油タンクの底にたまっている水)中の腐食菌の分布を調べ,約50基ある中から抜き出し検査を行った結果,鉄腐食性メタン生成菌が検出された(23)23) 若井 暁,政成美沙,渡邉朋子,三本木至宏:検査技術,17, 1 (2012)..備蓄基地のような大型の石油タンク(屋外に設置された1万kL以上のもの)では,タンクの健全性を検査するために数年に一度中身を空にして点検する開放点検が法令(消防法)上義務づけられている.実は,この開放点検が,基地内での感染拡大に影響している.中身を空にするためには,約11万kLも入っている石油をどこかに移動させなければならない.したがって,基地の中で順次移し替えている.こうして石油を移していく間に,腐食菌が基地内で感染拡大していくのである.幸い,国家備蓄基地のタンクは高度にメンテナンスされており,コーティングの健全性が保たれているため現在までに腐食事故は発生していない.
鉄腐食性メタン生成菌については,有効な診断技術が確立できたが,まだ有効な防食方法が確立できていない.筆者はこれまでに,金属表面に急速に吸着する金属付着性菌(24)24) S. Wakai & S. Harayama: Mater. Technol., 30(B1), 38 (2015).をバイオシールとして用いる防食方法の開発や,微生物の二次代謝産物を用いた腐食阻害に成功している.また,現在使用されている環境負荷の高いグルタルアルデヒドに替わる生物毒性の低い防食剤の開発にも企業と連携して取り組んでいる.ほかにも,腐食は電気化学的に進行する反応であるため,母材である金属鉄に替わって容易に溶解する犠牲陽極の使用(25)25) L. Bertolini, M. Gastaldi, M. Pedeferri & E. Redaelli: Corros. Sci., 44, 1497 (2002).や外部から印加電圧を掛ける電気防食(26)26) L. H. Orfei, S. Simison & J. P. Busalmen: Environ. Sci. Technol., 40, 6473 (2006).という手法も検討されてきている.これらは,いずれも,ラボスケールでの効果しか確認できていないので,腐食現場での有効性を今後検証していかなければならない.
本稿では,微生物による金属腐食現象を微生物が引き起こす金属の感染症として捉え直し,新規腐食菌やその腐食反応,および,腐食診断技術について最新の知見を解説した.一方で,これら腐食原因菌による腐食メカニズムの解明はできておらず,特にEMICのメカニズムの解明には,その電位や電流を測定して解釈する素養が必要であるだろう.微生物腐食の研究は,微生物,金属,電子が複雑に絡んだ現象であり,それに対応した微生物学,金属学,電気化学,およびその境界領域の研究者が協調して取り組んでいく必要のある学際領域研究である.本稿を読んで興味をもった研究者がこの領域に入ってきていただけることを強く願っている.
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