セミナー室

酸性土壌を突破する植物の戦略

Naoki Yamaji

山地 直樹

岡山大学資源植物科学研究所土壌環境ストレスユニット植物ストレス学グループ ◇ 〒710-0046 岡山県倉敷市中央二丁目20番1号

Group of Plant Stress Physiology, Soil Stress Unit, Institute of Plant Science and Resources, Okayama University ◇ 2-20-1 Chuo, Kurashiki-shi, Okayama 710-0046, Japan

Jian Feng Ma

建鋒

岡山大学資源植物科学研究所土壌環境ストレスユニット植物ストレス学グループ ◇ 〒710-0046 岡山県倉敷市中央二丁目20番1号

Group of Plant Stress Physiology, Soil Stress Unit, Institute of Plant Science and Resources, Okayama University ◇ 2-20-1 Chuo, Kurashiki-shi, Okayama 710-0046, Japan

Published: 2015-07-20

酸性土壌は熱帯や亜熱帯地域を中心に広く分布し,世界の耕地面積の3〜4割を占める典型的な問題土壌である.酸性土壌での主な作物生育阻害因子はアルミニウムイオン毒性である(1)1) J. F. Ma, Z. C. Chen & R. F. Shen: Plant Soil, 381, 1 (2014)..アルミニウム(Al)は地殻中に酸素,ケイ素に次いで三番目に多い元素であり,土壌中に普遍的に存在する.Alは中性土壌では土壌鉱物に安定に保持されるため無害だが,酸性土壌(pH 5.5以下)ではAl3+イオンとして溶出し,微量でも植物の根の伸長を速やかに阻害する.その結果,植物の養分や水分の吸収が影響され,乾燥ストレスなどにも弱くなり,作物生産性の低下を招いてしまう.酸性土壌は世界各地に広く分布するため,酸性土壌での生産性の向上は今後食糧不足問題を解決する鍵とされている.

アルミニウム毒性機構

アルミニウム毒性は植物細胞の複数のプロセスを阻害することが知られており,さまざまな作用モデルが提唱されているが,そのいずれが生育阻害の引き金になるかは明らかになっていない.土壌中のAlはpH 5.5以下で溶出し始め,pH 4.5以下では,三価の陽イオンAl3+が主な形態となる.Al3+はカルボン酸やリン酸基と結合しやすい性質があるため,細胞壁のペクチンやヘミセルロース成分と結合して,細胞の伸長に必要な細胞壁の伸展性を低下させる(2)2) W. J. Horst, Y. Wang & D. Eticha: Ann. Bot. (Lond.), 106, 185 (2010)..植物の種類にもよるが,8割以上のAlが細胞壁に結合している.またAlは細胞膜にも結合し,膜の流動性やトランスポーターの輸送活性に影響を与える(2)2) W. J. Horst, Y. Wang & D. Eticha: Ann. Bot. (Lond.), 106, 185 (2010)..そのほかに,Alイオンは活性酸素の誘発,ミトコンドリア機能やDNA複製の障害などを引き起こす.これらの障害の多くはAlの強い結合力に起因する.最近のトランスクリプトーム/プロテオーム解析から,短期間のAl処理でも多くの遺伝子/タンパク質の発現が変動することがわかった(3,4)3) T. Tsutsui, N. Yamaji, C. F. Huang, R. Motoyama, Y. Nagamura & J. F. Ma: PLoS ONE, 7, e48197 (2012).4) L. Zheng, P. Lan, R. F. Shen & W. F. Li: Proteomics, 14, 566 (2014)..Alが同時に細胞の各部位に障害を与えていると考えられる.

アルミニウム耐性機構

Alに対する感受性は植物種や品種によって大きく異なり,一部の植物は,酸性土壌を克服するためさまざまなAl耐性機構を発達させている.その耐性戦略は以下の2種類に大別できる(1,5)1) J. F. Ma, Z. C. Chen & R. F. Shen: Plant Soil, 381, 1 (2014).5) L. V. Kochian, M. A. Pineros, J. Liu & J. V. Magalhaes: Annu. Rev. Plant Biol., 66, 571 (2015)..一つは,根から根圏へ有機酸を分泌し根圏でAlをキレートして無毒化する戦略である.分泌する有機酸の種類は植物種ごとに異なり,たとえばシロイヌナズナはリンゴ酸とクエン酸を分泌する(6)6) J. Liu, J. V. Magalhaes, J. Shaff & L. V. Kochian: Plant J., 57, 389 (2009)..イネ科の作物の中では,コムギはリンゴ酸を,イネ,オオムギ,トウモロコシ,ソルガムはクエン酸を,ライムギはリンゴ酸とクエン酸の両方を分泌する(1)1) J. F. Ma, Z. C. Chen & R. F. Shen: Plant Soil, 381, 1 (2014)..ソバなど一部の植物はAlに応答してシュウ酸を分泌する.もう一つの戦略は植物体内での耐性機構である.細胞内に侵入したAlを液胞に隔離し,有機酸でキレートするなどして無害化する(7)7) T. Grevenstuk & A. Romano: Metallomics, 5, 1584 (2013)..さらに,ソバ,チャ,アジサイなどの一部の耐性植物は,積極的にAlを吸収し,地上部へと転流して蓄積するAl集積植物であることが知られている(7)7) T. Grevenstuk & A. Romano: Metallomics, 5, 1584 (2013)..ソバの場合,Alは葉の液胞にAl–シュウ酸複合体の形態で隔離されている.

アルミニウム耐性遺伝子

2004年にコムギからリンゴ酸の分泌に関与するアルミニウム耐性遺伝子ALMT1ALuminum-activated Malate Transporter 1)が同定され(8)8) T. Sasaki, Y. Yamamoto, B. Ezaki, M. Katsuhara, S. J. Ahn, P. R. Ryan, E. Delhaize & H. Matsumoto: Plant J., 37, 645 (2004).,これを皮切りに10年間で多くのアルミニウム耐性遺伝子が同定された.その多くは有機酸分泌に関連し,大きく2つのグループに分けられる.一つはリンゴ酸輸送体をコードするグループで,ALMT1の相同遺伝子である.もう一つはMATE(Multidrug And Toxic compound Extrusion)ファミリーに属すAACT1FRDLなどで,クエン酸輸送体をコードする遺伝子である.なお,シュウ酸の分泌に関与する遺伝子はまだ同定されていない.

有機酸の分泌にかかわる遺伝子の発現量や発現パターンは植物種間で相違が見られる.たとえば,シロイヌナズナのAtALMT1AtMATE(6)6) J. Liu, J. V. Magalhaes, J. Shaff & L. V. Kochian: Plant J., 57, 389 (2009).,トウモロコシのZmMATE1(9)9) L. G. Maron, M. A. Pineros, C. T. Guimaraes, J. V. Magalhaes, J. K. Pleiman, C. Mao, J. Shaff, S. N. J. Belicuas & L. V. Kochian: Plant J., 61, 728 (2010).,ライムギのScALMT1(10)10) G. Fontecha, J. Silva-Navas, C. Benito, M. A. Mestres, F. J. Espino, M. V. Hernandez-Riquer & F. J. Gallego: Theor. Appl. Genet., 114, 249 (2007).ScFRDL2(11)11) K. Yokosho, N. Yamaji & J. F. Ma: Funct. Plant Biol., 37, 296 (2010).,イネのOsFRDL4(12)12) K. Yokosho, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant J., 68, 1061 (2011).,シラゲガヤのHlALMT1(13)13) Z. C. Chen, K. Yokosho, M. Kashino, F. J. Zhao, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant J., 76, 10 (2013).はAlに応答して発現が上昇するが,オオムギのHvAACT1(14)14) J. Furukawa, N. Yamaji, H. Wang, N. Mitani, Y. Murata, K. Sato, M. Katsuhara, K. Takeda & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 48, 1081 (2007).,コムギのTaALMT1(8)8) T. Sasaki, Y. Yamamoto, B. Ezaki, M. Katsuhara, S. J. Ahn, P. R. Ryan, E. Delhaize & H. Matsumoto: Plant J., 37, 645 (2004).はそれぞれの種の主要なAl耐性遺伝子であるにもかかわらず,その発現レベルはAlに応答しない.これらの発現パターンや発現量の違いは後述するようにアルミニウム耐性と密接な関係がある.

そのほかのアルミニウム耐性遺伝子の多くはイネから同定されている.イネは酸性土壌が広く分布する熱帯アジアを起源とし,ほかのイネ科作物に比べ高いAl耐性を備えている.イネはほかの耐性植物に比べてAlに応答した有機酸の分泌量は少なく,その高Al耐性メカニズムは長い間謎に包まれていた.しかし,Al応答転写調節因子ART1(Al Resistance Transcription factor 1)の同定(15)15) N. Yamaji, C. F. Huang, S. Nagao, M. Yano, Y. Sato, Y. Nagamura & J. F. Ma: Plant Cell, 21, 3339 (2009).を端緒に多数の耐性遺伝子が単離され,複合的なAl耐性機構が明らかになりつつある(1)1) J. F. Ma, Z. C. Chen & R. F. Shen: Plant Soil, 381, 1 (2014).図1図1■イネの多重のアルミニウム耐性機構).ART1はC2H2 Znフィンガー型の転写調節因子であり,それ自身はAlに応答せず根の細胞に構成的に発現する.ART1は30余りの遺伝子のAl応答性発現を制御していることが明らかになった(15)15) N. Yamaji, C. F. Huang, S. Nagao, M. Yano, Y. Sato, Y. Nagamura & J. F. Ma: Plant Cell, 21, 3339 (2009)..それらの遺伝子は根のすべての細胞に発現しAl処理後数時間で〜10倍程度に発現が増加する.そのうち少なくとも上記のOsFRDL4を含む7遺伝子については,イネのAl耐性に寄与していることが明らかになってきた.

図1■イネの多重のアルミニウム耐性機構

イネの高アルミニウム耐性は転写因子ART1によって制御されている.ART1は30余りの遺伝子のAl応答性発現を制御する.図には機能解析された遺伝子の役割を示す.それぞれ細胞壁や細胞膜,液胞膜などさまざまな場面でアルミニウム耐性に寄与している.詳しくは文中を参照.

STAR1Sensitive To Aluminum Rhizotoxicity 1)およびSTAR2はそれぞれ,細菌型ABC輸送体を構成するヌクレオチド結合ドメインと膜貫通ドメインをコードし,そのタンパク質は小胞膜上で複合体を形成してUDP-グルコースを輸送する(16)16) C. F. Huang, N. Yamaji, N. Mitani, M. Yano, Y. Nagamura & J. F. Ma: Plant Cell, 21, 655 (2009)..その具体的な作用メカニズムは明らかでないが,UDP-グルコースが細胞壁の修飾に使われてアルミニウム耐性に寄与している可能性が推測されている(16)16) C. F. Huang, N. Yamaji, N. Mitani, M. Yano, Y. Nagamura & J. F. Ma: Plant Cell, 21, 655 (2009).Nrat1Nramp aluminum transporter 1)はNramp型の輸送体をコードする.ほかのNramp輸送体がMn2+やFe2+などの二価金属イオンを輸送するのに対し,Nrat1は三価のAl3+を細胞内へ取り込み,根の細胞壁へのAl蓄積を抑制する(17)17) J. Xia, N. Yamaji, T. Kasai & J. F. Ma: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 18381 (2010).OsALS1はハーフサイズの真核型ABC輸送体をコードし,そのタンパク質は液胞膜上でNrat1によって細胞質に取り込まれたAlを液胞へ隔離する(18)18) C. F. Huang, N. Yamaji, Z. Chen & J. F. Ma: Plant J., 69, 857 (2012).OsMGT1は細胞膜に局在するマグネシウム(Mg)イオン輸送体をコードする.野生型イネではAlに応答してOsMGT1の発現が増加し,根の細胞へのMg吸収を促進することで,細胞内でのAlとMgの競合によってAl毒性を緩和することが示唆された(19)19) Z. C. Chen, N. Yamaji, R. Motoyama, Y. Nagamura & J. F. Ma: Plant Physiol., 159, 1624 (2012).OsCDT3はわずか53アミノ酸残基からなるシステインに富むペプチドをコードする.このペプチドはC末端側の膜貫通ドメインによって細胞膜に係留され,Alと結合する活性がある.OsCDT3の発現抑制株はAl感受性を示し,根のアポプラストのAlが減少し,細胞内のAlが増加した(20)20) J. Xia, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant J., 76, 345 (2013).

これらのART1制御下のAl応答遺伝子のほとんどは,Al非存在下やart1変異体においても基底レベルの発現が見られた.特にstar1–star2の変異体では,多数の遺伝子のAl応答が失われたart1変異体と比べても高いAl感受性を示し,イネのAl耐性に不可欠である(16)16) C. F. Huang, N. Yamaji, N. Mitani, M. Yano, Y. Nagamura & J. F. Ma: Plant Cell, 21, 655 (2009)..したがって多数の耐性遺伝子はART1による調整を受けながらそれぞれ異なったプロセスに関与し,複合的に働くことでイネの高Al耐性が実現されていると考えられる.

アルミニウム耐性遺伝子の転写制御

アルミニウム応答に関与する転写調節因子はいくつか同定されている.上述のイネのART1(15)15) N. Yamaji, C. F. Huang, S. Nagao, M. Yano, Y. Sato, Y. Nagamura & J. F. Ma: Plant Cell, 21, 3339 (2009).以外に,シロイヌナズナからSTOP1(21)21) S. Iuchi, H. Koyama, A. Iuchi, Y. Kobayashi, S. Kitabayashi, Y. Kobayashi, T. Ikka, T. Hirayama, K. Shinozaki & M. Kobayashi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 9900 (2007).とSTOP2(22)22) Y. Kobayashi, Y. Ohyama, Y. Kobayashi, H. Ito, S. Iuchi, M. Fujita, C. R. Zhao, T. Tanveer, M. Ganesan, M. Kobayashi et al.: Mol. Plant, 7, 311 (2014).,タケアズキ(Vigna umbellata)からVuSTOP1(23)23) W. Fan, H. Q. Lou, Y. L. Gong, M. Y. Liu, M. J. Cao, Y. Liu, J. L. Yang & S. J. Zheng: New Phytol., published online DOI: 10.1111/nph.13456 (2015).イネからASR5(24)24) R. A. Arenhart, Y. Bai, L. F. V. de Oliveira, L. B. Neto, M. Schunemann, F. S. Maraschin, J. Mariath, A. Silverio, G. Sachetto-Martins, R. Margis et al.: Mol. Plant, 7, 709 (2014).が報告されている.このうち,ART1,STOP1,VuSTOP1はC2H2 Znフィンガー型の転写調節因子の同じサブグループに属すが,イネART1が低pH応答には関与せずAl応答のみを制御している(15)15) N. Yamaji, C. F. Huang, S. Nagao, M. Yano, Y. Sato, Y. Nagamura & J. F. Ma: Plant Cell, 21, 3339 (2009).のに対し,STOP1は低pHとAlの両方の応答を制御している(21)21) S. Iuchi, H. Koyama, A. Iuchi, Y. Kobayashi, S. Kitabayashi, Y. Kobayashi, T. Ikka, T. Hirayama, K. Shinozaki & M. Kobayashi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 9900 (2007)..またSTOP1による発現制御が推定された数十の下流遺伝子のうち,イネART1制御下の遺伝子と類似していたものはAtMATEOsFRDL4と相同)とALS3STAR2と相同)のみであり,AtSTAR1AtALS1などいくつかの既知のAl耐性遺伝子はAl応答性を示さない(25)25) Y. Sawaki, S. Iuchi, Y. Kobayashi, Y. Kobayashi, T. Ikka, N. Sakurai, M. Fujita, K. Shinozaki, D. Shibata, M. Kobayashi et al.: Plant Physiol., 150, 281 (2009).VuSTOP1はシロイヌナズナstop1変異体に導入した場合に低pH応答性は相補したが,Al応答性は部分的にしか相補しなかった(23)23) W. Fan, H. Q. Lou, Y. L. Gong, M. Y. Liu, M. J. Cao, Y. Liu, J. L. Yang & S. J. Zheng: New Phytol., published online DOI: 10.1111/nph.13456 (2015)..さらに,Al耐性が非常に高く地上部にAlを集積する植物種として知られるソバ(Fagopyrum esculentum)のAl応答性トランスクリプトーム解析では,イネART1およびシロイヌナズナSTOP1の下流遺伝子それぞれの一部分にのみ類似した応答が見られた(26)26) K. Yokosho, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 55, 2077 (2014)..このように植物のAl応答転写制御機構は植物種ごとに相違がある.

アルミニウム耐性の獲得過程

最近,いくつの植物でアルミニウム耐性の獲得過程が徐々に明らかになってきた.その一例はオオムギ(Hordeum vulgare)である.オオムギはイネ科作物の中でAl耐性の低い種であるが,その耐性には大きな品種間差があり,その品種間差は根から分泌するクエン酸量の違いによることが知られている(27)27) J. F. Ma, S. Nagao, K. Sato, H. Ito, J. Furukawa & K. Takeda: J. Exp. Bot., 55, 1335 (2004)..このクエン酸の分泌を司る遺伝子HvAACT1Al-Activated Citrate Transporter 1)はAlに応答せず,常に耐性品種のほうが高発現し,特にAl毒性の作用部位である根の先端付近において差が大きかった(14)14) J. Furukawa, N. Yamaji, H. Wang, N. Mitani, Y. Murata, K. Sato, M. Katsuhara, K. Takeda & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 48, 1081 (2007)..その発現の違いは,HvAACT1の転写開始点から翻訳領域までの間の第1イントロンへの約1 kbのトランスポゾン様挿入配列に起因することがわかった(28)28) M. Fujii, K. Yokosho, N. Yamaji, D. Saisho, M. Yamane, H. Takahashi, K. Sato, M. Nakazono & J. F. Ma: Nat. Commun., 3, 713 (2012)..この挿入配列は新たな転写開始点として機能し,HvAACT1の発現を増加させるとともに発現部位を根端付近へと拡大する働きがあった(28)28) M. Fujii, K. Yokosho, N. Yamaji, D. Saisho, M. Yamane, H. Takahashi, K. Sato, M. Nakazono & J. F. Ma: Nat. Commun., 3, 713 (2012).図2図2■オオムギのアルミニウム耐性獲得機構).さらにこの挿入配列の有無を世界各地の在来品種および野生オオムギ400系統以上で調査したところ,東アジア(日本,朝鮮半島,中国)の一部の在来品種にのみ,その挿入配列が見つかった.一方,本来のHvAACT1の発現は主に根の中心柱に見られ,この遺伝子は本来Al耐性ではなく,導管にクエン酸を供給することで鉄–クエン酸錯体を形成し,鉄の根から地上部への転流を促す役割を担っていることが明らかになった(28)28) M. Fujii, K. Yokosho, N. Yamaji, D. Saisho, M. Yamane, H. Takahashi, K. Sato, M. Nakazono & J. F. Ma: Nat. Commun., 3, 713 (2012)..すなわちオオムギでは,東アジアへの栽培域の拡大に合わせて,鉄の転流を担っていたHvAACT1遺伝子に新たな役割の付加が起こり,Alに応答して根圏へ有機酸を分泌するAl耐性機構を獲得したことで酸性土壌に適応したと推定される(28)28) M. Fujii, K. Yokosho, N. Yamaji, D. Saisho, M. Yamane, H. Takahashi, K. Sato, M. Nakazono & J. F. Ma: Nat. Commun., 3, 713 (2012).

図2■オオムギのアルミニウム耐性獲得機構

オオムギの栽培域が東アジアの酸性土壌へと拡大した過程において,導管にクエン酸を供給し,鉄–クエン酸錯体の根から地上部への転流を担っていた遺伝子HvAACT1の上流に約1 kbの挿入配列が生じた.この挿入配列はHvAACT1の発現を増加させるとともに発現部位を根端付近の表皮細胞にも拡大した.この変化によってオオムギは,Alに応答してクエン酸を分泌し根圏でAlをキレートして無害化する能力を獲得した.

一方,Al耐性の高い野生植物の場合はその適応過程が異なっていた.イギリスのRothamsted Researchで150年以上続けられている長期連用試験において,牧草地への硫酸アンモニウムの連用で土壌pHが3.6まで低下した試験区では,生き残った植物のほとんどがシラゲガヤ(Holcus lanatus,オートムギの近縁牧草)で占められていた.このシラゲガヤ生態型(酸性型)は,中性土壌で生育する生態型(中性型)よりも,Alに応答して根から分泌するリンゴ酸の量が約2倍多かった(13)13) Z. C. Chen, K. Yokosho, M. Kashino, F. J. Zhao, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant J., 76, 10 (2013)..リンゴ酸の分泌を担う輸送体HlALMT1を単離したところ,アミノ酸配列には生態型間で違いがなかったが,Alに応答した発現量の増加に2倍以上の差があった(13)13) Z. C. Chen, K. Yokosho, M. Kashino, F. J. Zhao, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant J., 76, 10 (2013)..酸性型と中性型のHlALMT1プロモーター領域の塩基配列を比較したところ,多数の多型があり,Al応答性転写調節因子ART1が結合するシス配列が,酸性型には5カ所,中性型には3カ所あった(図3図3■イネ科作物のアルミニウム耐性品種に生じた遺伝子変化).すなわち,150年に及ぶ長期連用試験で酸性化した土壌では,よりAl応答が強く,リンゴ酸を多く分泌する生態型が選抜され,生き残ったと推測される(13)13) Z. C. Chen, K. Yokosho, M. Kashino, F. J. Zhao, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant J., 76, 10 (2013).

図3■イネ科作物のアルミニウム耐性品種に生じた遺伝子変化

オオムギHvAACT1とコムギTaMATE1Bでは遺伝子上流へのプロモーター活性をもつ配列の挿入によって新たにクエン酸分泌能を獲得した.コムギTaALMT1とソルガムSbMATEでは遺伝子プロモーター内の繰り返し配列のコピー数の増加によって恒常的に発現レベルが上昇した.ライムギScALMT1とトウモロコシZmMATE1では遺伝子全体がゲノム上でタンデムに繰り返され,Al応答性が向上した.シラゲガヤHlALMT1ではプロモーター配列内の転写調節因子ART1の結合配列の数が増加しAl応答性が向上した.

そのほか,南米の一部のコムギ品種では,オオムギの場合と同様MATE遺伝子上流への新たなプロモーター活性をもつ配列の挿入によってクエン酸分泌能を獲得した例が報告されている.コムギとソルガムの耐性品種では,TaALMT1およびSbMATE遺伝子プロモーター内の繰り返し配列のコピー数の増加によって恒常的に発現レベルが上昇した.ライムギScALMT1とトウモロコシZmMATE1では遺伝子全体がゲノム上でタンデムに繰り返され,Al応答性が向上した(1)1) J. F. Ma, Z. C. Chen & R. F. Shen: Plant Soil, 381, 1 (2014).図3図3■イネ科作物のアルミニウム耐性品種に生じた遺伝子変化).

植物種ごとの酸性土壌適応戦略

上述のように,根から根圏に有機酸を分泌しAlイオンをキレートして無毒化する戦略は多くの植物種で見られるが,分泌する有機酸の種類や関与する遺伝子,そのAl応答性などが異なっており,一部には人為選択の影響が見られた.一方で,植物種間で高度に保存されたAl耐性機構も見つかっている.イネの細菌型ABC輸送体複合体をコードする遺伝子STAR1STAR2は前述のようにイネのAl耐性に不可欠であるが,シロイヌナズナにも相同なAl耐性遺伝子AtSTAR1ALS3がある.atstar1変異体はイネSTAR1の導入によって完全に相補できることから,STAR2/ALS3との複合体形成や輸送活性についても相同であると考えられる(29)29) C. F. Huang, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant Physiol., 153, 1669 (2010).STAR1–STAR2はほかのタイプのABC輸送体とは類似性が低いユニークな遺伝子であるが,その相同遺伝子はコケから被子植物まで,陸上植物に広く保存されている.

Alは土壌中に普遍的に存在するが,その毒性は土壌pHによって大きく変化する.植物は基礎的なAl耐性機構は維持しつつ,有機酸分泌のような付加的な耐性とその応答機構は,それぞれの生育環境のpHに合わせて,適応と退化を繰り返してきたのではないかと推測される.

酸性土壌では,アルミニウム毒性以外に,マンガン過剰や必須元素(カルシウム,マグネシウム,リンなど)の欠乏なども植物の生育を制限する.植物はこれらのストレスに対しても巧みな耐性機構を備えているが,まだ未解明な部分が多く,今後のさらなる研究が期待される.

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