Kagaku to Seibutsu 53(8): 521-528 (2015)
解説
生体触媒を使った有用糖質生産の最前線
Recent Development in Biocatalytic Production of Useful Glycomaterials
Published: 2015-07-20
酵素や微生物などの生体触媒を用いる糖質の生産は,伝統的に日本が強みを発揮してきた技術分野の一つであり,そこで生み出されたさまざまな糖質の健康機能性や物性,加工特性などの解明,さらにはそのような有用性に基づいた糖質素材の実用化において,わが国は世界をリードしてきたと言って過言ではない.本解説では,生体触媒で生産される糖質のうち,最近,わが国で開発された,あるいは実用化が有望な事例,いわば有用糖質生産の最前線を概観するとともに,その傾向や課題なども探ってみたい.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
わが国は,酵素や微生物などの生体触媒を用いた糖質の生産技術や産業への応用展開において世界でもトップレベルに位置している.なかでも食品,医薬品,化粧品などに用いられている糖質素材の研究開発や実用化,その機能性や有用性に関する研究では顕著な足跡を刻んできた.酵素による澱粉液化・糖化技術やそれらを基礎として1950年代に確立されたブドウ糖や異性化糖の生産,1970年代以降,次々と開発された微生物酵素によるフルクトオリゴ糖,分岐サイクロデキストリン,トレハロースのような有用オリゴ糖生産など,世界に先駆けてわが国が開発,工業化した独自技術は枚挙に暇がない.現在も,このような生体触媒を用いる糖質生産技術は日本が誇るお家芸と言ってよく,新たに発見された酵素・微生物を巧妙に使って多種多様な糖質が生産され,その中には実用化が有望視されているものも数多く存在する.さらにこのような新規糖質には,さまざまな健康機能,物性・加工面での有用性も見いだされ,機能性工業材料などとしての利用が期待されているものもある.ここでは生体触媒を用いた有用糖質の生産,特に合成や変換などに関する最近の研究開発事例を中心に,主に用いられている反応の種類毎に分けて解説する.なお加水分解反応の利用については割愛させていただいた.また実用化実績の長いものも含めたさまざまなオリゴ糖の生産法,機能,用途などに関しては優れた総説(1)1) 中久喜輝夫:応用糖質科学,1, 281 (2011).があるので参照されたい.
糖転移反応は,供与体と呼ばれる基質のグリコシル基を受容体分子に結合させる反応である.生体内の糖鎖合成などでは,高エネルギー化合物である糖ヌクレオチド誘導体を基質とする,いわゆる合成酵素(糖核酸エステル転移酵素)が働くが,このような酵素は一般的に不安定で,現状では基質も大量調製は困難で高価なため,大スケールでの使用は難しい.そのため実用的生産には,オリゴ糖や多糖を供与体とする転移酵素,転移活性の強い加水分解酵素などが主に使用されている.ここでは新たに発見された転移酵素やそれを用いた環状糖や高分岐グルカンなど(図1図1■澱粉を原料として生産されるさまざまな糖質)の合成を紹介する.
Glc残基を丸,その中で還元末端を黒丸で示した.分子全体の大きさ,糖重合度,結合頻度などは簡略化されており,各糖質のイメージをあくまで模式的に表している.丸同士がバーなしで並ぶ場合は隣接残基とのα-1,4結合,垂直バー(環状糖以外)はα-1,6結合,斜めバーはα-1,3結合していることをそれぞれ表す.
産業的に重要な環状糖には,6~8のGlc残基がα-1,4結合したサイクロデキストリン(CD),CDにα-1,6結合の分岐構造を導入した分岐CD,フルクトース(Fru)2分子からなるジフルクトース無水物などがある.特にCDや分岐CDは食品やサニタリー用品などに汎用されている(1)1) 中久喜輝夫:応用糖質科学,1, 281 (2011)..CDより低分子の環状糖を合成する酵素系が新たに開発されている.環状ニゲロシルニゲロース(CNN)はSporosarcinaの新規転移酵素,6-α-グルコシルトランスフェラーゼ(6-GT)と3-α-イソマルトシルトランスフェラーゼ(IMT)の連続作用で合成される環状4糖である(2)2) 渡邉 光:応用糖質科学,1, 307 (2011)..まず6-GTによるα-1,4グルカン鎖間のα-1,6分子間転移,生成したイソマルトース(IM, Glcα1,6Glc)部分のIMTによる非還元末端へのα-1,3分子間転移,最後にIMTによるα-1,3分子内転移という3ステップを経て環化する.CNNは結晶化が容易で,液化澱粉を原料に収率約50%で製造可能と言われ,粉末化やビタミンなどの安定化基材として,あるいは脂肪酸低減やミネラル吸収促進などの機能の活用が模索されている.また同じ酵素系で1カ所のα-1,4結合,2カ所のα-1,6結合とα-1,3結合をもった環状5糖も得られる.さらに2分子のマルトース(Mal, Glcα1,4Glc)がα-1,6結合で環化した環状4糖(3)3) T. Mori, T. Nishimoto, K. Mukai, H. Watanabe, T. Okura, H. Chaen & S. Fukuda: J. Appl. Glycosci., 56, 127 (2009).,マルトペンタオースの還元末端がα-1,6結合で非還元末端に結合して環化した環状5糖も,それぞれArthrobacterの6-α-マルトシルトランスフェラーゼおよびBacillusイソマルトオリゴ糖グルカノトランスフェラーゼと呼ばれる新規転移酵素の作用で澱粉を原料に合成されている.
サイクロデキストラン(CI)は,通常,7~9のGlc残基がα-1,6結合した環状糖である.α-1,6グルカン(デキストラン)からBacillusのCI合成酵素で合成される(4)4) 舟根和美,川端康之,鈴木龍一郎,藤本 瑞,北岡本光,木村淳夫,小林幹彦:応用糖質科学,1, 179 (2011)..CIはCDより包摂能は弱いが高水溶性で,う蝕原因菌のグルカンスクラーゼを阻害するため抗う蝕性を示す.さらに澱粉から環状イソマルトメガロ糖(C-IMS)と呼ばれ,CIより高分子で包摂能が高い環状糖を生産する研究も進められている.
CDやCIより高分子の環状構造を有するサイクロアミロース(CA)やクラスターデキストリン(CCD)と呼ばれる分子内に環状構造をもった糖質素材が実用化されている.CAは18残基以上のGlcがα-1,4結合した環状糖である.バレイショD-酵素(不均化酵素)の生成物として発見され,その後,加水分解活性を消失させたThermusアミロマルターゼ(4-α-グルカノトランスフェラーゼ,AM)を用いる実用的な生産法が確立された(5)5) K. Fujii, H. Minagawa, Y. Terada, T. Takaha, T. Kuriki, J. Shimada & H. Kaneko: Appl. Environ. Microbiol., 71, 5823 (2005)..タンパク質のリフォールディング促進キットにおいて界面活性剤の包摂除去に利用されている.CCDは多分岐と分子内の環状構造が特徴である.植物の澱粉合成で分岐鎖を導入する転移酵素,ブランチングエンザイム(BE)をアミロペクチンに作用させて生産される(6)6) K. Fujii, H. Takata, M. Yanase, Y. Terada, K. Ohdan, T. Takaha, S. Okada & T. Kuriki: Biocatalysis Biotransform., 21, 167 (2003)..分子量分布がシャープで,高水溶性,水溶液中で老化しない安定性,低甘味などの特長があり,粉末化基剤や運動時のエネルギー補給用糖質などとして利用される.
酵素法だけでなく,澱粉などから分岐や架橋構造を特徴とするさまざまな糖重合物の開発が進められている.ここでは酵素で生産される多分岐多糖について述べる.まずアミロペクチンの分岐部分のα-1,6結合をイソアミラーゼで特異的に加水分解し,これに2種類の転移酵素,AMとBEを作用させると,酵素合成グリコーゲン(ESG)と呼ばれる多糖が得られる(7)7) 角谷 亮:応用糖質科学,4, 209 (2014)..グリコーゲンは樹状の分岐構造をもった動物,微生物などの貯蔵多糖であるが,ESGは天然グリコーゲンとほぼ同じ鎖長分布,分子量,水溶性などの性質を示す.天然多糖と異なり,反応条件により分子量が制御でき,高純度品の生産も可能である.澱粉より消化されにくく,免疫賦活機能を示す.またヒアルロン酸産生促進効果から化粧品素材としても有効とされている.なお収率はやや劣るが,ホスホリラーゼとBEを使用する生産法も報告されている(8)8) H. Kajiura, R. Kakutani, T. Akiyama, H. Takaha & T. Kuriki: Biocatalysis Biotransform., 26, 133 (2008)..Paenibacillusのα-グルコシダーゼとα-アミラーゼに分類される新規酵素を澱粉に作用させると,転移反応でα-1,6結合およびα-1,3結合の分岐構造をもつ多分岐α-グルカン(HBG)と呼ばれる多糖が生成する(9)9) K. Tsusaki, H. Watanabe, T. Yamamoto, T. Nishimoto, H. Chaen & S. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 721 (2012)..HBGは高水溶性,低甘味,低粉臭などを生かして食品などへの展開が期待されている.α-1,3結合の存在により消化速度は低く,肝臓への脂肪蓄積や食後高脂血症抑制などの生理機能も報告されている.
ホスホリラーゼは,無機リン酸の存在下でオリゴ糖や多糖の非還元末端からエキソ型で加リン酸分解する酵素である.作用する基質や生成物の糖リン酸エステル(Gly-1-P)のアノマー型などが異なる酵素が15種類以上知られている.一般に特異性が高く,合成(糖へのグリコシル基転移)活性を利用して特定構造の糖質を選択的に合成できる.合成反応の供与体基質にはGly-1-Pを使用することも可能だが,実用的ではない.そこで安価・豊富な糖質を,触媒量のリン酸の存在下,第一のホスホリラーゼで分解し,生成したGly-1-Pのグリコシル基を,同一系内で第二のホスホリラーゼ反応で受容体糖に転移させるワンポット合成法が開発されている(図2図2■2種類のホスホリラーゼ反応による糖質合成の原理).ここで分解・合成の両反応を同一酵素で行うことも可能であるし,異なる酵素を用いることもできる.さらにこのような反応系に,初発基質の効率的利用や基質のリサイクル利用をするための,ほかの酵素系を組み入れた合成系も種々,提唱されている(10)10) 北岡本光:応用糖質科学,1, 286 (2011)..これらの場合,第一の分解反応の基質には澱粉,あるいは水溶性が高いため高基質濃度での反応に有利なMalあるいはスクロース(Suc, Glcα1,2βFru)が汎用されている.その場合の酵素は,それぞれβ-グルコース1-リン酸(β-Glc-1-P)を生成させるマルトースホスホリラーゼ(MalP)およびα-グルコース1-リン酸(α-Glc-1-P)を生成させるスクロースホスホリラーゼ(SucP)となる.以下,MalPやSucPによるいくつかの代表的なオリゴ糖や多糖の合成例を中心に紹介する.
分解・合成の酵素反応を同一系で行うと,それぞれ両辺にある無機リン酸(触媒量添加が必要)とGly-1-Pは共通基質としてリサイクルされるため,全体の収支として原料糖と受容体から目的糖質が合成される.第1と第2の反応は,異なる酵素をカップリングさせることもできる.
まずMalPによるβ-Glc-1-P生成を起点とする反応系では,ミドリムシEuglenaやCatellatosporaトレハロースホスホリラーゼ(TreP,反転型)を組み合わせたトレハロース(Tre, Glcα1,1αGlc)合成研究が有名である.一時有望視されたが,澱粉から新規酵素で直接生産する方法が工業化され実用化に至らなかった.そのほか,MalPと好熱嫌気性菌Thermoanaerobiumコージビオースホスホリラーゼを組み合わせると,Glc,コージビオース(Glcα1,2Glc),Malなどの非還元末端にα-1,2結合でGlc鎖を伸長させることができる(11)11) H. Chaen, T. Nishimoto, T. Nakada, S. Fukuda, M. Kurimoto & Y. Tsujisaka: J. Biosci. Bioeng., 97, 177 (2001)..乳酸桿菌LactobacillusのMalPは受容体特異性が広く,キシロース,マンノース(Man),N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)などを受容体とする同酵素の合成活性を組み合わせることにより,Glcがこれらにα-1,4結合したヘテロ2糖のワンポット合成も新たに報告された(12)12) 中井博之,B. Svensson, 大坪研一:応用糖質科学,2, 117 (2012)..
SucP反応を利用した高効率な糖質合成としてセロビオース(Cel, Glcβ1,4Glc)の生産(10)10) 北岡本光:応用糖質科学,1, 286 (2011).が挙げられる.SucのFruとα-Glc-1-Pへの分解,Streptomycesグルコースソメラーゼ(GI)によるFruのGlcへの異性化,Cellvibrioセロビオースホスホリラーゼ(CelP)によるGlcとα-Glc-1-PからのCel合成という3反応を同一系で行い,全体としてSucをCelに変換する.これによりSuc中のFruも無駄なく用いると同時にSucP活性を阻害するGlc濃度も最小限に抑えることができる.この反応は,高基質濃度で行うと,溶解度の低いCelを沈澱回収しながら半連続的に高純度品が調製できる.さらに反応系としての汎用性もあり,たとえば後半のCelP反応をラミナリビオースホスホリラーゼやTreP(保持型)で行うと,それぞれラミナリビオース(Glcβ1,3Glc)やTreの合成も可能である.
ビフィズス菌はヒトミルクオリゴ糖や糖鎖に含まれるラクト-N-ビオースI(LNB, Galβ1,3GlcNAc)およびガラクト-N-ビオース(GNB, Galβ1,3GalNAc)を選択的に代謝する酵素系を有していることから,これらの2糖構造が,長らく議論のあった母乳中のビフィズス菌増殖因子として機能していることが報告された(13)13) 北岡本光,西本 完,井上公輔,知久和寛,中島将博:応用糖質科学,2, 136 (2012)..この代謝系でのキー酵素はβ-1,3-ガラクトシル-N-アセチルヘキソサミンホスホリラーゼ(GLNBP)であり,LNBやGNBのβ-ガラクトシド結合を加リン酸分解して,反転アノマー型のα-ガラクトース1-リン酸(α-Gal-1-P)を生成させる.そこでSucを出発原料,GlcNAcまたはN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)を,それぞれGLNBP反応の受容体に用い,2種類のホスホリラーゼ(SucP, GLNBP)に加えてさらにα-Glc-1-Pをα-Gal-1-Pに変換するための2酵素,合計4種類の酵素(いずれもビフィズス菌のLNBなどの代謝酵素)を組み合わせた反応系でLNB,GNBが大量合成された(図3図3■Sucを原料としたLNB,GLB合成の原理).ここでα-Glc-1-Pは,UDP-グルコース-ヘキソース-1-リン酸ウリジルトランスフェラーゼ(GalT)によりUDP-Galとの間に糖残基の交換が起こり,α-Gal-1-Pが生成する.また生成するUDP-Glc(初めに触媒量添加)はUDP-グルコース4-エピメラーゼ(GalE)でUDP-Galにリサイクルされる.反応液中のLNBとGNBは,残存するSucやFruを酵母資化で除去後に濃縮すると結晶として得られる.さらに類似の系で第2の反応の酵素を新たに発見されたガラクトシルL-ラムノースホスホリラーゼ,受容体をL-ラムノース(Rha)に置換するとガラクトシルラムノース(Galβ1,4Rha)が合成できる.
GNLBPによる合成反応の受容体にそれぞれGlcNAcとGalNAcを用いるとLNBとGLBをワンポット合成できる.無機リン酸とUDP-Glcは触媒量添加される.4酵素の反応系によりSucのα-グルコシド結合がβ-ガラクトシド結合に変換されている.
ホスホリラーゼで合成される多糖は完全な直鎖構造となる点が大きな特長である.澱粉中のアミロースは,分岐をもったアミロペクチンと工業スケールで分離するのは困難と言われる.SucPによるSuc分解とバレイショのグルカンホスホリラーゼによるマルトオリゴ糖(受容体,プライマー)の伸長反応をカップリングさせると,完全に直鎖構造をもったアミロースがSucを原料に合成できる(14)14) K. Ohdan, K. Fujii, M. Yanase, T. Takaha & T. Kuriki: Biocatalysis Biotransform., 24, 77 (2006)..このグルカンは酵素合成アミロースと呼ばれ,基質(Sucとプライマー)の濃度比により分子量をコントロールできる.生分解性のある偏光フィルムなど,天然アミロースにない用途も期待されている.また収率はやや低いが,SucPによるSuc分解をCelPによるCel分解に置き換えると,セルロース(β-1,4グルカン)由来の糖質をアミロース(α-1,4グルカン)に変換できる.これは食糧とならないバイオマス由来の糖質アノマー型を反転させて可食化する技術という意味でも注目された.β-1,3-グルカンは菌類や藻類などに存在し,天然多糖の多くはβ-1,6結合の分岐構造をもつ.直鎖のβ-1,3-グルカンが,SucPと単細胞藻類Ochromonasのβ-1,3-グルカンホスホリラーゼを組み合わせた反応系で得られている(15)15) 磯野直人:応用糖質科学,4, 249 (2014)..伸長反応のためのプライマー(受容体)には2糖以上のラミナリオリゴ糖が有効で,この場合も基質濃度比で分子量をコントロールでき,一定鎖長の生成物は沈澱として回収できる.この多糖には網膜神経細胞節の保護効果やマクロファージ活性化能などの生理機能も報告されている.
最近,新規なホスホリラーゼの開発や活性部位の改変,それらを用いたオリゴ糖,多糖の合成研究が活発に進められている.この酵素による糖質合成は,ラボから中間スケールでかなり高効率であることが実証されている.特に高基質濃度の反応で,生成物が沈澱や結晶化して容易に回収できる場合には,精製工程も簡略化され,コスト的にも有利である.一方,MalPはLactobacillusなど,SucPはLeuconostocやStreptococcusなどの微生物酵素が用いられるが,これらの酵素は,本来,糖質代謝に関与する細胞内酵素であるため,工業レベルまでスケールアップするためには酵素の供給や安定化などの課題解決も必要と思われる.また食品用の糖質生産に,クローニングで生産した酵素を用いる場合,わが国では認可などの課題をクリアーしていく必要もある.
酸化還元反応は糖質に新たな性質や機能を付与するための選択肢の一つである.ラクトビオン酸(LacA, Galβ1,4GlcA)は,ラクトース(Lac, Galβ1,4Glc)の還元末端Glc残基の酸化で生じたラクトンが,水溶液中でさらに加水分解されて生成する(図4図4■LacからLacAの生産).スクリーニングでは数種類の微生物が生産菌として得られた.その中で子嚢菌Paraconiothriumの分泌型オキシダーゼは,おそらくCelなどの酸化を通じてセルロース資化に関与する酵素と思われるが,Lacにも比較的よく作用する.またアルドヘキソース型単糖やα-1,4またはβ-1,4結合したオリゴ糖の還元末端残基のβ-アノマーを酸化するが,ほかの結合様式のオリゴ糖には作用しない.LacやLacAによる阻害を受け難く,分子状酸素が良好な電子受容体となるため,通気攪拌,高基質濃度でLacA生産が可能である(16)16) 村上 洋,大江健一,西村義弘,木村 隆,桐生高明,木曽太郎,中野博文:応用糖質科学,1, 296 (2011)..LacAを食品素材として展開するため,安全性の高い生産菌取得と食経験証明の必要があったが,いわゆる「カスピ海ヨーグルト」中,特に表面部分で乳酸菌と共生している酢酸菌AcetobacterがLacA生産能をもつことがわかった(17)17) T. Kiryu, T. Kiso, H. Nakano, K. Ohe, T. Kimura & H. Murakami: J. Dairy Sci., 92, 25 (2009)..これらの研究に基づき,工業生産に適した酢酸菌がさらに選抜され,現在は,洗浄菌体を高濃度LacとCaCO3で中和しながら接触させてLacAカルシウム塩を含む素材が製造されている.LacAは,良好な味質をもち,水溶性の高いミネラル塩を形成する.たとえばカルシウム塩の溶解度はGlcAの約4倍,乳酸の約10倍で,低温でも沈澱し難い.ミネラル吸収促進に加え,腸内菌叢の改善とそれに伴う活性型イソフラボン(エクオール)への変換促進を通じた更年期症状の軽減などの機能が知られている.最近は酢酸菌によるIMやCelからのオリゴ糖アルドン酸の生産研究も進められている.
アルドヘキソースのC-6位水酸基を特異的に酸化する酵素系をもった微生物も知られている.Pseudogluconobacterの一種は,Suc,Tre,グルコシルCDの分岐部分のような基質に存在するGlc残基をグルクロン酸(GlcU)に酸化する能力を示す.新たに,本菌の変異株を使って,GlcをGlcUやグルカル酸に変換する研究が行われている.これらの単糖は,バイオリファイナリー基幹物質の一つとして位置づけられており,食品以外に環境適合性の高い化学品原料としての活用も期待される.
生体内における糖の異性化などの修飾反応は糖ヌクレオチド誘導体に特異性の高い酵素が作用して進行する場合が多い.しかし糖ヌクレオチド誘導体の異性化は,現時点で実用的にはあまり意味がないと思われる.工業スケールの異性化反応の例として日本で開発されたGIによる異性化糖生産が挙げられる.GIは澱粉糖化で得られるGlcを低温での甘味度が高いFruに変換し,Sucに近い甘味をもった糖素材を生成する.このように異性化反応は,ほかの糖質加工と同様に,原料から価格,有用性(機能性)あるいは希少性などをいかに高めることができるかが重要である.ここで目的糖質の平衡濃度(理論的な最大収率)は必ずしも高いとは限らないため,有用性が生産コストに見合う場合はクロマトグラフィーなどで濃縮する.以下,酵素反応に限らず,異性化反応により生産される糖質の中で最近の注目事例を述べる.
天然存在量が微量な単糖類を示す希少糖という用語が定着し,酸化還元酵素や異性化酵素を用いた希少糖の系統的生産法(18)18) T. B. Granstöm, G. Takata, M. Tokuda & K. Izumori: J. Biosci. Bioeng., 97, 89 (2004).や機能性に関する研究が精力的に展開された.D-プシコース(Psi)はD-FruのC-3エピマーで,いわゆる希少糖の一種である(図5図5■異性化反応で生成する糖質).エピメラーゼによる生産法も報告されているが,安価・豊富なFruのアルカリ異性化によるPsiやアロース(Alo)などの希少糖を含む糖質素材が工業化された.PsiはSucの約70%の甘味を示し,小腸2糖分解酵素活性の阻害などによる食後血糖値の上昇抑制,内臓脂肪の蓄積抑制などの機能性が報告されている(19)19) 松尾達博,路 暢:生物工学会誌,89, 401 (2011)..PsiやAloなどの希少糖を15%程度含むテーブルシュガーが販売されているほか,さまざまな飲料,食品などへの使用も拡大しつつある.
偏性嫌気性菌Ruminococcusのセロビオース2-エピメラーゼは,Celの還元末端GlcをManに可逆的に異性化する.この酵素はLacやβ-1,4マンノオリゴ糖,セロオリゴ糖などにも作用するため,実用的観点からCelではなく,安価・豊富なLacに本酵素を作用させてエピラクトース(EL, Galβ1,4Man)と呼ばれる希少性の高いオリゴ糖を生産する方法に利用された(20)20) 佐分利 亘,小島晃代,佐藤央基,田口秀典,森 春英,松井博和:応用糖質科学,3, 137 (2013).(図5図5■異性化反応で生成する糖質).Lacからの変換収率は最大30%である.培養が容易な好気性菌Rhodothermusの耐熱性酵素も発見され,固定化酵素による連続生産の研究なども進められている.ELは,食経験では加熱牛乳中に微量存在するとされており,腸内菌叢の改善やミネラル吸収促進などの機能性を示すことから,コスト面や酵素認可などの課題はあるが,食品素材として魅力的な糖質の一つである.
多糖は加水分解酵素やホスホリラーゼなどのほかに脱離酵素(リアーゼ)でも分解される.α-1,4グルカンリアーゼは,澱粉などのα-1,4グルカンの非還元末端からGlc単位で脱離させ,1,5-アンヒドロ-D-フラクトース(AF)と呼ばれるアンヒドロ糖を生成させる(図6図6■アンヒドロ糖AFとAGの構造と生成反応).そこで澱粉を原料に,鹿児島県で採取される紅藻ツルシラモ(Gracilaria)の酵素を使用したAFの工業的製法が確立された(21)21) 吉永一浩,石場秀人,吉本 寧,片野豊彦:応用糖質科学,1, 70 (2011)..本酵素は,マルトオリゴ糖よりアミロペクチンやグリコーゲンなどの多糖によく作用する.アミロペクチン分解ではα-1,6結合の近傍で反応速度が低下するためリミットデキストリンが生成する.またリン酸エステル基の存在でも分解は停止する.
AFは,ケト-エノール互変異性のため水溶液中では2-エノール型,2-ケト型,2,3-エンジオール型などとの平衡にあるが,希薄溶液中では水和型が優勢となる.AFは安全性に問題はないとされ,食品分野での使用が期待されている.さまざまな機能性,有用性も見いだされており,たとえば脂質酸化抑制力はアスコルビン酸より高く,食品などの酸化防止剤としての利用が有望視されている.抗菌性ではグラム陽性細菌に対する生育阻止能が高い.メイラード反応性はキシロースよりも高く,食品の着色や味・香り付けなどにも利用できる.さらにAF水溶液を加熱すると,AFより500倍ラジカル消去能の高い化合物に変換される.AFをレダクターゼで還元すると非還元性環状ポリオールである1,5-アンヒドログルシトール(1-デオキシグルコース,AG)に変換され,また逆にAGのオキシダーゼによる酸化でAFが得られる.AGは甘味度がSucの約60%であり,オンジと呼ばれる生薬から高収率(4~5 g/100 g)で抽出される(22)22) 小西洋太郎:化学と生物,52, 426 (2014)..AGは消化管から吸収されるが代謝されにくい糖質で,血糖値上昇抑制効果などの機能性を示すことが報告されている.
現在,多種多様な糖質素材が生産され,食品,医薬品,化粧品あるいは工業材料などに利用されている.新規糖質の開発は,バイオマスの高度利用や糖質資源の高付加価値化,健康の維持・増進機能や嗜好性など消費者ニーズにマッチした食品創出などのように,さまざまな形でわが国や地域の産業にインパクトを与え,その活性化・発展に寄与するものと思われる.はじめに述べたように,生体触媒は糖質の有力な生産手段であり,今後も,新規酵素の発見や改良など,この分野の研究開発では日進月歩の勢いが続くと考える.その意味では本当の「最前線」は,すでにここに書かれてはおらず,今現在,研究に取り組んでいる大学や企業の研究室にあると言える.
Reference
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